南洋海戦物語〜人類の勇戦譚〜   作:イカ大王

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しれっと投稿(2回目)


以後、小説関係のとあるプロジェクトを実施するため、「南洋海戦物語」は半休載状態とします。
詳しくは活動報告をご覧ください。



第六十四話 棲む敵

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足元から突き上げる鈍い衝撃が伝わり、変わって海面を切り裂く音が響く。

水しぶきが舞い、エンジンスロットルが絞られた。

九七式大艇は着水してから百数十メートルを滑走し、徐々にスピードを落とす。やがて海面上に停止し、ゆっくりと四つのプロペラを停止させた。

 

「着水しました。英軍のカッターが近くまで来ています」

 

副官である速水清武(はやみ きよたけ)少佐が、船外を見ながら言った。

 

「さて。行くとするか」

 

深海棲艦戦略情報研究所(DISS)所長である山口文次郎(やまぐち ぶんじろう)大佐は速水に続いて座席を立った。

ちらりと機外に目をやると、九七式大艇に近づいてくる短艇の姿が見えている。

 

マニラ周辺の警戒は米軍ではなく、シンガポールから派遣された英海軍が当たっている。

マニラ湾内にはユニオンジャックを掲げた駆逐艦三、四隻と軽巡洋艦二隻が展開しており、不測の事態に備えていた。

 

接近して来た短艇は九七式大艇の右側に接舷する。

中渡し用の板が架け橋となり、それを使って短艇に移った。

英軍の短艇に移乗した山口と速水を、数名の英水兵と一名の陸戦服を着た日本軍人が直立不動の敬礼で迎えた。

 

「大佐殿のご案内を担当します。呉鎮守府第101特別陸戦隊の加瀬晃史(かせ あきふみ)中佐です」

 

「DISS所長の山口だ。今日はよろしく頼む」

 

加瀬の敬礼に、山口は軽い返礼で答える。

山口と速水を乗せた短艇は速力を上げ、九七式大艇から離れた。

向かう先は、かつてキャビテ軍港と呼ばれた港の近くの桟橋である。

 

「海水汚染は相変わらずだな」

 

山口は短艇に揺られながらマニラ湾を見渡した。

 

上空から薄々気づいていたが、湾内は未だに深海棲艦の汚染が続いている。

颯爽と疾駆する短艇の上で、最近感じられていなかった心地よい海風に当たりたい、と山口は思っていたのだが、頰を撫でるのは生臭い匂いだけだ。

美しい海がそのような状態になってしまったのを見ると、我知らず胸が痛む。

 

「外洋は汚染の解消が観測されていますが、マニラ湾内は海流も少なく、湾の最深部などは外洋の影響を受けにくいのです。自然の力で四散するのは、もう少し後なる。というのが我々の見解です」

 

加瀬中佐は淀みなく言った。

 

呉101特陸戦隊は、DISS直属の部隊として編成された特殊陸戦隊である。

深海棲艦の極秘情報の保護を主任務としており、通常はDISSがある広島城内の大本営の警備や、主要科学者の護衛などを行なっている。

必要に応じて前線に投入されることも考慮されており、今回は南方棲鬼調査隊の護衛としてマニラに進出していた。

極秘情報に触れる機会が多いため、兵士一人一人が科学的な知識を持ち、他国に情報が漏洩しないよう、身辺調査の実際された信頼ある兵士のみが部隊に所属している。

当然戦闘能力も高く、短小銃や半装軌車、対戦車兵器などで武装しており、対BD戦、対人戦などに精通したプロフェッショナル達だった。

軍服も通常の陸戦隊とは異なり、ヘルメットや緑色の陸戦隊被服に白字で「DISS」と書かれているものを着用している。

現在、科学者で構成された調査隊はすでに帰国しており、南方棲鬼の警備を含めた一連の作業は呉101特陸隊が引き継いでいた。

 

