南洋海戦物語〜人類の勇戦譚〜   作:イカ大王

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今回は少し長いですかねー。


第六十話 巨艦激闘

 

1

 

統合任務艦隊司令官のレイモンド・スプルースアンス少将は、鼻を突く煤煙の匂いで目を覚ました。

目を開け、薄ぼんやりとした意識のまま周囲を見渡し、状況を確認しようと努める。

そんな中、煤煙を吸って咳き込んだ。

 

ここで、自分が横たわっている事に気付く。

それと同時に、自分の右手が肩から先から消失しているのも、気付いていた。

 

「え?」

 

スプルーアンスは朦朧とする意識の中で自分の右肩を見つめ、慣れ親しんだ自分の右腕がないことをはっきりと認識する。

引き千切られたような切断部分からは、真っ赤な鮮血がただれ落ち、艦橋の床を朱に染めていた。

見るに耐えない惨状を見たスプルーアンスの表情は、すぐに驚愕のそれに変化した。

 

「ああ…うあああぁあぁぁ……あああぁぁ!」

 

すぐに絶叫を上げそうになったが、スプルーアンスは寸前でそれを飲み込む。

かすかに残っていた理性が、指揮官は常に冷静でいなければならない、という軍人としての常識を突き通していた。

本来ならばショック死ものの激痛がスプルーアンスを襲うはずだが、痛みの感覚はなかった。

戦いによってアドレナリンが出。身体が興奮状態にあるのかもしれない。

 

スプルーアンスは気をしっかり持ちながら、覚醒しつつある目で艦橋内を見渡した。

最初は自分の血で床が真っ赤になっているんだと思っていたが、自分から流出した量にしては多すぎる。

 

艦橋内部は、死屍累々の有様だった。

血まみれでいたるところが欠損している死体が目立ち、肉塊や落とされた体の部位が、血の泥寧の中に浮かんでいる。

壁や天井には血液がぶちまけられ、脂肪のような白い塊もこびりついていた。

周辺は鉄屑の堆積場のような状態であり、無数の破片やひん曲がった鉄骨などが散乱していた。

艦橋内部に視界を提供していた丸縁の窓は、全て割れており、大きくひしゃげけている。

 

艦橋左側には、あるはずの壁がない。

大穴が穿たれており、そこから暗闇の海面と炎上して停止している戦艦らしき艦影を遠望することができた。

それが味方戦艦か敵戦艦かわからないが、戦闘は終了しているようだ。

海域には、静寂が広がっている。

 

 

「何が…あったんだ…」

 

スプルーアンスはかすれた声で言った。

気を失う直前の記憶がない。

この艦橋の有様を見れば何が起こったかは大体予想できるが、自らが体験した記憶が思い出せなかった。

 

 

 

➖➖➖➖35分前➖➖➖➖

 

 

「だんちゃーく!」

 

ストップウォッチを握っている水兵がそう報告するやいなや、スプルーアンスは「ノース・カロライナ」が砲撃目標としている敵三番艦を見た。

 

敵三番艦は左後方を追撃して来ている。

水偵の吊光弾に照らされ、特徴的な三脚マストや艦体の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせていた。

 

だが十秒経っても、二十秒経っても、敵戦艦の艦上に命中弾の火焔は躍らない。

「ノース・カロライナ」の放った交互撃ち方第一射は、ル級戦艦を捉えるに至らなかったのだ。

初弾命中がかなり難しい事はスプルーアンスも知っている。だが、もしかしたら……という淡い期待が無かったわけではなかった。

 

「ノース・カロライナ」は第二射を撃つべく、やや沈黙する。

今頃、射撃指揮所ではサリー・デュロン中佐を始めとする砲術科員達が、着弾計算の修正を行っているのだろう。

 

続いて第二射を放つ。

各砲塔の二番砲身から紅蓮の焔が躍り、四十センチ砲弾三発を叩き出した。

一万六千メートルの距離を一飛びし、三番艦の周辺に着弾する。

水柱の姿は見えないため、精度が上がっているかはわからない。今は、サリー砲術長率いる射撃指揮所のメンバーが着弾を敵艦に近づけていることを信じるしかなかった。

 

命中弾を得るには、弾着観測を繰り返し、着実な精度アップを積み上げてゆく事が必要である。

混乱がまだ続いているのか、はたまた砲撃目標に迷っているのか、深海棲艦の戦艦三隻は沈黙を守っている。

JTFの“キング“、“クイーン”は、敵艦隊よりも先に砲撃を開始し、先手を取っているのだ。

 

