南洋海戦物語〜人類の勇戦譚〜   作:イカ大王

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ここから第2部の始まりです。
戦場は、極東から南太平洋に移動します。

ちょい長めです。

半休載は続いていますのでご了承ください。



第四章 南太平洋激動戦
第六十七話 シドニー会戦


1

 

機動歩兵第五連隊第四小隊長の横尾寿次郎(よこお ひさじろう)少尉は、一式機動装甲車の荷台に立ちながら、進行方向へと双眼鏡を向けていた。

 

現在一式機動装甲車が通行している土地は起伏が激しい荒地であり、ただでさえ乗り心地が劣悪な装甲車が、進むたびに上下へと振動を繰り返す。

立っているのも一苦労な車上だが、横尾は手すりを握りしめ、できるかぎり振動をなくすようにして双眼鏡を覗いていた。

 

「小隊長殿。見えますか?」

 

運転席のとなりに設置されているM2重機関銃を操る西山佐吉(にしまや さきち)軍曹が、横尾に聞いた。

 

「いいや…」

 

横尾は短く答える。

横尾が探しているのは、北部防衛線に接近中との情報が入っているBD、DD群だが、双眼鏡の視界内には前衛として展開している味方戦車と、広漠たる乾燥地帯、そこに自生する少しの草木しか見えていなかった。

 

時に1942年6月12日。オーストラリア東海岸。シドニーの北西近郊である。

昨日、深海棲艦地上軍の大部隊が、シドニーの北方に位置している沿岸都市ーーーニューキャッスルから南進を開始した旨、偵察機からの報告が届いた。

ニューキャッスルは二ヶ月前から深海棲艦豪州侵攻集団の占領下に入っており、多数の地上兵器や野戦飛行場姫が展開している。

二ヶ月前からニューキャッスル〜シドニー間の地帯では人類と深海棲艦の一進一退の攻防が繰り広げられており、長い膠着状態が続いていた。

深海棲艦は膠着状態を打破して新たな領域を獲得すべく、ニューキャッスルから大部隊を差し向けたのだろう。

それに鑑み、シドニーに司令部を置く人類統合軍オーストリア軍団第二方面軍は、指揮下に置いている横尾ら日本陸軍戦車師団と、新型戦車を有する米陸軍機甲師団を、シドニー防衛のために出撃させた。

なるべくシドニーから離れた場所で迎撃せよ、との命令が下っているため、迎撃部隊は直ちに北上。敵部隊の補足に努めている。

シドニーの戦車キャンプから出撃して早一時間半が経つが、未だに荒涼たる大地に邪魔され、敵部隊の姿は見えなかった。

 

「しっかし…。戦場まで運んでくれるというのは有り難いものですなぁ」

 

後ろに座る対BD猟兵の村松重雄(むらまつ しげお)兵曹長が言い、荷台の座席をポンポンと叩いた。

戦場において、横尾とペアを組むベテラン兵士である。

半年前までは機動歩兵第二連隊に所属しており、ルソン島での熾烈な戦闘を経験している。

横尾と二人一組で携帯式対BD噴進砲を使用し、横尾が射撃、村松が装填を担当することとなっていた。

 

『一式機動装甲車』

機械化が進む各国陸軍の只中において、日本帝国陸軍が初めて本格的に配備した半軌条兵員輸送装甲車である。

盟邦米国が陸軍に配備しているM3ハーフトラックを日本仕様に再設計したものであり、日本各地の軍需工場で大規模生産が春頃から開始されている。

主な配備先は歩兵部隊であり、今戦争において対深海棲艦地上兵軍の主力兵器となった戦車に、歩兵を長時間追従させることを主な目的としている。

従来の日本陸軍において、歩兵の移動手段はほとんどが徒歩であり、長距離の行軍は時間がかかり、戦場に到着しても兵士が消耗しきっている場合が多かった。

だが、一式機動装甲車の配備はそれらの問題を一気に解決している。それだけにとどまらず、歩兵と戦車を組み合わせた新たな戦術の実施や、歩兵の対BD能力も格段に向上した。

