南洋海戦物語〜人類の勇戦譚〜   作:イカ大王

6 / 90
なんか海戦より航空戦がメインです。ハイ……。

第三艦隊編成図

旗艦「足柄」
第六戦隊「青葉」「衣笠」「古鷹」「加古」
第三水雷戦隊 「川内」以下駆逐艦十四隻
第五水雷戦隊 「名取」以下駆逐艦八隻



第四話 ルソン島沖海戦

1

 

「”グリフォン・リーダー”より全機へ、目標まで二百三十(カイリ)。周辺警戒を厳とせよ」

 

第三艦隊と思われる艦艇群の上空を飛行してから二十分ほど経った頃。

日本帝国海軍高雄航空隊飛行隊長の高嶋稔(たかしま みのる)少佐操る九六式陸上攻撃機の米国製無線機に、攻撃隊の総指揮を執るクリス・ビルフォード中佐の声が響いた。

第一次攻撃隊は米陸軍航空隊のボーイングB17“フライング・フォートレス”と、日本帝国海軍航空隊の九六式陸上攻撃機、零式艦上戦闘機で構成された混成部隊である。

ルソン島偵察によって発見されたクラーク・フィールド飛行場姫への攻撃を担当する航空部隊であり、第一連合航空隊の九六式陸上攻撃機七十二機と、零式艦上戦闘機二一型四十五機、米陸軍航空隊のB17四十八機の合計百六十五機によって編成されている。

 

「まさかアメちゃんと攻撃隊を組むとはな…」

 

高嶋少佐は、日本梯団(ていだん)に並走する米梯団を見ながら、誰ともなしに呟いた。

当初の予定では、米軍重爆部隊の攻撃隊参加はなく、一連空のみによってクラークへの攻撃が実施される予定だった。

だが、合同演習のために台中基地に展開していた米陸軍戦略航空軍所属の第四十七爆撃飛行隊(47BS)が、攻撃隊の参加を申し出たのだ。

これから日本海軍が実施する作戦は、ルソン島北部に取り残された避難民の救出である。

ルソン島は米国領であり、47BSは日本軍の自国民救出を支援すべく、我こそはと声を上げたのだ。

加えて、47BSが所属していた極東航空軍は、司令部もろともクラークで壊滅している。友軍の仇を討つことも、47BS将兵の攻撃隊参加を熱望させた理由だったようだ。

これに対し、台南航空基地の一連空司令部は難色を示した。

47BSの所属機は最新鋭四発重爆であるB17が四十八機。戦力としては申し分ないが、言語の違う航空機同士が攻撃隊を編成できるのか?という疑問があったためだ。

合同演習が予定されていた両部隊だが、運悪く実施する前に深海棲艦の侵攻行動が始まってしまっているため、編隊を組んだことは一度もない。

だが、結局47BSの要請に押し切られる形となり、陸攻部隊指揮官も了承したため、日米の統合攻撃隊が実現したのだ。

 

台南基地を発進してから早三十分。

第三艦隊と輸送船団以外に、航行する艦艇は見当たらず、台湾とルソン島の間に位置しているバジー海峡の青々とした海面が、水平線まで広がっている。

蒼空にはいくつかの雲が散らばっており、見晴らしは良い。敵が近づいてくれば、容易に発見できるだろう。

目標たるルソン島は、未だに見えてこなかった。

 

「敵は…なんなんですかね」

 

その時、横の座席に座る副操縦士の山上直樹(やまがみ なおき)中尉が、声を震わせながら言った。

 

「分からん。出撃前に配られた資料じゃ、例の砲弾型戦闘機が襲ってくる可能性が高い」

 

高嶋は、肩をすくめながら返答する。

山上は緊張した表情をしている。単に、初の実戦だからではないようだ。

 

「相手がソビエトやアメちゃんじゃなくて深海棲艦とやらの化け物でも、俺たち陸攻乗りがやることは変わらん。敵の妨害を振り切り、敵地に投弾することだけだ」

 

「ですが…」

 

