南洋海戦物語〜人類の勇戦譚〜   作:イカ大王

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チャールズ・マケイン著の「猛き海狼」を読んで、アドミラル・グラーフ・シュペーとラングスドルフ艦長を好きになりました。
皆さんも是非読んでみては?


第七十七話 独艦奮闘機動烈火海峡 : 中

1

 

「面舵15度!」

 

「『グラーフ・シュペー』探照灯、照射開始しました!」

 

見張員からの報告を聞き、ラングスドルフはちらりと後方を見やる。

死角のため「グラーフ・シュペー」の姿は見えなかったが、右側に向けて伸びる光芒を確認することができた。

光芒はとてつもなく長く、右後方を同航するタ級戦艦の姿を照らし出している。

吊光弾や星弾とは比べものにならない光量である。射撃精度は大幅に向上するであろう。

 

そのタ級戦艦の艦上に発砲炎がほとばしり、一瞬だけ探照灯よりもくっきりとその艦影をさらけ出す。星々の光が薙ぎ払われ、周囲が昼間と化した。

やがて大気が鳴動しはじめ、巨弾三発が音速を超える速度で落下してくる。

敵弾が着弾する直前、「シャルンホルスト」は15度右へ艦首を振った。

艦体が左に傾き、タ級戦艦へ近づく針路に移る。

巨弾は、回頭する艦の頭上を右から左へ飛び越し、左正横二百メートルに着弾した。

 

「回避成功!」

 

「取舵30度」

 

キッシンジャー航海長の弾んだ声を尻目に、ラングスドルフは新たな針路を命じる。

今の着弾を見て、タ級戦艦は弾着位置を手前に修正するだろう。

それを見越して「シャルンホルスト」は距離を置き、敵弾を空振りにさせるのである。

右へ振った艦首が、今度は左に振られる。

右後方のタ級戦艦が死角に入り、「シャルンホルスト」は離脱するような針路を取った。

敵戦艦が発砲する。案の定、飛来した敵弾は「シャルンホルスト」の右正横に着弾し、水柱を奔騰させた。

水柱との距離は遠く、艦底部から突き上げる爆圧は小さい。

 

「面舵30度」

 

「取舵15度」

 

ラングスドルフは、冷静さを保ちながら淡々と命じる。

「シャルンホルスト」はラングスドルフの指示する針路の通りに動き、右に左にと小刻みに舵を切る。

至近距離に着弾するものもあるが、飛来する四十センチ砲弾が、「シャルンホルスト」の舷側に大穴を穿つことも、メインマストを吹き飛ばすことも、主砲を爆砕することもない。

飛来する敵弾を、「シャルンホルスト」は的確な操艦で回避し続けていた。

 

ラバウル戦闘群は四隻。敵艦は一隻。

タ級はドイツ艦四隻よりも火力、防御力共に上であるが、一隻しかいない。

ドイツ艦は単艦ではタ級に太刀打ちできないものの、手数がある。

ラングスドルフの作戦はこれらのパワーバランス鑑みつつ、ラバウル戦闘群の手数を有効に、そして最大限活用したものであった。

 

敵艦は一隻のため、砲撃できる艦は四隻中一隻のみである。

戦闘群の中でタ級戦艦の砲撃を受けた艦は砲撃を中止し、回避運動、及び敵艦の砲撃吸収を行う。

一隻がタ級の四十センチ砲を引き付けている間に、残り三隻は探照灯の光の下、敵戦艦に高精度の集中砲火を浴びせるのだ。

もしも敵戦艦が囮艦の砲撃に埒があかないと見て他の艦に目標を変更した場合、新たに砲撃された艦が囮艦を引き継ぎ、今まで囮艦だった艦は集中砲火に加わる。

四隻で攻撃吸収艦、探照灯照射艦、集中砲火艦の三役割をローテーションし、こちらの損害を最小限にしつつ、タ級戦艦に被害を与え続けるのである。

 

唯一の懸念は、二十八センチ砲や二十センチ砲ではタ級戦艦に決定打を与えることができない、という点だ。

今に始まったことではないが、タ級は強靭な防御力を持っている。

“KD”作戦の最終局面である第三次ルソン島沖海戦の折、タ級戦艦一隻に対して盟邦イギリスの「フッド」「プリンス・オブ・ウェールズ」が挑んだが、タ級は「コロラド」を撃沈し、「プリンス・オブ・ウェールズ」の第三砲塔を叩き割って中破させしめた。

