南洋海戦物語〜人類の勇戦譚〜   作:イカ大王

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『カ級潜水艦』

深海棲艦が保有する攻撃型潜水艦の仮名称。3月17日を皮切りに、ハワイ周辺の中部太平洋や東シナ海、南シナ海、ベーリング海を含む北太平洋などで出現が確認されており、通商破壊で人類に大きな痛打を与えている。
基本的に単艦、または二、三隻で行動しているが、3月17日の米船団と6月24日の第二艦隊は、二十隻以上と思われるカ級に襲われているため、大集団で行動することもあるようである。
性能的には不明な点が多いが、艦首に複数の魚雷発射管を備えていることや、潜望鏡で目標艦を視認することは、人類の潜水艦と重なるところである。










第五十四話 背後の海狼

1

 

最初に異変に気付いたのは、水上打撃部隊の左側、すなわちマニラ湾の南西方向に展開しているアメリカ海軍第十三駆逐隊(DDG13)の「イングラハム」だった。

 

DDG13はリヴァモア級駆逐艦四隻で構成された部隊であり、指揮下に「イングラハム」のほか「プランケット」「モンセン」「ラドロー」を有している。

海戦の主戦場はもっぱら水上打撃部隊の右側で繰り広げられているため、DDG13は直接の戦闘に参加できず、黙々と左側海域の警戒に当たっていた。

 

 

「ソナーコンタクト。方位220度から250度」

 

そんな中「イングラハム」艦橋にソナー室から報告が入る。

 

それを聞いてDDG13司令のクロード・カーライル大佐は、「イングラハム」艦長のウィリアム・ヘインズワーズ・Jr.少佐と顔を見合わせた。

方位220度から250度は、戦局が集中しているマニラ湾口とは全くの反対方向である。

二人は、そのことに少しの疑問を感じたのだ。

 

「距離は?」

 

「不明です」

 

「数は?」

 

「不明です」

 

ヘインズワーズは立て続けにソナー室に聞くが、「不明」の返答が返って来るばかりだ。

 

「聞こえたのは確かか?」

 

ヘインズワーズはさらに質問する。

 

現在、DDG13のすぐ隣には、水上打撃部隊の戦艦六隻、巡洋艦十隻、および無数の駆逐艦が航行している。海中は、大量の味方艦が轟かせるスクリュー音で凄まじい有様であろう。

そのような状態で、本当に聞こえたのか?聞き間違いではないのか?という気持ちが、ヘインズワーズにはあるようだ。

 

「微弱でしたが、確かに聞こえました」

 

ソナー員はやや焦るように言った。

もしも自分が聞いたものが本当ならば、方位220度から250度の海域に、なんらかの敵が存在しているということになる。

早く対応しなければ…という気持ちが、ソナー員にはあるようだ。

 

「水上艦か潜水艦、どっちだ?」

 

次は、カーライル自身が聞いた。

ヘインズワーズを介するよりも早く情報を得れると判断したからである。

 

「スクリュー音ではありませんでした。気泡のような音だったので、おそらく排水音でしょう。となると………潜水艦です」

 

ソナー員は少しの沈黙の後、答えた。

 

「潜水艦か…」

 

カーライルは腕を組み直し、数秒間思案する。

やがて考えが至ると、顔を上げ、凛とした声で口を開いた。

 

「DDG13全艦、対潜戦闘。JTF全部隊に『敵潜発見』を警告せよ」

 

カーライルが命じた直後、艦橋要員は素早く行動を開始する。

 

アンテナからJTF旗艦の「ノース・カロライナ」に素早く警報が飛び、艦内ではけたたましくブザー音が鳴り響き、警報灯が艦内を赤く染める。

艦尾の爆雷投射機には水兵が取り付き、艦底部のソナー室に詰めているソナー員はヘッドホンに全神経を集中させる。

 

「『ナイト14』よりDDG13全艦。『ナイト15』は本艦に続け。『ナイト16、17』は針路250度に変針。敵潜を発見しだい攻撃、撃沈せよ」

 

「艦長。『イングラハム』の針路は220度だ」

 

カーライルは隊内電話を握りしめ、「ナイト15、16、17」こと、指揮下の駆逐艦に指示を飛ばし、次いでヘインズワーズ艦長に言った。

 

「了解。取舵一杯、針路220度!」

 

