今、一話から七話までの改定作業を実施しています。
完了次第更新します。
ストーリーは変わりません。文章が一新されます。
1
「こいつの初陣が、まさか今日だとは…しかも相手は戦艦ときている」
第七五三航空隊飛行隊長の
「撃沈できたら大金星ですね。本機の実戦での有効性も証明できるはずです」
七五三空は、海軍航空隊大規模改称によって高雄海軍航空隊が名を変えた部隊である。それと同時に、「戦闘攻撃機」という今までにない機種を装備した新たな航空隊でもあった。
ーーー二式戦闘攻撃機「陣山」
盟邦英国にて開発された多用途双発軍用機ーーデ・ハビラント モスキートのライセンスを統合兵器局を介して取得し、日本の兵器工場にて生産した機体である。
モスキートのその特筆すべき性能は、一万メートル以上の高高度にて時速650キロ以上を発揮できる高速性と、一部を除いて機体の全てを木材にて製造している点だ。
日本国内では、軍用機の機体を形成するアルミニウムの原料となるボーキサイトがほとんど産出しないため、そのほとんどを輸入に頼っており、いざ戦争となると航空機の製造に支障をきたす可能性がある。
国内や大陸に大量にある木材を使用でき、かつ時速650キロ以上の多用途機を採用できれば、基地航空隊は大幅に強化できると海軍は考えたのだ。
モスキートのライセンス取得は、さほど難しいことではない。
ライセンス生産の打診は、英本国でも採用されていない1940年初頭に外務省を通じて送られ、日英防共協定の締結も手伝ってモスキートの採用は円滑に進むと、誰もが思っていた。
だが、ここで思わぬ障害が発生することになる。
障害ゆえ、和製モスキートと言える陣山は、純然たるモスキートではない。
当然日本軍に対応した設計変更が少なからずされており、英国製イスパノ二十ミリ機銃から日本製九九式二号二十ミリ機銃への換装、計基盤の日本語化、B型に存在しない雷撃能力の付与等が行われているが、もっとも大きな違いは、使用される木材が日本国内や南満州にて自生する湿気に強い木々…特に竹を多く使用していることだ。
モスキートは全木製という性質のため、南洋の高温多湿な環境には耐えられない。
対深海棲艦戦争の戦場は東南アジア、南太平洋の島々が主になると予想されるため、このまま採用すれば、機体腐敗に悩まされることになる。
そこで航空本部より考案されたのが「竹の使用」と、腐敗を防止する「防腐隊」を航空隊隷下に設けることだった。
竹は水を通さず、強靭で、細工が容易であり、機体の形成に最適である。
加えて新たな防腐剤を開発し、陣山の竹の腐敗を防止する。
機体再設計を担当した中島飛行機は航空本部の意向に従って竹製モスキートを完成させ、劣悪な環境下で竹の腐敗を抑えれるよう、陣山装備部隊指揮下に腐敗防止の専門部隊が複数編成された。
竹の使用と防腐の徹底管理。この二本柱で、陣山の問題解決を図ったのである。
予定では1941年の初旬頃には機種転換が進み、最初の部隊が航空戦隊に配備される予定であったが、問題解決のために一年以上の歳月が費やされ、実戦配備は1942年2月にまでずれ込んだ。
6月に至っても陣山を装備している部隊は七五三空と、新型機の実験等を担当する横須賀航空隊のみである。
それでも、高嶋率いる七五三空の陣山二十七機は、英独艦隊のラバウル防衛に間に合った。
戦線投入前、七五三空はパラオ、トラックにて四ヶ月間の訓練を実施しており、防腐剤の効果、機体の南洋での耐久など、規定基準をクリアしている。
後は、実戦における有効性を証明できれば、苦労してモスキートを軍籍に入れた甲斐があるというものだ。
高嶋は、去年に生起した二度にわたるルソン島航空攻撃や、少数機によるレーダーサイト破壊をやり切った功績を高く買われており、自らの航空隊に新型機「陣山」を預けられている。
階級も少佐から中佐へと昇進しており、上層部の自分への期待を伺うことができた。
その期待に応えるためには、陣山の初陣を勝利で飾ることだ。
攻撃目標は、高火力・機動力・防御力を高いレベルで両立させたタ級戦艦であり、相手にとって不足はない。
高嶋は、英国で生を受けた戦闘攻撃機「陣山」を手足のように操り、必ず勝ってやる…と闘志を露わにしていたが…。
「誘導機より信号。“我ラ、現着ス”」
高嶋機の前方を進む九七式大艇が、両翼端のオルジス信号灯を点滅させ、それを山上が読み取る。
九七式大艇はB17以上の巨大機であり、航続距離が長い。今回は、一機が七五三空をトラック諸島からラバウル上空にまで誘導する任務を帯びていた。
高嶋は操縦桿を握りながら、正面下方を見下ろした。
大艇の航法が正しければニューブリテン島と、か細いニューアイルランド島を見ることができるはずだが、下方は墨汁で塗りつぶしたような暗黒が広がっており、マッチ一本の光さえ見えない。
両島とも、深海棲艦の攻撃に備えて厳重な灯火管制を実施しているのだろう。
(どこだ、戦場は?)
