南洋海戦物語〜人類の勇戦譚〜   作:イカ大王

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学校始まっちゃって、更新遅れちゃいました〜

これからも遅くなるかもです!


BGM「夜戦!」で


第五話 夜闇の砲声

1

 

第三艦隊が遅れた理由は、予定に入っていない迂回航路を選択したからだった。

高橋伊望第三艦隊司令長官は船団が極力敵に発見されないようにするために、やや東に予定航路をずらしたのである。

それが功を奏し、第三艦隊も四十隻以上の輸送船も敵機の空襲を受けずに、ルソン島北岸の港に到着することができていた。

だが、

日没間際に単機の敵機に接触してしまっている。その敵機は謎の電波を発して離脱しているため、偵察機だと思われる。

その敵機が、奴らの親方に第三艦隊のことを通報したのは確実であろう。

第三艦隊は敵艦隊の襲撃は十中八、九あると考え、迎撃準備を進めていた。

 

「避難民の収容作業は…どの程度かかるかな?」

 

高橋は中村参謀長に聞いた。

 

「六時間はかかるでしょう、少し手間取ったら八時間ほどかかります」

 

中村は淀みなく答えた。

高橋は腕をまくり、夜光塗料で鈍い光を発している腕時計を見。少し表情を強張らせる。

現在時刻は21時18分。(日本時間。現地時間は20時18分)

上手くいけば午前三時、悪くいけば午前五時。その時間まで、船団を守り続けなければならないようだ。

 

この時、第三艦隊は船団の護衛を第五水雷戦隊に任せ、ルソン島北西部の沖十五浬の海域で三列の単縦陣を組み、マニラから北上してくるであろう深海棲艦極東艦隊を待ち構えている。

第三艦隊旗艦の「足柄」が先頭に立ち、その後方に第六戦隊の「青葉」「衣笠」「古鷹」「加古」が続く。

これら五隻の左側には三水戦の軽巡一、駆逐艦六隻が、右側には同じく三水戦の駆逐艦八隻が展開していた。

 

「もしも戦艦が来たら…」

 

その時、砲術参謀の富士義幸(ふじ よしゆき)中佐が声を震わせて言った。

深海棲艦は、「ル級戦艦」なる戦艦を保有している。未だに多くの謎に包まれている艦だが、米海軍のテネシー級戦艦やニュー・メキシコ級戦艦と同じく、三六センチ砲十二門を三連装四基に収めて搭載しているらしい。

もし、そんな伊勢型、扶桑型にも匹敵する大火力を備えた艦が襲来した場合、巡洋艦、駆逐艦のみで構成された第三艦隊は戦えるだろうか、と富士は思っているようだ。

 

「夜戦ならば、勝機はある」

 

高橋は自信ありげに言った。

高橋は砲術専攻のいわゆる「大砲屋」だが、夜間戦闘における水雷戦の重要性も理解している。

もし敵艦隊に戦艦がいれば、重巡五隻によって火力を吸収し、その隙に暗闇に紛れさせて三水戦を突入させよう。と、中小型艦特有の高速性に、砲雷撃を組み合わせた戦術を考えていた。

 

そのような状態で遊弋を開始してから、はや二時間が経過した頃。

 

「左100度、艦影見ゆ。距離二〇〇(フタマルマル)(二万メートル)。中型艦六、小型艦多数!」

 

「足柄」見張員の報告が、唐突に艦橋に飛び込んだ。

 

「来たな」

 

高橋は不敵に笑い、呟いた。

敵艦隊はやはり来た…。人類の船団を一網打尽にすべく、その姿を現したのだ。

中型艦というのは巡洋艦のことだろう。敵艦隊に戦艦はいなかったが、こちらよりも巡洋艦が一隻多い。

楽に勝てる相手ではなさそうだ。

 

「極力、敵の頭を押さえましょう。T字を描き、一隻ずつ仕留めるべきです」

 

「それで行こう」

 

中村参謀長の意見を瞬時に採用した高橋は、力強い口調で二つの命令を発した。

 

「砲雷撃戦用意。各艦、夜戦に備え!」

 

「艦隊針路290度。最大戦速!」

 

命令文は素早く各艦に打電され、計十九隻の台三艦隊所属艦は次々と290度へと変針する。

「足柄」もその中の一隻である。艦長の中澤佑(なかざわ ゆう)大佐が航海長に「取舵一杯。針路290度。最大戦速」を命じ、「とぉーりかぁーじいっぱぁーい!」の号令が艦橋内にこだまする。

