南洋海戦物語〜人類の勇戦譚〜   作:イカ大王

65 / 90
最近暑くなって来たと思うこの頃。

以前出た戦車兵が登場します。


ひと時の平和
第六十三話 牙城陥落


1941年11月15日

 

1

「でっけぇなぁ」

 

日本帝国陸軍戦車第七連隊第一中隊長の西住明仁(にしずみ あきひと)中尉は、一〇〇式中戦車の砲塔上に寝そべりながら呟いた。

 

 

視界の先には、フィリピンの強烈な日光に照りつけられ、旧マニラ中心街に屹立する深海棲艦の巨大構造物ーーー南方棲鬼の姿が見えている。

凄まじく巨大なため、視野一杯にひろがっている。

見上げんばかりの大きさに、初めてこれを見た時は「でかい!」と頓狂な声を上げてしまった。

 

南方棲鬼は随所に被弾の痕跡をとどめており、火災が発生しているのか…黒煙を吹き上げている。

詳しくは知らないが、海軍の陸攻が爆撃を実施したらしい。相当な破壊力のある爆弾で破壊されたのだろう、地上から見てもいたるところに大穴が穿たれているのがわかった。

 

その周辺には、破壊された敵高射砲陣地や、損傷度が大きく体液を流しながらうなだれるDD、頭部に穴を穿たれて擱座しているBDなどが、ちらほらとその屍を横たえている。

 

 

第一中隊はそれらを真正面から受け止める形で、横一列に展開しいる。

車輌ごとにある程度の間隔を開け、直径五十ミリの主砲はいつでも発射できるように仰角をかけていた。

 

「中隊長さん」

 

砲塔側面のハッチを開け、砲手の五十鈴勝之助(いすゞ かつのすけ)軍曹が話しかけてくる。

天賦の際と思えるほどの射撃の腕を持つ砲手だ。南満洲紛争の時から西住の部下であり、古参兵の持つ独特の空気を醸し出していた。

 

「フィリピンの陽気を楽しむのもいいですが、角谷さん(戦車第七連隊連隊長 陸軍中佐)に見つかったらどやされますぜ。一応警戒中なんだから」

 

続いて、反対側のハッチから装填手の秋山直也(あきやま なおや)伍長も、微笑を浮かべながら西住に言った。

 

「そーですよ。ここらへんは占領したからって、つい数日前まで敵の本拠地だったんですからね。万が一ってこともありますよ」

 

 

 

ーーー日本陸軍による極東の深海棲艦支配地域への侵攻は、“KD”作戦終了後、迅速に実施された。

 

日本軍としては一刻も早い南方資源帯からの石油輸入を開始したかったため、作戦前から南方侵攻部隊の編成を進めており、その結果、南方棲鬼破壊と飛行場姫沈黙が確認された10月7日の一週間後の10月14日に北ルソンに、その二日後の16日には極東有数の油田精油所であるパリクパパン、パレンバンがあるスマトラ島、ボルネオ島に上陸した。

 

同日より北ルソンに上陸した本間雅晴(ほんま まさはる)大将率いる第十四軍は、同地の米極東陸軍(USAFFE)、第二次ルソン島沖海戦で一足先に揚陸されていた戦車第七連隊と合流し、フィリピンに展開していた深海棲艦地上軍との戦闘に突入することとなる。

 

だが、第十四軍の予想に反して、深海棲艦の抵抗は少なかった。

 

南方侵攻部隊に所属する第十四軍、第十五軍、第二十五軍の各軍団は、本土や台湾、朝鮮に展開する軍団よりも機甲兵力が並はずれて多い。

第十四軍は特にその傾向が強く、戦車第一、戦車第三師団を基盤に編成されており、他の歩兵を中心とする第二、第十六、第四十八師団も歩兵装備に対戦車携帯兵器を加えるとともに、指揮下に戦車連隊を組み込んでいる。

さらには南満洲紛争で得られた教訓をもととして、独立部隊として第五飛行集団を北ルソンに展開させ、航空機の地上部隊への直協支援にも力を入れていた。

 

だが、それらの備えはほとんど必要なかった。

ミンダオ島、サマール島、レイテ島を始めとする他のフィリピン群島のみならず、極東最大の拠点だったルソン島でさえ、深海棲艦による抵抗は微々たるものだったのだ。

 

敵地上軍の主力をなすBDも、9月5日に姿を現した新型のDDも、少数の部隊が夜襲を仕掛け来ることがあったが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

行動不能に陥っているBD、DDに外傷は無く、一見しただけでは作動しているBDとは区別がつかないほどである。

第十四軍司令部では行動不能に陥っているBDを調査し、独自にその原因究明に奔走したが、理由は分かなかった。

 

そのような個体を横目に見ながら第十四軍は進撃を続け、六日前の11月9日にマニラ占領し、その三日後の12日には、フィリピン一帯を勢力下に置いた。

状況は第十五軍、第二十五軍でも同様であり、大本営が四ヶ月と踏んでいた南方侵攻は、わずか一ヶ月程で完遂されたのだ。

 

 

西住は、ここ一ヶ月以内に起こったことについて、思いを巡らせた。

 

 