高嶋は正面のみならず左右に目をやり、探す。
七五三空がトラックから南下している最中、山上がラバウルに展開する第十一航空艦隊司令部と交信を試みている。
その結果、人類側は英海軍と独海軍の二個艦隊が迎撃を試みていること、敵艦隊は戦力を二分しており、一隊が東から、もう一隊が南から攻めていることを把握している。
だが、発射炎や火災のような光は確認できない。
上空から見る限り、ビスマルク諸島は平和そのものだ。
「“高雄一番”より“高雄”全機。無線封止解除、高度三千へ上昇する。我に続け」
この高度からでは見晴らしが悪いのかもしれない。
そう考えた高嶋は、無線機に早口で命令した。
前方を進む巨鯨のような九七式大艇が高嶋機に先立って上昇を開始し、高嶋も操縦桿をゆっくりと手前に引く。
機首が緩やかな角度で上を向き、陣山は大艇を追って高度一千メートルから三千メートルを目指して上昇を開始した。
「第一中隊各機、後続します。第二中隊、上昇を開始」
山上がバックミラーを見て報告する。
夜光塗料を塗られた高度計の針は時計回りに回転し、陣山部隊が高度を稼いでいる事を示す。一分、二分と時が経つ。
陣山はもともと高高度での活動を想定して作られているため、高嶋の前の乗機である九六式陸攻や一式陸攻と比べ、上昇性能は高い。
目標を発見したのは三分後の、高度計の針が二千メートルぴったりを指した時だった。
「見つけた!」
左前の下方に、橙色の光を確認することができる。
この高度からでもわかるということは、かなりの規模のようだ。
光源が敵なのか味方なのかは判らないが、この状況で光っているものといえば、一つしかない。
「全機へ。左前方、目標発見。編隊、左20度へ旋回」
高嶋は、攻撃隊を左へ誘う。
最初に大艇、続いて高嶋機、高嶋直率の第一中隊八機、第二、三中隊の十八機という順で旋回した。
左前方に見えていた光点が正面に移動し、操縦桿を奥に傾ける。下り坂を駆け下りる勢いで、二十七機の陣山は稼いだ高度を下げてゆく。
誘導機として攻撃隊の一員となっていた九七式大艇は、吊光弾を投下する役割も兼ねているため、現高度のまま目標直上を目指して直進する。
光点との距離が詰まる中、高嶋はそれを凝視した。
光は、大きく分けて三つを確認することができる。二つの光が並行する形で東に向かっており、その後方に取り残されるように一つの光がとどまっていた。
恐らく、火災を起こしている艦艇同士が同航戦を戦っており、航行不能になった艦が落伍して後方に放置されているのだ。
時折。眩い閃光が海上に走り、双方の艦艇をハッキリと浮かび上がらせる。
戦闘は、依然続いている。
十一航艦からの情報によれば、南から攻撃を仕掛けた敵は戦艦一隻のみであり、ドイツ海軍の艦艇四隻が迎撃に当たっているという。
眼下に繰り広げられている戦闘は、恐らくそれだ。
高度を下げるに連れ、火災を起こしている艦、落伍している艦以外の二隻の姿も確認することができるようになる。
ドイツ艦隊四隻のうち、一隻が航行不能にされ、一隻が大火災を起こし、二隻が健在なようだ。
元凶たる敵戦艦は、その奥を東に進んでいる。
かなり大きな火災を背負っているが、弱っているようには見えない。
数十秒毎に発砲し、ドイツ艦に巨弾を叩き込んでいるようだ。
「全機へ、敵艦は奥。繰り返す。敵艦は奥。手前の四隻は友軍だ。味方に当てるなよ」
高嶋は部下に念を押した。
眼下の海戦は、西部太平洋海戦や第三次ルソン島沖海戦のような大規模なものではなく、目標たる敵艦は一隻のみである。
誤爆はまずないと思われるが、もしもドイツ艦を爆撃してしまえば、帝国海軍末代までの恥だ。
