南洋海戦物語〜人類の勇戦譚〜   作:イカ大王

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〈あらすじ〉

時に1942年6月19日夜。英海軍E部隊本隊から勇躍分離したE2部隊は、ラバウル攻撃を目論む敵艦隊に苦戦を強いられていた。深海棲艦艦隊はE2部隊よりも速力、機動力共に上であり、突破を許してしまったのである。だが、“シーワード”部隊指揮官はラバウルを守るため、起死回生の策を講じる。その策の要となるのは、取るに足らない一個駆逐隊の旧式駆逐艦四隻。
ニューアイルランド島沖で繰り広げられる英深の攻防。「敗北主義者」の艦長に率いられた駆逐艦「アーデント」が、最恐戦艦タ級に挑む!巨大戦記、堂々再開!



第七十四話 不屈の戦い

1

 

図らずとも一隊で敵主力艦の正面に占位することになった防巡「ハーマイオニー」と「ボナヴェンチャー」が命中弾を得るのに、そう時間はかからなかった。

 

「ハーマイオニー」は十門、「ボナヴェンチャー」は八門のMk.Ⅰ五十口径十三.三センチ砲を息つく間もなく咆哮させており、南洋の湿った空気を震わせながら重量級の砲弾を叩き出している。

この二隻は巡洋艦四、戦艦一の敵隊列にT字を描いており、先頭の重巡に火力を集中している。

「ハーマイオニー」の艦橋からは凄まじく長い光芒が右舷へと伸びており、ニューアイルランド島沖の闇夜を切り裂いていた。

星弾とは比べ物にならない光量が重巡を照らし出しており、命中を早める結果となったようである。

 

かく言う先頭のリ級重巡は、英防空巡洋艦から多数の十三.三センチ砲弾を撃ち込まれており、随所で火災を起こしている。

被弾するたびに塵のようなものが四散し、黒煙を増加させ、一寸刻みに艦上の構造物を打ち砕いてゆく。

 

「命中弾三十発以上!」

 

「ボナヴェンチャー」の射撃指揮所に、方位盤手の興奮気味の報告が響いた。

 

「手ぬるい」

 

それを聞いて、砲術長のマシュー・バトラー中佐は凛とした声で呟いた。

リ級は「ハーマイオニー」と「ボナヴェンチャー」によって大きな被害を受けているが、時折主砲を放ち、「ハーマイオニー」を砲撃している。リ級が完全に戦闘力を失わせるまで、砲撃の手を緩めるつもりはなかった。

 

だが、「ボナヴェンチャー」の放った斉射が二十回を超えた頃、リ級は屈した。

大規模な火災を起こしており、特徴的な三脚マストは大きく傾いている。黒煙によって艦上の様子はよくわからない。

速力は低下させていないが、このリ級なんら脅威にならないことは誰の目にも明らかである。

 

「先頭の巡洋艦、沈黙!」

 

「目標三番艦。準備完了次第射撃再開」

 

マシューが弾んだ声で報告すると、艦長セオ・クラウド大佐の次目標指示が素早く返ってきた。

 

「三番艦…ですか?」

 

マシューは一番艦を撃破した以上、次目標は二番艦になるものだと思っていたため、思わず聞き返す。

 

「三、四番艦の敵巡洋艦は小口径砲を満載しているツ級だ。突撃しているA級が、大きな損害を受けているらしい」

“シーワード”は防巡二隻と一個駆逐隊で構成されており、 A級駆逐艦四隻を巡洋艦、戦艦に突撃させている。

そのA級が、ツ級軽巡洋艦の猛射に射竦められているようだ。

 

「了解」

 

艦長の意図を理解したマシューは即答し、素早く受話器を置く。

 

「射撃目標、敵三番艦!」

 

指示を飛ばすや否や三番艦への測的が開始され、主砲が目標へと施向する。

 

「A級の様子は?」

 

