南洋海戦物語〜人類の勇戦譚〜   作:イカ大王

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半休載で更新遅くなって申し訳ないです!

今回はかなり重要な話ですので読んでいただけると幸いです!


第六十六話 人類統合軍創設

1

 

呉の街並みは雪化粧によって白く染まっていた。

積もってはおらず、遥かなる高空から舞った雪は、地上に到達するやや溶け、地面を灰色に染める。

それでも瓦などの屋根に落下した雪は溶けておらず、石州瓦の赤色が白い斑点をまとっていた。

雪の粒は大きい。現在は積もっていないが、時間が経てばどうなるかわからなかった。

 

「雪か…」

 

そんな中、連合艦隊(GF)首席参謀の風巻康夫大佐は、広島駅のベンチに座りながらそう独り言ちた。

ベンチの上には屋根が取り付けられており、風巻自身が雪を被ることはないが、傘がない。

 

(気象部は曇りだと言っていたじゃないか)

 

実質的な足止めを喰らい、風巻は呉海軍気象観測台の将兵に悪態をつく。半年ぶりの休暇を得たのに、これでは先が思いやられる…。と思っていた。

今日の日付は1941年12月5日。陸軍の南方侵攻部隊が「極東ノ深海棲艦ハ消滅セリ」を高らかに宣言してから一週間。それに伴うGF参謀への休暇が通達されてから、四日が経過している。

戦争中であるにもかかわらず、呉の街中では活気溢れる人々が日々の日常をすごしており、新年への準備を進めていた。

 

(俺は……連合艦隊首席参謀として…上手くやれたのだろうか?)

 

風巻は今年ーーー昭和十六年を振り返って自問した。

深海棲艦出現の3月1日以来。風巻はGF首席参謀として様々な作戦の立案に携わってきた。作戦立案にとどまらず、堪能な英語を買われての米軍との調整や、深海棲艦の戦略分析、「後方の司令部では見えるものも見えない」と考え、「金剛」に乗艦して戦場に赴いたこともある。

結果から見れば、背水の陣であった“KD”作戦を成功させ、かつ南方航路復活による長期継戦体制を確立したことは、日本の大勝利だと思う。

だが、後から考えてみれば「あれで本当によかったのか?」「こうやったらもっと死なずに済んだのではないか?」という後悔に似た思いが脳裏をよぎる。

終わった過去のことを考えてもどうしようもないが、日本という国が自分に求めた期待に、しっかりと応えられたのか自信がなかった。

 

ここで、風巻はかぶりを振る。

 

過去の自分はその時その時を全力で職務に当たり、数々の作戦の成功に貢献してきた。小さい後悔があっても、それは次の仕事への教訓にすれば良い。

幸い日本は、いや人類は、極東深海棲艦に勝利した。風巻自身も五体満足で昭和十六年を切り抜け、家族も無事である。

今は、そのことを満足すべきだった。

 

「おとーさぁーん!」

 

その時、聞き覚えのある声が聞こえた。

風巻が顔を上げると、道の反対側にしきりに手を振る少女の姿が見える。その隣には、紫色の着物に身を包む女性の姿も、確認することができた。

風巻は自然と表情をほころばせた。

 

娘の涼と妻の紗江子である。

街には雪によって白い靄がかかっていたが、自分の家族のことを風巻は決して見間違えない。

涼はマフラーとコートを着ており、紗江子は着物の上に羽織をまとっている。二人とも傘をさしており、余った片手で紗江子が大きめの風呂敷を、涼がもう一本の傘を持っている。

涼が余計に持っている傘を見て、「俺用か……手を打つのが早い」と笑顔で呟いた。

 

涼が走ってくる。

トラック環礁で親友を失って以来、精神が落ち込んでいる時期があったが、それは完全に治っている。

道に積もりかけていた雪に足を取られそうになりつつも、風巻がいるベンチにまで駆けてくる。

その後ろからは紗江子が「あんた危ないわよー」と微笑みながら追いかる。

 

「お父さん…たすけて!」

 

白い息を吐きながら倒れこむようにして風巻の隣に座った涼は、開口一番にそう言った。

 

「お母さん…ものすごい勢いで買い物するの。私もうクタクタだよー」

 

紗江子を指差す。

紗江子は小走りでベンチに到着し、申し訳なさそうに言った。

 