場合によっては、国際問題にまで発展するかもしれない。
失うものの多さを考えれば、念を押しすぎることはなかった。
高度計の針が五百を指した時、高嶋は操縦桿を水平に戻し始める。
浮遊感が徐々に消え、高度四百で二十七機は突撃に移った。
九七式大艇から投下された七、八個の吊光弾が点灯し、月光のような青白い光が巨大艦の姿を照らし出す。
火災と吊光弾の光で、目標は完全に海上にその姿をさらけ出していた。
「第一、第二中隊は敵艦の左前方。第三中隊は左後方から攻撃する。かかれ!」
その命令が高嶋の口からほとばしった刹那、攻撃隊は大きく二手に別れた。
攻撃隊は敵戦艦の左後方から迫る針路を描いていたため、第一、第二中隊は敵艦の前方に回り込む必要があるのだ。
両翼に搭載された熱田二二型発動機ーーーロールス ロイス・マーリン液冷エンジンが唸り、機体が巡航速度から最大速度の時速670キロに加速される。
加速度は、半端なものではない。
米軍のF4Fで時速515キロ、日本海軍主力艦戦である零戦が時速533キロ、同じ双発機である日本陸軍の屠龍が時速550キロなのを考えると、凄まじい速力である。
第一、第二中隊はドイツ艦隊の頭上を早々と通過し、敵戦艦の前方に出る。それを見計らって高嶋は編隊を右に旋回させ、敵戦艦の左前方から斬りかかる位置に陣山十八機を誘った。
一足早く、左後方からの攻撃を指示した第三中隊が攻撃を開始している。
敵戦艦の後部に小さい発射炎が複数走り、何条もの曳光弾が夜空を駆け抜ける。
一機が火箭に捉えられて火を噴くが、残りの八機は次々とタ級の頭上をよぎり、トラック諸島から遥々抱いてきた二発の
敵艦の後方左右に外れ弾の水柱が上がり、第三砲塔の上面や後部艦橋、艦尾に爆炎が沸き立つ。
計五回の閃光を確認したところで最後の陣山が通過し、第三中隊の攻撃は終了した。
(お次はこっちだ!)
高嶋が言葉を投げた刹那、タ級戦艦の左前方へ指向可能な対空火器が火を噴いた。
無数の火箭が真正面から迫り、高嶋機の上下左右に逸れてゆく。
一発が竹で作られた機体をかすめ、打撃音がこだました。
今度は高角砲も放っているようだ。重量感がある砲弾がよぎり、攻撃隊の至近で数発が炸裂する。
後方から、敵弾炸裂とは違う閃光が二度届き、やや遅れて破壊音が響き渡る。
誰の機体かわからないが、二機の陣山が撃墜されたようだ。
次いで高嶋機の右後方を続いていた陣山が被弾し、よろめきながら海面に滑り込む。
だが、三機を失った時には、攻撃隊は敵戦艦の至近にまで迫っていた。
高嶋は機首をタ級に向け、操縦桿に備え付けられた発射ボタンに力を込める。機首に集中して装備されている二十ミリ機関砲四門が徹甲弾を吐き出し、照準器の先に見えている巨艦の姿が二重三重にもぶれた。
発射ボタンを押しっぱなしにしながら、高嶋機は二発の二十五番を爆弾漕から切り離す。重量五百キロの荷物が投下され、機体が跳ね上がった。
高嶋機は、勢いを落とさないまま敵戦艦の頭上を飛び越える。
発射された二十ミリ弾は艦首から艦尾まで突き刺さり、無数の火花を散らせ、甲板やアンテナなどを傷つける。
二発の二十五番のうち、一発は左に逸れて敵艦右舷側の海面を抉ったが、一発は第二砲塔と艦橋の間に直撃した。
箱型艦橋の姿が爆炎によって見えなくなり、破片が舞い上がった。
射撃を続けていた機銃が沈黙し、タ級は一時的に対空能力を失う。
高嶋機に続いて第一中隊の各機も機銃弾を満遍なく撃ち込み、二十五番を叩きつける。
前部甲板につき刺さった二十五番は数秒後に炸裂して大穴を穿ち、高角砲や機銃を直撃した二十五番は跡形もなくそれらを吹き飛ばす。