気持ちを察した高嶋の言葉に、山上は頷いたが、まだ納得できていないようだった。

山上の不安は頷ける。

我々は、敵を知らなすぎる。相手がソビエトや、以前まで仮想敵だった米国ならば、恐れはしない。対空砲を突いて、目標に爆弾を叩きつける自信がある。

だが、これから戦おうとしているのは「人外」だ。人類ですらない。

「これから戦う敵は未知数である」ということが山上を不安にさせているのだろう。

正直、高嶋も不安を拭いきれていない。

偵察に向かった東港航空隊の九七式大型飛行艇によると、米極東航空軍の司令部があったクラーク・フィールド飛行場には、多数の砲弾型敵戦闘機が展開し、深海棲艦の航空拠点と成り果てているらしい。

友好国アメリカの航空基地があったフィリピンは、わずか数日で未知数な力を秘めた、恐ろしい敵の巣窟となってしまったのだ。

一個航空隊の飛行隊長である以上、部下に弱気なところは見せられないが、高嶋にもどうしようもない不安感があるのだった。

 

第一次攻撃隊は、日米合計三百八十一基のエンジンによって高度四千メートルの高空を轟々と鳴動させながら、クラークフィールド飛行場姫に一撃を喰らわせるべく、進撃を続ける。

やがて、周囲を零戦に囲まれた爆撃機群はバジー海峡を越え、今や敵地となったフィリピンを視認できる位置まで到達した。

 

「正面、ルソン島!」

 

山上副操縦士が正面を指差しながら報告する。心なしか、声が上ずっていた。

それを聞いた高嶋は、正面をまじまじと見つめる。まだはっきりとは見えないが、水平線上に黒々とした島影が見える。

航法をしくじっていなければフィリピン群島北方に位置し、世界で一三番目に大きい島。ルソン島であろう。

 

「“グリフォン9(ナイン)”より全機へ、右上方、敵機(ボギー)!」

 

その時、無線電話機から英語の切迫した声が響いた。

高嶋は英語が堪能ではなかったが「右」や「敵機」という単語は聞き取れたため、反射的に右上方を向く。

高嶋の目に写ったのは、雲の中から湧き出る多数の砲弾型深海棲艦機と、それを迅速に迎え撃つ零戦隊だった。

零戦の内、五分の三に当たる三十六機が制空隊として敵編隊に突っ込み、残りの十八機は直掩隊として、爆撃隊の周辺にとどまる。

 

制空隊と敵編隊が重なった…と見えた瞬間、空中戦が始まった。

零戦は得意の小回りを生かして敵機の側面や背後に回り込み、搭載している二十ミリ、七.七ミリ機銃弾を敵機に叩き込む。

無数の七.七ミリ弾を喰らった敵機は白煙を引きずりながら空中をのたうち、二十ミリ弾を受けた敵機は、閃光と共に砕かれ、四散する。

異形の敵機は、零戦を狙うべく左や右に旋回し、背後を取ろうとするが、零戦はそれを容易に許さない。

敵機よりも決まって小さな周回半径を描きながら旋回を続け、敵機の背後にぴったりとくっつき、機首と主翼に発射炎を閃らめかせる。

反撃を試みた敵機は零戦の俊敏さと高火力に圧倒され、爆撃隊に取り付く前に一機、また一機と火を噴き、ルソン島北方の海洋に墜ちてゆく。

 

だが、高い技量を誇る零戦隊も、無傷では済まない。

不意に敵機の前面に飛び出した零戦がシャワーのような猛射を浴び、エンジンを引き裂かれ、右主翼を分断される。二十ミリ弾の弾倉が誘爆したのか、一際大きな火焔と共にばらばらに砕け散り、無数の破片を空中に撒き散らす。

一機の敵機に固執しすぎ、背後から数機の敵機に射撃される零戦もいる。

多数の敵弾が殺到した瞬間、背後の敵を察知した搭乗員は素早く回避を試みたが、高い機動力を誇る零戦も、間近に迫った銃弾には勝てなかった。

多数の機銃弾に機体をえぐられ、コクピットを撃ち抜かれる。

きらきらとしたガラス片と血飛沫を宙に撒き散らしながら、パイロットを失った零戦は甲高い音を発し、海面へとまっしぐらに墜ちていった。

だが、全体的に見れば零戦の優勢である。墜落していく航空機の数は、敵機の方が多い。

 

(このまま…防ぎきれるか?)

