高名な急降下爆撃機乗りが登場します。
1
戦車第一師団、第三機甲師団の援護に飛来した航空部隊は、
「“ヴァイオレット1”より全機。“ヴァイオレット”、“カーネーション”目標、後方に展開しているDD。“ローズマリー”目標、味方部隊追撃中のBD」
SG2総指揮官のカール・シュペレ中佐の肉声が、本部小隊、
「“カーネーション”了解」
「“ローズマリー”了解」
Ⅱ/SG2飛行隊長グラーフ・ショッツ少佐と、Ⅲ/SG2飛行隊長マイハイム・メスナー少佐が、各隊の呼び出し符丁となっている花の名前を答える。
「奴らはDDを支援戦力に位置付けたみたいですね」
Ⅱ/SG2の八番機の旋回機銃手を担当するエルヴィン・ヘルシェル兵長が、操縦士であるハンス・ウルリッヒ・ルーデル少尉に言った。
ルーデルはそれに答えず、コクピットから首を出し、ゴーグルを外して正面の地上を見やった。
スツーカは逆ガルと言う特徴的な翼をしており、正面から見ると「W」のような形に見える。前下方への視界が広く、ルーデルは何不自由することなく地表の状態を確認することができた。
三つのものを視界内に捉えた。
砂埃の中後退する人類の機甲部隊と、それを追うBD群、さらにその後方でしきりに発射炎を光らせるDDである。
日本やアメリカからの情報では、DDは機動力に難があるが、105mm砲二門、88mm砲八門という大火力を持っている。その二つの重火砲を息つく間もなく発射し、後退する日本軍、アメリカ軍に撃ち込んでいる。
この高度からは見えにくいが、時折機甲部隊の只中で火焔が躍り、爆炎が湧き上がる。
後退中の戦車、装甲車が被弾し、爆砕されているのだ。
「そうらしいな」
ルーデルはそう短く言い、スツーカを七番機に追随させる。
飛行隊長のシュペレ中佐もDDが味方の脅威になっていることを素早く見抜き、“ヴァイオレット”と"カーネーション”の攻撃目標をDDにしたのだろう。
「“カーネーション4”より全機。左に日本編隊!」
「“ローズマリー6”より全機。右にソビエト軍機!」
二つの報告が立て続けに飛び込んだ。
ルーデルは左右に首を振り、口角を釣り上げる。
左側の空域には、日の丸が描かれた華奢な戦闘機と軽爆撃機が合計五十機、右側の空域には、欧州で馴染み深いソビエト労農赤空軍のシュトルモヴィクが四十機、SG2のスツーカと肩を並べるようにして敵地上部隊に突進している。
SG2は日ソ両軍攻撃隊との同時攻撃を意図していたわけではない。上位部隊である
だが、それは日本軍もソビエト軍も同様だったのだろう。
豪州東部の航空作戦を統括する3AG司令部はSG2だけではなく、日ソ航空部隊にも地上部隊の支援を命じていたため、意図することなく、三ヶ国地上攻撃部隊の同時攻撃が実現したのだ。
この時、SG2総指揮官のシュペレ中佐と日本軍攻撃隊、ソビエト軍攻撃隊の間で暗黙の了解が交わされていた。
日本陸軍の軽爆撃機は左側を、赤空軍のシュトルモヴィクは右側を、そしてSG2のスツーカは中央の敵地上部隊を攻撃するのだ。
「“ヴァイオレット1”より全機。日本人やロシア人に遅れをとるな。中隊毎に散開して爆撃。深海棲艦に鉄槌を下せ!」
「“カーネーション”かかれ!」
シュペレ中佐とショッツ少佐の命令が同時に飛び込んだ直後、ルーデルはフルスロットルを開き、愛機を加速させた。同時に操縦桿を手前に引き、空中の降下点へと機首を向ける。
「ついて来い
ルーデルは後続する部下のスツーカに言葉を投げかけ、スツーカを爆撃ポイントへと誘う。
「味方機。順次加速!」
機銃の安全装置を外しながら、ヘルシェル兵長が報告する。
ちらりとバックミラーに目をやると、ルーデルが指揮を執る第三小隊のスツーカ三機が、遅れずに後続する様が見えた。
敵地上部隊に向けて加速するのは、第三小隊だけではない。