主砲の天蓋に命中した爆弾は、分厚い装甲に阻まれて炸裂し、砲塔上に破片を飛び散らせる。
残存十五機の陣山が通過する間に、九発の命中が確認された。
七五三空は四機の陣山を失いながらも、合計十四発の二十五番を命中させたのだ。
だが…。
「これでも駄目か…!」
敵戦艦の火災は、空襲前の二倍以上に増えている。
だが、速力、主砲の発射間隔に違いはない。陣山が傷つけたのは表面的な部分のみであり、艦の奥底にある推進機関や、装甲に鎧われた主砲を破壊するには至らなかったのだ。
(もう少し積んで入れば、結果は変わったのか)
高嶋は出撃前の出来事に想いを馳せている。
七五三空に所属する陣山は全機が甲型であり、約九百キロの搭載力を持つ。載せようと思えば、あと一、二発二十五番を搭載することができたのだ。
だが、トラックからラバウルという長距離を飛行するためには搭載量を減らすほかない、という結論に至り、半分の爆弾で攻撃に挑んだのだ。
どうせラバウルに着陸するのだから、もう少し爆弾を搭載すれば良かったと悔やまれた。
「攻撃ご苦労。後は我々が引き継ぐ」
その時、雑音混じりの英語が無線機から飛び込んだ。
2
「シャルンホルスト」の艦上から、日本軍モスキートとイギリス軍ソードフィッシュの空襲をはっきりと見ることができた。
時間差で飛来した二つの攻撃隊は、モスキートが多数の爆弾を敵戦艦に叩きつけ、その直後にソードフィッシュが低空からの雷撃を敢行した。
モスキートの編隊は二つに別れ、一隊が後方から、もう一隊が前方から攻撃を仕掛ける。敵艦からは大量の火箭が放たれたが、少なくとも十発の爆弾が艦体に命中し、火災の量が今以上に増える。
モスキートが爆弾の投下を終えて飛び去った時、敵戦艦は砲撃を中止し、大きく左に転舵した。
艦上の火災が回頭に伴う風で揺らめき、艦首が東から北方向へと振られる。
敵戦艦は低空から近づくソードフィッシュを雷撃機だと見抜き、魚雷の回避にかかったのだ。
「ソードフィッシュ、超低空から突撃します!」
第一砲塔から発生する黒煙に遮られ、ラングスドルフ艦長はソードフィッシュの勇姿を見ることができない。
見張員の報告で、大まかな状況を理解するだけだ。
艦体を大きくうねらせながらも、タ級は雷撃を試みるソードフィッシュに射弾を浴びせる。
ドイツ艦隊との砲戦、モスキートの空襲によって多くの機銃が破壊されているのか、発射される火箭は少ない。
それでも、鈍足で防御力の低い複葉機であるソードフィッシュからすれば、大きな脅威だろう。
だが、雷撃隊に牙を剥いたのは、敵弾ではなかった。
「一機、海面に激突……また一機激突!」
見張員が苦痛染みた声を上げる。
ソードフィッシュは敵弾をかわそうと高度を下げるあまり、海面に接触してしまったようだ。
「ああ…また一機!」
(ロイヤル・ネイヴィーの意地か)
見張員の報告を聞いて、ラングスドルフは思った。
恐らく、ラバウルから飛来したソードフィッシュ隊は、今日の日没間際に敵艦隊に対して攻撃を実施した部隊だ。
攻撃後、母艦に帰れないと悟った彼らはラバウルに降り、再度の出撃に備えていたのだろう。
彼らからイギリス艦隊を通じて送られてきた電文を、ラングスドルフは良く覚えている。「戦艦一隻に魚雷数本を命中させ、撃破した」というものだ。
艦隊戦力で負けている人類側にとって何事にも代え難い快挙の筈だったが、それは誤認だった。
深海棲艦隊の戦艦は依然二隻とも健在であり、ドイツ艦隊はそのうちの一隻と交戦して大きな被害を受けている。
