一応最新話完成したので更新します。半休載状態で投稿間延びすることをどうかお許しください!
(その分例のプロジェクトがんばっとります!)
1
DISS所長の山口文次郎(やまぐち ぶんじろう)大佐、同副官の速水清武(はやみ きよたけ)少佐、呉101陸戦隊長の加瀬晃史(かせ あきふみ)中佐の三名を乗せたジープ一台と護衛のジープ二台、計三台は、20分ほどのドライブの後、南方棲鬼内部へと繋がるゲートの前に到着した。
ゲートは高さ2mほどのコンクリートで出来ており、黄色と黒の縞々で塗装されている。
そのゲートの左右には完全武装の歩哨七、八名が警戒しており、ゲート開閉を管理していると思われる守衛所には、警備隊長らしき将校が座っていた。
少し離れた場所には戦車や装甲車が展開しており、警戒具合の高さが伺える。
どの将兵も深緑の陸戦服に身に纏っており、呉鎮守府第101特別陸戦隊の部隊章をつけていた。
南方棲鬼は、完全に彼らの管理下にあるようだ。
「聞きしに勝るな、こいつは」
そんな中、山口は見上げながら呟いた。
ここからでは、南方棲鬼の頂きを視界内に収めることはできない。
ここまで近づくと巨大な円柱形には見えず、馬鹿でかい漆黒の壁が切り立っているようにしか感じられなかった。
「高さ149m、直径547m。巨大な円柱形で『大和』なら四隻は入ります」
隣に座る加瀬中佐が説明する。
「南方棲鬼と言い、飛行場姫と言い、深海棲艦の建設土木技術は人類のそれを遥かに凌駕しますな」
速水少佐が賛嘆した表情を浮かべた。
深海棲艦の持つ底知れぬ力に、驚きを隠せないようだ。
守衛所に詰めていた将校が車列に歩み寄り、山口らに敬礼する。
「開けろ」
加瀬が短く言うと、素早くゲートの開門が開始された。
重量感あふれる門が、ゆっくりと溝に従って左右に開かれてゆく。
歩哨が通行の妨げにならないように左右に散らばり、門の先から南方棲鬼内部へと繋がる道路が見え始めた。
南方棲鬼内部へと繋がる入り口は、かなり大きい。
半円形の穴であり、直径25m、高さ10mはありそうだ。ジープが通るのに、なんの支障もない。
突然、山口の背中に悪寒が走った。南方棲鬼への入り口が、地獄へと繋がる禁断の門に見えたのだ。
前方を進む護衛の車両が一足先に内部に侵入し、続いて山口らを乗せた車両、二台目の護衛車両と続いていく。
内部に入るや、ひんやりとした空気が肌を突いた。ジープはオープンタイプなため、直に空気が触れるのだ。
道には木製の板が敷かれており、車両は滑らかに進んでゆく。
三台の車両はヘッドライトを点灯させ、速度を上げる。
道は、どこまでも続いているように見える。通路脇には、鉱山などに使用されるライトが定期的に設置されていたが、ヘッドライトとそのライト群の光量を合わせても、周囲は薄暗かった。
車列が進入した入り口からは、日光が差し込んでいたが、やがてそれも途切れる。
「まさかと思いますが、この道は工作隊が掘ったのですか?」
その時、速水が加瀬に聞いた。
「いや。もともとです。南方棲鬼は構造上、中心に向かって数本の通路が伸びており、これもその一つです」
加瀬は淀みなく答えると、少し開けて説明を始めた。
「南方棲鬼は巨大な低い円柱形をしていますが、中心部を守るようにして二つの壁が切り立っています。一つ目の壁は今我々が通過した南方棲鬼の外壁に当たる部分で、二つ目は外壁から内側へ389m進んだところにあり、円の中心部を守るようにして屹立しています。南方棲鬼内の仕切りと考えても良いでしょう。中心部へと繋がる通路は、東西南北に一箇所ずつ。どの道もこれら二の壁を貫通しており、中心部まで続いています。今我々が使っているのは、東側の通路です………その第一、第二の壁の内側に、この南方棲鬼の謎が隠されていました」
山口と速水は、それを聞いて身を乗り出した。
加瀬は咳払い一つして、ゆっくりと口を開く。慎重に言葉を選んでいる様子だった。
「まず一つ目。外郭の壁と二番目の壁の間の空間ですが…第一の壁から第二の壁への距離の間に、巨大な円筒の構造物が、多数設置されているのが確認されました。内部は空洞であり、大量の液体が内蔵されています」
「それは…」
「DISSの南方棲鬼の正体への仮説は、半分は合っていました。それらの円筒タンク内部の液体は、甲型戦闘機やBD、敵軍艦の内部から検出された液体と同様のものであり、敵の燃料に当たる物だと考えられます。周囲には大量の管が円筒同士をつなぐように存在しており、精油所のような精製施設も発見できました」
DISSの南方棲鬼への仮説は、「エネルギー精製施設である可能性が高い」という結果だった。