 

高嶋は空中戦を見守りながらそう思ったが、敵機の数はかなり多い。五、六十機はいると思われ、零戦との戦闘に忙殺されていない敵機もいる。

零戦隊は善戦しているが、練達の搭乗員が操る零戦でも全てをカバーすることはできないだろう。

数機の深海棲艦機が隙をつき、B17の梯団に殺到してくる。

編隊の外郭を務める第三梯団所属のB17が、機首、胴体側面、胴体上部のブローニング十二.七ミリ機銃を一斉に発射した。

無数の青白い火箭が吐き出され、先頭を切って突入してきた敵機に火力が集中される。

敵機は一瞬の内に多数の十二.七ミリ弾を喰らったのか、刹那に空中分解を起こし、続いて突っ込んできた二番機、三番機、四番機も、同じく機体の至るところに十二.七ミリ弾を受け、砕け散る。

 

だが、撃墜できたのはその四機だけだった。残りの敵機は猛スピードで第三梯団に肉薄。B17に機銃弾を叩き込み、高速で離脱する。

五機の敵機から立て続けに射弾を受けたB17が一、二番エンジンから火を噴き、編隊から落伍する。尾翼を破壊されたB17は、破片を後方に撒き散らしながら安定を失い、錐揉み状態に陥る。

他にも、補助翼や方向舵を吹っ飛ばされ、ふらつきながら高度を落とすB17や、コクピットに命中してパイロットを射殺され、真っ逆さまに落ちてゆくB17もいる。

戦果拡大を狙って後方の第四梯団に取り付こうとしていた新たな敵機を、直掩隊の零戦が追い払う。

敵機は零戦よりかは機動力が劣るようだが、四発重爆よりは何倍も身軽である。

第三梯団の周辺を素早く飛び交い、B17に機銃弾を撃ち込む。B17は防御力が高いため、容易には火を噴かない。さらには自機を守るため、僚機を援護するため、旋回機銃をがむしゃらに撃ちまくる。

 

こっちにも来るか…と高嶋は危惧するが、敵機はB17の編隊のみを攻撃しつづけており、こちらには来る様子がない。敵機はB17のみで手一杯であり、第一連合航空隊まで攻撃する余裕はないようだ。

 

高嶋はB17を攻撃している深海棲艦機をまじまじと見つめた。

米国からの情報公開で写真などを見ていはいたが、実物を見るとかなりの衝撃を受ける。その機体には翼と呼べるものがなく、人類のいかなる飛行機とも似てはいない。見れば見るほど航空機なのか?との疑問が生まれる。

だが、高嶋の思考は強制的に断ち切られた。

 

「左前方、敵機!」

 

誰かはわからないが、今度は日本語で無線機に声が響いた。高嶋は左前方を見。舌打ちをした。

右側から襲ってきた敵戦闘機隊と同規模の敵機が、雲から出現し、真っしぐらに陸攻隊に向かってきているのだ。

恐らく、敵の迎撃第二段だろう。

直掩隊の零戦二個中隊が立ち向かうが、零戦との空戦に巻き込まれる敵機は少なく、大半の敵機が陸攻隊を目指して突入してきた。

 

「高雄一番より全機。旋回機銃、射撃開始!」

 

高嶋は無線機に怒鳴りこんだ。

直後、敵機を射程内に収めている九六式陸攻の銃座が一斉に撃ち始める。

高嶋機も、搭載している二十ミリ、七.七ミリ旋回機銃を振りかざし、敵機に向けて射撃を開始する。

 

「撃て!撃て!撃てぇ!」

 