ソードフィッシュ隊の指揮官は誤認の尻拭いをするために、皆を奮起させ、複葉機という前大戦の遺産のような機体で雪辱を果たしに来たのだろう。
今度こそ…なんとしてでも魚雷を命中させる、という思いが強すぎるあまり、海面衝突という事故を起こしてしまったようだ。
それでもソードフィッシュ隊は高度を上げない。
射弾の下をくぐり抜けるようにして、敵戦艦に肉薄する。
三機目、四機目が海面に滑り込み、二機が敵弾を受けてバラバラに砕け散った。四散した破片が海面に水飛沫を上げ、その上空を生き残った僚機が駆け抜ける。
ドイツ艦隊にできることは無い。目標が回頭中では砲弾を命中させることはできないし、水柱が雷撃の邪魔になるかもしれない。
ただ沈黙し、戦況を見守るだけだ。
敵戦艦は艦首を北に向けても回頭をやめない。左へ、左へと周り続け、ソードフィッシュを撹乱する。
「“RK”、右一斉回頭!」
ラングスドルフは、大音響で命じた。
ソードフィッシュの雷撃でも撃破できなかった場合に備え、敵針路に対応した砲戦体制を維持しておくのである、
「面舵一杯。針路250度!」
キッシンジャー航海長が操舵室に指示を飛ばし、舵輪を握っている下士官は素早く右へ回す。
舵が効き始めるまでの一、二分。「シャルンホルスト」は二十八ノットで直進を続ける。
その間に、十五機前後のソードフィッシュは魚雷を投下している。
投下を終えた機体は超低空飛行を維持しながら、敵戦艦の左右を抜ける。
一機のソードフィッシュが魚雷を切り離した影響で高度が上がり、機首に機銃弾を食らった。
プロペラが吹き飛ばされ、飛び散った破片が上下二枚の主翼を容易く切り裂く。主翼を穴だらけにされて安定性を失い、よろめきながら海面に叩きつけられた。
もう一機は右主翼を数発の敵弾が貫通し、固定脚とラダーを吹き飛ばされる。
コントロールを失ったソードフィッシュは海面ではなく、タ級戦艦の舷側に激突し、粉々になった。
舷側は分厚い装甲に覆われているため、複葉機の衝突程度では傷つかない。バラバラになったソードフィッシュの機体と三名のパイロットは、虚しく海面にばら撒かれた。
その間「シャルンホルスト」は回頭を開始し、前方に見えていた「プリンツ・オイゲン」が左に流れ、正面に回頭中の敵戦艦が移動してくる。黒煙が取り除かれ、戦況を確認することができた。
「射点は最悪だが…」
ラングスドルフはソードフィッシュと敵戦艦を交互にを見つめた。
ソードフィッシュの動向から見て、魚雷を投下したのは間違いない。問題は、その射点だ。
タ級戦艦の艦首は南西を向いており、魚雷が到着した時には南を向いているだろう。
魚雷は真後ろから迫る形となり、被雷面積が小さくなってしまうのだ。
一本も命中しない…という可能性が、ラングスドルフの脳裏をよぎった。
ドイツ艦隊の三隻は針路250度に乗り、左前方に離脱する敵戦艦を望む位置関係に移った。
同時に隊列の順番が逆転し、「アドミラル・シューア」が前に、「プリンツ・オイゲン」が後方に来る。
「砲撃再開します」
グロックラー砲術長が報告した刹那、第二砲塔が発砲した。
敵戦艦との砲戦で生き残った主砲だが、二十八センチ砲三門の射撃は馬鹿にならない。
主砲の他にも、左舷側に並べられている十五センチ連装砲、同単装砲各二基が火を噴き、五十五口径の長砲身から矢継ぎ早に砲弾を叩き出す。
ソードフィッシュもモスキートも攻撃を終えたため、砲撃を加えても問題はないとグロックラーは判断したようだ。
「シャルンホルスト」に続いて、前方を進む「シューア」、後続する「プリンツ・オイゲン」も遅れじと艦砲に閃光を走らせる。
魚雷はまだ命中しない。