「すみません康夫さん。急なことなんですけど…買物に付き合っもらえますか?」

 

「えっ。これまたなぜ?」

 

久々の再会時に頓狂なことを言われ、風巻は聞き返した。

 

「父が『俺の店もお節を出す』の一点張りなんですよ。うちの料亭は穴子飯一筋でやってきたのに」

 

風巻紗江子の父である榎本了佐は、明治初期から続いている穴子飯料亭『榎本屋』の五代目であり、同料亭の料理長でもある。

当然、紗江子の夫である風巻とも親交があり、風巻は彼の相手のいない格闘家のような顔を思い浮かべた。

 

「お節を試作するから、その材料を買うんです」

 

紗江子は榎本屋の若女将である。試作お節の材料の選定を任されているようだ。

 

「おとーさーん。お母さん愛娘を何時間も買い物に振り回してるんだよぉ。なかなか家に帰らないし、寒いし、雪まで降ってくるし、私もうダメ〜」

 

となりに座る涼がベンチに倒れこむ。

 

「そこらの商店で買える食材じゃないのよ。さぁ立って」

 

それを見た紗江子はぴしゃりと言った。

 

「了佐さんには頭が上がらないからな。付き合うよ」

 

風巻は涼から傘を受け取って立ち上がる。

隣から「えぇぇ⁉︎」という声が聞こえた気がしたが、構わず紗江子に向き合った。

 

「…男手があった方が助かります。でも…あと五件は回りますよ。大丈夫ですか?せっかくの休暇なのに……」

 

「いや。大丈夫」

 

安心させるように言い、風巻は広島駅から踏み出す。

男手が増えたことで上機嫌な紗江子が続き、しぶしぶと言った雰囲気の涼が付いてくる。

 

風巻家の三人は久しぶりに帰ってきた夫を加え、買い物を楽しんだ。

徒歩や路面電車を使い、雪が降る広島を食材を求めて回る。

妻娘とともにする買物が、風巻には至福の時間だった。殺伐とした海軍内では味わえなかった柔らかな時間に、長年の疲れが溶けてなくなるのを感じる。

同時に、自分には「命に代えても守るべきものがある」と自覚し、次に拝命した職務に対する決意を固めていた。

 

風巻がもつ革鞄の中には、大きめの封筒が入っている。

 

その中の紙には、

 

 

 

 

風巻康夫連合艦隊首席参謀。

 

人類統合軍太平洋方面艦隊首席参謀二任命。パラオヘノ赴任ヲ命ズ。

 

大日本帝国海軍:海軍省 人事局長 中原義正少将

 

 

 

 

と書かれていた。

 

 

 

2

 

「やっとここまでたどり着きましたな」

 

会場に到着した時。感無量だと言いたげな表情で、駐米大使の野村吉三郎は米国務長官であるコーデル・ハルに言った。

 

「全くです」

 

ハルは表情を崩さずに返答する。

 

二人がいる場所はニューヨーク。セントラルパークの中央広場である。

なだらかな起伏を持つ草原が広がっており、数々の木がその広場を囲っている。さらにその先にはニューヨークの摩天楼がそそり立っており、午後の陽気に反射してキラキラと輝いていた。

西に歩けばハドソン川が、南に歩けば左にブルックリンを望みつつアッパー湾を見渡すことができるが、中央広場があるセントラルパーク・ノースからは、それを見ることはできなかった。

 

セントラルパークは南北に伸びる長方形をしており、マンハッタンやウォール街での仕事に明け暮れるニューヨーク市民に、自然のオアシスを提供している。

大都会の只中に位置しているだけに、戦争の最中でも多くの人々がこの公園に足を運んでいたが、今日は様子が違っていた。

歴史的瞬間を一目見ようと、数万の市民がセントラルパークに集まっている。収まりきらない人々はパークの外にまではみ出し、背伸びをしてでも公園内に視線を向けている。

 

中央広場には巨大な舞台が設置され、数多くの座席が舞台に向かい合うように並べられている。

舞台の背後には各国の国旗が横一列に翻っており、日本やアメリカ、イギリスを手始めに、ドイツ、フランスやソビエト、イタリア、オランダ、ベルギー、スペイン、ポルトガルやタイ、中華民国、北欧、南米諸国と言った国々の旗が、大西洋から吹き付ける風でたなびいている。

 