短艇が近づくにつれて、キャビテ軍港の埠頭が見えてくる。

一ヶ月前まで深海棲艦極東艦隊の母港だっただけに、大半の港湾施設が破壊されたままだ。

短艇が目指すのは、軍港内に仮設されている桟橋である。

駆逐艦どころか哨戒艇すら接舷できないような小規模なものだが、短艇程度が接舷するなら十分な大きさだった。

 

「む…」

 

そんなキャビテ軍港内にあるものを見て、山口は目を見張った。

埠頭の脇に、巨大な鉄の塊が鎮座しているのだ。

さらに近づくにつれて、それが軍艦だとわかる。

それも、マニラ湾に展開している駆逐艦や軽巡といった艦艇ではない。「戦艦」。それも米軍の最新鋭艦だった。

 

「『ノース・カロライナ』…」

 

山口は、その戦艦の名を呟いた。

「ノース・カロライナ」の艦影は写真を見て把握していたが、軍港内に仮泊している「ノース・カロライナ」は、その姿に似ても似つかない。

特徴的だった尖塔艦橋は跡形もなく消失しており、やや丸みを帯びた艦首も左右に切り裂かれている。

後部の第三主砲は左を向いて停止しているが、前部の第一主砲は天蓋を叩き割られており、第二主砲も砲身二本が消え失せ、残った一本もありえない角度まで上がって止まっている。

艦首から艦尾までの甲板はズタズタに破壊されており、天空を睨んでいた多数の両用砲、機銃も鉄屑と化していた。

 

「手荒くやられてますね…」

 

速水少佐が沈痛な表情になった。

「ノース・カロライナ」の惨状を見て、胸を痛めたのかもしれない。

 

「『ノース・カロライナ』は自力航行が不可能な状態です。米軍の士官によりますと、工作艦を中心とする移動サービス部隊による応急修理が完了するまで、マニラに留め置かれるそうです」

 

加瀬が「ノース・カロライナ」を指差しながら言った。

 

損傷度が激しい「ノース・カロライナ」の周囲には、米工作艦「メデューサ」を含む多数の工作船が展開している。

「ノース・カロライナ」や各工作船の甲板上では、作業員や技師、搭載されているガントリークレーンなどがせわしなく動いており、修理作業が進んでいることを伺わせた。

 

 

ーーー10月6日の夜半から7日にかけてマニラ沖で生起した海戦は、大本営が「第三次ルソン島海戦」の、米英海軍は「マニラ沖海戦」の呼称をそれぞれ決定している。

 

同海戦で日米英海軍艦艇によって構成された統合任務艦隊(JTF)は、戦艦「コロラド」と重巡「シカゴ」「ロンドン」、軽巡「ヘレナ」、敷設巡洋艦「マンクスマン」と駆逐艦八隻を失い、旗艦「ノース・カロライナ」が大破着底。戦艦「ウェスト・バージニア」と軽巡「フェニックス」、駆逐艦四隻が大破し、加えて「プリンス・オブ・ウェールズ」「ワシントン」重巡「シュロップシャー」、駆逐艦二隻も中破した。

他にも「フッド」や巡洋艦、駆逐艦数隻が数発の敵弾を喰らい、軽微な損傷を受けている。

 

“デルタ”、“エコー”、“フォックス”のコード名を冠された三個挺身戦隊群は、敵艦隊とマニラ湾口に設置された陸上砲台の集中砲火を浴び、JTFの中核であった水上打撃部隊は、機雷原の中マニラ湾を脱出した深海棲艦極東艦隊と真っ向から激突、敵潜の奇襲も相まって多数の艦艇が損傷、沈没したのだ。

 