ヘインズワーズは軽く頷くと、航海長のウェイブ・カークス少佐に命じる。

 

ソナー員は「排水音がしたのは方位220度から250度」と言っている。

二隻ずつの駆逐艦を、敵潜がいると思われる海域の左右に展開させ、敵を挟み撃ちにしようという魂胆だ。

 

 

数秒後、「イングラハム」は左へ回頭し始める。

 

それは、他のDDG13所属艦も同じである。

 

見張員から、

「『プランケット』本艦に後続。『モンセン』『ラドロー』針路250度に変針」

の報告が上がった。

 

左へ回頭し始めたため、右に見えていたJTFの単縦陣が死角に入り、それに変わって、正面に南シナ海が広がり始める。

 

砲の発射光が届かないため、南シナ海は暗黒の海域だ。水平線と夜空の違いも分かりづらく、空に光る星がなければ完全なる闇の世界である。

星の明かりで、辛うじて艦橋正面の主砲、艦首はぼんやりと見ることができるが、海面は闇に沈んでいて見ることはできない。

 

だが、この暗黒の海面下に獰猛な海狼が潜んでいるのだ。

早く仕留めなければ、JTF主力が魚雷攻撃を受ける。

 

そう考えると居ても立っても居られない思いだが、カーライルは冷静に思考を巡らせた。

 

「2分後、速力を10ノットまで落とせ」

 

「2分後、速力を10ノットまで落とします」

 

カーライルが命じると、カークス航海長は左手の腕時計を見ながら復唱する。

現在、「イングラハム」は最大戦速で突き進んでいるが、これでは自らのスクリュー音でソナーの効果を阻害させてしまっている。

のちに速力を落とすことで、ソナーの効力を最大限に発揮させようと考えたのだ。

 

カースク航海長が、2分後に減速することを機関室に伝えている時、レーダーマンが切羽詰まった声で報告を上げた。

 

「レーダーに感。正面および右前方、数二、距離2000ヤード!」

 

「なんだと⁉︎」

 

それを聞いて、カーライルは反射的に聞き返す。

 

対水上レーダーに反応したとなると、敵の正体は水上艦ということになる。敵の正体は潜水艦だと当たりをつけていたカーライルにとって、予想外の報告だ。

 

敵艦隊は、JTFがマニラに近づくのを待って、背後にも艦隊を待機させていたのか?…敵艦隊がなかなか姿を現さないのは、挟撃を狙っていたからなのか?という憶測が、カーライルの脳裏を飛び交った。

 

そんな中、レーダーマンは新たな続報を報告する。

 

「二つの反応とも、反射波は微弱です。哨戒艇や駆潜艇ほどの大きさだと考えられます」

 

「哨戒艇や…駆潜艇?」

 

ヘインズワーズ艦長が首をひねった。

深海棲艦は一体何がしたいのか、と言いたげな表情だった。

 

「探照灯、照射開始。目標、正面の正体不明艦(アンノーン・シップ)

 

カーライルは数秒間思案したのち、口を開いた。

このままでは、敵の正体がわからず、戦いようがない。まずは、敵の正体をハッキリさせる必要があった。

 

カーライルの命令は素早く実行され、視界の右側から「イングラハム」正面の海域に向け、一筋の光芒が伸びる。

光芒は海面を舐め回すかのように巡らされたのち、一点で止まった 。

 

光芒に捉えられ、海上にその姿を浮かび上がらせる角ばった物体が、カーライルの目に映った。

 

肉眼ではそれ以上のことは分からない。

 

カーライルは双眼鏡を向け、その正体をまじまじと見つめた。

 

「やはり…」

 

波によって見え隠れしている細長い艦体、艦体の中央部に小さく乗っている司令塔、そこから天に伸びる数本の潜望鏡…。

 

「潜水艦か…」

 

カーライルは素早く接眼レンズを額から離し、ヘインズワーズ艦長に顔を向ける。

 

「主砲、発射準備。目標、正面の浮上中の敵潜水艦!」

 

艦長も、光芒によって照らし出されたものの正体を理解したのだろう。早口で怒鳴った。

 

「『プランケット』より入電。“我、右ノ敵潜ヲ砲撃ス”」

 

「CICより艦橋、新たな敵潜を探知。本艦の真左、1500ヤード!」

 