 

その敵戦艦が砲撃を開始したのは、「ノース・カロライナ」が第三射を放った数秒後だった。

 

最初に一番艦のタ級戦艦が発砲し、それに続く形で二、三番艦のル級戦艦も主砲を撃つ。

撃った瞬間、吊光弾とは比べ物にならないような光量が閃らめき、くっきりとした艦影を洋上にさらけ出した。

 

すでに彼我の巡洋艦、駆逐艦の間でも戦端が開かれており、敵戦艦と「ノース・カロライナ」の間の海域では中口径砲や小口径砲の閃光が立て続けにきらめいている。

敵弾群はその海域の頭上を北東から南西に飛び、味方戦艦に殺到してくる。

 

(どの艦を狙ってくるのか…)

 

そんな中、スプルーアンスは独り言ちた。

 

現在、JTFの戦艦部隊は英戦艦二隻で一番艦のタ級に集中砲火を浴びせており、二番艦には「コロラド」を、三番艦には「ノース・カロライナ」を差し向けている。

 

自らを砲撃している戦艦を狙うのか。はたまた先と同じように米戦艦に火力を集中するのか……

 

 

特急列車が鉄橋を通過する音にも例えられる飛翔音が轟き始め、空気を震えさせる。

それが途切れた時、「ノース・カロライナ」の周辺の海面が滾り、八本の水柱が矢継ぎ早にそそり立った。

弾着位置は遠いようで、突き上がってくる水中爆発の衝撃は少ない。

それでも、四発ずつの着弾の衝撃は馬鹿にならなかった。

鈍い振動が伝わり、不気味な音が艦上に響き渡る。

 

その頃、「コロラド」も砲撃を受けている。

水柱の数は三本。タ級戦艦だろう。英戦艦二隻は相変わらず見逃されたままだ。

 

「はっきりしたな」

 

スプルーアンスは「コロラド」周辺に発生している水柱を見ながら言った。

 

深海棲艦は米戦艦への集中砲火を覆すつもりはないらしい。

距離が離れている「フッド」「プリンス・オブ・ウェールズ」を放置し、タ級が「コロラド」を、ル級二隻が「ノース・カロライナ」を砲撃しているのだ。

 

 

「ノース・カロライナ」の主砲はさらに吠え、十五〜二十秒ほどの間を開けて四射、五射、六射と次々と射弾を吐き出す。

それに対抗するようにル級二隻も撃ち、タ級も撃つ。

前方を航進している「コロラド」や、Z部隊の英戦艦二隻も主砲を放ち、自らの目標へと砲弾を叩き込む。

 

「『神々の運命(ラグナロック)』だ」

 

スプルーアンスは激しい砲声の中、ムーア参謀長がそう呟くのを聞いた。

「ラグナロック」ーーー北欧神話の最後を飾る巨人と神々の最終戦争である。

地球上の支配種である人類を「神々」に、その種に猛然と挑戦して来た深海棲艦を「巨人」にたとえたのかもしれない。

人類と深海棲艦の巨艦が暗闇で激しく戦う様を、古の時代に争い合った神と巨人に当てはめだろう。

 

北欧神話で記されているラグナロックの結末は、神々も巨人族も死闘の果てに死に絶え、宇宙ともども滅亡するというものだが、スプルーアンスは共倒れなどもってのほかだと考えている。

今起こっている「ラグナロック」は、神々の勝利で幕を引かせてやる…!と、闘志を燃やしていた。

 

 

ーーー「ノース・カロライナ」は第八射で命中弾を得ることができた。

 

目標としている三番艦の中央部に爆炎が躍り、火焔が湧き出した。

無数の黒い塵が照らされながら八方に飛び散り、海面に水飛沫を上げる。

心なしか、ル級が身震いしたように見えた。

 

よし(グッド)!」

 

スプルーアンスは手を打ち、歓喜の声を上げた。

初弾命中には劣るが、八回の交互撃ち方で命中弾を得れたのは比較的早い方である。

何よりも、敵三番艦に対して先手を取れたのは何事にも代え難い快挙だ。

 

敵三番艦は中央部に火災を発生させており、薄っすらと黒煙を引きずっている。

火災で輪郭を照らし出しており、吊光弾は必要なさそうだ。

 

そんな敵三番艦は、被弾にひるむ事なく反撃の砲火を放つ。

前部二箇所と後部二箇所に発射炎が閃らめき、黒煙を吹き飛ばしならが三十六センチ砲弾四発を発射した。

その前方を進む二番艦も発砲し、「ノース・カロライナ」に向かって巨弾四発を叩き出す。

 