他の第三中隊の僚機や、第一、第二中隊の二十四機、Ⅲ/SG2の三十四機、加えて本部小隊も、ほとんど同時にフルスロットルを開き、巡航速度から最大速度の310km/hへと加速している。
液冷エンジン特有の尖った機首、逆ガル型の吊り上がった翼、その翼から伸びる二つの固定脚、それらを染め上げるディザートカラーの砂漠迷彩、そんな
攻撃目標にBDに割り振られたⅢ/SG2のスツーカは、本部小隊、Ⅱ/SG2よりも一足先に急降下爆撃を開始している。
全幅14m、全長11m、総重量3.4tに達する爆撃機がその身に似合わない軽快さで身を翻し、次々と機首を地表へと向ける。
多数のスツーカが機体を翻すたびに日光が翼に反射し、鈍い光を発する。シュペレ中佐は「鉄槌」と表現していたが、ルーデルからは振り下ろされる凶刃のようも見えた。
Ⅲ/SG2のスツーカが次々と対地爆撃を開始している中、ルーデルらが目標としているDD群に、一斉に閃光が走った。
「来るぞ!」
ショッツ少佐が注意を喚起した刹那、本部小隊とⅡ/SG2四十機の周囲に、次々と敵弾が炸裂し始めた。
左、右、正面、頭上、下方といたるところで敵弾が砕け、ルーデル機を右へ左へと翻弄する。炸裂した敵弾の破片がスツーカの外板に当たり、豪雨のような音を立てる。
(なかなかの対空弾幕だ…)
ルーデルはDDを見据えながら思った。
破壊されたDDを調査した結果、DDの装備している火砲のうち、105mm砲の全てと88mm砲四門の計六門の仰角が、最大75度であることが判明している。
DDの火砲は地上攻撃のみならず、対空射撃をも可能としているのだ。
ルーデルがDDの対空射撃を受けたのは、これが初めてではない。
所属航空団がオーストラリアに展開してからの半年間、何十回も出撃し、スツーカを操って戦場の空を飛び回っている。
その間にBD五十体、DD二十三体を急降下爆撃のみで破壊しており、爆撃阻止に向かって来た深海棲艦機も、少なくとも三機をスツーカで撃墜している。
祖国ドイツからはその戦果、並外れた技量を讃えられて騎士十字勲章を授与されており、盟邦イギリスからも豪州防衛の献身さを讃えられ、勲章の授与が決定されていた。
ニューキャッスル〜シドニー間の戦いが始まってからはSG2の出撃回数も増加し、ルーデル自身DDとは何度も戦い、DDの対空能力も嫌というほど見せてけられている。
DDの対空火力は完全に把握したと思っていたルーデルだったが、今回の対空弾幕は数段強烈だった。
DDの数はおよそ五十体、それらが密集し、一斉に弾幕を張っているからかもしれない。
黒い硝煙がスツーカの飛行している空域を覆い、地表を遮る。
絶えず敵弾が炸裂し、衝撃でスツーカの機体が安定しない。
降下点との距離はほとんど無い。このまま被弾機無しに行けるか…?とルーデルは思ったが、その思いはもろくも崩れ去る。
ルーデル機の右前方を進んでいたスツーカが、敵弾炸裂の打撃をもろに受けた。
右主翼が屈折部を境にして折れ曲り、そのスツーカは黒煙を引きずりながら墜ち、ルーデルの視界外に消える。
間を置かずに、新たなスツーカが被弾する。
ルーデルの正面を進んでいた機体が、至近距離での炸裂を食らった。
「隊長!」
の叫びがルーデルの口からほとばしった。
被弾した機体は、ショッツ少佐のスツーカだ。
強力な105mm砲弾の炸裂だったのか、急降下に対応した頑丈な機体が木っ端微塵に砕け散り、空中に花火のような火焔が湧き出す。
無数の破片が飛び散り、ショッツ少佐と旋回機銃手の肉体もその一つ一つとして、豪州の赤焼けた大地に落下してゆく。
「くそっ…!」
ショッツ少佐はルーデル程ではないがそれなりの技量を持ち、部下からも慕われていた優秀な空軍将校だった。ルーデルも良い戦友として、そして信頼できる上司として尊敬していた彼だったが、祖国から遠く離れた異国で命を散らしたのだ。