それらの旗の中央には、どの国の旗とも似ても似つかない模様の旗が、高々と掲げられていた。

水色下地の中心に、北極点を中心として北緯六十度まで描かれた世界地図が描かれており、その地図の左右には、力強さの象徴である翼が対となって描かれている。

それらの下には「MJA」の文字が黒字で書かれており、その旗の組織の名前をを示していた。

 

 

(『人類統合同盟(Mankind Joint Alliance)』。我々はついに…ここまできた)

 

野村は、晴天の空をバックにたなびく同盟旗を見上げながら、心の中で呟く。同時に、今までの苦闘を思い出していた。

 

日本は、同じく対深海棲艦軍事同盟推進派である米国と協力しながら、統合軍設立に奔走した。

野村は、新たに追加された来栖三郎(くるす さぶろう)大使や、ハルと共に統合軍設立の中心人物となり、この九ヶ月間幾度となく各国の大使と交渉を重ね、必要とあらば直接その国まで赴き、国家元首との会談を実施してきた。

 

だが、野村やハルが望んでいた「全世界が一丸となって深海棲艦と戦う体制」の確立は、簡単なことではなかった。

準軍事同盟といえる防共協定を締結していたイギリスや、独裁体制から脱却して国際社会の信頼を回復したいドイツは、こころよく参加を承諾してくれたが、フランスやイタリアは地中海を巡った固執があり、ソビエト連邦などはつい数年前まで日本と紛争状態だった仇敵である。

先の大戦を終え、平和が戻ったと思われていた現在でも、統合軍の設立は凄まじく難題なことだったのだ。

 

だが、野村やハルは諦めなかった。

深海棲艦の物量は侮れないものがある。三大海軍国である日本と米国が全力で戦っても、敵の占領地の一画を奪還したに過ぎない。

深海棲艦と戦い、勝利するためには、全人類の力が必要だったのだ。

 

半年以上粘り強く交渉を続けた結果、成功と呼べる成果を得。

そして今日、人類統合同盟の締結と、それに伴う人類統合軍創設式にこぎ着けたのだった。

 

「野村大使。こんなところにいらしたのですか」

 

その時、背後から声がかけられた。

振り返ると、来栖と壮年の軍人二人が立っている。

 

「先に会場に到着していたのですね」

 

軍人の一人は純白の海軍軍装を身につけており、少将の徽章をつけている。もう一人はカーキ色の陸軍軍装であり、隣の海軍軍人と同じく少将の徽章をつけていた。

 

「その二人は…」

 

野村は二人の軍人を見ながら言った。

 

「自己紹介が遅れて申し訳ありません。人類統合同盟最高幕僚会議の日本海軍代表に任命されました…井上成美(いのうえ しげよし)です」

 

「同じく、同会議の日本陸軍代表に任命されました…山下奉文(やました ともゆき)と申します。外交交渉、大変お疲れ様でした」

 

二人は自己紹介し、深々と野村に頭を下げた。

 

人類統合同盟最高幕僚会議とは、人類統合軍の最高意思決定機関である。参加各国から輩出された全権委任大使、海軍代表、陸軍代表、加えて空軍代表からなる代表団よって構成されており、議長副議長はその中から定期的に選ばれる。

各国の要望に応えた戦略的な決断を下すことを目的に設立されており、政治的かつ大局的見地から、統合軍の舵取りをする役割が求められていた。

さらには麗下に各国の軍人や科学者によって構成された統合兵器局や深海棲艦情報局なども有しており、情報分析や兵器面で実働部隊をバックアップすることも役割の一つである。

井上、山下はそのメンバーであり、日本全権大使は野村と来栖が務めることとなっているのだ。

 

「そうか…君達二人が…」

 

日本代表団のメンバーがニューヨークの式典に出席することは、外務省から知らされていた。

この二人とは、これから統合軍の中で協力していくことになるだろう。

 

「こちらこそよろしく頼むよ」

 

野村は二人の肩をぽんと叩いた。

 

 

ーーーそこから式典が始まるのは早かった。

野村はハルや井上らとともに数分間談笑したのち、早々と会場内へと足を運ぶ。

日本代表団の座席は舞台の最前列にあり、隣には米政府高官が、後ろにはドイツ大使を中心とした代表団の席があった。

他にも各国の大使や軍人が参加しており、各々の席に座ってセレモニーが始まるのを待っている。

野村は三名と共に座席に座り、舞台上に目をやる。

そこには世界の国家元首が参集しており、大日本帝国からは総理大臣の近衛文麿(このえ ふみまろ)と、外務大臣である松岡洋右(まつおか ようすけ)が、舞台上の席にかしこまった様子で座っていた。