作業を横目に見ながら、マシューは焦りを滲ませた。

ツ級軽巡洋艦はダイドー・クラスやアトランタ・クラス、アオバ・タイプと同様に対空特化な艤装を持つ防空巡洋艦だ。

初めて人類の前に姿を現した西部太平洋海戦では艦隊防空に力を発揮し、相当数の日本軍の艦攻が撃墜されたと聞く。

兵装は不明な点もあるが、十センチから十二.七センチクラスの小口径砲塔を六基から八基ほど搭載しているらしく、それは駆逐艦にも大きな脅威である。

航空機程の機動力を持たず、防御力も弱い駆逐艦が雨あられと小口径砲弾を受ければ、瞬く間に廃艦と化してしまうだろう。

そんな艦から攻撃されている駆逐隊が健在か、マシューは気になったのだ。

 

「一番艦の『コドリントン』が敵弾を受けて轟沈、二番艦の『アカスタ』が被弾して火災を起こしていますが、三、四番艦は無傷です。『アカスタ』を先頭にし、敵艦隊に突撃しています」

 

見張員の報告を聞き、マシューはひとまず胸を撫で下ろした。

 

(大丈夫だ。駆逐隊が健在なら、この状況を打開する手立てはある!)

 

ーーーこの時、マシューは“シーワード”の指揮を執る「ハーマイオニー」艦長フランク・K・クック大佐の意図を見抜いている。

 

クックは A級の雷撃によって敵巡洋艦、戦艦の隊列を変針させ、後方を追いかけている“ドナルベイン”、“マクベス”こと軽巡四隻、「レパルス」の目の前に敵艦を引きずり出そうとしているのだ。

マシューは「敵艦隊はニューアイルランド島に向かう針路を進んでおり、座礁を避けるためにはいずれ変針する」と考えていたが、深海棲艦は巧妙にニューアイルランド島の南端をかすめるような針路を描いており、その希望は儚く潰えてしまっている。現状のままでは、敵艦隊はE2部隊主力よりも先にセント・ジョージ海峡に突入してしまう可能性が高い。

だが、逆にそれは朗報でもある。

敵艦隊はギリギリを攻めすぎるあまり、すぐ右側にはニューアイルランド島の南岸が位置している。魚雷を回避するには、取舵を切るしかないのだ。

変針後の先には、“ドナルベイン”と“マクベス”がいる。

 

「そうか…!」

 

そこまで考えが至ったとき、マシューは目を煌めかせた。

魚雷回避のために取舵に転舵すれば、敵艦隊は「レパルス」にT字を描かれることになる。

“ドナルベイン”が敵戦艦の追撃に移る中、「レパルス」が270度に変針した時は「遊兵化する結果になってしまうのないか?」と危機感を持ったものだが、同艦艦長のテナント大佐は、敵が変針した場合にT字を描くことを視野に入れていたのだ。

 

「そうなら…なおさらツ級は排除しなくては」

 

テナントの意向を理解したマシューは目の奥に炎をたたえ、ツ級軽巡を見据える。

 

「測的完了!」

 

「照準よし。方位盤よし!」

 

指揮所内の各部署から、訓練通りのきびきびとした報告が届く。

 

「射撃開始!」

 

マシューは息を吸い、力を込めて命じた。

計八門の砲門から十三.三センチ砲弾が発射され、耳をつんざく砲声と目を背けたくなる閃光が、「ボナヴェンチャー」を包み込んだ。

 

 

2

 

突撃を実施している駆逐隊ーーー第六十八駆逐隊(DDG68)のA級駆逐艦三隻は、回避行動を繰り返しながら雷撃の機会をうかがっていた。

 

数分前に肉薄した際、ツ級と思われる巡洋艦二隻からの猛射に遭い、嚮導艦「コドリントン」が瞬く間に撃沈されている。

次席指揮官となった二番艦「アカスタ」艦長のアリック・マーコリー中佐は「このままの雷撃は困難」と考え、一旦の距離を置いたのだ。

現在は八千メートルほどの距離を開け、ジグザグ航行による敵弾の回避に専念している。

 