 

先頭に立っていた「川内」が一足早く増速し、それに後続している第十一駆逐隊、第十二駆逐隊の吹雪型六隻も増速し、隊列右側の駆逐艦八隻ーーー第十九駆逐隊、第二十駆逐隊も遅れじと加速する。

最大速度に達したころで290度に転舵し、軽巡一隻と駆逐艦六隻の単縦陣と、駆逐艦ハ隻の単縦陣が別個に左へと艦体を振る。

 

足元から伝わる機関の唸りが高まり、「足柄」周辺の海面が喧騒を増し始める。

「足柄」も三水戦を追って加速し、古鷹型に合わせた三十四ノットに到達した。

三十四ノットに達した直後、鋭い艦首が左に振られる。

変針によって左前方に移動した三水戦の各艦が、「足柄」の取舵により再び正面に移動してくる。

 

「六戦隊各艦、『青葉』より取舵。針路290度に乗ります!」

 

後部見張員から、第六戦隊の状況報告が届く。

後方の旧式重巡四隻も「足柄」を追って290度に変針したようだ。

 

「敵艦隊、針路0度。速力十八ノット。距離一九〇(ヒトキュウマル)

 

射撃指揮所から「足柄」砲術長である寺崎文雄(てらさき ふみお)中佐の報告が届く。

艦橋上部に搭載している主砲測距儀で敵を測的し、正確な針路と速度を弾き出したようだ。

高橋は首にぶら下げた双眼鏡を、敵艦隊がいるであろう方向へと向ける。

今日は満月だが、二つの視界内には月光に照らされている海面しか見えず、どんなに目を凝らしても、敵の艦影を見ることはできない。

日本帝国海軍は夜戦に力を入れており、特殊訓練によってフクロウ並の視力を持つ見張員を多数の育成し、戦艦、重巡洋艦などの主力艦に配備している。

訓練を施していない常人の高橋に、夜間一万九千メートルもの先の物を見る事は不可能だった。

 

「敵に動きは?」

 

自らの目で見ることを諦めた高橋は、見張員に聞いた。

 

「変化なし!」

 

見張員は即答する。

深海棲艦に夜間二万メートル先の艦隊を探知する能力はないのかもしれない。

第三艦隊は敵に発見されることなく、敵隊列の右前方から高速で近づいているのだ。

 

「いいぞ…」

 

高橋はぼそりと呟いた。

現在、針路は290度。敵艦隊の針路は0度。第三艦隊は頭を押さえる形でT字を描きにかかっている。日露戦争・日本海海戦以来の必勝戦法である。

それに敵に第三艦隊は発見されていない。奇襲攻撃で一気に片をつけようと、高橋は考えていた。

 

「魚雷発射用意」

 

高橋は凛とした声で命じた。

第三艦隊が搭載している魚雷は、帝国海軍が世界に先駆けている開発した九三式酸素魚雷である。純粋酸素を使用しているため航跡をほとんど残さず、さらには雷速も、搭載している炸薬量も、列強の魚雷とは比べ物にならないほどの高性能を誇っている。

何より特徴的なのは異常とも言える射程距離で、米英の魚雷が五千メートル前後の性能しか持たないのに対し、九三式は最低でも二万メートル。雷速を落とせば三万メートルにすら達する性能を持っている。

高橋はこの「水中の長槍」とも言える兵器で暗闇からの強烈な打撃を喰らわせ、敵の出鼻を挫こうを考えたのだ。

 

「この距離からの発射ですか?」

 

守谷孝作(もりや こうさく)水雷参謀がかぶりを振りながら異議を唱えた。

 

「砲撃も雷撃も距離がある程、命中率は下がります。せめて一〇〇(ヒトマルマル)(一万メートル)ほどまで距離を詰めてはいかがですか?」

 

顔が、暗闇でもわかるほどに紅潮している。どうか御再考ください…むざむざと切り札を海に捨てるだけです。と言いたげだった。

 

「そこまで距離を詰めたら我々が敵に探知される可能性が高い。それに敵の手の内がわからない以上、接近するのは危険だ」

 

「しかし…」

 

川口はいくら意見具申しても、艦隊司令官が考えを変えなければ意味がないと思ったのか、これ以上の異議は唱えなかった。

この間にも、第三艦隊の各艦で発射準備が整えられてゆく。敵艦の速度、距離を測定し、その未来位置に魚雷が進むように正確な数値を弾き出す。

 