ーーー補給も滞り、敵に制空権を握られている状況下で、西住ら戦車七連隊は、米軍や機動砲兵第二連隊と共に深海棲艦地上軍と熾烈な地上戦を戦った。

第二次ルソン島海戦時にLSTによって揚陸された各部隊は、USAFFEにとって喉から手が出るほど欲しがっていた機甲戦力を有しており、生起したほぼ全ての戦いに投入されたのだ。

その分損耗率も高く、定数四十輌を数えていた戦車も、第十四軍上陸時には約半分の二十三輌にまで打ち減らされていた。

戦車兵の中には重症を負い、満足な治療を受けられないまま死んだ者や、疫病によって死んだ者もいる。

 

 

“KD”作戦が成功し、第十四軍が上陸して来た時は、「これで日本に帰れる」と歓喜したものだが、参謀本部はそれを許さなかった。

 

戦車第七連隊、機動砲兵第二連隊は、日本帝国陸軍の中で唯一深海棲艦地上軍との戦闘を経験した部隊であり、劣悪な環境でイースト・ラインを守り切ったという実績もある。

陸軍上層部はその状況下で四ヶ月間生き残って来た精強な連隊を、南方侵攻でこそ必要であると判断したのだ。

 

一死奉公と覚悟を決め、皇国に生命を捧げた西住だったが、これには流石に憤りを隠しきれなかった。

戦闘で消耗したならば、別の部隊と交代するのは全世界の軍隊での常識である。

海路や空路が断ち切られた状態ならば撤退も進出もできないが、極東打通が達成された現在、部隊の移動は容易なはずだ。

そのような状態になったにも関わらず、兵力を半減させ、かつ消耗し切った連隊を最前線に留め置くなどいかがなことか、と、第十四軍司令官の本間大将に直訴したい衝動に駆られていたが、角谷連隊長に「状況は良くなる。今は堪えろ」と説き伏せられ、諦めている。

 

その後は連隊長の言った通りになり、医薬品や嗜好品、食料や弾薬が優先的に回してもらえるようになった。

米国式の簡易であるが、居住性のよいコンテナも支給され、戦車兵達には一時の休養が与えられた。

 

角谷連隊長と第十四軍の間でどのようなやりとりがあったかは定かではないが、米軍との交渉で磨かれた手腕を発揮したのだろう。

 

 

だが、また数日以内には戦闘に戻る。

定数に満たず、疲れも取れ切っていない状態でどの程度戦えるのだろうか…という不安が、常に西住の胸中にあった。

 

 

だが、“KD”作戦後の地上戦は、ルソン島で四ヶ月間に渡って戦った西住の身としては、「拍子抜け」の一言に尽きた。

 

深海棲艦に今までの勢いは無く、マニラ攻略も易々と進んだのだ。

当然、西住にも「なぜBDやDDは行動不能に陥ったのか?」という疑問はあったが、「万全ではない状態で戦うことにならなくてよかった。部下が理不尽に命を散らさずに良かった」という気持ちの方が遥かに大きかった。

 

 

「にしても…フィリピンは奪還できたんですし、早く日本に帰りたいもんですね。南方棲鬼周辺の警戒なんて、他の戦車隊でもできるでしょうに」

 

「違いない」

 

五十鈴の愚痴に、西住は南方棲鬼を見上げ続けながら同意した。

 

「なんでこんな警戒するか、連隊本部から聞いてます?」

 

五十鈴に続いて、秋山が疑問を提起する。

確かに、マニラは言うに及ばず、フィリピン全土を支配下に置いているため、BDが襲来することは考えにくい。

にも関わらず、本土に戻るはずの部隊を留めてまで警戒に当たることが腑に落ちないようだ。

 

「海軍のお偉い人が視察に来るらしい。俺たちは、万が一それを攻撃しようとする深海棲艦への用心棒ってわけだ」

 

西住は、数時間前に連隊本部で聞いた命令内容を思い出した。

今日、大本営直属の情報機関の高官が、南方棲鬼の調査団を引き連れて視察に来るのだ。

 

秋山はへぇー、と納得したように頷き、車内へ戻る。

 

「む。噂をすれば…」

 

五十鈴が何かに気付いてように呟き、上空を振り仰いだ。

西住も、釣られるように五十鈴の見ている方向に顔を向ける。

 

今まで一式戦闘機「隼」の編隊が警戒していたが、それとは少し音色の違うエンジン音が、微かに聞こえ始める。

隼よりも重々しい。隼がトランペットだとしたら、新たな音はチューバに例えられる。

 

やがて、巨大な四発機が上空の雲から姿を現した。

高翼式に取り付けられた翼の下には、反り上がったバナナのような船体と、二つのフロートがぶら下がっている。

近くを飛行している隼が極小に見えるほどの巨大機だ。翼端から翼端までは三十メートルを優に越すと思われた。

 

「あれは…九七式大艇」

 

西住はひとりごちるように言った。

過去に日本が世界に誇る名機、として海軍の公報に載っていたのを思い出したのだ。

 

航続距離は非常に長く、九州あたりからフィリピンまでは余裕で往復できると聞いたことがある。

特務機関の高官とやらは、あれに乗ってはるばるマニラまでやって来たのだろう。

 

 

九七式大艇は四機の隼に先導され、高度を落とす。

マニラ湾に着水するのは、間も無くと思われた。

 

 

 

第六十三話「牙城陥落」




次回は南方棲鬼の調査シーンですかね

感想待ってます

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。