陸軍参謀本部は、一式機動装甲車と対BD携帯兵器を装備した歩兵を組み合わせた部隊を多数編成し、地上戦の最中にある豪州大陸に投入している。

機動歩兵第五連隊も同様であり、装甲車五十二輌と対BD猟兵四百四十人、支援用の迫撃砲二個中隊を定数とし、指揮下に多数の機械化歩兵小隊を組み込んでいる。

横尾率いる第四小隊もその部隊の一つであり、一式機動装甲車四輌と、短機関銃や擲弾筒、携帯噴進砲で完全に武装した歩兵三十二名を有していた。

 

その時、前方を進む味方戦車隊ーーー戦車第一、三、九連隊が砂埃を上げながら停止する。

 

「『桜』停止!」

 

機動歩兵第五連隊連隊長である近藤道雄(こんごう みちお)中佐の肉声が、無線電話機から響く。

「桜」とは機動五連隊の呼び出し符丁である。

機動歩兵五連隊と戦車一、三、九連隊はいずれも戦車第一師団に所属しており、戦車一連隊には「菊」、同三連隊には「梅」、同九連隊には「橘」の通信符丁がそれぞれ定められていた。

 

「四小隊、止まれ!」

 

横尾は小隊内周波数の無線機に怒鳴った。

運転手である伊那喜一(いな きいち)伍長が横尾車を真っ先に停車させ、横尾は前につんのめる。

遅れじと第四小隊に所属している二号車、三号車、四号車が停止し、他の機械化歩兵小隊の三十六輌と、迫撃砲中隊の十二輌も順次停車した。

 

三個戦車連隊の戦車百四十四輌、一個機動歩兵連隊の装甲車五十二輌はアイドリング音を立てながら進撃を止める。

戦車第一師団の右側には、米合衆国陸軍の第三機甲師団が日本師団と同じく停止している。

最新式であるM4“シャーマン”中戦車とM3“リー”中戦車。二種類の戦車を有している機甲師団であり、総数は約二百に登る。そのさらに後方には一式機動装甲車のオリジナルであるM3ハーフトラックが多数、戦車を支援すべく後続していた。

日米合計四百輌以上の戦車、装甲車がオーストラリア東部ニュー・サウス・ウェールズの大地に展開している。

轟々たるエンジン音が不動の大地を揺らし、一つのうねりのような音の波を作り出す。

これほどまでの戦力ならば、南進中の深海棲艦地上部隊など鎧袖一触だと思えるが、深海棲艦がそれほど甘い相手ではないけどは、ここにいる将兵全員が、今までの地上戦を通じて理解していた。

 

「来た…!」

 

待機を開始して十五分ほど経過した時、横尾は小さく叫んだ。

 

正面の小高い丘の向こう側から、大規模な砂埃が上がりはじめる。

小さい地響きが響き始め、人ならざるものの咆哮が微かに聞こえた。

BDやDDの大部隊がシドニーを目指して進撃しているのだ。砂埃の大きさから、かなりの大規模な部隊が近づいて来ているようである。

 

「全軍、前へ!」

 

戦車(オール・タンクス)前進(ゴーアヘッド)!」

 

日米戦車師団の各車に、後方指揮所からの命令が飛び込んだ。

 

「『桜』各車、左右に展開しつつ前進。味方戦車への支援を開始せよ」

 

近藤連隊長の指示が各機械化歩兵小隊に届いた頃、正面に展開していた味方戦車…一〇〇式中戦車がエンジンを猛々しく咆哮させ、履帯を軋らせ、前進を開始している。

 

「四小隊、前へ!」

 

横尾は正面を指差し、大声で叫んだ。

伊那がアクセルを踏み、第四小隊一号車が味方戦車に続いて前進を開始する。

 

日米の機甲部隊が戦闘態勢を整える間に、丘の稜線から現れるBD、DDの数はどんどん増えてゆく。

事前連絡によると、シドニーに進撃している深海棲艦部隊の総数はおよそ三百。うち二百五十体がBDであり、残りがDDである。

BDが先鋒を務め、その後方から機動力に劣るDDが追随するという陣形で接近して来ていた。

 

「戦車一連隊の至近に付けろ」

 

横尾は伊那に注文をつけ、後ろを振り返った。

装甲車の荷台は決して広いとは言えないが、戦車兵用ヘルメットにゴーグル、砂嵐対策のスカーフを身につけ、手元にありとあらゆる携帯兵器を持った対BD猟兵が九名。ぎゅうぎゅうで詰めている。