「魚雷発射準備完了しました!」

 

水雷指揮所から報告が届き、「発射準備完了」の報告が三水戦、六戦隊よりも届く。それを聞いた高橋は、力を込めて下令した。

 

「全艦。魚雷…攻撃始め!」

 

「艦橋より水雷指揮所。魚雷発射!」

 

中澤が指揮所へと繋がる伝声管に怒鳴り込む。

命令を受理すると同時に「足柄」の左舷に圧搾空気の音が響き、計八本の九三式六十一センチ魚雷が海中へと射出させる。

 

「六戦隊より入電。“我、魚雷発射完了”」

 

「三水戦より入電。“十九駆逐隊以外、魚雷発射完了”」

 

通信長が報告を重ねる。

十九駆、二十駆は「川内」、一一駆、一二駆の右側に展開している。おそらく射線に味方艦が入ってしまい、発射できなかった艦がいたのだろう。

それでも「足柄」より八本、六戦隊より十六本、三水戦より九十本、合計百四十本もの魚雷が、深海棲艦の下腹に大穴を穿つべく海に放たれたのだ。

 

「命中まで約九分!」

 

水雷指揮所から敵艦隊までの到達時間が知らされる。

十分後には敵艦隊に多数の魚雷が殺到する。

 

「見張員、敵の動きはどうだ?」

 

「針路、速度とも変化なし」

 

見張員の返答を聞き、高橋は満足げに頷いた。

各艦の魚雷は敵艦隊が直進する前提で発射されており、敵が針路や速度を変えられてしまえは ば命中しなくなってしまう。

第三艦隊が主砲を撃ち始めると、敵艦隊がそれによって変針してしまう可能性があるため、第三艦隊は魚雷が到達するまで砲撃をすることができないのだ。

 

「一分経過」

 

「三分経過」

 

艦橋でストップウォッチを見ている水兵が、定期的に報告する。感情を感じられない、淡々とした声だった。

 

「敵艦隊との距離、一六〇」

 

見張員が報告する。双方、接近する針路を取っているため、距離が詰まっていく。

敵艦隊は動かない。まだ第三艦隊は発見されていないようだ。

 

「距離、一四〇」

 

「五分経過」

 

高橋は再び敵艦隊に双眼鏡を向ける。今度は月の光に照らされて、薄っすらと六つの影が見えた。

見張員の報告にあった、六隻の巡洋艦だろう。

米国の情報によれば、深海棲艦の巡洋艦は人類と同じように重巡洋艦と軽巡洋艦に相当する艦種があり、重巡が一種類、軽巡が三種類だという。名称は重巡がリ級、軽巡がホ、へ、ト級と命名されている。

これらには、すべてペンサコーラ級重巡のようにマストが付いているらしい。目をこらしてみると、マストの様なものをぼんやりと確認することができた。

 

「七分経過……!」

 

あと二、三分で到達する、という思いがあるのだろう。

水兵の声が、やや力んだものへと変化した。

 

(妙だな…)

 

ここで高橋は疑問を感じた。

上空には満月が照り輝いており、距離も近くなっている。特別な訓練を受けていない高橋自身も敵艦隊を視認できているのに、敵は第三艦隊を発見しない。発見しているのかもしれないが、一切の攻撃を仕掛けてこない。

深海棲艦は夜に極端に弱いのか、それとも何か別の理由があるのか。

 

「じかーんッ!」

 

ストップウォッチを持つ水兵が、溜めに溜めた物を吐き出すように叫ぶ。それを聞いた艦橋内の人間は、雷撃の成果をこの目に収めようと、一斉に敵艦隊に顔を向けた。

高橋も敵艦隊を見続ける。妙だと思った少しの疑問など、この時はすっかり忘れてしまっていた。

すぐには何も起こらない。 何事も無いように敵艦隊はそのまま直進を続け、十秒、二十秒と沈黙の時間が過ぎる。三十秒が過ぎても、変化はない。

 

(まさか…失敗か?)

 

高橋は失敗を悟った。

やはり守谷水雷参謀の意見具申を受け、一万前後で発射したほうが良かったのか?自分のの判断は、百本以上もの酸素魚雷を海に捨ててしまったのだろうか?