台湾〜ルソン島間の航空戦で台湾に不時着した多数の甲型戦闘機を調査した際、機体内部に大量の黒色の液体が入っていることが発見された。
それらを敵の燃料と断定はできなかったが、その液体と同様の成分の液体がマニラ周辺の海域に垂れ流されていたことで、マニラ中心部に建設されていた巨大構造物ーーー「南方棲鬼」から流れ出たと判断し、「南方棲鬼は深海棲艦のエネルギー源…引いては燃料を作り出している」という仮説が現実味を帯び始めたのだ。
いまいち決定打にかける仮説ではあったが、その分析結果は正しかったようである。
「第十四軍からの情報ですが、ルソン島をはじめとするフィリピン群島の深海棲艦地上兵器ーーーBDやDDは行動不能に陥っており、反撃して来た個体も動きが鈍重だったそうです。これは南方棲鬼が極東深海棲艦の燃料を供給できなくなったから、とも考えられます。いや、現にそうでしょう」
速水が笑顔で頷き、山口は仮説が当たっていたことにひとまず安心した。
「ふむ。奴らも燃料補給が必要だと分かったのは、大きな収穫だ。これからの戦いでは、深海棲艦への通商破壊という選択肢も、あえて棲鬼を攻撃して敵の補給を断ち切らせるという選択肢も、可能となる……。それで、二つ目は?」
加瀬はすぐに「二つ目」を言わなかった。
前方を進んでいた車両が停車し、山口らを乗せた車両も、その後方を追走していた車両も、前のめりになって停車する。
「降りましょう。ここからは徒歩です」
加瀬が振り向いて言った。暗くて、表情は分からなかった。
山口は加瀬に「二つ目」を問い詰めようと思ったが、やめた。加瀬は何かを見せながら「二つ目」を伝えたいのかもしれない。
前方の車両から陸戦隊員が降車し、素早く外から扉を開ける。
山口は「ありがとう」と隊員に一言かけ、車を降りる。反対側から速水も降り、山口に戸惑った表情を向けてきた。
山口は周囲を見渡した。
左右には切り立った壁が車のヘッドライトに照らされており、後ろは延々とライトが光っている。さっき山口が通った道を、道筋のように示しているのだ。
車のアイドリング音が薄暗い空間を震わせていたが、やがて消える。密閉された空間で、排気ガスを出すのはまずいのだろう。
「ここが第二の壁の入り口です」
アイドリングが切られ、車載ライトが消える。
それに取って代わるように陸戦隊員たちが懐中電灯を点灯させ、光芒を正面に向けた。
そこには、入口ゲート以上の重厚感ある門があった。その脇には開閉操作をしているであろう小屋がひっそりと立っている。
その小屋から二人の兵士が出。前方車両から降りた隊員と二、三語言葉を交わす。
兵士はヘッドライト付きのヘルメットを着用しており、顔はバイザーで覆われてよく見えない。着用している軍服から、陸戦隊員なのはわかった。
呉101特別陸戦隊から少数の部隊を分離させ、南方棲鬼内部の第二ゲートの管理を担当させているのだろう。
こんな薄気味悪い場所で任務を遂行できるとは、山口は彼らに対して頭の下がる思いだった。
轟音と共に門が開き、山口らは更なる内側へと入る。
入った瞬間、空気が変わる。ひんやりとした空気から、どんよりとした空気へと。
まるで洞窟の内部にいるようだった。
足元には複数の長細い木板によって道ができており、悪路ではないが、進むにつれて通路が狭くなっくる。
九名の隊員と三名の将校は、鉱山ランプによって照らされた狭い通路を、一列でひたすらを進む。
洞窟を進むこと数分。広々とした空間へと出た。
「ここが、南方棲鬼の中心部です」
「…とは言っても、何も見えませんぞ?」
加瀬の言葉を聞いて、速水が肩をすくめた。
たしかに。今まで通過して来た南方棲鬼の内部には、少なからずのライトが点在しており、外と変わらぬほどという訳ではないが、十分物を視認できる明るさがあった。
だが、加瀬の言う「南方棲鬼の中心部」は暗闇に包まれており、何が何やらわからない。
「…ライトをつけろ」
速水が再び口を開こうとした時、加瀬は隊員に言った。
九名の隊員は散らばり、自らが持ってきた懐中電灯ではなく、もともとそこに設置されていたであろう投光器に取り付いた。
ガチャ、という音と共に、計九基の投光器が光を発し始める。
「これは…!」
点灯する投光器が増えるたびに暗闇から浮かび上がる「それ」を見て、山口は驚愕の声を上げた。
巨大なドームが視界内に広がり、無数の球体の列がドーム中心から全周に向かって、放射状に伸びているのである。
その球体は縦3m、横1mほどの大きさであり、すこしサイズダウンしたBDやDD、なにやら人とバケモノを足して二で割ったような黒色い物体、大砲や魚雷のような装置を背負った物体が、青白い液体と共に入っているのだ。