最終的には三十発以上の三十八センチ、三十六センチ砲弾を撃ち込まれてマニラ沖に沈んだが、タ級戦艦が人類の戦艦部隊にとって侮り難い敵である、という印象を骨の髄まで植え付けている。

 

だが、ラングスドルフは焦慮感など少しも感じていなかった。

ラバウル戦闘群の目標は、ラバウル・カビエンの防衛である。タ級戦艦の搭載砲弾数が艦砲射撃に必要な数以下になるまで撃たせれば、それで十分だと考えていたのだ。

 

ーーーラングスドルフは「シャルンホルスト」に囮艦の役割を果たさせるため、敵戦艦の着弾修正の裏をかく針路を指示し続ける。

 

「命中!」

 

計五回の不規則な回避を終え、敵艦の第七射にまで耐えた時、見張員の歓声が艦橋に飛び込んだ。

ラングスドルフは、咄嗟に右後方を向いた。

タ級戦艦の後部あたりに、小さい二つの火が灯っている。

第三砲塔を照らしており、海上の突風に煽られてゆらゆらと揺らめいていた。

そのさらに後部……艦尾付近に、新たな爆炎が躍る。

小さい破片が大量に舞い上がり、一際巨大な火焔が湧き上がった。

 

「いいぞ!」

 

その光景を見て、ラングスドルフはキッシンジャーと頷きあう。戦闘開始以来、常に仏頂面だった表情は破顔し、子供のような笑みを浮かべていた。

どの艦か分からないが、立て続けに二隻が命中弾を得。うち一隻は何らかの可燃物に直撃させ、大規模な火災を発生させたのだ。

敵を食い止めればそれで良い、と割り切っていたラングスドルフだが、新生ドイツ海軍の初陣でタ級戦艦に一太刀浴びせられたことに、大きな喜びを感じていた。

 

「直撃弾を得たのは『プリンツ・オイゲン』と『アドミラル・シューア』です」

 

砲撃中止を命令され、暇をもてあそんでいるであろう砲術長のエルンスト・グロックラー中佐が報告する。

重巡と装甲艦一隻ずつが、命中弾を得たのだ。本艦も射撃に加わりたい、と言いたげだった。

 

「敵艦が沈黙しています」

 

その時、キッシンジャーが報告した。

それを聞いて、ラングスドルフはタ級戦艦に双眼鏡を向ける。

タ級が発砲しない。いくら待っても、その艦上に発射炎が躍ることは無い。

三十から四十秒ごとに落下していた四十センチ砲弾が、なりを潜めている。

先の被弾が、タ級戦艦に打撃を与えたとは考えにくいが…。

 

(となると…)

 

ラングスドルフは次に来る一手を予想し、火焔に照らされたタ級戦艦を見つめ続けた。

二分後。その艦上に、この日何度目かとなる発砲炎が走った。

発射された三発の四十センチ砲弾は「シャルンホルスト」に飛来せず、その背後…「アドミラル・グラーフ・シュペー」の周囲に落下する。

 

「『グラーフ・シュペー』至近弾!」

 

タ級戦艦は、巧みな回避を続ける「シャルンホルスト」を砲撃しても、効果は薄いと考えたのだろう。

探照灯で自らの姿を浮かび上がらせ、かつ回避を行なっていない「グラーフ・シュペー」に目標を変更したのだ。

二分間の空白は、新目標である「グラーフ・シュペー」への測的を実施していたからかもしれない。

 

「『グラーフ・シュペー』に打電。“サーチライト照射中止。敵弾ヲ回避セヨ”」

 

「本艦、回避運動中止。砲撃再開。忍従の時は終わりだ。存分にやれ」

 

ラングスドルフは、力強く二つの命令を発した。

今まで右に左にと不規則に回避していた艦体が直進し、向いている方向がバラバラだった三基の主砲が、敵戦艦に照準する。

敵が射撃目標を変更したため、「シャルンホルスト」は回避を中止し、「プリンツ・オイゲン」「アドミラル・シューア」と共に砲撃を実施するのだ。

囮艦の役割は、「グラーフ・シュペー」に引き継がれたのである。

 

「『グラーフ・シュペー』照射中止。回避運動に移ります」

 

敵戦艦に伸びていた一筋の光が消え、「グラーフ・シュペー」は暗闇に包まれる。

その反面、タ級戦艦はその姿を海上に留めていた。

艦尾から発生する火災が鎮火しておらず、姿を浮かび上がらせているのである。

探照灯の光は、もう必要なさそうだ。

 

「砲撃を再開します」

 