時折主砲が発砲するが、それ以外DDG68からの反撃は無い。

駆逐艦三隻が巡洋艦の攻撃から逃げ回る、という状態が続いていた。

 

「なぜこんなことに…!」

 

回避行動に移ってから十五分が経過した頃。

DDG68四番艦の駆逐艦「アーデント」艦長のフェリックス・アッカーソン少佐は、駆逐艦の高機動と敵の至近弾に体を揺さぶられながら、大きく悪態をついた。

 

自分の船は、レーダーサイトや飛行場の建設資材を運ぶ船団の護衛としてラバウルを訪れただけである。

間違えても、深海棲艦の巡洋艦や戦艦に必死の雷撃を挑む為ではない。

 

ーーー彼は死にたくなかった。

 

両親を早くに亡くし、身寄りがいなかったフェリックスは飯を食べて行くために嫌々海軍に入った。

祖国に尽くすなど微塵も考えておらず、海軍兵学校の卒業成績も下から三番目と低い。出世街道はとうに外れており、同期の友人は戦艦の艦長や司令部の参謀などに収まっていたが、フェリックスは一旧式駆逐艦長に過ぎなかった。

同期や同僚からは「変人」呼ばわりされたが、志しを持って海軍に入らなかったフェリックスにとって、出世などどうでも良かったのだ。

 

生きて、大切な妻や息子に会いたい。生きて、イングランドに帰りたい。フェリックスの頭にはそれしかなかった。いくら「臆病者」や「腰抜け」となじられようと死にたくない。

できるだけ安全な場所で過ごし、生き残って本国に帰りたかったのだ。

 

だが今、自らが艦長を務める「アーデント」は、フェリックスが望まない戦いの渦中にいる。

それだけではない。海戦の結末を左右する重要な駆逐隊の一隻に、名を連ねてしまっている。

 

フェリックスの額を、大粒の汗が滴り落ちた。

なぜ私の船なんだ…もっと適任な艦がいるはずだ…という思いが、彼の心中を駆け巡っていた。

 

深海棲艦は、そんな人間の思いなど微塵も気遣ってくれない。

次々と飛来する敵弾が、ついに「アーデント」を夾叉する。

両舷から挟み込むような衝撃が襲いかかり、小柄な艦体が今まで以上に揺れる。

海水がスコールのように降り注ぎ、数秒間視界が遮られた。

衝撃によって数名が倒れ、フェリックスは伝声管を握りしめて身体を支える。

 

「夾叉されたか…!」

 

航海長のローレンス・ジェラード大尉が歯軋りしながら言う。

夾叉されたということは、次に飛来する敵弾が高可能性で命中するということをを示している。

水柱の大きさと射撃間隔から、「アーデント」を砲撃しているのはツ級軽巡洋艦だろう。「コドリントン」を撃沈した雨あられの敵弾が、「アーデント」をも襲うのだ。

 

「くそ…駄目だ…」

 

フェリックスは諦めに似た感情を持ち、艦橋に立ち尽くす。

距離を置いてからは回避行動と牽制射撃に留まっていたが、ツ級はついに「アーデント」を捉えたのだ。

咄嗟に回避を命じようとしたが、舌がおぼつかず命令が出ない。

 

だが、敵弾は来なかった。

 

二十秒、三十秒、一分が経過しても、一向に飛来しない。

ローレンス航海長が敵艦に双眼鏡を向けようとした時、見張員の歓声が飛び込んだ。

 

「敵三番艦、大破炎上中!」

 

「四番艦もです!」

 

フェリックスはツ級に目をやり、報告通りなのを確認すると汗を拭った。

二隻の巡洋艦のうち、前方を進んでいる艦は小さな火災を無数に点在させており、後方を進んでいる艦は艦橋を潰され、巨大な火球を乗せている。

二隻とも新たな砲火を放つ様子はなく、力なく洋上を漂っている。

「助かった…」という細々とした声が、我知らず口から出た。

 

