南洋海戦物語〜人類の勇戦譚〜   作:イカ大王

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この頃寒すぎね?


第五十三話 挺身戦隊突入

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「エコー」こと第二挺身戦隊群は、敷設地点に到達するまでに「松風」と「文月」をコレヒドール島からの砲撃で失った。

「文月」は敵弾を機関室に直撃され、戦速を発揮できずに後退し、「松風」は機雷庫に敵弾が直撃し、無数の機雷が誘爆して爆沈した。

その他にも「エコー」旗艦の「アブディール」と五水戦旗艦の「名取」が敵弾を受け、甲板や主砲を傷つけられている。

 

それでも、敵弾をかいくぐった敷設巡洋艦二隻、軽巡一隻、駆逐艦六隻、計九隻の挺身隊は無事に敷設地点に到達した。

 

「『エコー1』より発光信号。“当隊、敷設区画二到達セリ。全艦、針路100度。斜メ単横陣へ移行セヨ”」

 

艦橋見張員の報告が「名取」艦橋に飛び込む。

 

「戦隊針路100度!順次回頭!」

 

それを聞いて、第五水雷戦隊司令の原顕三郎(はら けんざぶろう)少将は大音響で下令した。

 

「面舵一杯。針路100度!」

 

「名取」艦長の佐々木静吾(ささき せいご)大佐が、航海長の九条悠太郎(くじょう ゆうたろう)少佐に原の命令を伝える。

 

正面には、右へ回頭を始めた「アブディール」と、依然直進している「マンクスマン」の後ろ姿が見えている。

二隻とも自らの火災や発砲の閃光でその身を暗闇に浮かび上がらせており、夜戦の割にははっきりと視認することができた。

 

「名取」はまだ艦首を右に振らない。

今までと同じようにマニラ湾へ向かう針路を取っており、数秒おきに主砲の十四センチ単装砲を咆哮させている。

この艦隊運動は単縦陣から単縦陣に移るものではない。単縦陣から斜め単横陣に移るものであり、九条は絶妙な面舵のタイミングを探っているのだろう。

 

「マンクスマン」が回頭し始めた頃、一発が「名取」に命中する。

艦橋が小刻みに震え、炸裂音が艦上に轟く。

深海棲艦の陸上砲台は、水上打撃部隊との砲戦に撃ち負けつつあったが、依然砲撃を続けている。

生き残った砲台から放たれた敵弾が、新たに「名取」を傷つけたようだ。

 

やがて「名取」は鋭い舳先を右に回頭させた。

面舵に転舵したことにより、今まで左前方に見えていたコレヒドール島が死角に入る。

 

「第五駆逐隊、面舵。続いて第二十二駆逐隊、面舵」

 

後部艦橋に詰めている見張員から報告が入る。

両駆逐隊もと一隻づつの駆逐艦を失っているが、戦意は旺盛なようだ。ひるむことなく、旗艦に追随して回頭する。

 

全艦が斜め単横陣に移ったことを確認したのだろう。「エコー1」こと「アブディール」の艦橋に発光信号の閃光が光った。

 

「『エコー』より発光信号。『敷設開始』」

 

「五水戦、敷設作業始め」

 

信号を読み取った見張員の報告を聞いた直後、原はゆっくりと命じた。

 

「機関、回転制定!」

 

「敷設開始!」

 

原の命令を聞いた九条航海長と佐々木艦長が、それぞれの伝声管に怒鳴り込む。

今頃、艦尾のレール上で待機していた一号機雷が、水雷長の号令で投下開始されていることだろう。

 

「名取」には、四十八個の機雷を搭載できる設備があり、場合によって「駆逐艦を先導する水雷戦隊の旗艦」から、「自らの武装で敵の妨害を排除しつつ、機雷を投下できる高速敷設艦」に早変わりすることができるのだ。

 

それは、後続する神風型、睦月型も同じである。

 

この両型も一号機雷を搭載し、敷設できる性能を有している。さらには小改装で、通常十六個のところを三十二個の機雷を搭載できるようにバージョンアップされていた。

犠牲として、第三砲塔と二基の魚雷発射管を下ろすことになり、駆逐艦としての能力は著しく低下していたが、今回の作戦にはおあつらえ向きな改造だった。

 

 

マニラ湾口に大量の機雷を敷設し、湾内の敵艦隊を閉じ込める。

同時に、問題となっていた深海棲艦の潜水艦部隊の母港を使用不能にし、極東での通商破壊を不可能にする。これがこの“セントラル・ガード”作戦の格子だ。

普通ならば、海戦の主役となる駆逐艦部隊は第一から第四の水雷戦隊だが、この米アジア艦隊考案の作戦では、旧式駆逐艦で編成された五水戦や六水戦、仮設の七水戦などの裏方部隊が真の主力だった。

 

 

