香川県から失礼します
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「撃ち方始め!」
現在、第一航空艦隊は第一航空戦隊の「赤城」「加賀」「瑞鳳」と、第五航空戦隊の「翔鶴」「瑞鶴」「秋雲」を中央に据えた輪形陣を形成しており、その周辺を第三戦隊の「霧島」「比叡」、第八戦隊の「利根」「筑摩」、第一防空戦隊の「青葉」「衣笠」、第一水雷戦隊の「阿武隈」以下駆逐艦八隻が固めている。
「青葉」から開始された射撃は、導火線を伝わる火花のように輪形陣上を広がり、やがて空母五隻を含む全艦が、持てる限りの高角砲を振りかざしての弾幕射撃に移行する。
「ガンガン撃て!」
そんな中、「青葉」の羅針艦橋では角田覚治一防戦司令が、砲声負けない声でそんなことを言っていた。
「青葉」の長十センチ砲は途切れることなく咆哮し、接近中の敵機に高速弾を浴びせている。
角田は、熾烈な対空砲火を浴びながら、ひたすら近づいてくる敵編隊を睨みつけた。
艦隊直掩機との戦闘で消耗したのだろう。八十はいたと思われる機数が六、七十機ほどに減少している。
そしてそれらが二手に分かれ、半数が左前方から、もう半数が左後方から、ひたすら距離を詰めてきている。
「青葉」は、もっぱら左前方の敵機を攻撃していた。
「全機が爆撃機ですね」
角田の隣で、同じく敵編隊を見ていた久宗米次郎艦長が、呟くように言った。
近づいてくる敵機は、左前方左後方問わず、高度二千以上の高空から接近してくる。
雷撃機では魚雷を投下するために低空から近づくが、今回はすべての深海棲艦機がそうではない。そう考え、敵機は全て爆装だと判断したようだ。
無数の高角砲弾が各艦艇から撃ち上げられ、上空を砲弾炸裂の硝煙で覆い尽くし、弾幕を形成する。
その弾幕に正面から飛び込んだ甲型爆撃機は、片っ端から被弾し、火焔と共に砕け散ってゆく。
超至近距離で炸裂波を浴びた甲爆は、弾片に切り裂かれ、瞬時にその姿を消失させ、跡形もなく消しとばされる。
残った空間には何も残らず、無数のキラキラとした破片が海面に向かって落下する。
だが、敵機は突撃をやめない。
いくら味方機を撃墜されても、諦めじと接近を図る。
「左上方。敵機!」
砲声に掻き消されそうな見張員の報告を、角田は辛うじて聞き取った。
素早く窓際により、左上方の方向を注視する。
近づいてくる甲爆は十二機。「青葉」の対空射撃の凄まじさを見て、優先的に撃破しようとしているようだ。
「第一、第二、第三高角砲、射撃目標を左上方の敵機に変更。目標変更を八秒で達せよ!」
角田が久宗に目配せすると、久宗は間髪入れずに射撃指揮所に通じた伝声管に怒鳴り込んだ。
直後、艦橋目前に背負式に配された三基の長十センチ高角砲が、素早く左上方に砲門を向け、敵機を狙う。
ここからが、防空巡洋艦である「青葉」の真骨頂だ。
高角砲射撃指揮装置を前部と後部に設置しているため、前部高角砲、後部高角砲を別々の目標に対して射撃できるのだ。
防空巡洋艦という艦種は、「艦隊において防空力が弱い他の艦艇を、自らの力でカバーする」をコンセプトに生まれている。
今の「青葉」は、自らを攻撃しようとしてある敵機を前部三基の高確砲で対応し、後部三基は空母を守るために使うのだ。
「青葉」は六基の高角砲を、二目標に振り分けて遮二無二に撃ちまくっている。
「青葉」を突破して空母を攻撃しようとした敵機は、長十センチ砲の餌食となり、「青葉」を攻撃しようとしてる敵機も、一機、また一機と海面に叩きつけらた。
距離が詰まった敵機に対しては、七基搭載しているボフォース四十ミリ四連装機関砲と、四基の二十五ミリ機銃が迎え撃つ。
指向可能ならボフォース四基、二十五ミリ二基が、ぶちまけるように大量の火箭を吐き出す。
四十ミリという大口径機関砲弾の直撃を食らった甲爆は、飛行機構に損傷を受けたのか、破片と白煙を引きずりながら海面に突っ込む。
二十五ミリ機銃の集中砲火を受けた甲爆は、機体中に赤い斑点のようなものをまとわりつかせながら、爆ぜ、海面に水しぶきを発生させる。
敵機は次々と撃墜されており、対空戦闘は順調だと思われたが、角田の額には焦慮の汗がつたっていた。