六機の敵機に機銃弾が命中した。

六機の内二機は何かに誘爆したのか派手に爆発し、木っ端微塵に吹き飛ぶ。

残りの四機は鞭のように振り回される火箭に絡め捕られ、薄く白煙を吐きながらら眼下へ消える。

味方機を立て続けに六機も失った後だが、深海棲艦機は恐怖することなく突っ込んでくる。深海棲艦に恐怖という感情があるかどうかわからないが、一切臆する仕草を見せなかった。

なおも陸攻は旋回機銃を駆使して弾幕を張り続けるが、それを抑え込むように、多数の敵機が一斉に発砲する。

 

高嶋機の右横を飛行していた九六式陸攻が被弾した。

コクピットから主翼の付け根にかけて敵の火箭が捉えた…と見えた瞬間、その九六式陸攻は左主翼から紅い火を噴き、黒い塵のようなものを吐き出しながら減速。編隊から落伍する。

 

「三小隊長機被弾!」

 

「四番機被弾!八番機被弾!」

 

山上が機銃の発射音に負けない大声で言い、やや遅れて上部旋回機銃座の航空兵が声を枯らしながら報告する。後方の死角のため、四番機と八番機の最期は見ることができなかった。

刹那、多数の敵機が機銃を撃ちっぱなしにしながら高嶋機の頭上や左右、眼下を左前方から右後方へとすれ違う。

第三小隊長機、四番機、八番機以外にも、二機の陸攻が火を噴き、墜落していく。

もともと九六式陸攻は防御力が貧弱な上、翼のほとんどの面積を燃料タンクが占めている。一連射を受けただけで火を噴きやすい機体なのだ。

陸攻隊の苦境を見たのか、数機の零戦が駆けつけてくるが、通過する過程で更に一機の陸攻が喰われる。

 

「敵機、反転してきます!」

 

尾部機銃を担当する兵が報告する。

 

「撃て、近寄させるな!」

 

高嶋はやや狼狽状態になって命令した。

深海棲艦機は九六式陸攻にとって、恐ろしく危険な存在だ。敵機の持つ機銃を喰らえば、ほとんどの確率で撃墜される。

零戦と同じ二十ミリクラスの大口径機関砲を搭載しているのかもしれない…。

九六式陸攻の各銃座が撃ちまくるが、敵機はその弾丸をして跳ね除ける勢いで急接近し、九六式陸攻を攻撃する。

 

「九番機被弾、七番機被弾‼︎」

 

山上が、半ば悲鳴染みた声で報告する。

反転した敵機が梯団後方にいた陸攻を撃墜したのだ。

その直後、突然高嶋機の左正横で凄まじい大爆発が起きた。左を飛行していた九六式陸攻の姿が消失し、変わって巨大な火焔と多数の塵が空中に湧き出した。

衝撃波によって高嶋の九六式陸攻が大きく振動し、機体の至るところが軋む。高嶋は衝撃で壁に顔をぶつけ、呻き声を発した。

 

「くそッ…!」

 

高嶋は何が起こったかわかっている。

下方から攻撃してきた敵機の射弾が、九六式陸攻の腹に抱いている五百キロ陸用爆弾(五十番)に命中し、誘爆したのだろう。

頑丈な建造物を全壊させ、滑走路に大穴を穿つ爆弾が至近距離で爆発したのだ。

その陸攻の搭乗員は骨すら残らなかっただろう。

 

「右前方より敵機二機!」

 

銃座の兵が叫ぶ。

咄嗟に見た高嶋の目に、こちらに向かって真一文字に近づいてくる敵機の姿が写った。

高嶋が命じるよりも早く、射界に収めている銃座が射撃を開始し、高嶋機の周辺の九六式陸攻も、隊長機を援護すべく撃ちまくる。

オレンジ色の曳光弾が敵機を包み込み、数発が真正面から命中した。

機首に喰らった敵機はとんがったそれを変形させ、黒煙を引きながら眼下に消える。二機目は左に旋回し、急降下で離脱する。

辛くも弾幕射撃によって二機を退けたのだ。

 

