南洋海戦物語〜人類の勇戦譚〜   作:イカ大王

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平成最後の夏、皆さん楽しんでますか?


第七十一話 邀撃海面

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パラオで統合太平洋艦隊司令部が会議を開く少し前、ブーゲンビル島北東を一群の艦艇が航行していた。

 

大型艦五隻を内側に収めた輪形陣を形成しており、中型艦六隻と小型艦十四隻が周囲を固めている。

大型艦五隻のうち、戦艦は一隻しかいない。

残りは戦艦に匹敵する巨体の上に平べったい飛行甲板を乗せており、右側にアイランド型の艦橋をそびえ立たせている。

戦艦を中心とした水上砲戦部隊ではなく、空母を中心とした機動部隊であった。

 

艦隊の名は、イギリス海軍E部隊。

 

ロイヤル・ネイヴィーが日本海軍やアメリカ海軍に倣って初めて編成した空母機動部隊であり、イラストリアス級航空母艦三隻と中型航空母艦「アーク・ロイヤル」を中心に、巡洋戦艦「レパルス」、タウン級軽巡四隻、ダイドー級防巡二隻、トライバル級、ジャベリン級などの駆逐艦十四隻を有している。

 

「方位160度に味方機を視認。シーファイアです」

 

E部隊旗艦の空母「ヴィクトリアス」の艦橋に、見張員の報告が上がった。

E部隊の帯びている任務は、味方基地の防空支援である。

本来は戦艦部隊の上空援護や敵空母への航空攻撃などを主任務としているが、今日は艦上機を基地化が完了していないラバウルの防空に差し向けている。

任務を遂行した戦闘機隊が、戦闘を終えて帰還したのだろう。

 

「各母艦、帰還機受け入れ準備を開始せよ」

 

E部隊司令官のラムリー・リスター中将は艦橋外に双眼鏡を向けながら、静かに言った。

 

「着艦手順!」

 

「取舵一杯、針路120度。風に立て!」

 

「ヴィクトリアス」艦長のヘンリー・ルイス大佐と、航海長のジェフィリー・リード中佐が立て続けに命じる。

飛行甲板上が喧騒を増し始め、甲板員が帰還機着艦に備える。

やや間を開けて「ヴィクトリアス」の艦首が左に振られ、針路120度に乗った。

マストに掲げられているユニオンジャックが真後ろへとはためき、風上に艦首を向けたことを示す。

 

「ヴィクトリアス」の通信アンテナからは素早く命令が飛び、姉妹艦の「イラストリアス」「フォーミダブル」、六十機の搭載能力を持つ「アーク・ロイヤル」も、シーファイアを受け入れるために風上へと変針する。

 

シーファイア一番機が、滑るようにして飛行甲板に降り立った。

戦闘によって消耗していたのだろう。右に左にとよろめいていたが、しっかりと着艦制動索を捉える。

その一番機を皮切りにして、二機目、三機目が次々と「ヴィクトリアス」に降り、飛行甲板前方に並べられていく。

「ヴィクトリアス」に遅れ、他の空母も収容作業を開始する。

 

 

その電文が入電したのは、飛行甲板の前半分が艦載機で埋め尽くされた頃だった。

 

「敵艦隊が⁉︎」

 

息を荒げながら艦橋に上がってきた通信士の報告を聞いて、リスターは驚愕の声を上げる。

 

「はい。ソロモン諸島哨戒中のUボートの通信を傍受したものです。この内容によりますと、タ級戦艦二隻、型式不明の巡洋艦四隻で構成された敵艦隊が、ガダルカナル島よりの方位280度、八十浬の海域を西進しているようです。平文だったため、リアルタイムの情報です」

 

艦橋内からは「そんなに近くに…」や「ありえない」と言った呆然とした声が上がる。

最初に我に返って口を開いたのは、E部隊参謀長のアイザック・サイモン少将だった。

 

「近いですな。目標はラバウルですかね?」

 

「まだ断言できないが…。ソロモンを西進している以上、その可能性が高いと言わざるおえん」

 

サイモンの推定に、リスターは答える。

ラバウルは二週間前から空襲を受けているが、果敢な迎撃で凌いでいる。拉致があかないと見て、深海棲艦は艦隊による直接攻撃に踏み切ったのかもしれない。

 

「ジェフ。敵艦隊の速力が20ノット、25ノット、30ノットの場合のラバウル到達時間を弾き出せ」

 

「はい」

 

「マイルズ。ラバウルに展開している艦隊戦力と南太平洋艦隊の展開状況を問い合わせろ」

 

「了解です」

 

リスターは航海参謀のジェフリー・カーン中佐と通信参謀のネルソン・マイルズ少佐に一息で命じ、艦橋内に設置されている海図台に歩み寄った。

 