 

やがて白髪が目立つスーツを身につけた男性が、舞台中央の演説台に立つ。

顔はしわ深く、見た目は好々爺としているが、目には独特の光が灯っており、演説台への足取りが軽い。

何千、何万人といった人間を前にしても一切臆することない。堂々とした態度だった。

 

野村はその人物を一瞬で理解した。

 

フランクリン・デラノ・ルーズベルト。

第三十二代合衆国大統領であり、アメリカの対深海棲艦戦争の最高指導者である。

駐米日本大使である野村とも親交があり、何度も統合軍実現に向けて意見を交換し合った仲であった。

 

ルーズベルト大統領が壇上に登ると、会場の周辺に集まっていた数万の市民の喧騒が嘘のように静まってゆく。

 

「ハワイ……トラック……フィリピン……マーシャル…」

 

完全なる静粛が、セントラルパークを包んだ時。

ルーズベルトは、太平洋に面する島々の名前を口にして演説の火蓋を切った。

 

「マレー……シンガポール……ボルネオ……スラバヤ……オーストラリア。いずれも今年3月1日以来、深海棲艦の攻撃を受けた場所です。これらの土地では…多くの尊い生命が、理不尽な死を迎えてきました。女性、子供、老人問わず、数百万の罪のない人々が…深海棲艦によって殺害されたのです。

とても…とても、痛ましく、悲しいことです。この演説を聞いている人々の中には、親しい家族や友人を深海棲艦の攻撃によって失った方もいるでしょう。

しかし。我が合衆国は悲しみの床に伏し、深海棲艦の侵略を座して受け入れることはしませんでした。太平洋の反対側に位置している偉大なるサムライの国ーーー大日本帝国と、かつて七つの海を制覇し、我が合衆国の祖母の国と言える国ーーー大英帝国と肩を並べ、海の侵略者への反撃を開始したのです。

我々の準備は周到でした。最良の軍艦、最良の戦車、最良の航空機を投入し、深海棲艦を海上から駆逐しようと挑みました…。しかしながら………今まで人類が遭遇した敵の中でも、深海棲艦は格段に強大です。戦況の中心となった極東では彼らの軍隊に苦しめられ、多くの勇敢な将兵が戦場に散り、多くの艦艇が撃沈され、多くの航空機が撃墜されました。

深海棲艦は…アメリカ、イギリス、日本が打倒するには、あまりにも大きなパワーを持ってしまっているのです。苦しいことですが、それは認めざるおえない事実なのです。

言うまでもなく、深海棲艦は人類の敵です。人類史上初めて出現したの天敵と言っても過言ではありません。米英日の打倒が困難な以上…このような『天敵』に対しては、全人類は協力し合わなければならないと、私は強く思いました。

日に日に増してホワイトハウスに報告される兵士の戦死数を見て、私は強く強く願いました。

 

その悲願は、今日、叶います」

 

ルーズベルトは後ろに座る各国首脳をちらりと見た。

 

「ニューヨーク・セントラルパークの舞台上に来てくださった各国首脳の方々が、人類の絆の証拠です。

先の大戦で生まれた各国間、民族間の憎悪、被害、過ちは消えることはありませんが、乗り越えることはできると、私は信じ、各国もそれに応えてくださいました。

人類は、手を携え、肩を並べ、『深海棲艦』という強大な敵に立ち向かうのです。けして楽な道ではないと断言できますが、深海棲艦に打ち勝った暁には、恒久的な平和が太平洋に…そして地球全体に訪れることとなるでしょう。

……3月1日から今日までの十一ヶ月と七日は、前哨戦に過ぎません。

本日、アジアでは1941年12月8日が、アメリカ大陸とヨーロッパでは1941年12月7日が、我ら人類の開戦の日となるのです。

私、アメリカ合衆国大統領フランクリン・デラノ・ルーズベルトは、人類統合同盟(MJA)の結成と、人類統合軍(MJF)の創設をここに宣言します!

 

全人類に……幸福と祝福があらんことを!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





「人類統合軍」甘美な響きだ…
次回から新たな局面がスタートします

感想待っとります!
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