気がつくと、もうとっくに陸地の上空に入っているのがわかった。眼下の光景が、青い海から陸地の緑へと変わっている。 敵機に集中しすぎ、気づかなかったらしい。

敵機と交戦している間に、ルソン島上空に達していたのだ。

 

「”グリフォンリーダー”より全機へ。目標視認(ターゲットインサイト)!」

 

それを聞いた高嶋は双眼鏡を覗く。片方のレンズは割れていているが、もう片方のレンズで見ることができた。

 

「あれか!」

 

高嶋はしっかりと見た。鬱蒼とした森を切り開いて作られた巨大な飛行場を 。

深海棲艦侵攻以前は米国が持つ極東最大の航空基地だったが、今や不気味な航空機の巨大な巣となり果てている。

「クラーク・フィールド飛行場」だ。

深海棲艦占領後は、従来の飛行場と区別するために「姫」とつけるよう、取り決められていた。

 

「高雄一番より、高雄全機。全軍突撃せよ!」

 

高嶋は部下の九六式陸攻に叩きつけるように命じた。

攻撃目標の分担は出撃前に決められている。高嶋率いる高雄航空隊は、クラーク・フィールド飛行場姫の基地設備を攻撃し、47BSと鹿島航空隊は滑走路を攻撃するのだ。

「全軍突入せよ」の号令を受けた陸攻各機がフルスロットルを開き、巡航速度から最大速度へと加速する。高嶋機はそんな陸攻隊の先頭に立ち、高度を下げつつ、基地設備を目指して突進する。

 

「爆撃目標視認、針路修正……右三十度願います!」

 

基地設備を発見したのだろう、爆撃手の島本直彦(しまもと なおひこ)一等飛行兵曹が言った。それを聞いた高嶋は、右三十度機体をずらす。

九六式陸攻が飛行場姫の上空に突入すると、地上に発射炎が閃らめき始めた。高雄航空隊の周辺に、上空まで駆け上がった敵弾が炸裂し始める。

深海棲艦も人類に準じた対空火器を保有しているようだ。飛行場姫に設置された高射砲陣地が、最後の盾となって攻撃隊を迎え撃っているのだろう。

滑走路を爆撃しようとしたB17の至近距離で敵弾が炸裂し、そのB17は左主翼をバッサリと胴体から切断され、錐揉み状態で墜落し地面に激突する。

鹿島航空隊の近くでも炸裂し始める。一機の九六式陸攻の頭上で敵弾が炸裂するや、弾子が胴体や翼を切り刻み、その陸攻は瞬時にバラバラになって空中分解を起こす。

敵弾炸裂の中、高嶋の陸攻はひたすら爆撃目標を目指して突き進んだ。後方には部下の機体が続いているはずだが、確認の術はない。今は、敵基地に投弾することだけに集中すべきだった。

 

「ちょい右、ちょい右、ヨーソロ…」

 

「いや、ちょい左……よし、そのまま直進です!」

 

島本が機体を爆撃針路に乗せるよう、指示を出す。高嶋は正面を見やった。

どうやら格納庫のような低い四角形の建物を爆撃しようとしているようだ。

しかし、それを黙って見ている深海棲艦ではない。

 

「敵機だ!」

 

山上が絶叫した。

正面上方から一機の敵機が向かってくる。味方の対空砲に撃墜される危険があるため、全機が退避したと思っていたが、味方撃ちを恐れず、陸攻隊に肉薄した敵機がいたのだ。

距離はもうほとんどない。機体の細部までがはっきりと見え、胴体下にズラリと並べられている歯のようなものが、不気味に光った。

高嶋は瞬時に死を覚悟した。

次の瞬間には多数の銃弾に撃ち抜かれるのか…。俺の死に場所はルソンか…。などの言葉が、瞬間のうちに脳裏を駆け巡る。

目を閉じようとしたが、何かに取り憑かれかのように高嶋はその敵機を見続けた。

だが突如、高嶋機の頭上を太い火箭と細い火箭各二条ずつが伸び、敵機に吸い込まれた。

被弾した敵機は飛行能力に支障をきたしたのか、発砲することなく黒煙を出しながら陸攻とすれ違い、地面に叩きつけられた。

たった今、敵機を撃墜した零戦が頭上を通過し、新たな敵機に挑んでいく。

 