そんな部下たちを見渡しながら、横尾は口を開いた。

 

「俺たちの任務は…戦車の側面を守り、戦車兵の目、耳となることだ。戦車との連携が大事だから、味方戦車から過度に離れるな。適度な距離をとって戦う」

 

横尾はそこで言葉を切り、村松に目をやった。

 

「お前ら、孤立だけはするなよ。孤立したらすぐに奴らの胃袋直行だ」

 

村松の言葉を聞いて若い兵士が怯えた表情になったが、村松はバシッとその兵の背中を叩いて言った。

 

「怖いやつは俺のケツについてこい!若けぇ奴らは俺みたいなオッサンの尻見ながら死にたくないだろう?」

 

装甲車内にどっと笑いが弾けた。

その時、横尾車が前のめりになって停車する。

横尾車の右前方には戦車第一連隊の一〇〇式中戦車が位置しており、その砲身から紅蓮の焔を噴き出させた。

腹に応える砲声が轟き、装甲で鎧われた車体を震わせる。

 

「帝国陸軍歩兵がどこまで粘り強いか深海棲艦に教えてやれ!総員降車!」

 

横尾は砲声に負けない大声で命令した。

運転手の伊那と重機関銃射手の西山以外の兵士が早々と装甲車の荷台を後にし、豪州の大地を踏みしめる。

 

その時、右前方の味方戦車が爆砕された。

鋭い打撃音がこだまし、装甲が引き裂かれ、さっきまで火を噴いていた砲身が宙を舞う。

敵弾を受けた戦車はその場にうなだれ、火災を発生させた。

 

横尾は一切目を向けることなく装甲車脇の地面に伏せ、手元にある一〇〇式機関短銃を構えた。次いで素早く周囲を見渡し、戦況の把握に努める。

相棒である村松も地面に伏し、九九式短小銃を構えた。

 

敵部隊との距離は予想以上に近い。

先頭集団との距離は500mから600mである。双眼鏡を通さずにも、BDの凶々しい見た目を確認することができた。

 

第四小隊が近くに布陣した戦車第一連隊の各戦車は、停止、前進を繰り返しながら発砲を繰り返す。

一連隊だけでなく、他の戦車三連隊、戦車九連隊やM4“シャーマン”、M3“リー”までもが矢継ぎ早に発砲し、37mm徹甲弾、50mm徹甲弾、75mm徹甲弾をBDに向けて撃ち込む。

 

「村松、沼倉、橋田、古田は俺について来い!他は装甲車の周辺で戦車の支援だ!」

 

横尾は早口で言い、前方を進む一〇〇式中戦車目指して駆け出した。

村松が素早く続き、横尾らと同じく噴進砲を担当する沼倉と橋田、火炎放射器をかついでバイザーで顔を覆う古田が追う。

 

また一輌の味方戦車が破壊される。

主砲正面の装甲を容易く貫通され、飛び込んだ敵弾が車内で炸裂した。

五名の戦車兵は肉体を打ち砕かれて一瞬で即死し、搭載していた砲弾が誘爆したのか、一際大きな爆発が発生した。

首をはねられたかのように砲塔が吹き飛び、無数の火の粉と破片が飛び散る。

周辺に展開していた数名の対BD猟兵が衝撃波と破片を受けて仰け反り、血反吐を撒き散らしながら倒れ伏す。

 

横尾らは敵弾が飛来する中を突っ走り、味方戦車の後ろに到達した。

 

「目標、右前方のBD!」

 

機関短銃から携帯式対BD噴進砲ーーー二式携帯型噴進砲(M1バズーカ)へと持ち替え、膝立ちになって肩に長細い筒をかつぐ。

背後では、村松が素早く斜め掛けバッグから60mmロケット弾を取り出し、噴進砲の尾部から弾を装填した。

装填作業が完了する間、横尾は照準器の向こう側のBDを見つめ続けている。

周辺に他の敵は確認できず、そのBDは完全に孤立していた。単独でBD群から突出してしまったのかもしれない。

いずれにしろ、二式噴進砲の格好の標的である。

 

「装填完了!爆風対策よし!」

 

「発射準備よし!」

 

村松が報告し、別の噴進砲ペアである沼倉、橋田も意気込んで叫ぶ。

横尾は狙いを定めた。

距離は近い。BDの側面に命中する軌道を描けるよう、筒先の向きを微調整し、照準を絞る。

 

