南洋海戦物語〜人類の勇戦譚〜   作:イカ大王

74 / 90


暑い暑い暑い暑い暑い暑ーい!
最近暑すぎますねぇ。皆さん水分補給をこまめに!熱中症には十分ご注意ください!



第七十二話 ソードフィッシュ乱舞

1

 

「やはりいないか…」

 

イギリス海軍第八二六飛行隊(826sqn)の飛行隊長であるアダムス・ジャレッド少佐は、眼下に広がる海を見渡して言った。

826sqnは空母「ヴィクトリアス」の雷撃機隊であり、今回の攻撃隊には隊からフェアリー・ソードフィッシュMk.ⅡB八機が参加している。

 

「敵艦隊の速度を20ノットと設定した場合、この海域にいるはずですが…」

 

航法士のサムソン・ジーン准尉が、同じく眼下を見渡した。

 

「もうすぐ日没です。早く敵艦隊を補足しないと」

 

後ろに座る偵察員のジム・レイトン曹長が、西の空に手をやる。

攻撃隊が発進してから早二時間、現在時刻は17時50分である。

気象班の報告によれば、あと一時間もしないうちに日が沈む。

右後方の西の空には、水平線に没しようとしている太陽の姿が見え、夕焼けが空を染め上げている。海面も同様であり、揺らめく波間が朱色に彩られていた。

 

ジャレットは操縦桿をゆっくりと右に倒し、ソードフィッシュの機体を海域の上空で旋回させる。

攻撃隊指揮を執るジャレット機に続いて、部下のソードフィッシュ七機、「アーク・ロイヤル」雷撃隊の十六機、「イラストリアス」雷撃隊、「フォーミダブル」雷撃隊の十八機が機体を右に振る。

 

「“レイピア1”より“ロングソード1”。貴隊は西を捜索されたし。我が隊は東を捜索する」

 

“レイピア”こと「イラストリアス」雷撃隊である第八二〇飛行隊(820sqn)隊長のマーチン・スタットリー少佐の肉声が、無線機から響く。

 

「“ロングソード”了解。幸運を祈る(グッドラック)

 

ジャレットが820sqn指揮官機の意見を了承すると、「イラストリアス」隊とその指揮下に入っている「フォーミダブル」隊のソードフィッシュ計十八機が編隊から離脱し、東へと針路を取った。

 

「“ロングソード1”より“ロングソード”、“ダガー”全機。我が隊は西方海域を捜索する。必ず発見するぞ」

 

ジャレットはそう無線機に言い、操縦桿を左に倒す。

ソードフィッシュは前大戦の遺物とも思える複葉機だが、機動力はすこぶる良い。ネジを巻くかのように華麗に旋回し、正面に西焼けが広がる。

左前方に沈みゆく太陽が見えており、夕暮れとはいえ日差しは強かった。

 

「826sqn所属機、後続。『アーク・ロイヤル』隊(850sqn)も続きます」

 

レイトンが、後続機の動作を報告する。

 

(遠くには行っていないはずだが…)

 

ジャレットは後ろを振り返らず、眩しさに顔をしかめながら正面下方を見やった。

敵艦隊の速力が20ノット以上でも以下でも、それほど攻撃隊から離れていないと思われる。

加えて敵艦隊の目的地も分析済みであり、「ラバウル」という結果が出ている。敵艦隊とラバウルを結んだ線に沿って行けば、自然と発見できる筈だ。

 

……“ロングソード”こと826sqn、“ダガー”こと850sqnのソードフィッシュ二十四機は飛行を続け、ソロモン諸島の島々ーーーニュージョージア島、レンドヴァ島、コロンバンガラ島上空を通過し、右にブーゲンビル島が望める空域まで到達する。

 

「おいおいおいおいおい。いないじゃないか…敵艦隊は」

 

捜索を開始してから40分。ジャレットは苛立ちと焦りを滲ませながら吐き捨てた。

 

「敵艦隊が25ノットならここらへんにいるはずですがね。いませんな」

 

サムソンがチャートと双眼鏡を交互に見る。

 

「となると…。敵艦隊は25ノット以上の速力を発揮しているのか、大幅な迂回航路を選択したか、はたまた引き返したか…」

 

ジャレットはとろ火で焼かれるような焦慮を覚えながらも、敵艦隊の動向について思案する。

 

ーーー敵艦隊とE部隊本隊から編成された砲戦部隊(E2部隊)の戦力差は、歴然である。

相手が四十センチ砲を九門搭載している戦艦二隻を有しているのに対し、こちら側の戦艦は三十八センチ砲六門の巡洋戦艦一隻のみしかない。

その戦力差を少しでも埋めるためには、ソードフィッシュ隊による航空攻撃が必須だが、攻撃隊は敵艦隊を捕捉できていない。

通信がないことから、“レイピア”も同様であろう。

 

(くそ。全てが後手に回ってる!)