(感謝する)

 

高嶋は心の中で感謝の気持ちを述べた。

 

「てっ!」

 

島本の号令一下、九六式陸攻が遥々運んできた五十番が切り離される。五百キロの重荷を切り離した反動で機体が軽くなり、約八トンの機体が跳ね上がった。

 

「命中!」

 

島本が報告し、眼下に巨大な爆炎が躍った。後続機も続々と五十番を投下し、建造物やその周辺に着発性の陸用爆弾を叩きつける。

 

「爆撃を終了した機は低空飛行で退避せよ!」

 

高嶋は素早く無線機に怒鳴り込んだ。

爆撃を終えてもここは敵地だ。敵の戦闘機も依然舞っている。

爆撃を終了した以上、クラーク上空に留まるのはよろしくない。

「長いは無用だ」と高嶋は小さく呟いた。

 

2

 

フィリピン・ルソン島北岸では約一万人の在比米国人、マレーシア人、中国人、日本人などの避難民が夜の暗闇の中、港で日本が派遣してくれた救出艦隊を待っていた。

老若男女問わず、避難民は皆恐怖、怯え、不安と言った表情を浮かべている。

今はダグラス・マッカーサー将軍率いる極東方面軍が南に四十キロ離れた戦線で、時間を稼ぐため必死に戦っているが。いつ深海棲艦の化け物が防衛線を突破し、避難民の群衆になだれ込んで来るかわからないのだ。

避難民の中には深海棲艦の生物か兵器かもわからない奴らに、家族や知人が喰われた経験がある人が少なからずいる。

そう。奴らは人間を捕食する。

卵を前後に引き伸ばしたような漆黒の胴体に、エメラルドグリーンに光る二つの目。ギラリとした灰色の歯。それがズラリと並べられ、どのような強靭なものでも噛みきれそうな巨大な口。

そんな「化け物(モンスター)」が深海棲艦地上軍の主力なのだ。陸軍の兵士たちはそれを「黒い破壊者(ブラックデストロイヤー)」と読んでいた。

 

「俺たちはみんな奴らに食い殺されるんだ!」

 

一人の男性が突然叫んだ。顔は恐怖で歪んでおり、涙でぐしゃぐしゃになっている。

 

「日本艦隊なんて来やしない!昼間の飛行機も見ただろ!」

 

昼間の飛行機とは、日の丸と星マークの大編隊が上空を南へ飛行したことである。

行く時は百五十機はいたが、帰還する時は半分以下になっていたのだ。男性は、「航空機が大きな被害に遭ったから、避難民収容を諦め日本艦隊は撤退してしまった」と思っているのだ。

 

「おい、やめろよ…」

 

隣にいた知人が言うが、語尾は弱々しく消える。事実、予定時刻より一時間以上も遅れているのだ。

その場を絶望が支配する。悪魔のようなブラックデストロイヤーから命からがら逃げ出し、ルソン島脱出という希望が見え始めた矢先、それを否定されたような気持ちになったのだ。

 

「こんなところで死にたくない…」

 

「助けて…!神様…」

 

避難民が皆一様に頭を抱え、そう言う。

 

その時だった…。

汽笛の音が港に響き渡る。

 

避難民が音がした方向を見ると、暗闇の中に多数の輸送船が見えた。さらに沖には、巨大な軍艦が五隻見える。掲げられている旗は白い下地に赤い丸。 第三艦隊である。

 

「日本…艦隊だ…」

 

「来てくれたぞ!」

 

「助かった!助かったんだ!」

 

その情報は瞬く間に避難民全体に広がり、港に歓声が爆発した。さっき突然叫びだした男性も知人と肩を組み、泣いている。今度は嬉し涙だった。

 

 

 




次回予告 夜闇の砲声

第三艦隊VS深海棲艦 アジア艦隊


勝敗の行方は⁉︎
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。