ドーム中心には高い円筒が立っており、その上部に人間の女性のような存在が鎮座している。
肌は雪のように白く、黒が目立つドーム内では一際目を引く。髪も同じく純白であり、恐ろしいく長い。後頭部で二つに結ってはいるが、髪の先端が円筒下の地面に触れそうになっていた。
両腕には、自らの体に匹敵する大きさの鉄塊を持っており、よく見ると三連装砲台や、歯のようなものがくっついているのがわかる。
顔に当たる部分の大半は、荒れた髪によって見えないが、左目が鈍い紅色を発していることと、激痛に苦悶するような表情をしていることが、辛うじてわかる。
その女性の下半身にあたる部分は円筒に呑み込まれており、そこから大量の血管のような管が地面へ伸び、球体の一つ一つに繋がっていた。
「これが『二つ目』です」
山口、速水の二人が目の前の光景を見て絶句する中、加瀬が静かに言った。
「円筒上の女性が、『南方棲鬼』の本体であり、極東方面の深海棲艦の総指揮。深海棲艦のコアの製造を行なっていました」
「コ、コアだと?」
山口は絞り出すように言った。
「極東深海棲艦の総指揮」はなんとなく想像できるが、「コアの製造」という言葉は理解できない。
未だに目の前に現れた女性すら理解出来ずにいるのに、そんなことを言われても無理だ、と山口は思っていた。
「左様です。マニラ湾に着底した艦艇を調査したところ、全ての艦の艦橋部分に、これらの異形の存在が埋め込まれていたのです。調査団はそれを深海棲艦の『コア』だと判断しました。コアは艦種ごとに異なり、ル級なら両手に盾を持った長髪の女性、リ級なら両腕に艤装を持った短髪の女性、ホ級ならば縦長の体に大きな口と腕を持ち、無数の砲身を突き出した人外、イ級ならば卵を縦に引き伸ばした楕円形の体に巨大な口とエメラルドグリーンの目を持った化け物、と言った具合いです。なお、BDはイ級の、DDはル級のコアをそれぞれ地上型に転用した兵器であることが判明しています」
山口の頭はパンク寸前だった。
海軍に入って長いが、こんな突拍子も無いことをいくつも見せられ、かつ言われたことはない。
DISSの所長として開戦以来深海棲艦の分析に当たってきた山口だが、このようなことになるとは予想もしていなかった。
「『コア』はここで生まれていたと考えて、艦艇の艦体はどう建造するのかですか?ドックのようなものは発見されているのですか?」
速水が戸惑いつつ聞いた。
「それは不明です。南方棲鬼だけでなく、調査団はマニラ一帯を調査しましたが、ドックらしきものは発見できませんでした。深海棲艦はコアさえあれば、『無』から艦艇を建造可能な技術を確立しているのかもしれません」
加瀬かぶりを振りながらが答えた。
「こんな!」
その時、ドーム内に怒号が響きわたった。
思い叫びは、ドームに反射して殷々と響く。
「こんな…こんな……こんな異常な存在が!この世に存在して良いと思っているのか⁉︎」
山口が堪らず声を上げたのだ。
加瀬や速水に対してではなく、深海棲艦へ対してだった。
深海棲艦の非科学さ、非常識さ、生き物でも兵器でもないという定義されていない不正確さ、そしてそんな存在が罪なき人々の命を奪う理不尽さ。様々な思いが昂ぶり、ぶつけようのない怒りが湧き出したのだ。
出し抜けの怒声に、側に立つ加瀬が飛び上がりそうになる。
「貴様はなんで…何のため、何を成すためにこの世に生まれたんだ?人を殺すためか?海水を汚染するためか?ただ単に…人類と戦いたかったのか?」
山口は顔を紅潮させ、ピクリとも動かない南方棲鬼本体を睨みつけながら怒鳴る。
「そんなもの、生物でも兵器でもない。ただの中途半端な『怪異』だ!そんな存在が…人を殺すな!」
自分でも、なぜこんなに怒っているかわからない。
「深海棲艦」という意味不明な存在が、この世に存在する。人を殺し、人類に匹敵する軍事力、科学力を持って存在しているということが、異様に腹立たしかったのだ。
「…所長。意見具申いたします」
山口がひとしきり怒りをぶつけ終わり、肩で息をしながら黙った頃。
加瀬がかしこまった様子で口を開き、速水も真剣な眼差しで山口に向かい合った。
「早急に、例の『艦魂計画』を実行すべきです。要素は全て揃いました。沈没艦での目撃情報も把握しています」
「……」
落ち着きを取り戻した山口は、何も言わなかった。
目を閉じ、腕を組んで頭上をふり仰ぐ…。ややあって、疲れ切ったような口調で言った。
「………『艦娘』とやらか。そんなもの…夢物語だと思っていたが…」
第六十五話 「深海の女王」
続く!
感想待ってます