加瀬によると、「ノース・カロライナ」は敵戦艦との砲戦に辛くも勝利したが、味方の勢力下まで航行するのが不可能なほどの損傷を受けたらしい。

現場は乗組員だけでも救おうと判断し、故意に「ノース、カロライナ」をルソン島へ座礁させたのだ。

激戦を生き残った乗組員は駆逐艦によって救助され、艦自体も沈没ではなく大破着底でとどまった。

日本軍のフィリピン奪還後は再び軍籍に復帰させるべく、浮揚作業の後に海流の弱い湾内まで曳航され、そこでの修理作業が進んでいるのだ。

 

海岸に近づくにつれて、深海棲艦の残骸をかわすために短艇が右へ左へと蛇行を始める。

第三次ルソン島沖海戦では、敵の戦艦、巡洋艦各四隻と駆逐艦十二隻を撃沈する戦果を挙げたていたが、大損害を受けながらもマニラ湾内に撤退した敵艦も多い。

それらの敵艦には、ウィリアム・ハルゼー中将率いる米空母艦載機が波状攻撃を加え、そのほとんどを湾内で撃沈破した。

水深の深い湾中央に沈んだ深海棲艦もいるが、数隻が海岸沿いに着底し、その骸を晒しているのだ。

 

山口は、深海棲艦の残骸船を脇を通るたびに、その姿をまじまじと見つめる。

大半の艦体が火焔で炙られて煤汚れている。米軍の1000ポンド爆弾の直撃を受けたのか、艦橋が爆砕されて三脚檣が横倒しになっているホ級がいれば、魚雷を撃ち込まれたのか、横転して艦底部をさらけ出しているイ級もいる。

「深海棲艦は海の亡霊だ」と噂する将兵も多いが、この「幽霊船」のような光景を見ていると、その考えこそ事実だと肯定したい衝動に駆られた。

 

「こうも残骸船がゴロゴロしてると港湾施設の復旧には障害ですが、実物の深海棲艦艦艇を入手できたのは幸運でした」

 

加瀬が報告を続ける。

 

「着底している敵艦艇の内容は、ホ級一、ヘ級二、イ級五の計八隻。この全てに調査をすることができましたから」

 

その時、速水の眉毛がピクリと動いた。

 

「残骸船の調査は報告書に記されていなかったようですが?」

 

「……」

 

質問に対して的確に答えていた加瀬が、急に黙った。

加瀬は山口の後ろに立っていたのだが、纏っている空気が急に変わったように、山口には思えた。

 

「ここでするような話ではありません。上陸してから詳しくお話しします」

 

(深海棲艦について何かわかったな)

 

加瀬の変わりようを見て、山口は悟った。

今、山口らの背後では英国人水兵がせっせと短艇を操っている。

彼らの中に日本語が堪能な者がいれば、「極秘情報」を聞かれると思ったのだろう。

それは報告書も然りのようだ。山口らがマニラに訪れる数日前、101陸戦隊を含んだ南方棲鬼調査隊から報告書が届けられており、マニラ周辺での調査結果が大まかに記されていた。

だが、加瀬は「残骸船の極秘情報」を情報漏洩を恐れて報告書に記載しなかったようだ。

それほど神経質になるとは、どのような情報だろう?という疑問が、山口の胸中で湧き出していた。

 

山口、速水、加瀬を乗せた短艇は桟橋に到着する。

桟橋に着くと、三台のジープと九名の兵士が山口らを迎えた。

一瞬、第十四軍の陸軍将兵だと思ったが、ヘルメットに記されている錨のマークと「101DISS」の部隊章を見て、呉101特陸隊の兵士だと悟る。

九名は先の加瀬と同じく直立不動の敬礼で迎えた。加瀬が一歩前に出て軽く返礼し、「御苦労」と呟いた。

 

「ここからは車で移動していただきます」

 

「どこへ向かうのかね?」

 

手招きする加瀬を見つめながら山口は質問する。

 

「…南方棲鬼の内部です。そこで…先の話をさせていただきたいと思います」

 

 

 

 

 

 

第六十四話「棲む敵」






次の話は一二週間後ぐらいかな?

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