他の参謀もつられるように移動し、海図台を数人の将官が囲む。

報告にあった敵艦隊の位置に、赤いピンが立った。

位置的にソロモン諸島のほぼ中央であり、ニュージョージア島とガダルカナル島の中間海域である。

 

「ラバウルの航空部隊は対艦攻撃機を保有しておらず、攻撃隊を放てるのは我々だけです。航空攻撃を実施し、敵艦隊の戦力を減殺されては?」

 

サイモンが、海図を見下ろしながら言った。

 

E部隊の保有機は、スピットファイアを艦上タイプに改造した最新鋭艦上戦闘機スーパーマリン・シーファイアMk.Ⅰと、複葉機ながらもイギリス海軍の主力雷撃機として活躍してきたフェアリー・ソードフュッシュMk.ⅡBの二機種である。

 

艦隊防空に重きを置いて編成されているために搭載機はシーファイアの割合が高く、「ヴィクトリアス」を例に挙げると、搭載機数三十六機のうち実に二十四機がシーファイアである。

それでもイラストリアス級は各十二機、「アーク・ロイヤル」は十九機のソードフィッシュを有しており、各空母から四機づつを対潜警戒に割いても、合計三十九機が使用可能な計算になる。

 

「無論だ。場合によっては艦艇も投入する」

 

リスターは、敵艦隊を示す赤ピン凝視しながら言い切った。

 

E部隊と敵艦隊の距離は約三百五十浬(約648km)。

燃料タンクが拡張され、増槽もつけられるようにもなったソードフィッシュBの航続距離は七百二十浬(1.333km)であるため、あと二時間もすれば完全に攻撃範囲に捉えられる。

 

「その距離なら護衛戦闘機はつけられませんな。ガダルカナルから飛来した敵戦闘機に狙われれば、丸腰のソードフィッシュ隊は甚大な被害を受けます」

 

参謀と同じく海図台を囲んでいるルイス艦長が、注意を喚起した。

 

「それに関しては、第二航空集団に戦闘機を派遣してもらう、会敵時間を薄暮の時間に設定する、低空からの雷撃に限定する、などの対策を講じます。いずれにしろ、航空攻撃は必要です」

 

「お待ちください」

 

参謀らの議論を、「ヴィクトリアス」飛行長のマークス・ウェーバー大尉が止めた。

 

「航空攻撃においてもっとも重要なことは敵艦隊の針路、速度、位置を知ることです。現在の敵艦隊についての情報は『西進している』こと大まかな位置だけであり、速度は不明。攻撃隊が捕捉できない可能性があります」

 

ウェーバーは海図上の赤ピンを小突く。

 

「タ級の最大速度、巡航速度は不明ですが、ある程度予想は付きます。タ級戦艦とは今までに西部太平洋海戦、マニラ沖海戦で交戦していますが、いずれも21ノット以上の速力を出していません。これはタ級の最大速力が21ノットである、との証拠ではないでしょうか?」

 

ジェフリー航海参謀の意見に、ウェーバーは反論した。

 

「そう決めつけるのは早計です。ル級戦艦と隊列を組むために速力を落としていた可能性ーーー」

 

「航空攻撃は実施する」

 

ウェーバーの言葉を押しのけるように、リスターが言った。

 

「速力が20ノットでも30ノットでも、航空機の速力に比べたらさほど問題ではない。仮に今より二時間後、敵艦隊を20ノットとして攻撃隊を放った場合、実施の速度が25ノットなら十五浬、30ノットならば三十浬の誤差が生じるが、どちらも修正可能な距離だ」

 

リスターの言葉に数秒間押し黙ったウェーバーだったが、「司令がそう仰るなら依存はありません」と引き下がる。

 

「……現実的な問題としては、ラバウルの直接的な防衛です。四十機程度の雷撃機で戦艦を中心とする艦隊を攻撃しても、撃退するところまではいきません。深海棲艦は、必ずラバウル沖にまでやってくると考えて良いでしょう」

 

サイモンが腕を組んだ。

一番良いのはソードフィッシュ隊による雷撃で深海棲艦艦隊に大損害を与え、ラバウル攻撃を断念させることだが、その可能性は低い。

最終的にはこちらも水上部隊を繰り出し、砲戦によって決着をつけなければならないのだ。

 

「南太平洋艦隊の状況は?」

 

リスターはマイルズ通信参謀に聞く。

マイルズは数分前から通信室に詰め、南太平洋艦隊のラバウル進出についての情報を収集していたのだ。

 

ーーー「統合南太平洋方面艦隊」は太平洋艦隊指揮下に新設された艦隊であり、“FS”作戦の遂行を主任務としている。

指揮下に英米日のH部隊、オセアニア艦隊、第八艦隊の三個艦隊を有しており、艦艇は数、質ともにE部隊を上回る。

今までトラック諸島にて艦艇の集結を待っていたが、明日、準備を整えた第一段陣の第八艦隊がラバウルに展開すると、リスターは聞いていた。

第八艦隊は日本海軍の部隊であり、戦艦三隻と多数の巡洋艦を有しているらしい。

リスターは敵艦隊との対決はこの部隊が担うだろうと考えており、第八艦隊の現在位置が気がかりだったのだ。

 

