南洋海戦物語〜人類の勇戦譚〜   作:イカ大王

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決着ですかね


第六十一話 死闘の果てに

 

1

 

「最大戦速。突っ込め!」

 

航海長のサイモン・キッド中佐が顔を引きつらせながら叫んだ。

 

今までコロラド級に合わせて二十一ノットで航行していた「ノース・カロライナ」は、最大速度の二十七ノットに増速する。

十二万七千五百馬力と、条約型戦艦の四倍以上の力をもつ推力機関が全力運転を開始し、周辺の海面を泡立せる。

艦の鼓動が徐々に高まり、風切り音が響き始めた。

 

針路90度に乗ったため、左前方に敵二番艦を、右前方に敵一番艦をそれぞれ遠望することができる。

ル級戦艦の距離は一万メートル程だが、タ級戦艦とは一万メートル以上の距離が開いている。二隻とも火炎を背負っており、海上にその姿を浮かび上がらせていた。

 

「射撃目標、二番艦のル級。各砲塔の直接照準で行く」

 

ステンレス艦長が、艦橋付の砲術士に言う。

砲術士は素早く第一、第二砲塔への艦内電話に飛びつき、二、三語でステンレスの命令を伝達した。

今まで左真横を向いていた主砲二基がゆっくりと正面に近い左前方へと旋回し、計六門の砲身に仰角をかける。

 

艦橋トップと後部艦橋の射撃指揮所はル級の主砲弾で爆砕され、測距儀と射撃管制レーダーは使用不能に陥っている。

砲術長も戦死し、「ノース・カロライナ」は射撃管制の中枢を失ってしまった。

各主砲塔にはそれぞれ個別で小型測距儀が搭載されており、射撃は可能だが、正確さは望めない。

 

それでも、ル級戦艦に肉薄することで、命中精度を高めることはできる。

 

スプルーアンスがやろうとしていることは、まさにそれだった。

 

 

ル級が発砲するのと、「ノース・カロライナ」が発砲するのは、ほとんど同時だった。

左前方にめくるめく閃光がほとばしり、ル級の艦影を浮かび上がらせた刹那、目の前の第一砲塔が発砲し、続いて第二砲塔も発砲した。

二基とも斉射だ。二人の砲台長は、発射弾数を増やすことで命中率を高めようと考えているのかもしれない。

 

ほぼ正面に向けてぶっ放したため、「ノース・カロライナ」がやや制動されたような錯覚をスプルーアンスは味わった。

 

主砲発射の残響が消える頃、それに代わるようにして敵弾の飛翔音が轟き始める。

湿気を含んだ南国の空気が振動し、名状しがたい威圧感が「ノース・カロライナ」を包み込む。

 

それが途切れた瞬間、「ノース・カロライナ」の左舷に十本前後の水柱が奔騰した。

巨体が右に仰け反り、艦体がやや軋む。

敵弾が浅い角度で海面に突入したからだろう、水柱の形は今までの「柱」ではなく、逆円錐状の形に変化し、大量の海水を舞い上げさせていた。

 

そんな中、ル級の手前にも水柱が上がり、神隠しのように敵戦艦の姿を隠す。

一瞬轟沈したようにも見えるが、数秒後に水柱が引くと、先と変わらない健全な姿で前進を続けている。

 

「ノース・カロライナ」も、ル級戦艦も発砲を繰り返す。

ル級は四十秒ほど毎に、「ノース・カロライナ」は前部主砲二基が交互に撃っているので十五、六秒毎に、それぞれ射弾を叩き出す。

六発の四十センチ砲弾と、十二発の三十六センチ砲弾が飛び交い、至近距離に着弾しては異形な水柱をそそり立たせる。

 

有効射程に入ったのだろう。

ステンレス艦長が「両用砲、射撃開始!」を下令した。

一拍の間を開けて、左舷側の生き残った両用砲がル級に対して火を噴き始める。

主砲には劣るものの、独特の凄みをもつ砲声が立て続けに轟く。

主砲より発射音、衝撃共に少ないが、なんと言っても数が多い。

主砲が一回撃つ度に三、四回発砲し、大量の十二.七センチ砲弾をル級に浴びせる。

 

事はル級戦艦でも同様だ。

主砲の発射光に紛れて、上部構造物の側面に小規模な発射炎を立て続けに閃らめかせる。

やや間を開けて着弾し、「ノース・カロライナ」の周囲に小さな水柱を多数、噴き上げさせ始めた。

 