砲撃準備が急がれる中、通信士とレーダーマンが矢継ぎ早に報告する。

敵潜は、前方の二隻だけではないようだ。浮上中のだけでも、あと一隻はいるらしい。

 

「見張員、魚雷攻撃に備え。近づいて来る雷跡を見逃すな!」

 

カークス航海長が見張員に注意をした直後、「イングラハム」は射撃を開始し、後方の「プランケット」も続いた。

近距離の目標を砲撃するためだろう。二基の12.7cm(五インチ)単装砲の砲身は水平近くにまで倒されており、その二門の砲身から二発の砲弾が発射され始めた。

発射されるたびに鋭い砲声が響き渡り、カーライルの鼓膜を震わせる。

 

 

発砲から着弾まで、数秒と経たない。

 

発射した直後には、敵潜の周辺に水柱が上がっている。

 

一射目は敵潜の細い船体を飛び越え、二射目は、手前に落下して敵潜の姿を水柱がさえぎる。

 

命中弾は、第三射で得ることができた。

二射目の水柱が引いた刹那、二発の12.7cm砲弾が立て続けに敵潜に命中する 。

 

一発目は波で見えたり見えなくなったりしている船体を大きくえぐり、二発目は司令塔を直撃した。

数本の潜望鏡が回転しながら宙を舞い、真っ赤な爆炎が躍る。

無数の破片がばら撒かれ、暗黒の海面を鈍い赤が照らし出した。

 

刹那、気泡を出しながら、直撃弾を受けた敵潜は海中に沈んでいく。

潜航しているわけではなく、沈没したようだ。

 

「目標変更、左正横の敵潜!」

 

ヘインズワーズ艦長が素早く動く。

 

艦橋正面の12.7cm単装砲二基が、軽快な駆動音とともに左に旋回し、射撃を再開する。

艦橋左側の探照灯が新たに点灯し、三隻目の敵潜の姿を、暗闇から浮かび上がらせた。

 

先の射撃に参加していなかった後部三基の単装砲も、砲撃に参加している。発射される弾数が多い分、命中弾を出すのは早いと思われた。

 

だが左正横の敵潜は周囲を気泡で泡立せ、潜航に入ろうとしている。

残り二十秒間もしないうちに、海中という主砲で手出しができない領域に逃げ込んでしまうだろう。

 

五基の単装主砲は、「そうはさせん」と言わんばかりに吼え哮り、五発ずつの砲弾を撃ち込み続ける。

 

(ダメか…?)

 

内心でカーライルが諦めかけた時、一発が敵潜の司令塔に命中し、敵潜唯一の上部構造物を跡形もなく消し飛ばした。

 

「オーケイ…!」

 

司令塔を爆砕された敵潜は、何もなかったかのように海中へ姿を消すが、致命傷を受けたのは間違いない。浮上することは、もう二度と無いだろう。

 

「イングラハム」同様、「プランケット」も撃沈に成功する。

“我、敵潜撃沈ス”の電文が、艦橋に上げられた。

 

 

「減速しますか?」

 

「イングラハム」が二隻目の敵潜を仕留めた後、カークス航海長が聞いてくる。

カーライルははじめ、カークスが何を言っているかわからなかったが、自分がした命令か……と思い出し、軽く頷いて肯定の意を伝えた。

 

機関の出力が下げられ、「イングラハム」は10ノットに減速する。

艦の鼓動が弱まり、艦首が波を切り裂く音が聞こえなくなる。

 

(どうだ…?)

 

一筋の汗が額をつたる中、カーライルは暗黒の海面を見下ろした。

 

カーライルの肉眼が潜航中の敵潜水艦を捉えることはないが、その海面下に敵潜がいると思うと、言葉にできない不快感が込み上げて来る。

先の砲撃で、こちらの位置は敵にバレているだろう。今にも魚雷が向かって来るのではないか……という張り詰めた空気の中、不気味な静寂が、周囲を包み込む。

 

 

 

「ソ、ソナーコンタクト!」

 

 

 

それを破って、ソナー員の切迫した声が飛び込んだ。

 

「敵潜三隻を確認。いや、四…五………七隻います。本艦よりの方位45度に三。330度に四!距離2200ヤード!」

 

その報告に、艦橋内に衝撃が走る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦いは、まだ終わらない。

 

 

 

 

 

第五十四話「背後の海狼」

 

 




春ですねぇー

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