この時、フェリックスは知る由もなかったが、三番艦は「ボナヴェンチャー」に繰り返し砲弾を叩き込まれて戦闘不能になり、四番艦はタ級戦艦から目標を変更した「レパルス」の巨弾が直撃し、粉砕されたのだ。

ツ級はリ級重巡やホ級軽巡と比較すると一回り小さく、防御力も低い。ひたすら駆逐艦を攻撃していたツ級の横を突き、迅速に撃破することができたのだ。

 

だが、「アーデント」の試練はこれからである。

 

「“シーワード4”より発光信号。“DDG68針路45度。我二続ケ”!」

 

その報告が飛び込むや、フェリックスの心臓は跳ね上がった。

指揮を執るアリック中佐は、ツ級二隻が撃破された今を好機と考え、突撃を再開するつもりのようだ。

 

「面舵。針路45度!」

 

なかなか命令を発しない艦長に変わり、ローレンスが操舵室に命令を送る。

 

前方を進んでいた“シーワード4”こと「アカスタ」、“シーワード5”こと「アケイティーズ」が回避行動を中止し、次々と面舵に転舵する。

一本の紐に繋がれているかのように、「アーデント」も右へと艦首を振った。

今まで右正横に見えていた敵艦隊が、右前方に見えるようになる。

フェリックスは震える手で双眼鏡を握り、敵隊列を左から右へと見渡した。

 

巡洋艦三、四番艦は損傷によって隊列を落伍しており、一、二番艦も大なり小なりの火災を背負っている。

一番艦の前方にも二隻の巡洋艦が見えており、僚艦の「ハーマイオニー」と「ボナヴェンチャー」であろう。

深海棲艦の巡洋艦部隊は壊滅状態だったが、タ級戦艦は小さな火災を起こしているだけで、ほとんど無傷である。

 

「アーデント」の右舷には、“ドナルベイン”が位置している。

タ級戦艦を牽制し続けたのだろう。「グロスター」と「マンチェスター」が姿を消しており、「リヴァプール」が巨大な火焔を引きずっている。健在な軽巡は「ベルファスト」のみであった。

 

 

「“シーワード4”より信号。“雷撃距離三千ヤード。目標タ級”」

 

見張員が艦橋に報告を上げる。

A級は1927〜28年に竣工した駆逐艦であり、旧式である。搭載している艦砲や魚雷も高性能とは言えず、搭載魚雷の射程距離は五千メートルに満たない。

五十三.三センチ四連装魚雷発射管を二基と、魚雷本数は新鋭駆逐艦に劣らない。だが、駆逐艦三隻という少数での雷撃と、魚雷の射程距離の短さを補うためには、三千ヤードにまで肉薄しなければならないとアリック中佐は考えたのだろう。

 

前方を進む「アカスタ」が発砲し、「アケイティーズ」も主砲を撃つ。逆光で二隻のシルエットが浮かび上がり、鋭い砲声がやや遅れて迫る。

 

「艦長、射撃開始します!」

 

砲術長のガイア・スワンソン大尉が叩きつけるように叫ぶ。

射撃指令が来ないことに業を煮やし、半ば催促の形をとったのだろう。

 

一拍開けて、艦橋正面に背負式に搭載されたQF四.七インチ単装砲二基が火を噴く。

剥き出しの砲身に防楯を付けただけの簡易な砲だが、「アカスタ」「アケイティーズ」に遅れじと咆哮し、直径十二センチの砲弾を矢継ぎ早に放つ。

 

「『レパルス』と『ベルファスト』はタ級を砲撃中」

 

「『ハーマイオニー』被弾!」

 

「敵戦艦との距離、七千五百ヤード」

 

海を轟かせる砲声、閃らめく爆炎、喧騒を増す波濤、飛び込む怒号、そんな戦場の最中…フェリックスの胸中では凄まじい葛藤がぶつかり合っていた。

 