時間差を開けて八発の敵弾が飛来してきた。

十回以上聞いている巨弾の飛翔音だが、慣れるものではない。

周辺の大気が鳴動し始め、徐々に高まってくる轟音を聞いていると、背筋に冷たいものがよぎる。

 

それが消えた瞬間。

艦首と第一主砲塔の間の甲板が閃光と共にめくり上がり、錨揚収機を粉砕した。

数枚の鋼板や木片、鎖が右舷側に吹き飛ばされ、豪雨のように海面にばら撒かれる。

それと同時に「ノース・カロライナ」の針路上に三本の水柱がそそり立った。

 

スプルーアンスが愕然とする中、敵二番艦の射弾が着弾する。

こちらの衝撃は三番艦ほど強くなかったが、一発が被弾した。

後ろから炸裂音が届き、鈍い打撃が艦体を貫く。

 

「第六、第七両用砲大破!」

 

「ノース・カロライナ」は一切スピードを落とす事なく、極太の水柱に艦首を突っ込む。

切り崩される水柱によって大量の海水が降り注ぐ中、スプルーアンスは信じられないような思いで前部甲板の被弾箇所を見つめている。

 

「ノース・カロライナ」を砲撃している二隻のル級は、立て続けに命中弾を得たのだ。

次からは、命中率の高い計二十四発の敵弾が飛来してくる事になる。

「ノース・カロライナ」は敵戦艦よりも先に砲撃を開始し、先に命中弾を得たが、そんな余裕などどっかに吹き飛んでしまっていた。

 

二発を喰らいながらも、「ノース・カロライナ」は第一斉射を放つ。

めくるめく閃光が視界内を支配し、今までの交互撃ち方とは比べ物にならない轟音が響き渡った。

強装薬の爆発エネルギーによって叩き出された九発の主砲弾は、ライフリングによって高速回転を与えられ、ル級戦艦の装甲をぶち抜くべく飛翔する。

 

着弾する寸前、敵三番艦の艦上にも凄まじい発射炎が光った。

二番艦すら照らし出し、間を空けて雷鳴のような砲声が届く。

直後、二番艦の艦上にも発砲の閃光が走り、重々しい砲声が轟く。

 

「ノース・カロライナ」に遅れず、二隻のル級も斉射に移ったのだ。

 

それらを押し込むように、「ノース・カロライナ」の第一斉射弾が落下した。

 

ル級戦艦の周囲に七、八本の水柱が林立し、後部に二回。直撃弾炸裂の火焔が湧き上がる。

さっきの被弾以上に艦体が震え、爆炎と破片が飛び散った。

 

水柱が引くと、艦後部にも火災が発生していることがわかる。

同時に、大規模な黒煙を発生させている。

第一斉射は三番艦に対して大きな被害を与えたのだ。

ル級の防御力は、四十センチ砲に対応したものではないのかもしれない。

 

入れ替わるようにして、敵戦艦の斉射弾が飛来する。

 

スプルーアンスが体を強張らせた刹那、敵弾が着弾した。

轟音と共に飛来した敵弾は「ノース・カロライナ」の至近に水柱を突き上げさせ、三度、後方から破壊音が響く。

 

被害報告が上がる前に、敵二番艦の斉射が着弾した。

 

再び至近弾の衝撃が艦を震わせ、艦底部から水中爆発の打撃が突きあがる。

それらの衝撃と競い合うように、頭上からハンマーで一撃されたかのような衝撃が艦橋を震わせた。

全員がよろけ、数名が転倒する。

新鋭戦艦の真新しい巨体が大きく揺れ、金属的な叫喚を鳴り響かせた。

 

どの程度の被害を受けたかは分からないが、二隻のル級を合わせて四発の巨弾が「ノース・カロライナ」を抉ったらしい。

条約の制約から逃れ、様々な新技術を取り入れた最新鋭戦艦とは言え、このまま何十回と斉射を受ければ被害が重なり、戦闘不能になることもあり得る。

 

スプルーアンスや艦橋要員の焦慮の気持ちは、徐々に大きくなっていった。

 

続く第二斉射では二発を喰らう。

一発は主砲の正面防楯に直撃し、鉄塊同士をぶつけたような音と共に弾き返されるが、二発目は艦橋直下に並べられている機銃座群を薙ぎ払った。

空の脅威から艦橋を守るために並べられていた一基のボフォース四十ミリ機銃座と六基のエリコン二十ミリ単装機銃が瞬時に鉄くずと化し、原型ととどめない無数の金属片が飛び散る。