「ぶっ放せ!」

 

横尾は号令一下、引き金を引く。

刹那、噴進砲の砲門から濛々たる白煙が噴出した。尾部からも煙が吐き出され、軽い衝撃が身体を揺らした。

ほとんど同時に橋田も撃ち、戦車後方から放たれた二発のロケット弾は、BD目指して噴き伸びる。

狙い過たず、二発ともBDの側面に命中した。

二式携帯型噴進砲は初速が遅く、BDの装甲を撃ち抜けない危惧があったが、成形炸薬弾の弾頭が側面装甲を食い破り、BD内部で炸裂した。

BDは無数の肉片を撒き散らしながらその場に擱座し、動かなくなる。

 

横尾らが「BD一体撃破」の戦果を挙げる中、戦場は激戦の様相を呈しつつあった。

 

BDの75mm弾を車体下部に受けたシャーマンは、正面装甲よりも僅かに薄い下部装甲を貫通され、戦闘不能になる。

内部に飛び込んだ敵弾が車内を跳ね回り、戦車兵を切り刻んだのだ。

一見無傷に思えるシャーマンだが、砲身からは火を噴くことも、履帯を軋らせての移動もしなくなる。

とあるM3は高い車高が祟り、敵弾を37mm砲塔に受ける。

二種類の砲を搭載するという特殊な戦車は、車体の上部に乗っかっている小振りな砲塔を爆砕され、多数の37mm砲弾が誘爆する。

巨大な火焔が奔騰し、内部の戦車兵ごと火だるまになる。

 

一式機動装甲車やM3ハーフトラックと言った装甲車にも、被弾する車両が相次ぐ。

これらの装甲車には戦車ほどの防御力はなく、敵弾を食らえばひとたまりもない。

直撃を受けた直後、運転手や重機関銃手が即死し、決して軽いとは言えない車体が跳ね上がる。荷台に詰めていた兵員が破片に切り裂かれ、炎に包まれ、絶叫を上げながら荷台から転げ落ちる。

 

敵弾は絶えず飛来し、味方戦車や装甲車の周辺の地面をえぐり、土砂や砂利、木々などを根こそぎにする。

至近弾を受けた一式装甲車は飛び交う破片に履帯を切断され、行動不能に陥る。歩兵は土砂を浴びながら衝撃で吹き飛ばされ、二転三転して動かなくなる。

 

「押されてるな」

 

横尾は戦況を見ながら言った。

BDにも被弾して擱座したり、火災を起こして動かなくなる個体がいるものの、撃破される車両は日米の方が多い。

人類側の兵力は深海棲艦に勝るとも劣らないため、互角の戦いが展開される筈だが…何故だろう、という疑問が横尾にはあった。

 

その時、煤煙を突いて突進してくるBDの姿が、横尾の目を射た。

敵の目標は、明らかに横尾達が隠れ蓑にしている一〇〇式中戦車だ。

接近してくるBDに気付いたのか、一〇〇式は砲塔を左に旋回させ、砲門ををBDへと向ける。

BDに向き合うや発砲し、発射された50mm弾はBDの正面に直撃した。

BDは少し立ちろいだが、効果は無い。

甲高い音と共に跳ね返され、それ以上のことは起きない。

 

「二型か…!」

 

横尾は吐き捨てるように言った。

 

オーストラリアに上陸したBDには二つの種類がある。

長らく深海棲艦地上軍の主力であったBD一型と、正面装甲を強化し、かつ超砲身の装甲貫徹力が高まった75mm砲を搭載している二型である。

一型と二型を見分ける術は無く、戦ってみるまでわからない。

ルソン島や東南アジアでBD一型に対応可能だと実証されている一〇〇式戦車の砲弾を弾いたということは、向かってくるBDは二型なのだろう。

 

横尾は機関短銃で二型を銃撃しつつ、一〇〇式戦車の右側に退避する。

村松や沼倉も小銃で牽制射撃を行いながら戦車の陰に身を隠した。

ロケット弾をぶち込みたいところだが、二式噴進砲に二型の正面装甲を貫通する力はない。

 

BD二型は停止し、口内から長細い砲身を突き出した。

次の瞬間、真っ赤な火焔が砲門から噴き出し、砲声が響き渡る。

 