 

胸中で悪態をつきつつも、ジャレットは冷静を装って口を開いた。

 

「ラバウルに向かおう。敵艦隊の目標がラバウルなら、おのずと会敵できるはずだ。敵艦隊を探すより燃料の節約にもなる」

 

「それでは母艦に帰れなくなります」

 

それを聞いて、サムソンが顔を歪める。レイトンも不安そうな表情になる。

 

「攻撃後はラバウルかカビエンに降りる。今は敵艦隊に魚雷を命中させることを最優先に考える!」

 

ジャレットは「冷静な指揮官」の仮面が崩れるかな……と思いつつ、口調を強めにして言った。

 

ブーゲンビル島とニューブリテン島の間には主な島がなく、ソロモン諸島とビスマルク諸島を隔てる広漠な海域が広がっている。

ソードフィッシュ隊が飛行している空域は高度が高いため、日没時間を超えても日光が届いているが、海面付近はもはや夜である。

暗闇に包まれている海面を見下ろしながら、ジャレットら攻撃隊は捜索を続けた。

 

日が没し、ソードフィッシュの飛行する高度も薄暗くなり始めた頃、レイトンが大声で叫んだ。

 

「ジャレット隊長。左後方の海面!」

 

ジャレットは考える間も無く、瞬時に操縦桿を左に倒した。

複葉の機体が左に滑り、左前方の八割方沈んだ太陽が、正面、右前方、右正横と移動する。

 

「なにも見えんぞ?」

 

機体が報告にあった方向に向くが、艦隊の姿は見えない。サムスンが怪訝な表情でレイトンに聞いた。

 

「よく見てください。航跡が見えます」

 

レイトンは顔を紅潮させながらしきりに海面を指差す。

サムスンは魅入るように海面を凝視し、ジャレットも眉間にしわを寄せながら既に夜となった海面に目をやる。

 

「あいつか…!」

 

限りなく夜の闇に飲み込まれそうになっているが、確かに見えた。

おぼろげな航跡が二本、左から右へと伸びている。

おそらく、敵戦艦のものだろう。

事前情報によると巡洋艦四隻と駆逐艦多数を伴っていると聞いていたが、この高度からでは戦艦の航跡しか視認することができない。他の艦艇の航跡は小規模すぎ、暗闇に紛れてしまっているようだ。

 

「驚きましたな」

 

サムスンが興奮気味に言った。

 

「この時間にこの位置にいるということは、敵艦隊は30ノット以上を発揮している計算になります。巡洋艦に匹敵する高速性を、タ級戦艦は持っているようです」

 

「…どうでもいい」

 

ジャレットは敵艦隊を睨みつけた。

タ級の最高速度がわかったからと言って、何とも思わない。今のジャレットの頭には、「敵艦隊を攻撃する」という使命感しかなかった。

 

「“ロングソード1”より全機、敵艦隊発見。攻撃態勢に移行せよ。“ダガー”は左舷、“ロングソード”は右舷から雷撃する」

 

ジャレットは無線機に早口で怒鳴り込み、操縦桿を押し込んだ。

ソードフィッシュの機首が海面へ向き、高度計が反時計回りに回って高度が下がっていくことを示す。

高度を落とすことによって日光が届かなくなり、ソードフィッシュ隊は暗闇に包まれた。進行方向は暗黒の海であり、奈落の底に向かって落ちてゆくような感覚に襲われる。

ジャレットはそれに耐えながら、826sqnのソードフィッシュ八機を低空へと誘導した。

 

(待っていろ深海魚(ディープフィッシュ)ども。すぐにでもこのメカジキ(ソードフィッシュ)が貴様らを地獄の底に沈めてやる…!)