そのような焦りが脳内を駆け巡った次の瞬間。

 

敵の影が大きく揺らいだ…と見えた瞬間。敵艦隊の戦列に稲光のような閃光が走った。

巡洋艦の一隻に巨大な水柱が高々と奔騰し、瞬時に火柱に変わる。火柱が三脚マストと高さを競い合い、艦の輪郭をくっきりと海上に浮かび上がらせた。

 

「やったか!」

 

高橋は身を乗り出した。

敵艦隊を見ることができた将兵は全員が歓声を上げ、艦橋、水雷指揮所、魚雷発射管、高角砲台など、至るところで喜びの歓声が爆発する。

 

この時、高橋は知る由もなかったが、被雷したのは深海棲艦唯一の重巡洋艦であるリ級で、第二砲塔の直下とスクリューに時間差で二本の酸素魚雷を食らっていた。

スクリューに命中した九三式酸素魚雷は瞬時にスクリューシャフトをへし折り、艦底部に大穴を穿つ。大穴から海水内部に流れ込み、リ級は艦体を大きく戦慄かせながら減速する。

この一本のみだったら、このリ級重巡は生き延びれたかもしれなかったが、二本目がこの重巡の未来を運命付けた。

第二砲塔の直下に五十二ノットの速力で突っ込んできた九三式酸素魚雷は、命中した瞬間…弾頭の炸薬が炸裂し、第二砲塔の弾薬庫に誘爆を引き起こしたのだ。

搭載されていた大量の二十センチ砲弾がいちどきに爆発し、凄まじい閃光が辺りを照らし出す。

リ級重巡は第二砲塔直下を境に真っ二つに切断された。耳をつんざく大音響が海上に轟き、二つに分裂した艦体が水蒸気を出しながら海中に沈んでいく。

 

二隻目の被雷艦は、リ級の後方を追走していたホ級軽巡だった。

そのホ級はリ級の惨状を目の当たりにし、魚雷を回避しようとした矢先に艦首に魚雷を受けた。

艦首がけたたましい音とともに引き裂かれ、小さいとは言えない巨体を凄まじい衝撃が貫いた。大きく仰け反り、次いで振り戻すようにして艦首を海面に叩きつけた。

 

他にも駆逐艦と思われる小型艦三隻が酸素魚雷を受ける。駆逐艦三隻のうち二隻が瞬時に撃沈され、巡洋艦、駆逐艦各一隻が停止して海の松明と化す。

それ以降は被雷する敵艦はいない。命中した本数は六本のみだが、敵艦隊の三分の一の戦力をもぎ取ったのだ。

 

だが、高橋は気づかなかった。

第三艦隊にも、ひしひしと魔の手が迫っていたことに。

 

高橋が敵艦隊との砲戦を挑むべく新たな命令を出そうとした時。「足柄」の右前方で何かが光った。

やや間を開けて、炸裂音が響き渡る。

咄嗟に振り向くと、「川内」の艦首付近に高々と伸びる水柱が高橋の目を射た。

 

「な………!」

 

高橋や参謀らは声にならない叫びを上げる。

「川内」がやや前のめりの状態で黒煙を吐きながら停止した時、二隻目が被雷した。

位置的に、第三水雷戦隊の四番艦「初雪」のようだった。左舷艦中央に魚雷が命中し、凄まじい大きさの爆炎が天高く躍る。

穿たれた巨大な穴から海水が轟々と流れ込み、恐怖の面持ちの水兵たちを容赦なく飲み込んでいく。

瞬く間に艦が横転し、赤い腹を覗かす。

 

「か、艦隊針路200度。魚雷が来る!」

 

「と、取り舵一杯!」

 

高橋は怒号のように叫び、それを聞いた中澤艦長が声を枯らして命令した。

先行していた三水戦に魚雷が到達したということは、重巡部隊のもうすぐそこまで魚雷が迫っているということになる。ここで回避しなければ、深海棲艦巡洋艦部隊と同様の煉獄が「足柄」と六戦隊をも襲うこととなるのだ。

 

「一体どこから⁉︎」

 

中村参謀長が落ち着きを失った状態で叫んだ。雷撃の戦果に対する喜びなど、どこかに吹き飛んでしまっていた。

高橋は魚雷がどこから来たのか目星が付いている。魚雷が来たのは左舷側、敵艦隊がいる方向である。

敵も第三艦隊と同じく、距離二万前後から魚雷を放っていたのだ!