グロックラーが興奮気味の声で報告する。

砲術長の身で、乗艦がただただ回避に専念するだけというのは相当なストレスがあったに違いない。

それから解放されたことで、声に活気が戻ったような気がした。

 

「撃て!」

 

号令一下、砲身から巨大な火焔が噴出し、強烈な砲声が轟いた。

「シャルンホルスト」の艦体が衝撃を受けて振動し、ラングスドルフの視界は数秒間暗転する。

撃たれるだけという忍従の時を終え、「シャルンホルスト」は数十分ぶりに反撃の砲火を放ったのだ。

斉射によって放たれた九発の二十八センチ砲弾は、大気との摩擦で真っ赤に染まりながらも、敵戦艦に殺到する。

 

敵艦の艦首に閃光が二度走り、巨大な爆炎が湧き出した刹那、残り七発が水柱を形成し、敵艦の姿を覆い隠した。

 

それを見て、ラングスドルフは身を乗り出した。

「シャルンホルスト」は初弾を命中させただけでなく、二発を艦首に喰らわせ、大きな被害を与えたと考えたのだ。

 

水柱が引くや、大きく艦首を変形させたタ級の艦影がおぼろげに見えている。

喫水線下にまで被害は出ていないようだが、舷側の高さが半分以下になっているのがわかる。

ヴァイタルパート方式の装甲が採用されて以来、人類の戦艦にとって艦首や艦尾は必ずしも装甲の厚い箇所ではなくなったが、それはタ級でも同じだったようだ。

「シャルンホルスト」は第一斉射で、タ級戦艦の艦首に大きな被害を与えたのである。

 

そんな中、「プリンツ・オイゲン」「アドミラル・シューア」の射弾も落下している。

中央部に三発、前部と後部に一発ずつが命中し、内三発が火花と共に跳ね返されるが、二発が炸裂する。

火焔が湧き出し、長細いものや、小さい板が飛び散るのが見てとれた。

二十センチ砲や二十八センチ砲は、タ級戦艦の装甲を貫いて奥深くで炸裂する力はないが、表面的なレーダーアンテナや副砲、射撃管制装置などの脆い部分を破壊することはできる。

二隻の射弾は、そのような部分に命中したのだろう。

 

多数の砲弾を撃ち込まれ、艦首を大破させられながらも、タ級戦艦は第二射を放つ。

艦尾から沸き立つ火炎が揺らめき、引きずる黒煙を発砲に伴う爆風が吹き飛ばした。

凄まじい破壊力をもつ巨弾三発を、音速の二倍以上の初速で叩き出したのである。

 

敵第二射弾の着弾と、「シャルンホルスト」の第二斉射は同時だった。

敵の第二射弾は「シャルンホルスト」と「グラーフ・シュペー」の間に着弾し、後ろから蹴飛ばされるような衝撃が「シャルンホルスト」を大きく振動させる。

それと同時に三基の主砲が火を吹き、発砲と着弾…二つの振動が共鳴して不気味な動揺と悲鳴のような叫喚が艦内を駆け抜けた。

発射された九発は、艦の動揺によって軌道を変えられ、タ級戦艦の前方に落下する。

 

それを見てラングスドルフは罵声を発するが、十七秒後、「シャルンホルスト」は早くも第三斉射を撃つ。

当初、至近距離での二十八センチ砲九門の斉射は耐えがたいものがあったが、今はこの上なく頼もしい。

小口径砲という不利を感じさせない力強い咆哮で、敵戦艦に向けて二十八センチ砲弾を叩き出した。

 

今度は、完全に捉えた。

水柱がタ級戦艦を囲い、中央部に直撃弾炸裂による爆炎が躍る。敵艦が火焔によって照らされ、輪郭を浮かび上がらせた。

ラングスドルフとしてはもう一、二発命中したと思っていたが、タ級の厚い装甲に阻まれてしまったようだ。

 

タ級戦艦が「グラーフ・シュペー」に対する第三射を放ち、「シャルンホルスト」も他の二隻も斉射を撃つ。

二十八センチ砲弾十五発、二十センチ砲弾八発と、四十センチ砲弾三発が遥かな高みで交錯し、それぞれの目標へと飛ぶ。

 

三度に分けて、ドイツ艦隊の射弾が落下した。

「プリンツ・オイゲン」の命中弾は全て重装甲に弾かれてしまったが、「シャルンホルスト」と「アドミラル・シューア」の射弾は前部と後部に二発ずつが直撃した。

今までで最も大きい火焔が天高く躍り、タ級戦艦が身震いした。

 

「やった!」

 

「シャルンホルスト」艦橋で、歓声が爆発する。

タ級は速力を低下させても、砲撃力を弱めてもいないが、今までで最も大きなダメージを与えたことは確かだった。

 

(どうだ…?)