 

ジャレットが敵愾心をこめた言葉を敵艦隊に投げかけた時、敵艦の艦上にいくつもの光が躍った。

 

「対空砲です…!」

 

レイトンが絶叫を上げた刹那、多数の敵弾が炸裂した。

目を背けたいほどの火焔が空中に湧き、ジャレット機を凄まじい振動が包み込んだ。

 

 

 

2

 

日が完全に没してから七時間が経過している。

 

ニューブリテン島、ニューアイルランド島両島は張り詰めた緊張感に包まれていた。

ラバウル、カビエンに展開する第二航空集団は、敵艦隊による艦砲射撃を警戒して全戦闘機を掩体壕に収容すると共に、整備士、オペレーターなどの基地要員、日英独戦闘機搭乗員、司令部要員を内陸へと退避させた。

周辺市街地にも避難勧告が発令され、街に残っていた民間人、軍属作業員、守備隊歩兵も、防空壕や砲弾の届かない内陸へと避難している。

 

それらとすれ違うように、英軍重砲部隊がラバウル近郊の沿岸や、ニューアイルランド島南端のセントジョージ岬周辺に展開する。

もしも敵艦隊がラバウル沖やカビエン沖に姿を現した時、飛行場や市街地の最後の盾になるためだ。

最新式のBF5.5インチ重砲を多数保有しており、陸から洋上に砲門を向け、重砲多数の砲列を並べている。

ラバウル、カビエンの拠点を防衛する部隊は、これらのみではない。はるか東の洋上にはイギリス艦隊が、島の至近にはドイツ艦隊が展開し、敵艦隊出現に備えているという。

 

だが。集団司令部にしろ、パイロットにしろ、民間人にしろ兵士にしろ、不安は拭えない。

 

今まで敵爆撃機による空襲は耐えてきたが、艦隊による直接攻撃はこれが初めてである。

さらに敵艦隊の内容は巡洋艦や駆逐艦を中心とした艦隊ではなく、深海棲艦最強のタ級戦艦二隻を有している大部隊だそうだ。

タ級が搭載している四十センチ砲は、長門型やネルソン級、ノース・カロライナ級と言った人類戦艦の艦砲に匹敵する破壊力を持っており、そんな巨砲が飛行場や基地に向けられることとなれば、拡張作業が進められてきたラバウル・カビエンの基地設備はことごとく灰燼と化してしまうだろう。

 

壕に直撃して生き埋めになるかもしれない、敵弾が内陸まで飛んでくるかもしれない、基地設備が壊滅するかもしれない。“FS”作戦が頓挫するかもしれない。

ラバウル、カビエンにいる人間は、軍民問わず誰もがそのような不安を抱え、恐怖に震えていのだ。

 

 

●●●●●●●●

 

 

「安心しろ。我が艦隊が居る限り、手出しはさせん」

 

戦艦「シャルンホルスト」艦長のハンス・ヴィルヘルム・ラングスドルフ少将は、艦橋から灯火管制が敷かれて暗黒と化しているニューブリテン島を見て独り言ちた。

 

 

「まさかここて戦うなんて…。思いもしませんでしたな」

 

ラングスドルフの隣に立つ「シャルンホルスト」航海長のツェーザル・キッシンジャー中佐が、ニューブリテン島の稜線を見ながら苦笑した。

 

所属諸島の名が「ビスマルク諸島」であるということが示しているように、ニューブリテン島は1884年から1914年まで、ドイツがドイツ領として支配していた土地である。

だが、前世界大戦の際にオーストラリア軍によって占領されてイギリス連邦領になって以来、ドイツ本国からは地球の裏側と言ってもよい地理関係にあるニューブリテン島は、時が経つにつれて次第にドイツ人から忘れ去られていった。

軍人や戦史研究家の間では前大戦の古戦場として記憶に残っていたが、再びドイツ軍がこの場所で戦うなど、夢にも思っていなかっただろう。

 

「運命…かもしれぬな」

 

ラングスドルフは笑いを含めて言った。

 

「運命ですか」

 

「先の大戦で、皇帝(カイザー)の艦隊はドイツ領ニューギニアを防衛しようとはしなかった。ドイツ帝国海軍がやらなかったことを、子孫たる我々がやってみせろ、ということなのかもしれん」

 

「ドイツ海軍とこの海域は切っても切れない縁、ということですか」

 

キッシンジャーは目を光らせた。

それなら望むところだ…先人が成し得なかったことを、我々が達成してやる。と言いたげだった。

 

ドイツ艦隊の戦力は、消して小さいものではない。

 

二十八センチ三連装を前部二基、後部一基背負式に搭載し、三十八センチ砲弾を弾き返す頑丈さを持ったクルップ鋼に鎧われ、約32ノットの高速性を叩き出す戦艦「シャルンホルスト」。