その作戦の要、真の主力とも言える部隊は、一定の速度でサウス海峡を針路100度に従って進み、機雷を敷設してゆく。

 

敵の砲台からの砲撃は、未だ止まない。

 

米英水上打撃部隊の砲撃で少なからずの被害を受けているのだろう。飛来する砲弾の量は減っていたが、常に三、四本の水柱が周辺に奔騰する。

 

この時、一筋の汗が原の首筋を通った。

 

現在、「名取」の艦尾には四十個以上の機雷が並べられており、敷設されるのを待っている。

もしもここに一発でも敵弾が命中すれば、大量の機雷が一斉に誘爆し、5500トン級軽巡などひとたまりもないだろう。

 

機雷を敷設するために、速度を落としていることに加え、島との距離は最初と比べものにならないほどに近づいている。敵弾の飛来する数が減っているとはいえ、敵弾の命中率は上がっていると思われた。

 

 

左前方に見える「マンクスマン」の後部に閃光が走る。

 

その瞬間、原の心臓は跳ね上がった。

被弾した箇所は後部だ。もしも機雷庫に食らっていたら「名取」以上の数が搭載されている機雷が誘爆してしまう。

 

原は固唾を飲んで見守るが、五秒、十秒たっても大爆発は起こらない。「マンクスマン」の後部には小規模な火災が揺らめいていたが、機雷誘爆という最悪の事態は回避できたようだ。

 

それを見て胸をなでおろした刹那、敵弾が艦橋正面の第二主砲に直撃する。小さい箱型の砲塔は基部をえぐられ、砲員と共に右舷側の海面に落した。

 

さっきの被弾以上に艦橋が震え、原はたまらず羅針盤の手すりに手をかけた。

 

「第二主砲被弾!」

 

物見櫓のようなマストの上部に位置している射撃指揮所から、砲術長の高波蔵治郎(たかなみ くらじろう)中佐の報告が入る。

敵弾は、一発が「名取」に命中し、火力の六分の一をもぎとったようだ。

 

だが、現在に至るまで敷設設備にも、推力機関にも、損傷はない。

今のところ、敷設を断念するほどの被害は受けていないのだ。

 

 

「エコー」は、ひたすら敷設作業を続ける。

 

周辺には、コレヒドール島から飛来した敵弾が上げる水柱が途切れることなく発生し、漆黒の海面をたぎらせ、艦艇をあおる。「エコー」自体も、持っている自衛火力振りかざし、敵に撃ちまくる。

 

隊列の右一万四千メートルに展開している戦艦「ノース・カロライナ」や「プリンス・オブ・ウェールズ」を中心とした水上打撃部隊からは、支援の砲撃が絶え間なく発射される。

 

 

今や、マニラ湾口南西の海域は戦いの渦中だった。

 

途切れることなく雷鳴のような砲声が轟き、被弾した艦は艦上に爆炎を躍らせ、暗闇にその姿を浮かび上がらせる。

島に着弾した外れ弾は、何もないところで炸裂し、土砂を撒き散らす。

四十センチ砲弾や二十センチ砲弾の直撃を受けた深海棲艦の陸上砲台は、台座ごと爆砕され、砲身をへし折られ、大きく引き裂かれる。

 

「機雷敷設、残り半分!」

 

敷設し始めてから十五分ほど経過した時、艦内電話を握りしめた佐々木艦長が報告する。

それに「了解」と返しつつ、原は双眼鏡をマニラ湾へと向けた。

 

丸い視界内には、噴き上がる水柱と、発射炎で浮かび上がっているコレヒドール島の稜線、その先のマニラ湾が見えている。

発射炎などの光源がないからだろう。マニラ湾の内側は暗闇に包まれており、しっかりと視認することができない。

 

原は無理だとわかりつつも、未だに統合任務艦隊JTFの前に姿を現していない敵艦隊を探した。

マニラ湾を根城にしている深海棲艦極東艦隊は、戦艦五隻を有しているという。そのようなJTFに引けを取らない戦力の敵が、未だに湾内に逼塞していることが府に落ちなかった。

 

だが、視界範囲を左から右まで覗いたが、そのようなものは見当たらない。

 

やっぱり見えないか…と思い、原は両目から接眼レンズを離なす。

 

 

ちょうどその時、「名取」艦橋の右舷側から、鈍い閃光が差し込み、数秒後、砲声に紛れて遠雷のような炸裂音が響き渡った。

 

「?」

 

原は疑問に思い、艦橋の右側に首をひねった。

 

原の目に写ったのは、海上に揺らめく火焔と、それに照らされる巡洋艦とおぼしき艦影だった。

 

鈍い閃光は、連続する。

 

巡洋艦と思しき艦影の後方で同様な閃光が複数走り、やや遅れてなにかが破裂したような轟音が響き渡った。

 

 

JTFの主力、水上打撃部隊がいる方向だった。

 

 

 

第五十三話「挺身戦隊突入」

 




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