南洋海戦物語〜人類の勇戦譚〜   作:イカ大王

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極東打通作戦完遂


第六十二話 終焉の光

1

 

“KD”作戦の最終局面は、第三次ルソン島沖海戦の翌日ーーー10月7日に始まった。

 

 

一群の航空機が、ルソン島上空を北から南へ飛行している。

 

機種は三種。

群の約半分を締める航空機は、葉巻のような胴体に、広い翼面積の翼をくっつけた中型爆撃機である。

機体は深緑に塗装され、主翼には一基ずつ、計二基の発動機をぶら下げた双発機であり、その主翼には赤々とした日の丸が描かれている。

 

日本帝国海軍が採用した最新の陸上攻撃機、一式陸攻だ。

 

その機体が合計四十六機、地上すれすれの低空をひたすら南へと向かっていた。

その編隊を周りを、二十七機の戦闘機が固めている。

華奢な体つきだが、凄まじい旋回性能と二十ミリ機銃二門の高火力を持ち、一躍日本軍最強戦闘機に駆け上がった零式艦上戦闘機である。

 

更にこれら七十三機の前方には、双発双胴の異様な機体ーーーP38“ライトニング”が二十四機、日本軍航空部隊の露払いのように展開していた。

 

「敵戦闘機は来ない…か。やはり、飛行場姫は完全に破壊されたようだな」

 

合計九十六機の攻撃隊の指揮を執る高雄航空隊飛行隊長の高嶋稔(たかしま みのる)少佐は、小さな雲が散らばる空を見上げながら呟いた。

 

 

10月6日の早朝から始まったルソン島制空権奪還戦は、辛くも人類の勝利で終わり、深海棲艦の飛行場姫を全て破壊した。

高嶋率いる攻撃隊の任務には、ルソン島の敵航空基地が完全に破壊されているかを確かめることも、その一つに入っている。

クラーク飛行場姫の至近を飛行し、甲型戦闘機が迎撃してくるのか確かめるのだ。

 

攻撃隊の現在位置は、クラークの北方四十浬。

至近距離とは言い難いが、航空機では数十分で到達できる距離である。

その距離に至るまでに敵機の迎撃はないため、高嶋の「飛行場姫は完全破壊されている」とい考えは確信に変わっていた。

 

 

ーーークラーク上空を通過してから十数分後。

 

「“ソルト・リーダー”より“アーチャー1”。()()を視認」

 

前方を進む“ソルト”の呼び出し符丁をかされたP38隊から、「目標」を視界内に捉えた旨、報告が入る。

 

(牙城…ね)

 

高嶋は、米軍戦闘機隊指揮官からの通信を反芻した。

 

確かに、これから爆撃する所は「牙城」の名にふさわしい。

長らく深海棲艦極東領域の本拠地とみなされており、人類の侵入を頑なに拒み続けた場所だ。

接近を試みた人類の部隊は、艦艇、航空機問わず、潜水艦でさえも熾烈な攻撃に晒され、多くの優秀な将兵が命を散らし、撃退された。

その「牙城」は、深海棲艦の一大軍事拠点たるルソン島の中央に位置し、三つの飛行場姫に囲まれ、近郊のマニラ湾には、強力な敵極東艦隊が睨みを利かせていた場所である。

深海棲艦の一大戦力が集結しており、3月1日以来人類が一歩も踏み入れることのできなかった魔の領域だ。

 

日本にとっては、南方油田航路を断ち切る巨大な楔として、アメリカにとっては、極東に保有する唯一無二の侵略された自国領土として、イギリスにとっては、インドやマレーを脅かし大英帝国の威信を失墜させようとする仇敵として、長らく存在していたのだ。

 

 

だが、それは終焉を迎えようとしている。

 

「牙城」を守るように展開していた三つの飛行場姫も、マニラ湾の強大な極東艦隊も、日米英軍の真正面からの大作戦によって打ち砕かれ、作戦の巨大な障壁となっていたハワイの太平洋艦隊も、第一艦隊によって大損害を与えられ、敗走した。