数分間で六機を撃墜したが、敵機が急降下に入ってしまえば、いかに対空力が高い長十センチ砲、ボフォースといえど、撃墜は困難である。
もちろん、転舵して回避することもできる。だが、そんなことをすれば輪形陣の対空弾幕に穴が開いてしまい、空母を狙う敵機の侵入を受けてしまうだろう。
一防戦が、一航艦の防空の要である以上、それはできない。
艦隊を守るため、自らの身を守るまため、「青葉」は鬼神の如く長十センチ砲、機銃を撃ちまくる。
新たに三機を撃墜したが、敵機は無慈悲に近づく。
「敵機、急降下!」
久宗が叫ぶ。
この時、後部三基の高角砲を自身を守るために使えば、「青葉」はこんな危険な状態にならなかったかもしれない。
だが、「自艦よりも空母」を信条とする空母護衛艦の一員として、艦隊防空を司る戦隊の司令官として、さらには日本海軍軍人として、それはありえない選択だった。
角田は、鋭い眼光を放つ目で、ひたすら降下してくる敵機を追う。
高角砲、機銃はさらに撃ち続けるが、甲爆は機体下部から二つの黒い塊を切り離す。後続の二機も同じだ。
「敵機、投弾!」
見張員が悲鳴じみた声を上げる。
この瞬間、射撃を続けていた七基のボフォースと四基の二十五ミリ機銃の射撃目標は、「降下してくる敵機」から「落下してくる爆弾」に切り替わった。
機銃を担当する第二分隊隊長の三船寿治郎(みふね じゅうしろう)大尉のとっさの機転であり、藁にもすがる思いで指揮下の機銃座群に命じたのだ。
落下してくる爆弾は六発。
敵機はかなりの低空で投下したのだろう、それからの爆弾は高精度を保っており、四、五発は命中するコースである。
各機銃座指揮官の「狙え!」の一言、今まで以上の勢いで各機銃は連続発射を開始した。
急降下爆撃でスピードのました爆弾が、「青葉」に命中するまで数秒。
その限りなく短い間に、二発の爆弾に機銃弾を命中させ、破壊することに成功した。
機銃弾を喰らった爆弾は「青葉」直上五十メートルほどで炸裂する。
機銃座では歓声が湧いたが、次の瞬間、機銃員の表情が凍りついた。
直撃は免れたが、凄まじい数の破片が舞い降り、「青葉」のいたるところに突き刺さる。
これで大損害を受けたのは、露天の機銃座だ。
落下中の爆弾を撃墜、という偉業を成し遂げた機銃員達は、ナイフのようにとんがった無数の破片を受け、身体中を瞬時に切り刻まれた。
破片を受けた機銃員達は、絶叫を発しながら転げまわり、または頭部や胸に受けた兵は即死する。
例えるなら、豪雨のように大量のナイフが降ってきたようなものである。
銃座周辺は血の泥沼と化し、機銃も、ボフォース、二十五ミリ問わず破壊された。
被害はこれだけではない。
無数の破片は、「青葉」艦橋をも襲い、上部につけられていたレーダーや逆探などの電子機器を全滅させた上、射撃指揮装置も破壊されてしまる。
これにより「青葉」は電波の目を失い、高角砲の射撃精度も低下してしまう。
飛来した無数の弾片は、「青葉」の表面的な部分にある箇所に壊滅的な被害を与えたのだ。
ここに、トドメというべきものが、重力で加速されながら落下してきた。
爆弾二発は機銃が撃墜したが、残った三発は「青葉」目指して落下を続けていたのである。
二発が時間差で「青葉」左右の海面に突っ込み、巨大な水柱を突き上げたのも束の間、最後の一発が第二高角砲を真上から襲った。
「やら……!」
角田はやられた!と口から飛び出しそうになったが、次の刹那、角田の体は衝撃で宙に浮いており、言葉を中断せざるおえなかった。
窓ガラスが一斉に砕け、艦橋目の前にから凄まじく巨大で真っ赤な閃光が差し込む。
第二高角砲は跡形もなく爆砕され、前後の第一、第三高角砲も甚大な被害を受けていた。
だが、角田は「青葉」の被害状況を把握するまもなく、壁に打ち付けられ、自らの意識を手放していた
「青葉」の防空力は、輪形陣弾幕の四分の一を占めている。
その艦が沈黙したことにより、艦隊左側の防御に大きな穴が開いてしまうことになった。
目に見えて弾幕が薄くなり、敵機の編隊が輪形陣の内側に侵入してくる。
薄くなった対空弾幕を突破し、十五、六機の甲爆が五隻の空母に殺到した。
うどんうめぇー。次回は米アジア艦隊登場かな