ショッツ少佐の死を悼みたいが、ルーデルは気持ちを切り替え、スツーカの操縦に専念する。
下方にはすでにDDの大群が見えている。Ⅱ/SG2は降下点に到達したしたのだ。
ルーデル機の前方を飛行している第一中隊、第二中隊のスツーカが、先陣を切って急降下に移行する。第一中隊は中隊長のショッツを失った直後だったが、一糸乱れぬ機動で爆撃態勢に入っている。
次は第三中隊の番だ。
第一小隊、第二小隊のスツーカ八機が機体を180度横転させて急降下に入り、ルーデルも第三小隊の三機と共に急降下に移る。
左フットバーを踏み切り、操縦桿を荒々しく左に倒す。
故意にバランスを崩されたスツーカは左へと横転し、機首を地面に向けた。
南半球の青々とした空が上方に吹っ飛び、正面に無毛の大地とDDの大群が移動してくる。
風切り音が周囲を包み、ユンカース:ユモ211Dエンジンの猛々しい音と、自らの息遣いしか耳に届かない。
凄まじいマイナスGが身体を突き上げ、ルーデルは小刻みに震える操縦桿を渾身の力で抑え込み、機体を安定させる。
重力で加速され、スツーカは最大速度を突破した。速度計がものすごい勢いで時計回りに回転し、高度計は逆に反時計回りに回る。
照準器の先には、目標たるDDの姿が見えている。
ゆっくりと地表を移動しており、時折両手の盾から発射炎を閃らめかせている。
DDを撃破するには、身体に直接爆弾を叩きつけねばならない。両手に保持している盾の防御力は凄まじく、投下した250kg爆弾でさえ跳ね返されることがあるからだ。
だが、それには凄まじい技量が必要である。DDの弱点たる身体は二つの盾に守られており、上空からは「点」に等しい頭部しか見えていない。
DDを完全に撃破するには、盾を避け、「点」の頭部のみをピンポイントで破壊するしかないのだ。
ルーデルは操縦桿を微調整し、照準器の十字にDDの頭部がくるように機体をコントロールする。
並走するように急降下していた第二小隊のスツーカが、敵弾に撃ち抜かれて四散し、また別のスツーカも破片がエンジン内に飛び込んだのか、炎を引きずりながら地面に激突するが、ルーデルは一切気にしない。
彼の全神経は、操縦桿を握る両手と照準器を除く右目のみに集中しており、「DDに爆弾を直撃させる」ことしか考えていなかった。
「奢りだ。食え!」
高度が300mを下回り、照準器の先のDDの表情までもがはっきりと分かるようになった時。
ルーデルは頃合い良し…と瞬時に判断し、投下ボタンを押した。
足元から機械的な音が響き、搭載してきた250kg爆弾一発と50kg爆弾四発が切り離されれる。
投下後、ルーデルはすぐに機体を引き起こさなかった。鋭い眼光でDDを見据え、操縦桿のトリガーを引き絞る。
両翼に装備された7.92mm機銃二門が火を噴き、オレンジ色の曳航弾を含んだ火箭が、真上からDDに降り注いだ。
刹那、ルーデルは目一杯操縦桿を手前に引き、スツーカを水平飛行へと戻す。何倍にもなった重力が体をコックピットに押し付け、視界が暗くなる。
DDへの射撃機会は一瞬だったが、大量の機銃弾を命中させた自信が彼にはあった。
投下した五発の爆弾が、機体にやや遅れて着弾する。
ルーデルが振り向いた刹那、黒い塊がDDの頭部に吸い込まれた。直後、巨大な爆炎がDDの上半身を消しとばし、二つの盾が両腕からちぎり飛ばされた。
体液が大地にぶちまけられ、腰から下の下半身が力なく膝をつく。
DD一体を完全に撃破したルーデルだが、戦いはまだ終わらない。
正面に二体のDDが立ち塞がり、ルーデル機の進路を遮断するような位置を取っている。
現在のルーデル機の高度は15mほどである。DDは超低空飛行のルーデル機を墜とし易いと考え、立ち塞がったのかもしれない。
だがルーデルは、このような敵に撃墜されるような男ではない。