 

ラングスドルフは吟味するようにタ級を見つめる。

一つ一つは小さいものの、タ級戦艦は多数の黒煙を引きずっている。

艦尾の火災も依然鎮火されておらず、艦体を暗黒の海上に浮かび上がらせていた。

もしかしたら、二十八センチ砲でもタ級を撃沈出来るのではないか?という淡い期待が、ラングスドルフね心中に芽生え始めていた。

 

だが、タ級は黒煙を吹き飛ばし、第四射を撃つ。

先の命中弾が敵の射撃指揮中枢を破壊していれば…とも考えていたが、さすがに楽観が過ぎたようだ。

 

戦闘開始時。敵戦艦は戦闘群の右後方に位置していたが、時間が経つにつれて追いついており、現在は「シャルンホルスト」と並走する形にある。

彼我でわずか二ノットの差であるが、確実に距離が詰まっているのだ。

距離が近くということは、必然的に射撃精度の向上を意味する。ラバウル戦闘群は敵艦に多数の直撃弾を得ていたが、それはタ級でも同じだった。

 

タ級から放たれた第四射弾は、「シャルンホルスト」の右正横から後方にかけて飛翔し、「グラーフ・シュペー」を捉える。

後方から発射炎とは違う閃光が届き、正面に「シャルンホルスト」の影を伸ばした。やや間を開けて炸裂音が届き、なんらかの破壊音が続く。

 

「まさか…!」

 

ラングスドルフは切迫した声を上げる。

やがて、危惧していた報告が後部見張員から上げられた。

 

「『グラーフ・シュペー』被弾。火災が発生しています!」

 

「グラーフ・シュペー」は囮艦の役割を果たすため、回避運動に勤しんでいたはずだが、間に合わず、敵弾を受けてしまったようだ。

 

「状況知らせ!」

 

ラングスドルフは叫んだ。

ドイッチュラント級装甲艦に、四十センチ砲弾に耐えられる装甲は無い。

たとえ一発でも致命傷になる可能性があるのだ。

 

「『シュペー』より発光信号。“我、機関損傷。隊列ヲ落伍ス”」

 

信号員の報告を聞き、ラングスドルフは唸り声を上げた。

タ級の四十センチ砲弾は、「アドミラル・グラーフ・シュペー」の装甲帯を容易く貫き、艦体の奥底に食い入って炸裂したのだ。

MAN社製2ストロークディーゼルエンジンのいくつかを粉砕され、スクリューの高速回転に必要なエネルギーを得られなくなったのだろう。

 

次から、タ級は斉射に移る。

精度の高い九発の四十センチ砲弾が、速力が落ちて回避もままならない「グラーフ・シュペー」に襲いかかるのだ。

それを阻止するため、「シャルンホルスト」「プリンツ・オイゲン」は斉射を撃つ。

殿艦に位置している「アドミラル・シューア」は、速力が低下した「グラーフ・シュペー」を回避するため、一時的に砲撃を中止していた。

 

両艦の射弾が落下する直前に、タ級を眩い閃光が包み込む。

数秒後に数倍強烈な発砲音が海上に響き渡り、斉射に移ったことを伝える。

直後に「シャルンホルスト」「プリンツ・オイゲン」の斉射弾が落下し、数発が敵戦艦に命中するが、ラングスドルフは意に返さない。

艦橋脇に駆け寄り、後方の「グラーフ・シュペー」に目を向ける。

刹那、極太の水柱が「グラーフ・シュペー」の周囲に林立し、海水の檻がポケット戦艦の姿を完全に覆った。

 

タ級戦艦は、「グラーフ・シュペー」の速力が低下しているのも計算に入れて放ったようだ。

数発が命中したようで、水柱が炎を反射して赤く染まっている。

 

この時、「シャルンホルスト」艦橋からは知る由もなかったが、「グラーフ・シュペー」は計三発の四十センチ砲弾を喰らっていた。

一発は図ったかのように一回目と同じ箇所に命中し、生き残っていたディーゼルエンジン四基を完全に粉砕する。

二発目は二等辺三角形のような形をしている艦橋に直撃し、跡形もなく、根元までを消しとばした。

指揮を執っていた艦長のエヴァルト・バリッシュ大佐以下艦首脳は全滅し、「グラーフ・シュペー」を司る者はいなくなる。

三発目は、より大きな被害をこの艦に与えた。

右舷中央舷側の喫水線下に飛び込み、大穴を開けたのだ。穴からは怒涛の勢いで海水が侵入し、水圧が「グラーフ・シュペー」の隔壁をぶち抜き、次々と乗組員を貪欲に飲み込んでゆく。