お互い、ほぼ直角に交わる針路に沿って進んでいるため、距離は一万、九千、八千、七千メートルと、どんどん近づいてゆく。

ついさっきまで水平線近くに浮かぶボートのようだったル級戦艦が、瞬く間に大きくなって行き、艦上の細部まで把握できるようになる。

 

「距離五千五百ヤード(約五千メートル)!」

 

の報告が入った時、「ノース・カロライナ」を凄まじい衝撃が襲いかかった。

新型戦艦の巨体がサンフランシスコ大地震のように震え、艦橋の全員が悲鳴と共に倒れ伏す。

スプルーアンスも耐えきれず、床に這った。

艦内の照明が激しく点滅し、艦上に堆積された残骸が海面にばら撒かれる。

上部構造物同士が共鳴し、不気味な異音が「ノース・カロライナ」を包み込んだ。

 

「ど、どこに喰らった⁉︎」

 

スレンレス艦長が、顔を蒼白にしながら叫んだ。

五千五百ヤードの距離は、戦艦同士が撃ち合うに近すぎる。

 

「ノース・カロライナ」は艦齢が若く、装甲の耐久力も三十六センチ砲程度なら跳ね返すことが可能だが、それは想定内の決戦距離に限られる。

六千ヤード以下の至近距離は想定外であり、そんな距離から放たれた三十六センチ弾を受ければ、だった一発でも戦闘不能にされる可能性があった。

 

「艦首大破!」

 

いち早く被弾箇所を発見したのだろう、サイモン航海長が報告する。

 

ル級から放たれた巨弾の一発が、「ノース・カロライナ」の艦首に浅い角度で直撃したようだ。

丸みを帯びた艦首は原型を留めておらず、ごっそりとえぐり取られている。

さっきの衝撃は、凄まじい打撃力が「ノース・カロライナ」の艦首から艦尾までを串刺しにしたものだったのだ。

 

幸い、浸水は発生していない。

「ノース・カロライナ」は艦首を破壊されながらも、敵二番艦との距離を詰める。

 

 

以来、お互いに命中弾は得られない。

副砲弾は命中しているようだが、巨弾が互いの装甲を貫くことはない。

二隻の巨艦は高速で海面を移動し、位置関係は目まぐるしく変化している。

そんな状態で主砲弾を直撃させるのは、至難の業のようだ。

 

「ノース・カロライナ」の方が速力が上なのだろう、ついさっきまではほぼ真っ正面に向いていた二基の主砲が、時間が経つにつれて左に旋回し、距離三千メートルをきる頃には左真横を向いている。

逆にル級は頭を抑えられることとなり、射界から外れた後部主砲が使用不能になっている。

「ノース・カロライナ」も敵弾を喰らって後部主砲が旋回不能なため、使用可能な主砲の門数は互角になっていた。

 

 

 

決着は唐突に着いた。

 

 

 

飛来する敵弾の一発が、「ノース・カロライナ」の艦橋を左から右へ貫く。

左側の壁が瞬時に切り裂かれ、壁を構成していた資材が大量の破片となって艦橋内にぶちまけられた。

艦橋内の要員の大半は自分の身に何が起こったかを理解する前に即死し、天地がひっくり返った…と思わせる程の振動によって弾き飛ばされる。

 

「……!」

 

スプルーアンスも例外ではない。被弾した刹那、破局を予感する。

真っ赤に染まった巨弾が内部を通過し、衝撃波で隔壁に叩きつけられた。

無数の鋭利な破片が身体中をえぐり、巨大な破片が右腕を切断する。

凄まじい激痛に喘いだ刹那、頭部を強打し、意識を暗転させた。

 

 

ーーー艦橋内に左から突入してきた三十六センチ砲弾は、将兵をなぎ倒しながら右の壁を貫き、艦橋外へ飛ぶ。

敵弾は炸裂しなかった。距離が近すぎ、信管が作動しなかったのかもしれない。

しかし、艦橋をかすっただけであったが、敵弾は一秒に満たない間に「ノース・カロライナ」の艦橋内部を地獄へと変化させたのだ。

 

 

 

そんな中、「ノース・カロライナ」が被弾する直前に放った四十センチ砲弾も、ル級戦艦を捉えている。

緩やかなカーブを描いて着弾した六発のうち、二発が命中した。

 