 

艦橋に近いため、今までで一番の揺れが艦橋に襲いかかった。

左側の窓ガラスが粉微塵に砕け散り、大量の破片がスコールのように艦橋を叩いた。

信号員二人が血飛沫と共に弾け飛び、艦橋内に破片が舞った。

銃弾のような破片を受けた艦橋内の将兵は倒れ伏し、絶叫を上げる。

 

第三斉射では二番艦と三番艦で、合計五発を浴びる。

艦首甲板を大きく抉り取られて木片が吹っ飛び、直撃を受けた煙突は、首をはねられたように上半分を右舷海面に落下させる。

その影響で噴煙が逆流し、機関士達が咳き込んでいる最中、艦尾にも三十六センチ砲弾が命中した。

水偵収容用のクレーンと二基のカタパルトが木っ端微塵に爆砕され、甲板の鋼板共々航跡上にばら撒かれる。

残りの二発は艦中央の重要防御区画(ばイタルパート)に弾かれるが、命中した三ヶ所からは大規模な火災が発生し、「ノース・カロライナ」は三条の黒煙を引きずり始める。

 

第四斉射では、今までで最大の六発を喰らった。

内二発は主砲防楯や艦中央が弾き返して事なきを得るが、残り四発は甲板や装甲を貫いて内部で炸裂する。

一発は第三主砲塔の脇に命中し、バーヘットと電気回路を大きく傷つけた。

一軒家もの大きさの主砲が台座を歪ませされて傾き、旋回不能になる。

電路を破壊された事によって砲塔の照明が消え失せ、内部は暗闇に包まれた。

 

二発目は二番煙突と第三砲塔の間に位置している後部艦橋を直撃した。

軽巡クラスの小柄な艦橋が一撃で爆砕され、そのてっぺんに備え付けられてあった箱型のMk.37砲射撃指揮装置が甲板に落下する。

後部艦橋に寄り添うように屹立していたマストは中間あたりでへし折られ、右舷側の海面に倒れ込む。

 

三発目は第二煙突の基部に命中した。

周囲に並べられていた短艇をバラバラに吹き飛ばし、巨大な爆炎が躍る。

幸い、機関室に被害を及ぼすことはなかったが、高さ二十メートル以上の煙突が根元から引きちぎれ、両用砲を潰しながら右舷側に横転した。

 

四発目は「ノース・カロライナ」の教会の尖塔のような艦橋の頂点に命中する。

ノース・カロライナ級戦艦で新たに採用された二重防御式の円柱形艦橋が、ル級の巨弾を受けた刹那、真っ赤に膨れ上がり、砕けた。

大量の火の粉が飛び散る中、尖塔がハンマーで叩き潰されたブリキ缶のように変形し、測距儀や射撃管制レーダー、射撃指揮所までもがサリー・デュロン砲術長ら砲術科員達と共に爆砕された。

 

これで「ノース・カロライナ」は射撃中枢を失い、正確な射撃は不可能となったが、敵三番艦からの斉射弾はこれが最後だった。

 

「敵三番艦、速力低下!」

 

見張員が歓声を上げる。

スプルーアンスは、大火災によって浮かび上がっている敵三番艦を見やった。

眼下の機銃座から発生する黒煙で視界が悪いが、煙の合間から落伍しつつある三番艦の姿を見ることができる。

 

敵三番艦のル級は、原型を留めていない。

特徴的だった三脚マストと二本の煙突は跡形もなく消失しており、代わって大量の黒煙を据えている。

四基の三連装主砲も、前部二基後部一基の計三基が破壊されており、生き残った主砲も火を噴くことはない。

いたるところで火災を発生させており、その光が徹底的に破壊され尽くした艦上の有様を暗闇にさらけ出させていた。

 

 

多数の巨弾を被弾する中、「ノース・カロライナ」は三番艦に対して五回の斉射を実施し、交互撃ち方を含めると十発以上の四十センチ砲弾を直撃させている。

 

盟邦日本が、海軍史上類を見ない四十六センチ砲を搭載した「ヤマト」を就役させ、世界最強艦砲の座を譲った四十センチ砲だが、三大海軍国の海軍休日を支え、二十年以上に渡って最強艦砲であり続けた強力な砲である。

その破壊力は絶大であり、五回の斉射で敵三番艦を戦闘不能に陥れたのだ。

 

 