 

水柱が引いた時、「グラーフ・シュペー」はのろのろとしか進んでおらず、大きく右に傾斜していた。

艦橋が消え去っており、代わりに巨大な火球を据えている。

戦闘、航行不能になっているのは誰の目にも明らかであり、沈没という線も十分に考えられた。

 

「おのれ…!」

 

ラングスドルフは拳を握りしめ、タ級戦艦を睨みつける。

「アドミラル・グラーフ・シュペー」はラングスドルフが前に艦長を務めていた艦である。

その時に仲良くなった将兵は、未だに多数があの艦に乗っているのだ。

「シャルンホルスト」が、ラングスドルフの想いを代弁するかのように、六回目となる斉射を放つ。

僚艦一隻を失いながらも、いつもと変わらない力強い砲声だった。

 

「グラーフ・シュペー」をわずか一回の斉射で撃破したタ級戦艦は、新たな目標を選定するため数分間沈黙する。

その間に第六斉射弾、第七斉射弾が落下し、計三回の直撃弾炸裂を確認するが、タ級は動じない。

そして「シャルンホルスト」が第八斉射を撃つと同時に、タ級も斉射を放った。

 

同数の砲弾が高空ですれ違い、凄まじい速度で双方に降ってくる。

タ級の目標は、やはり「シャルンホルスト」であった。

 

「来るぞ!」

 

誰かが叫んだ次の瞬間、「シャルンホルスト」の左右に巨大な水柱がそそり立ち、眼下の第一主砲塔の天蓋が、内側から食い破られたかのように叩き割られた。

ラングスドルフがそこまで見届けた時、乗組員が生涯で感じたことのない凄まじい衝撃が襲いかかり、艦橋内の全員が転倒する。

ラングスドルフも例外ではなく、弾き飛ばされ、背面から床に叩きつけられた。

数秒間衝撃は収まらず、「シャルンホルスト」のいたるところから甲高い叫喚が鳴り響いた。

 

「艦長、ご無事ですか⁉︎」

 

振動が止み、身体の感覚が戻り始める頃。

キッシンジャー航海長が、顔を蒼くしながら駆け寄って来る。

身体の節々が痛む中、ラングスドルフはキッシンジャーの肩を借りて立ち上がった。

 

アントン(第一砲塔)…損傷」

 

今の被弾で負傷したのだろう。グロックラーが、喘ぎ声を挟みながら報告する。

ラングスドルフは第一砲塔の惨状を見下ろし、次いでタ級戦艦を見やった。

第一砲塔の三本の砲身は全てが消失しており、360mmの装甲厚を持った正面防盾も天蓋も大きく引き裂かれている。

主砲は艦体の中でも格段に頑丈に作られているが、距離一万メートル以下から放たれた四十センチ砲弾は、それすらも容易く破壊してしてしまう力を持っているのだ。

 

「シャルンホルスト」に対して初弾命中を成し遂げたタ級戦艦が、第二斉射を放つ。

艦首から艦尾まで多数の火災を乗せてはいるが、戦闘力が低下しているようには見えない、

タ級は多数の二十八センチ砲弾、二十センチ砲弾を撃ち込まれても戦闘力を失わず、逆に一発の命中で「シャルンホルスト」の火力三分の一をもぎ取ったのである。

 

「か、回避運動。面舵15度!」

 

ラングスドルフは鼓舞するように叫び、キッシンジャーに命令した。

タ級戦艦の並々ならぬ力に畏怖を覚えつつも、勝負を捨てていない。

作戦通り、自らの船を囮艦として「プリンツ・オイゲン」と「アドミラル・シューア」に砲撃を続行させるのだ。

面舵に転舵する前に、「シャルンホルスト」は残った主砲二基で第九斉射を撃つ。

主砲一基を失いながらも、力強い咆哮であることに変わりはない。被弾に怯まず、六発の砲弾を発射した。

 