一発は艦首喫水線下に飛び込み、ここで炸裂する。

魚雷直撃に匹敵する打撃が喫水線下を粉砕し、大穴を穿つ。

大量の海水が怒涛の勢いで侵入し、瞬く間に第一砲塔直下まで海水が到達した。

ル級の巨体が前のめりになり、速力が落ちる。

 

この一発のみでも致命傷だが、二発目ではより決定的な破局が訪れた。

 

至近距離から放たれた四十センチ砲弾は、ほとんど初速を失うことなく第一主砲塔を貫通し、弾薬庫で炸裂したのだ。

三本の砲身が宙を舞い、主砲の天蓋、側面が内側から食い破られた。

跡形もなくなった主砲跡から巨大な火柱がそそり立ち、多数の火の粉と塵が八方に飛び散る。

多数の砲弾が同時に誘爆し、凄まじい爆風と火焔が艦内を蹂躙した。

雷鳴を数十倍にしたような大音響と共に艦体が二つに切断され、断面部分が溶鉱炉から取り出した鉄のように真っ赤に染まる。

 

二つに分離した艦体のうち、一発目によって浸水が進んでいた前部はすぐに海面下に引きずり込まれ、後部は水蒸気を発しながら漂い始めた。

弾薬庫誘爆を受けたル級は前部二割を引き千切られて停止し、黒々とした黒煙を上げ始める。

果敢に発砲していた主砲は全て沈黙し、艦体は前から後ろまで全て業火に焼かれていた。

 

 

大戦果な筈だが、「ノース・カロライナ」の艦橋でその戦果を喜べるものは一人もいない。

合衆国が満を持して送り出した新鋭戦艦は、数十発の三十六センチ砲弾を艦体や上部構造物に喰らったことにより、完全に戦闘力を喪失していた。

 

深海棲艦の戦艦を打ち破った人類艦隊の旗艦は、撃沈確実となった敵戦艦を目の前に、傷ついた体をマニラ沖に浮かべ続けていた。

 

 

 

2

 

ベネディクト・カミングス軍曹は、「ノース・カロライナ」ダメージ・コントロール・チーム第三班のチーフを務めていた。

“セントラル・ガード”作戦発動時は、艦内の即応待機室で隊員と共にに詰めており、「ノース・カロライナ」が被害を受けた時には、素早く現場に急行できるように待機していた。

 

いざ海戦が開始されてみると、中盤まで「ノース・カロライナ」は被雷も被弾もしなかったが、敵戦艦との砲戦に移ると、今まで無傷だったのを取り戻すかのように、怒涛の勢いで被弾し始めることになる。

そんな中、カミングスの三班は自らの担当区画のみならず、時には防火服に身を包んで火災に立ち向かい、浸水報告があれば隔壁補強用の木材を片手に艦底部まで降り、被害箇所に負傷者がいたら応急処置を施し、鍛え抜かれた肉体を駆使して医務室まで運んだ。

 

 

そんな作業を開始してから早30分。身体が疲労を感じ始めた頃、ダメコン第一班チーフのトーマス・ガッシュ少尉がすれ違いざまにカミングスに言った。

 

「カミングス、羅針艦橋がやられたらしい!急行してくれ!」

 

了解(アイサー)!」

 

カミングスは短く返答し、次いで隊員を振り返った。

 

「艦橋に行くぞ。誰か軍医を引っ張って来い」

 

全てを言い切る前に、艦橋へ繋がる階段(ラッタル)へと足を向ける。

一人の隊員が医務室へ走って行き、残りはカミングスに続いてラッタルを駆け上る。

 

(さっきの衝撃か…)

 

ラッタルを登り、いくつもある隔壁をまたいで艦橋へ向かう中、さきの出来事がカミングスの脳裏をよぎった。

 

「ノース・カロライナ」が変針した後、二度の強烈な衝撃があった。

一つ目は艦首方面からであり、正面から後方までを衝撃波が貫いたのを覚えている。

二つ目は頭上から来た。

ハンマーで頭を一撃されたような打撃が艦を振動させ、同じく頭上から金属的な破壊音が響き渡ったのを覚えている。

 

その時は「もしや…」と思っていたが、カミングスの予感通り、艦橋が直撃弾を受けていたようだ。

艦橋ではレイモンド・スプルーアンス少将をはじめとするアジア艦隊司令部が指揮をとっていたはずであり、ステンレス艦長やサイモン航海長、サリー砲術長をはじめとする艦首脳もいたはずだ。