曲がりなりにもロイヤル・ネイヴィーの軍人である自分が「職務を遂行しろ。戦え」と言うのに対し、妻子を持つ一人の父親である自分は「生きて帰れ。逃げろ」と言う。

 

ここでフェリックスは、自分にも軍人としての誇りや愛国心があったことに驚いた。三十年間の厳しい軍務の中で、そのような想いが培われていったのだろうか。

フェリックスは被りを振る。

誇りなど犬にでも食わせておけ、そんなものがあってもなんの役にも立たん。自らの身を滅ぼす結果になりかねない。と、自らの想いを一蹴した。

 

 

そこまで考えた時、タ級戦艦の艦上に凄まじい閃光が走り、艦橋を挟んだ前部と後部に真っ赤な火焔が湧いた。

数秒の間を空けて、遠雷の如き砲声が「アーデント」に届き、艦体をピリピリと震わせる。

 

「来る…!」

 

フェリックスが叫んだ直後、頭上を圧迫する飛翔音が聞こえ始めた。

 

今まで「ベルファスト」を砲撃していたタ級戦艦が、DDG68を脅威と見なし、砲撃目標を変更したのだ。

加えて交互撃ち方から斉射に切り替えている。手数が多い方が、駆逐艦を捕捉しやすいと考えたのだろう。

 

目を見開いた刹那、前方を進む「アカスタ」周辺の海面が盛り上がり、砕けた。

砕けた箇所から、樹齢数百年の巨木のような水柱がそそり立ち、「アカスタ」の姿を隠す。

赤い光が反射したように見えたが、詳細はわからない。すっぽりと、駆逐艦を包み込んでしまったのだ。

 

数秒後、空中に滞空していた海水が、元ある場所へ戻る。

 

それを見て、フェリックスは目をこすった。

「アカスタ」がいない。

「コドリントン」が撃沈されてからは駆逐隊の先頭に立ち、「アケイティーズ」と「アーデント」を嚮導し続けていた「アカスタ」が、綺麗さっぱり消失してしている。

 

「シ、“シーワード4”。轟沈!」

 

誰もが信じられないような目線を投げる中、見張員が半ば絶叫のように報告した。

沈没しつつある艦体も、吹き飛んだ残骸も、乗組員も、一切が掻き消えてしまった。「アカスタ」が存在していた海面は泡立っているのみであり、ついさっきまで戦っていた船の名残は一つもない。

 

「一回の斉射で…」

 

フェリックスの理性は、今にも吹き飛びそうになっていた。

少しでも口ものが緩めば、転舵反転!を命じたくなる。

「アカスタ」の惨状を見た今ならば、ローレンス航海長もガイア砲術長も、誰も反対しないだろう。

 

だが、フェリックスは押し止まった。

軍人としての責任が、彼を自重させたのである。

 

「アーデント」は速力を落とさずに「アカスタ」沈没点の脇を通過する。

中止していた砲撃が再開され、二隻に減った駆逐隊は突撃を続けた。

 

だがタ級は素早く目標を「アケイティーズ」に変更し、砲撃を再開する。

「アカスタ」と比べ、「アケイティーズ」は粘った。

大きく変針はしなかったが、敵弾の着弾点から離脱するように針路を微調整し、不規則なジグザグを描く。

だが、主砲弾命中は免れたが、敵副砲、高角砲の射程内に入った途端、副砲弾が「アケイティーズ」の艦橋を直撃した。

第二主砲よりも高くするため、それなりの大きさを持った艦橋が、半分以下の高さに損じる。

 

その一発を皮切りに、タ級の中小口径砲弾が次々と命中し始めた。

艦橋に寄り添っていたマストも、その背後に立っていた煙突も吹き飛ばされ、第二主砲は台座ごと海に叩き落とされる。

艦首は喫水線下まで引き裂かれ、舷側には穴が空き、第三主砲も甲板も、ひん曲がった鉄板や木片の堆積場に早変わりした。

 