「伏せろ!」

 

村松が叫んだ刹那、目の前が真っ赤に染まった。

猛烈な熱気を感じた刹那、横尾の身体は宙に浮いてる。

 

「……!」

 

数メートル後方に吹き飛ばされ、身体を地面に打ち付けられた。二転三転し、仰向けになって止まる。

朦朧とする意識で状況を把握しようとするが、音が聞こえない。

キーン、と言った耳鳴りが聴覚を支配し、視界が霞む。

 

ゆっくりと上体を起こすと、さっきまで横尾が身を隠していた一〇〇式が爆砕されていた。

砲塔が綺麗さっぱり消失しており、変わって巨大な火焔を載せている。

車内から火だるまになった戦車兵が断末魔の絶叫を上げながら這い出てくるが、車体から地面に落ちたところで力尽き、動かなくなる。

 

その一〇〇式の背後に、巨大な影が見える。

風で煙が晴れると、たった今味方戦車を破壊したBD二型の姿があった。

 

「小隊長!」

 

その時、村松の声が聞こえた。

声のした方向を向くと、小銃を持ちながら駆けてくる村松と、その後ろから追う古田の姿が見える。

二人とも横尾と同じく衝撃波で吹き飛ばされていた筈だが、そのような苦痛は感じさせない軽い足取りだった。

 

「ご無事ですか?」

 

「あいつをやる」

 

村松の自身を心配する声を無視し、横尾はBD二型を睨みつけた。

 

今まで共にいた沼倉と橋田の姿が見当たらない。恐らく、戦車の爆発に巻き込まれて肉体をバラバラにされたのか、横尾が吹き飛ばされている間にBDに喰われたのだろう。

第四小隊から対BD猟兵二名を奪ったBD二型は、新たな獲物を求めて近づいてくる。

 

距離は近い。

 

「古田。焼き尽くせ!」

 

「は、はい!」

 

火炎放射器を装備した古田は、我こそはと言わんばかりに一歩前へ出。近づいてくるBDに対してノズルを向け、引き金を引く。

ノズル口から火焔が放射された。

腰だめのノズルから発せられた焔の帯は、真正面からBDに接触し、BDの体を焼く。

丸みを帯びた頭部、エメラルドグリーンの目、不気味な程に白い歯が紅蓮の炎に焼かれ、見えなくなる。

戦車ほどの巨体が火に包まれ、文字通り火の塊へと変化する。

BDは接近をやめ、咆哮を上げながら苦悶にもがく。

 

だが、決定打ではない。

 

古田が火焔放射を止める頃、横尾は噴進砲の装填を終え、BD二型の側面に回り込んでいる。

だが。噴進砲の引き金を引こうとした直前、BD二型は大きく跳躍した。巨大な火の塊が素早く動き、古田に迫る。

 

「逃げろ!」と横尾は咄嗟に言おうとしたが、口からその言葉が出ることはなかった。

古田の上半身が搔き消え、血飛沫が舞う。BD二型は古田の後方に着地し、勢いよく横尾の方向を振り向いた。

白い歯が赤く染まっており、口からは肉塊をぼたぼたと地面に垂れ流している。

火は完全に消えており、火炎放射でダメージを受けたようには見えなかった。

 

「化け物が」

 

横尾は小さく吐き捨て、引き金を引いた。

再びの軽い衝撃が体を揺らし、白煙が噴出し、BDに向けて煙の尾が伸びる。

刹那、60mmロケット弾はBD二型の顎を直撃した。無数の歯と砲身が吹き飛び、顎が粉砕される。黒い破片が飛び散り、地面に突き刺さった

だが、これでもBD二型は力尽きなかった。

自らの肉片を撒き散らしながら、猛然と突撃して来たのである。

 

「な…!」

 

横尾は敵の予想外の行動に戸惑ったが、考える間もなく体が勝手に動いている。

横尾は瞬時に右側の地面に身を投げ出し、相棒の村松も素早く動き、左側に回避する。

BD二型は、さっきまで二人がいた場所を蹂躙し、仕留め損なったと見るや、横尾の方向を向く。

距離はほとんどない。ロケット弾によってグロテクスに粉砕された口周りが、横尾の目の前に迫る。

 

(やられる…!)