 

今や「牙城」の攻撃を遮るものは何もない。

人類は大きな被害を被りつつも、勝利への道を切り開いたのだ。

 

 

 

「“アーチャー1”より“アーチャー(高雄航空隊)”、“三沢航空隊(セイヴァー)”全機。爆撃高度へ上昇せよ、最後に深海棲艦に綺麗な花火を見せてやれ!」

 

「応!」

 

高嶋の鼓舞する声に、陸攻搭乗員の返答が唱和する。

 

合計四十六機の一式陸攻は、高嶋機を先頭に上昇に転ずる。

今までは敵戦闘機に備えて低空を飛んでいたが、飛行場姫が破壊されているのを確認したため、律儀に低空飛行をする必要はない。

 

五十機程の陸攻が上昇する様は、「ここは人類の空だ」と言っているように思えた。

 

 

高度が上がるにつれて、目標が見えてくる。

今までルソン島の激しい起伏の地形に邪魔されて見えなかったが、間違いない。攻撃隊の目標たる「南方棲鬼」だ。

 

「あれが…『南方棲鬼』か…」

 

高嶋は陸攻隊を誘いつつ、呟いた。

 

マニラ湾のほとりーーー旧マニラ市街地の中心にそびえ立つ巨大構造物だ。

自動車のタイヤを横に倒したような低い円柱形をしており、一見すると馬鹿でかい樹木の切り株にも見える。

緻密な写真分析によると、標高は149mで直径は547m。このような巨大な建造物は日本にはなく、世界中にもない。

 

写真で見るものよりも大きく見え、腹に抱いて来た八十番(800kg徹甲爆弾)で破壊できるのか?という疑問が、高嶋の能力をよぎった。

だが部隊は爆撃コースに入っている。ここは少しの疑問など断ち切り、爆撃に集中しようと自らに言い聞かせた。

 

 

その時、南方棲鬼の周辺に多数の発射炎が閃らめいた。

高嶋が息を呑んだ刹那、一式陸攻四十六機の周囲に対空砲弾炸裂の爆発が立て続けに発生する。

 

「…!」

 

高嶋は歯を食いしばりながら、爆撃手の指示に従って機体を操る。

 

事前の打ち合わせで「南方棲鬼周辺の対空砲は強力で、何機もの偵察機が撃ち落とされている」と注意を受けていたが、これは想像以上だ。

息つく間もなく敵弾が炸裂し、衝撃波が機体を揺らし、弾子が雨だれのような音を立てて機体を叩く。

 

高嶋機の左後方を追走していた陸攻が被弾した。

正面で敵弾炸裂の受けたため、機首の爆撃手席が瞬く間に粉砕され、飛来した弾子によって二名の操縦士が即死する。

弾丸のような勢いを持った破片がエンジン内に飛び込み、右主翼のプロペラが黒煙を吐き出しながら停止した。

 

「“アーチャー14”被弾!」

 

尾部の機銃座を担当する兵が、報告する。

高嶋は罵声を発しながらも、機体を爆撃コースに乗せ続けた。

 

 

二機目の被弾機は、そのさらに後方を追っていた陸攻だった。

位置的に、“セイヴァー”隊の機体だったかもしれないが、真相は定かではない。

 

バックミラーに写っている陸攻が、敵弾炸裂の硝煙に遮られ見えなくなった…と感じた刹那、右主翼をばっさりとちぎり飛ばされた陸攻が、その下から姿を現す。

その陸攻はきりもみ状態になりながら高度を下げ、ルソンの深緑の大地に激突して爆炎を躍らせた。

 

三機目は超至近距離で炸裂を受けた。

瞬時に巨大な機体が粉々に砕け散り、搭載していた八十番が誘爆したのか…一際大きな爆発を空中にひき起した。

八方に散った無数の破片が、一つ一つ白煙を引きずりながら地面へと向かう。

 

「まずいな」

 

高嶋は小さく呟いた。

 