「アケイティーズ」は艦首から艦尾までを黒煙が覆い隠し、行き足は完全に止まっている。

早くも艦首が海面下に没しており、艦尾はスクリューが顔を覗かせていた。

 

 

「アーデント」の艦橋にどよめきが広がる。

DDG68が再度の突撃に移ってから、まだ五分も経っていない。

その五分の間に「アカスタ」が轟沈し、「アケイティーズ」が沈没確実の被害を受けた。

タ級戦艦は、途方もなく巨大な壁だ。DDG68はそれに真正面からぶち当たり、駆逐艦二隻を瞬く間に失ったのである。

 

「艦長。後退するべきです!」

 

ローレンスが、真っ赤な顔を引きつらせながら言った。目は血迷っており、恐怖に狩られていることがわかる。声は、ほとんど絶叫のようだった。

 

「このままでは本艦も撃沈されます。反転し、確実な雷撃を実施するべきです!」

 

「なんだと貴様。僚艦三隻の死を無駄にするのか⁉︎」

 

ローレンスに食ってかかったのは、「アカスタ」竣工から乗り込んでいる先任海曹のカール・スペクター曹長だった。

階級はローレンスより下だが、歳はフェリックスと同じぐらい食っており、鬼軍曹と恐れられている。

 

「アリック中佐の判断は誤りだった。旧式駆逐艦三隻で雷撃なんて鼻から無理だったんだ!このままでは我々まで犬死する!」

 

「ここの突破を許せばすぐにラバウルだぞ!我々以外に誰がタ級の針路を変えられるんだ⁉︎」

 

「ドイツ艦隊がいる。彼らに任せればいい!このままでは死ぬんだぞ!我々が!何もなさずに!」

 

フェリックスは目を伏し、自らの両手の平を交互に見た。

そして、自問する。

 

(私は、なんのために海軍に入った?なぜこの歳まで軍に留まっている?私の一番の目的は?)

 

生きる為、家族を養うため、家族に会うこと。

それぞれの答えを出すが、フェリックスの胸中にはしこりのようなものが残っていた。

 

「僚艦の身を呈した犠牲を無駄にするのか?我々がここの距離に至ったのは、彼らが死んでくれたからなんだぞ⁉︎」

 

「あんたそんなに死にたいのか!必死と決死は違う!」

 

艦橋内を怒声が飛び交う中、一発の副砲弾が第一主砲に命中した。

艦首から艦尾までを衝撃が貫き、艦橋要員全員が転倒する。フェリックスも床に叩きつけられた。

 

(ここを逃げ出せば、私は家族に会えるのか?)

 

床に這いながら、フェリックスは再び自問する。

 

被弾衝撃の最中、脳裏にある光景が浮かんだ。

ーー崩れ落ちるビッグベン、焼けるロンドン、逃げ回る英国臣民、ブリテン島に上陸する異形、死体の数々…。

混沌に巻き込まれる家族…。

 

「………それだけは駄目だ。あいつらは、私の希望なんだ」

 

決意を滲ませながら、痛む身体を起き上がらせる。

 

ラバウルの重要性は、フェリックスも知っている。

陥落すればオーストラリアを失い、ひいてはこの戦争をも失う事。

深海棲艦が太平洋を制覇すれば、戦火はイギリス本国にも及びかねない。

家族に、魔の手がおよびかねない…。

 

 

「艦長。御決断を!」

 

フェリックスは吹っ切れた。そして覚悟した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「タ級のラバウル突入は、なんとしてでも阻止する」

 

 

 

 

第七十四話「不屈の戦い」

 




更新遅くて申し訳ない。夏をヒィーバーしすぎました。

次回も、できるだけ早く更新したいな…。頑張ります!

感想待ってます!

あと高評価をしてくださった方、「南洋海戦物語」を紹介してくださったサイトの主さん、ありがとうございました 


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