 

瞬時に悟ったが、無意識に手が動いていた。

空になった噴進砲を無造作に投げ捨て、機関短銃をBDに構える。

手に持てるサイズの機関銃がこいつに効くとは思えなかったが、戦える限り最後まで抵抗しよう、と考えていた。

 

だが、機関短銃が火を噴くことはなかった。

BD二型の左側面に太い火箭が多数突き刺さり、外板を吹き飛ばした。

衝撃によってBD二型は進路を変えられ、横尾の右を通過して後方で横転する。

 

「隊長!こっちです!」

 

火箭が向かって来た方を見ると三輌の一式機動装甲車がおり、もっとも近い装甲車の車上では、ひっきりなしに西山軍曹が手を振っている。

西山は第四小隊一号車の重機関銃射手である。車載のM2ブローニング12.7mm重機関銃を放ち、横尾の危機を救ったのだ。

 

ここで横尾は、自分達が一番BD群の近いところに展開している歩兵だということに気づいた。

一〇〇式戦車や米戦車シャーマン、リーは車体正面をBDに向け、発砲しながら後退を開始しており、歩兵部隊もそれに従って下がっている。

横尾がBDとの戦闘に拘束されている最中に戦車部隊が下がったため、横尾と村松は戦線が後退していることに気づかず、敵中に孤立しつつあるのだ。

 

「村松、走るぞ!」

 

「了解!」

 

横尾は叫び、村松も威勢の良い声で返す

二人は武器を放り投げ、全力で西山の装甲車へと駆け出した。

 

二人の後ろからは数百度の炎に焼かれ、顎を砕かれ、多数の重機関銃弾を食らったBD二型が追う。

動いは鈍くなっているが、まだ戦意は旺盛なようだ。横尾と村松を逃すつもりなどないらしく、全力で追ってくる。

 

「しつこいぞお前!」

 

村松がBDを罵るが、BDは何かに取り憑かれているように追うのをやめない。さらに後方からは二体のBD一型が続いていた。

装甲車との距離は50m。このままでは追いつかれる!

 

と思った刹那…重厚な連射音が響き、多数の青白い火箭が頭上を通過し、後ろへと伸びた。

ほとんど同時に三発のロケット弾が装甲車から放たれ、12.7mm弾を追って横尾らの頭上を越える。

 

数秒後、後方から炸裂音が届き、悲痛の叫びにも似たBDの咆哮が轟いた。

横尾は何が起こったか察しがついている。

装甲車上の三組の噴進砲兵ペアがロケット弾を発射し、追ってくるBDを撃破したのだ。

 

二人は無事に装甲車に辿り着き、部下に手助けされながら荷台に上がる。息は荒れており、小隊長として指示を出そうとしたが、言葉がでてこなかった。

 

「伊那、出せ!」

 

西山が運転手の伊那に言い、第四小隊の一式機動装甲車は後退を開始する。

最大速度などのだろう。凄まじい勢いで荷台が上下し、横尾は側壁に体をぶつけて呻き声を上げる。

ちらりと後方を見やると、横尾らを追っていたBD二型が黒煙を上げながら擱座しているのが見えた。

 

「隊長。師団本部から後退命令が出ていたんです」

 

西山が無線機も持ってくる。

 

「後退か…」

 

横尾はその言葉を反芻した。確かに。あれほどの大きな被害を受けていたら司令部は撤退を選択するだろう、という気がした。

 

だが、それが完全な敗北からの撤退ではないことが、後から分かる。

 

「『桜』。直ちに後退!繰り返す、全車、直ちに後退せよ!凄いのが来るぞ!」

 

無線機からは、ひっきりなしに近藤連隊長の興奮気味の声が響いている。

やがてその「凄いの」が、戦場に到着した。

 

 

戦車、装甲車のエンジン音に負けない轟々たる音が、徐々に音量を上げてくる。

その音は頭上を圧し、装甲車の荷台すら震え始める。

やがて、後方から歓声が湧いた。日米問わない将兵が、空からやってきた援軍にむけて歓喜を上げる。

 

「ドイツ軍か…」

 

横尾は、南の空から徐々に数を増やしつつある航空機群を見やって呟いた。逆ガル固定脚が特徴的な機体だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

第六十七話 「シドニー会戦」

 





次回 「鉄十字の荒鷲」

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