肉眼でお互いが見えるようになっても砲戦が始まらなかったのは、敵艦隊も高橋と同じように考え、変針によって魚雷の狙いを外されたくなかったからであろう。

沈黙の九分の間は、こちらにも敵魚雷の群れが向かってきていたのだ。

 

「足柄」の舵は、依然効かない。

「足柄」はここにいる日本海軍の艦艇で一番重く、かつ一番長い。その為、舵の効きがもっとも悪いのだ。三水戦の駆逐艦群はもちろん、第六戦隊の重巡四隻も魚雷をかわすため、とっくに針路を200度に取っている。

 

(舵よ、早く効いてくれ…!)

 

高橋は目をつぶり、祈った。意味ないことはわかっていたが、祈らずにはいられなかった。

四十秒ほどたった時、「足柄」の艦首が左に振られ始め、針路200度で直進に戻る。

魚雷の向かって来る方向に艦首を向け、被雷面積を最小にするのだ。

運が良ければ艦首の水圧により、魚雷を弾き飛ばすことも可能である。

 

「『青葉』被雷!」

 

「『衣笠』被雷!」

 

悲報が艦橋に飛び込む。

一足先に変針し、「足柄」の左舷前方を前進していた「青葉」「衣笠」が被雷したのだ。両艦とも艦首の喫水線下を食い破られており、全力航行も祟って大量の海水が侵入していた。

青葉型重巡二隻は艦体を激しく震わせながら減速し、前のめりになって停止する。

 

「おのれ…!」

 

「青葉」と「衣笠」の惨状を見た高橋は深海棲艦に対して呪詛の言葉を吐く。しかし、それで接近して来る魚雷を止めることなどできない。

「足柄」の正面から多数の雷跡が迫って来る。深海棲艦の魚雷射程は酸素魚雷に匹敵するようだが、酸素魚雷と違い、雷跡はくっきりと見える。

 

「魚雷接近、距離六百メートル!」

 

見張員が叫ぶ。

魚雷に艦首を向けた以上、やれることはない。今はただ魚雷が当たらない様に願うだけだ。

 

「三百!」

 

高橋はただ艦橋に仁王立ちになり、腕を組んで正面を見る。

 

「百!近い‼︎」

 

「!」

 

刹那。

 

「回避成功!」

 

「雷跡、後方に抜けます!」

 

その声が聞こえると、高橋は大きく息を吐き、ハンカチで汗を拭う。

「足柄」はギリギリのところで魚雷の回避に成功したのだ。

 

「見張。敵の動きは?」

 

中澤艦長が見張員に聞く。

 

「多少の混乱は見られますが、先と変わらず、針路0度で北上しています。被雷艦は放置しているようです」

 

敵艦隊は酸素魚雷によって巡洋艦二隻、駆逐艦三隻を戦列外に失ったが、まだ力を残しており、船団を攻撃できるだけの意思と能力を有している。

敵艦隊を完全に無力化しなければ、避難民の安全は確保できない。

開幕雷撃戦で双方が被害を受ける、という奇妙な状態から始まった海戦だが、まだ決着はついていないのだ。

 

「…三水戦は敵駆逐艦を攻撃せよ」

 

「本艦、六戦隊、針路0度。目標敵巡洋艦」

 

高橋は凛とした声で言った。

三水戦に駆逐艦を牽制させ、敵巡洋艦四隻を生き残った「足柄」「古鷹」「加古」で叩くのだ。

雷撃回避によってT字を崩されてしまったため、針路を0度にとり、北上する敵艦隊と同航戦の形をとる。

被雷した「青葉」「衣笠」「川内」「初雪」の乗組員には申し訳ないが、消火協力や人命救助は後回しだった。

三隻の重巡が巨体を震わせながら針路を0度に変針し、三水戦も隊列を整える。

変針後、左正横に敵巡洋艦四隻の影がぼんやりとが見えている。

距離は八千メートル。必中の距離である。

 

「本艦目標敵一番艦、『古鷹』目標敵三番艦、『加古』目標敵四番艦。準備完了次第砲撃始め!」

 

高橋は力強く命令した。

「古鷹」と「加古」は「青葉」と「衣笠」が戦列を離れたため「足柄」との距離が開いてしまっている。

よって、同じく隊列の後方に位置している敵三、四番艦を割り振ったのだ。

 

「決着を付けてやる、深海棲艦…」

 

高橋は軍帽を深くかぶり直し、敵艦隊を睨みながら言うのだった。

 

 

 

 




次回予告 「 餓狼、奮戦ス」


バリバリ砲戦

まだ決着つかないかなぁ〜〜

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