だが、「ノース・カロライナ」も手痛い被害を受けている。

艦橋の頂点に敵弾を喰らい、射撃中枢を破壊されたのはかなり致命的だった。

 

「敵二番艦は…」

 

スプルーアンスは、二番艦へと視線をずらす。

 

二番艦には「コロラド」が砲撃を実施している。

同艦は1923年就役の旧式戦艦とはいえ、ノース・カロライナ級と同じ四十センチ砲搭載艦である。

ビックセブンの一員でもあり、長らく合衆国最強の戦艦だった船だ。

 

そんな艦が砲撃しているんだ。そろそろ戦闘不能になるだろう…という思いがスプルーアンスにはあったが、その想いは裏切られることとなる。

 

敵二番艦は後部からかなりの黒煙を引きずっており、火災も発生しているが、戦闘力は失っていない。

黒煙を吹き飛ばし、火災を揺らめかせ、新たな斉射を放った。

 

「司令、『コロラド』が!」

 

その時、ムーア参謀長が正面を指差しながら叫んだ。

反射的に正面の海域を見る。

 

その視線の先には、巨大な火焔を背負い、傾きながら右に回頭する「コロラド」の姿があった。

 

「『コロラド』、隊列を離脱します」

 

「『コロラド』より入電。“我、操舵不能。戦列維持困難ナリ”」

 

見張員が報告し、次いで奇跡的に通信アンテナが残っていたのだろう…通信士が報告を上げた。

 

「やられたか…!」

 

スプルーアンスは苦り切った声を上げた。

 

「コロラド」は敵二番艦を砲撃していたが、一番艦から砲撃を受けている。

タ級からの砲撃に耐えきれず、舵を破壊されたのだろう。

舵を破壊されれば、いかに「コロラド」ほどの巨艦だろうと、海流によって流されてしまう。

 

 

敵二番艦の斉射が落下してくる。

 

着弾した刹那、衝撃が「ノース・カロライナ」を貫き、後部から敵弾炸裂の轟音が二度届いた。

怒号と化した被害報告や対処命令が艦橋内を飛び交い、ムーア参謀長が「どうするんですか?」と言いたげな顔を向けてくる。

 

「コロラド」がやられた以上、手負いの二番艦は「ノース・カロライナ」単艦でどうにかしなけばならない。

隊列前方の英戦艦二隻に対して、タ級を戦闘不能にできていないところを見ると、援護を求めることもできないだろう。

“ルーク”や“ナイト”も、敵巡洋艦や駆逐艦の牽制で手一杯のようだ。

 

「“キング1”針路90度。最大戦速」

 

スプルーアンスは凛とした声で命じた。

それを聞いた艦橋要員らは、皆一様に目を剥いた。

針路90度は、敵戦艦に肉薄する針路である。「ノース・カロライナ」はすでに中破以上の被害を被っており、そんなことをしたら被害がかさみ、最悪沈没もあり得るかもしれない。

 

「そ、そんなことをしたらタ級からも砲撃を受けるかもしれませんし、それに至近距離から放たれる三十六センチ砲弾は『ノース・カロライナ』のバイタルパートでも余裕で貫通されます」

 

「90度だ」

 

ムーアの言葉に、スプルーアンスは有無を言わさない口調で言った。

 

スプルーアンスはムーアの言いたいことは理解している。

針路90度に変針すれば、「コロラド」を撃破したタ級戦艦も、「英艦隊よりも狙い易い」と見て「ノース・カロライナ」を砲撃をするかもしれないし、距離が詰まればバイタルパートのどこに命中しても、三十六センチ砲弾はたやすく貫通するだろう。

 

だが、射撃指揮所を失い、射撃精度が著しく低下させた「ノース・カロライナ」が敵二番艦を仕留めるには、これしかなかった。

 

素早く動いたのは、ステンレス艦長だった。

 

「取舵一杯。針路90度!」

 

「ノース・カロライナ」は一分ほど直進した後、艦首を左に滑らせる。

その間に新たに一発を食らったが、主砲の正面防楯で弾き返した。

 

「舵中央!」

 

90度。すなわち真東を向く手前でサイモン・キッド航海長が操舵室に下令し、余力で「ノース・カロライナ」は90度に乗る。

直進に戻ると、左前方に敵二番艦が、右前方に敵一番艦が見えている。

 

「至近距離の砲戦でカタをつける……!」

 

その二隻を睨みつけながら、スプルーアンスは覚悟を決めて言うのだった。

 

 

 

 

第六十話 「巨艦激闘」







感想待っとります!
次あたりで決着かなぁ〜と…たぶん

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