「現在、第八艦隊はトラック諸島からニューブリテン島に向かっていますが…到着は明日の13時程だそうです」

 

「……到着は25時間後か」

 

マイルズの報告を聞いたリスターは、その言葉の意味を噛みしめるように、ゆっくりと反芻した。

 

「敵艦隊のニューブリテン島到達時間は、艦隊速力が20ノットならば24時間後、25ノットならば19時間後、30ノットならば16時間後です」

 

ジェフリーが、敵艦隊のラバウルまでの到達時間を恐る恐ると口にする。

 

「現在の時刻が11時半だから、20ノットならば明日の午前11時半、25ノットならば午前6時半、30ノットなら午前2時半に敵艦隊はラバウルに到達するわけだ…。いずれにしても、第八艦隊は間に合わんな」

 

リスターは天を振り仰ぎ、焦慮の表情を浮かべる。

参謀達も、その言葉の意味を理解した。

 

「ラバウルを防衛できる有力な艦隊は、我々のみということですか…」

 

ルイス艦長が、絞り出すように言う。

E部隊は航空攻撃のみならず、水上艦を繰り出してラバウルを防衛しなければならないようだ。

 

「ラバウルにはドイツ軍の艦艇と、輸送船の護衛として来航した我が軍の駆逐隊が停泊しています。彼らと協力すれば……」

 

マイルズが励ますように言うが、語尾が弱々しく消える。

 

敵艦隊の主力は、数々の戦いで人類軍を震撼させたタ級戦艦である。

四十センチ砲九門というネルソン級に匹敵する火力を持っており、防御力も深海棲艦随一を誇る。

そんな戦艦が、二隻いる。巡洋艦四隻を従え、ラバウルへと進軍している。

 

対してこちらの大型艦は巡戦「レパルス」のみであり、巡洋艦も軽巡ばかりだ。

駆逐艦は十四隻を数えるが、空母を守らなければならない以上、全てを投入することはできない。

輸送船護衛を任務としていたことから、ラバウルにいる駆逐艦も戦闘力の低い旧式艦であろうし、南太平洋艦隊に参加していないドイツ海軍が、有力な艦をラバウルに派遣しているとも思えない。

 

E部隊司令部は、重々しい雰囲気に包まれる。

 

ラバウルの重要性は、参謀の誰もが理解している。

もしもラバウルが大きな被害を受ければ“FS”作戦が頓挫し、大英帝国の一角であるオーストラリアが失陥すること。

ラバウルが敵の占領下に入ればトラック諸島が脅かされ、太平洋を、引いてはこの戦争を失うことも…。

 

そのような重要拠点を、心許ない戦力で防衛しなければならないのだ。

誰もが口をきつく縛り、一言も発さない。

 

「やろう」

 

一分ほどの沈黙の後、リスターが静かに言った。

 

「闘う前から悲観してどうする。ロイヤル・ネイヴィーの軍人は、いつ如何なる時も諦めずに戦う。そうだろう?紳士諸君」

 

リスターの言葉を聞いて、参謀達の顔に赤みが増した。

俯いていた参謀は顔を上げ、憂悶の表情を浮かべていた参謀は、闘志のそれに変わる。

 

彼らは、根っからの英王室海軍軍人である。

かつて七つの海を制覇し、今世に至るまで大英帝国の繁栄を支えてきたロイヤル・ネイヴィーが、こんなことで諦めてはならない。深海棲艦ごときに、膝を折ってはならない。

そのような思いが、男達の心中を駆け巡っていた。

 

 

リスターは参謀達の顔を見渡し、力強い声で命令を発する。

 

 

「攻撃隊の発艦準備。薄暮に会敵できるよう、発進時刻は敵艦隊の速力を見て追って判断する。発艦後は艦隊を二分し、水上砲戦部隊を編成。ラバウル沖へ急行させ、攻撃隊を突破した敵艦隊を邀撃する!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、カビエン港を出港しようとする巨大な影があった。

 

 

前方を進む駆逐艦が小さく見え、明らかに重巡以上の鑑であることがわかる。

 

 

マストに掲げられている旗は、ドイツ海軍旗。

 

 

高速性を考慮しただろうスリムな艦体、前部二基後部一基に分けられて搭載された三連装砲、前後に長く低い艦橋が特徴的だ。

 

 

そのさらに後方には、その艦に勝るとも劣らない大きさの艦艇二隻が続いている。

 

 

駆逐艦に先導された巨艦三隻は、南ーーーラバウル沖に針路を取りつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

第七十一話 邀撃海面

 





次回はソードフィッシュの回ですかねぇ

感想まってますぅ

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