翼端を地面にかすめながらも、DD二体の間を通過するような進路を描き、両翼の機銃を放つ。
吹き伸びた7.92mmの火箭はDDの盾に火花を散らし、DDを牽制する。
「エルヴィン。歯を食いしばれ!」
「了解…!」
ルーデルは相棒に小さく叫び、左翼を天空へ、右翼を地面に向け、スツーカを地面に対して垂直に立たせた。
機銃を撃ちっぱなしにしながら、二体のDDの間を猛速で駆け抜けた。
風圧で砂が舞い上がり、DDを振動で身を震わせる。
直後、それらのDDには三小隊僚機が投下した爆弾が直撃した。
火焔が躍り、DDの上半身から黒いものが飛び散る。
バックミラーを見やると、頭部や盾から黒煙を上げ、よろめいているDDの姿が写っていた。
ルーデルは二体のDDを牽制し、その隙に部下のスツーカが二体を撃破したのである。
この時、深海棲艦地上部隊は、いたるところで人類統合軍の爆撃機からの攻撃を受け、散り散りになりつつあった。
左側の攻撃を担当した航空部隊ーーー日本帝国陸軍飛行第三十五戦隊の九九式双発軽爆撃機、飛行第六十四戦隊の一式戦「隼」は、搭載して来た60kg小型爆弾を敵の頭上から盛大にばら撒き、12.7mm、7.7mm機銃で敵を掃射した。
右側の攻撃を担当したソ連空軍部隊ーーー第四航空攻撃連隊のイリューシンiI–2は、搭載爆弾をBDやDDに叩きつけ、両翼に仕込んだ23mm機関砲二門、7.62mm機銃二門で敵部隊を狙い撃つ。
その結果、爆弾ではなく23mm機関砲の方が、敵地上部隊に大きな被害を与えることとなった。
23mmという大口径機関砲弾は、装甲が薄い天蓋を容易く貫通し、多くのBDを次々と擱座に追い込み、撃破したのだ。
中央の攻撃を担当したルーデルらドイツ空軍スツーカ部隊は、敵の対空砲に怯まず、正確無比な爆弾を多数見舞った。
250kg爆弾を喰らったDDは、盾で身を守る暇もなく身体を引き裂かれ、50kg爆弾の至近弾を受けたBDは堪らず横転する。
独ソ日の担当箇所のいずれでも、絶えることなく爆弾が降り注ぎ、俊敏に動く戦闘機や襲撃機が機銃弾を叩き込む。
あらかた空爆が終わった頃、深海棲艦地上兵器は空爆前の半分以下にまで打ち減らされていた。
多くの残骸が横たわり、敵地上部隊は各々で分断され、孤立している。
そこに、後退を続けていた日本軍戦車第一師団、米合衆国軍第三機甲師団が前進を再開した。
両師団は先程の戦闘で多数の戦車、装甲車を失っていたが、それでも三百輌以上の一〇〇式中戦車、M4“シャーマン”、M3“リー”などが履帯を軋らせ、主砲を振りかざして前進を再開し、装甲車と歩兵部隊も後続する。
それを阻止する術を、深海棲艦は持たない。
BDもDDも、随所で人類の戦車に押しまくられ、破壊され、擱座する。
巨大な波のように、深海棲艦の部隊を飲み込んでゆく。
「見たか深海棲艦。これがドイツ空軍の力だ!」
ルーデルは、地上の戦況を見下ろしながら叫んだ。
不利に立たされていた味方機甲師団を支援し、有利な戦況に持ち込んだのは、SG2の活躍によるところが大である。
他国の航空部隊も対地攻撃に参加しており、敵地上部隊へのとどめは味方師団が刺すのだろうが、SG2が他部隊にはできなかった決定的な役割を果たしたことを、ルーデルは確信していた。
「“ヴァイオレット1”より全機、3AG司令部より情報が届いた。新たな敵地上軍団がシドニーに向かっている。直ちにシドニーズ・ポイント飛行場に帰還。再度の出撃に備える」
だが、深海棲艦のシドニーへの侵攻はまだ終わらないようだ。
新たな深海棲艦地上部隊の存在が、確認されたらしい。
ルーデルは生き残った僚機と共に、シドニーへと機首を向ける。
視界の先には、野戦飛行場から出撃したと思われる第二次攻撃隊の姿を、捉えることができた。
第六十八話「鉄十字の荒鷲」
感想待っとります!