直撃弾を受けたなら、重症を負っているかもしれない。最悪、有能な士官をうしなうかもしれない

 

カミングスは、彼らの安否が心配だった。

 

 

艦内地図は頭に入っており、素早く艦橋前に到達する。

被弾で歪んでいた隔壁を取り外し、到着した軍医と共に艦橋内になだれ込んだ。

 

艦橋内に入った瞬間、カミングスは絶句する。

第三班隊員の目の前に、凄惨な光景が広がった。

 

「これは…!」

 

所属軍医の一人であるクリストファー・マイルズ軍医が、驚愕の声を上げる。

 

艦橋の左右に大穴が開いており、床には無数の斬死体や肉塊が横たわっている。明らかに人体の一部だとわかるものも、鉄屑と共に転がっている。

血の匂いが鼻を突き、穴から入ってきた煤煙を含んだ風がカミングスの頰を撫でた。

 

「かかれ!」

 

数秒間呆気にとられていたカミングスだが、自らのやらなければならない役割を思い出し、我に帰る。

そして隊員に向かって大声で言った。半分は、自分自身に対してだった。

 

足の踏み場もない惨状だが、ダメコン要員は負傷者の捜索を開始する。

 

(生存者はいないかもしれん)

 

カミングスは横たわっている将兵を一人一人確認するが、息をしているものはいない。

五体満足な遺体は一つもなく、肉塊が血の泥濘の中に浮かんでいるようにしか見えないものもあった。

砲弾の直撃は、艦橋内部をこれほどの地獄に変えてしまうものなのか…と、カミングスは呟いた。

 

「生存者だ!」

 

カミングスの胸中に絶望感が湧き出した時、隊員の声が艦橋内に響いた。

カミングスは声を発した隊員の方へと向かい、砲弾直撃を生き延びた負傷者と対面する。

制帽は被っていないが、明らかに将校クラスの軍服に身を包んだ初老の男性だ。

意識はあるようで、半開きの瞼で周囲を見渡している。

軍服はところどころが擦り切れ、穴が空いている。そうではないところも、黒い煤や血がこびりついてる。

暗闇も相まって、はっきりと誰なのかは分からなかった。

 

「しっかりしろ!」

 

カミングスはなるべく大きい声で呼びかけ、生存者の背中に手を回す。

マイルズ軍医と担架を持った二人の水兵が飛んできて、生存者を取り囲んだ。

 

ここでカミングスはあることに気付き、ぎょっとした。

この生存者には右手がない。二の腕の中間部から先が無く、断面から鮮血が垂れ流れている。

 

「……艦……勝った…か……?」

 

右腕を落とされながら、生存者は口を開いた。

モゴモゴとしており、カミングスには聞こえなかったが「喋らないでください。今、ドクターが応急処置を行います」となるべく安心させるように言った。

 

だが、生存者は黙らなかった。

左手でカミングスの肩を掴み、顔を近づけながら大きな声で言った。

 

「…艦隊、は……勝ったか?」

 

今度はカミングスにも聞き取ることができた。

それを聞いて困惑する。

自身はひたすら艦内でダメージ・コントロールに駆け回っていたため、海戦の戦況は考えの外だった。

 

「勝ちました、提督。敵艦隊は全滅です」

 

マイルズ軍医が、止血処置を施しながら言った。

それが生存者を安心させるために言った嘘なのか、事実なのか、カミングスには分からなかった。

「提督」と言われた男性は、それを聞くとゆっくりと瞼を閉じ、微笑を浮かべる。

 

「止血はやった。モルヒネも効いてる。担架で運び出せ」

 

処置を終えたマイルズ軍医は水兵二人に言い、立ち上がる。

 

「チーフ。他に生存者はいません。駆逐艦が近づいてきています」

 

部下が報告を上げる。

それを聞いて船外を見渡すと、二隻の駆逐艦が接近してくるのがわかった。

艦影から、味方のベンソン級駆逐艦だろう。「ノース・カロライナ」の消火活動に協力しようとしているのかもしれない。

 

「戻るぞ!」

 

カミングスは一喝するように言った。

 

 

「ノース・カロライナ」は戦闘不能で戦列を離れたが、ダメージ・コントロール・チームの戦いは終わらない。

逆に、新しい局面に入ったと言えよう。新鋭戦艦を母港に返す戦いが、今始まったのだ。

 

 

 

 

 

第六十一話「死闘の果てに」








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