火力は「シャルンホルスト」に劣るものの、斬新なポケット戦艦として世界中の海軍関係者を瞠目させ、重巡洋艦を上回る攻撃力と戦艦を上回る速力を両立させたドイッチュラント級装甲艦二、三番艦の「アドミラル・シューア」「アドミラル・グラーフ・シュペー」。

最後は、艦体はドイッチュラント級より新しく、他国に劣らない近代重巡洋艦として完成したアドミラル・ヒッパー級重巡三番艦の「プリンツ・オイゲン」である。

 

現在は敵艦隊がイギリス艦隊を突破した場合に備え、ニューアイルランド島とニューブリテン島を分かつセントジョージ海峡に、「プリンツ・オイゲン」「シャルンホルスト」「グラーフ・シュペー」「シューア」の順で単縦陣を組んで展開している。

正面には、ニューブリテン島北東部に角のように飛び出しているガゼル岬と「プリンツ・オイゲン」の後ろ姿が見えており、艦橋からは死角だが、背後にはニューアイルランド島の南部稜線が薄っすらと見えているはずだった。

 

これらの艦艇は、本来一つの艦隊ではない。

辿っていけば上位部隊に太平洋派遣艦隊司令部があるが、「シャルンホルスト」と「シューア」はオーストリア大陸へと艦砲射撃、「グラーフ・シュペー」は大陸へ向かう敵船団の通商破壊と海域調査を主任務としており、たまたま共にカビエン港で仮泊していただけだ。

「プリンツ・オイゲン」に至っては、カーペンタリアへの艦砲射撃からの帰還途中を、敵艦隊出現の急報を受けて押っ取り刀で駆けつけてきたのである。

 

だが、緊急事態に際し、これら四隻は臨時に「ラバウル戦闘群」を編成。総指揮は、最先任であるラングスドルフが執ることと決められている。

艦隊運動を行ったこともない寄せ集めの艦隊であるが、戦力的には申し分ない。

 

敵艦隊が向かってきた場合、この四隻を駆使すれば必ず撃退できると、ラングスドルフは思っていた。

 

「そういえば」

 

キッシンジャーが思い出したように言った。

 

「イギリス軍の雷撃機がタ級一隻を撃破した、という情報は本当でしょうか?」

 

ーーー日没から二時間ほど経過した頃、東方での敵艦隊迎撃を担当するイギリス艦隊から一通の電文が届いた。

互いの事前調整も無し、加えて言語が違うためにカタコトな文であったが、「接近中の敵艦隊のタ級戦艦二隻のうち一隻を撃破した」という内容であったということが判明している。

ラバウル防衛の戦力はイギリス軍・ドイツ軍を合わせてやっと互角かどうか、という状況なため、事前に敵戦艦の一隻を撃破したことは大戦果なはずだが…。

 

「いつイギリス軍が攻撃隊を放ったか不明だが、我々に電文が届いた時間を考えると、薄暮、または夜間攻撃になっていた可能性が高い。その時間帯での機上からの戦果確認は誤認が生じやすいから、期待しない方が良かろう」

 

ラングスドルフはキッパリと言い放った。

イギリス軍の実力はラングスドルフも認めているが、いつ何時も最悪の事態を想定しておこう、と考えていた。

 

それに対してキッシンジャーが何かを言おうとした時、ラバウル戦闘群の左後方の水平線に、いくつかの閃光が走った。

十数秒ほど開けて砲声が殷々と響き、残響となって南洋の湿った大気中に消えていく。

だが、閃光は止まらない。心なしか、頻度が増したように思える。

それと比例するかのように、「シャルンホルスト」の艦橋に届く砲声も勢いを増してゆく。

 

「始まったか…」

 

ラングスドルフは両目を瞑り、艦橋の天井を仰いだ。

 

 

 

ニューアイルランド島南東に展開しているイギリス海軍E2部隊が、タ級戦艦を中心とする敵艦隊との戦闘に突入したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

第七十二話 「ソードフィッシュ乱舞」

 




登場したシャルンホルスト艦長は、史実でアドミラル・グラーフ・シュペーの艦長としてラプラタ沖海戦を戦ったハンス・ラングスドルフ大佐です。
あと、イギリス海軍E部隊司令官は史実でタラント空襲を立案したラムリー・リスター少将です。

どうですかね。適材適所ですかね?


感想待ってます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。