だが、敵弾はそれすらを押し戻す勢いで、轟々たる飛翔音をたなびきながら飛来してくる。

ラングスドルフが被弾に備えて下腹に力を込めた刹那、左右に見上げんばかりの水柱が突き上げ、ハンマーで殴打されるような直撃弾炸裂の打撃が二度後方から届いた。

「シャルンホルスト」の艦体は大きく振動しながらも、波間を切り裂き、右へ15度回頭する。

回頭後、やっとのことで被害報告が届いた。

 

「後部艦橋、後部甲板に被弾。ツェーザル(第三砲塔)、旋回不能!」

 

それを聞いて、ラングスドルフは驚愕した。

敵弾は甲板を貫通し、第三主砲塔のバーヘッドや揚弾塔を歪ませたのだろう。軸を傷つけられたことで、旋回不能になってしまったのだ。

それだけではない。

「シャルンホルスト」が被弾した敵弾は三発だが、その二発が狙い澄ましたかのように主砲を傷つけ、射撃不能に陥れたのだ。

残った一基だけでは、有効な弾着修正はできない。

なんたる不運か…と、力が抜けるような思いだった。

 

続いて飛来した敵弾は、大半が頭上を通過して左舷側に着弾するが、一発が第二砲塔の緩やかな傾斜を持った天蓋をかすめ、左上方に弾かれる。

鉄板をバットで力任せに殴ったかのような打撃音がこだまし、ラングスドルフの鼓膜を震わせた。

 

「取舵15度!」

 

新たな針路を指示する中、ラングスドルフの胸中に焦慮感が広がっていた。

ラバウル戦闘群は、「グラーフ・シュペー」を失い、「シャルンホルスト」が大幅に火力を低下させている。残った「プリンツ・オイゲン」と「アドミラル・シューア」のみでは、敵戦艦を食い止められないかもしれない、と…。

 

「シャルンホルスト」の艦首が左に15度振られ、先の針路に戻る。

弾着修正によって、タ級戦艦の射弾は右舷側に逸れるはずだったが…。

敵弾は、狙い余さず「シャルンホルスト」を夾叉した。

直撃弾は無かったものの、凄まじい爆圧が突き上げ、崩れる水柱が驟雨のように甲板を叩く。

 

「馬鹿な!」

 

濛気が立ち込めて視界が悪くなる中、ラングスドルフは思わず叫んでいた。

いままでタ級戦艦はドイツ艦の回避運動に手を焼かされ、なかなか命中弾を得ることができなかった。

敵はこちらが回避する針路を予想し、的確に射弾を撃ち込んで来たのだ。

ラングスドルフの焦りは更に高まる。

 

だが、その時。見張員が奇妙な報告を上げた。

 

「爆音が聞こえます!」

 

「爆音?」

 

報告に、キッシンジャー航海長が聞き返す。

ラングスドルフは耳を澄ました。

たしかに、「プリンツ・オイゲン」や「シューア」の砲声の合間に、航空機の奏でるエンジン音が薄っすらと聞こえる。

 

「もしかして…」

 

ラングスドルフは左舷側の夜空を見上げた。

エンジン音は、徐々に高鳴る。一機や二機といった数ではない。最低五十機はいるであろう轟々たる音だった。

 

「対空レーダー反応あり。所属不明航空編隊、接近。数二隊。第一隊、方位350度、距離八浬。第二隊、方位340度、距離十二浬。両隊とも機数約三十!」

 

レーダー室から、早口で報告が上がる。

 

「来てくれたか!」

 

ラングスドフは歓喜した。

方位350度は、ラバウルやカビエンが位置している方向である。

ドイツ艦隊の苦戦を聞きつけ、攻撃隊が駆けつけてくれたのかもしれない。

 

(ラバウル、カビエンに対艦航空機はいなかった筈だが…)

 

少しの疑問をラングスドルフは感じたが、援軍ならなんでも良かった。

編隊はすぐさま姿を見せた。

頼もしい爆音を発しながら「シャルンホルスト」上空を左から右に通過し、敵戦艦に向かってゆく。

薄っすらと見えた機影から、双発機であることが辛うじてわかった。

 

「第一隊はモスキート。第二隊はソードフィッシュ!」

 

発射炎で機影が照らされたのだのだろう。

見張員が機種を見抜き、報告する。

 

「イギリス軍か…」

 

ぼそりと呟いた時、見張員が新たな情報を伝えた。

 

「日の丸を確認。モスキートは日本軍なり!」

 

 

 

 

 

第七十七話 独艦奮闘機動烈火海峡:中




大分長かったですが、楽しんでいただけましたかな?
次回決着です。

日製モスキートも登場します(陣山)

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