陸攻隊は二十、三十機がいっぺんに墜とらされているわけではない。

全体の機数を見ても、被害は少ないだろう。

だが、それでも一機、また一機と撃墜されては、巨大な南方棲機を破壊できるだけの投弾数に間に合わなくなるもしれない。

 

「戦闘機隊、突入します!」

 

その時、副操縦士の山上直樹(やまがみ なおき)中尉が、歓喜の声を上げた。

高嶋が下方を見下ろすと、南方棲鬼に接近するP38隊の姿と、それに続く零戦隊の姿が見えた。

 

陸攻隊の苦境を見て、日米戦闘機隊が敵対空火器の制圧にかかったのだ。

 

 

先陣を切って突入したP38が対空砲の集中砲火を浴びてバラバラに砕けるが、後続のP38は怯むことなく距離を詰め、機首に集中搭載した機関砲を敵高射砲台に叩き込む。

 

多数の火花が砲身や台座に散り、黒煙を上げて動かなくなる。

その直後には頭上を風を巻いてP38が通過し、投下された500kg爆弾二発を叩きつけた。

高射砲は台座ごと爆砕され、周辺の土砂と砲身が吹っ飛ばされる。

 

敵対空砲陣地に突入したP38は手当たり次第に機関砲弾を乱射し、対空砲制圧用に搭載して来た陸用爆弾を投下する。

何条もの爆炎が上がり、破壊された砲座は鉄くずに変化し、その骸を横たえる。

 

やや遅れて、零戦も攻撃に加わる。

陸攻の護衛として来たために爆弾は搭載していないが、P38よりも火力の高い機関砲と、その俊敏さを駆使して敵の砲座を一つ、また一つと沈黙させていく。

 

敵の高射砲は素早く動く戦闘機に追従できないが、近接防御用に配されていた敵機銃座が、我こそはと火を噴く。

機銃弾を受けた零戦は大きな火焔とともに砕け、被弾したP38は白煙を引きずりながら南方棲鬼の上空をのたうつ。

 

だが、反撃の射弾を放った機銃座は戦闘機パイロットに目をつけられ、無数の機体が殺到する。

なおも機銃弾を吐き出し続けるが、人類の戦闘機はひらりと躱し、多数の20mm弾、12.7mm弾、7.7mm弾を叩き込んだ。

機銃座は沈黙し、落下して来た500kg爆弾によって徹底的に破壊された。

 

それでも、生き残った敵対空砲は南方棲鬼を守るべく、攻撃を続ける。

戦闘機隊の爆撃や機銃掃射によって大多数が破壊されても、残った高射砲は高速弾を遥かな高みへと撃ち上げ続ける。

 

まもなく、その抵抗が終わる時が来た。

 

「敵高射砲は制圧」

 

“ソルト”から、報告が上がる。

 

「正面下方、『南方棲鬼』。我を遮る敵なし!」

 

山上が宣言するように言った。

 

「投下!」

 

爆撃手が、力を込めて言う。

 

刹那、足元から機械的な音響が鳴り、機体がヒョイっと浮き上がる。

800kgの重量をもつ爆弾を切り離した影響で、機体が急激に軽くなったためだ。

 

「後続機。順次爆弾投下!」

 

報告が上がる。

 

八十番は、長門型戦艦の主砲弾を改良して開発されたもので、戦艦の分厚い装甲を貫くことを目的に開発された。

高度数千の高みから投下された八十番は、重力によって加速されるため、戦艦主砲弾に匹敵する破壊力がある。

その巨大徹甲爆弾が四十発以上、投下されたのだ。南方棲鬼は巨大なため、万が一にも外すことない。

 

 

「さらばだ。南方棲鬼!」

 

 

破壊できることを確信し、高嶋はそんな言葉を投げかけた。

多数の八十番が、落下して行くのが見える。

 

 

高嶋は、着弾するのを待った。

 

 

 

 

 

第六十二話 「終焉の光」






これで大きな区切りです!
次からはちょっと挟んで新たな物語の局面に移ります!

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