敵戦艦と魚雷が並走する形となっているため、相対速度が遅く、命中まで時間がかかってしまうのだ。
敵戦艦は左右を魚雷に挟まれているため、無闇に変針できない。ラバウルから離脱する方向ーーー南を向き、前進を続けている。
その前後左右に主砲弾、副砲弾が落下し、水柱を突き上げさせる。
一発の二十八センチ砲弾が後ろから前へ飛び越し、敵艦の針路を塞ぐような水柱を形成したと思えば、左右に二十センチ砲弾が落下して夾叉する。
十五センチ砲弾が、陣山によってズタズタにされた後部艦橋を直撃し、堆積物のように積み上がっていた破片を四散させる。
合計で二十センチ砲弾三発、十五センチ砲弾二発の命中が観測され、このまま敵艦が離脱して戦闘は終了か…とラングスドルフが思い始めた時。魚雷は命中した。
敵戦艦の艦尾に火柱がそそり立ち、タ級は大きく前のめる。
艦体が大きく振動し、間を空けて雷鳴のような炸裂音が轟いた。
「やったか⁉︎」
ソードフィッシュが魚雷を投下してから実に八分。
内部燃料が切れるギリギリだったに違いない。一本の魚雷が艦尾喫水線下に命中し、大きな被害を与えたのだ。
「敵艦、速力を大幅に低下!」
レーダー員が歓声を上げ、ラングスドルフは一本の魚雷が敵戦艦にもたらした惨状を悟った。
おそらく、被雷した箇所はスクリューだ。魚雷はスクリューシャフトをへし折るかプロペラを全損させ、推進力をゼロにしたのだ。
いかに三十ノットを発揮できるタ級でも、こうなってしまえば進む事もバックすることも出来ずに、海上に停止してしまう。
「敵艦、完全に停止。速力ゼロノット!」
一旦は開きかけた距離が、急速に近づき始める。
敵戦艦は足を失い、途方に暮れているように思えた。
「全艦、魚雷発射準備。相手は停船中だ。外すなよ」
ラングスドルフは勝利を確信し、下令した。
敵戦艦は、何発もの砲弾を喰らっても健在だった。トドメを刺すには、魚雷を命中させる必要がある。
幸い、「アドミラル・シューア」は四連装二基、「プリンツ・オイゲン」は三連装四基、「シャルンホルスト」は三連装二基の魚雷発射管を装備しており、三隻で五十三.三センチ魚雷十三本を片舷に向けて放つことができる。
敵戦艦が、最後の抵抗を試みる。
後部第三砲塔を繰り返し咆哮させ、三発ずつの四十センチ砲弾を「シューア」に叩き込む。
だが、精度は高くない。三発とも検討外れの海面を叩き、水柱の姿は闇に消える。
それは、第一砲塔、第二砲塔が加わっても同じだ。
発射された砲弾がドイツ艦をえぐることも、爆圧が艦底を築き上げることもない。今までの猛威を振るっていた四十センチ砲の面影はなく、著しく正確さを欠いている。
当てずっぽうに撃っているようにしか思えなかった。
モスキートの叩きつけた大量の爆弾が、射撃に不可欠な射撃管制レーダーや測距儀を傷つけ、射撃中枢を破壊したのだろう。
今やタ級の戦艦は走攻守のうち、「攻」と「走」を抜き取られている。「守」にしても回避運動が封じられている中で、耐えられるともおもえない
三隻は、停止しているタ級戦艦の右舷側を後ろから前へ追い越す針路を描いており、「シューア」がタ級の右正横に差し掛かっている。
敵艦との距離は五千に満たず、しかも停船している。魚雷を外す道理はなかった。
「チェックメイトだ。深き海の戦艦よ」
ラングスドリフは小さく呟き、全艦に指示を出した。
各艦の艦上に圧搾空気の音が響き、魚雷十三本が海中に放たれる。
やがて、敵戦艦の舷側に何本もの水柱がそそり立った。
海上に轟く炸裂音が、タ級戦艦の断末魔のように聞こえた。
第七十八話 独艦奮闘機動烈火海峡:下
ラバウル防衛成功!
感想待ってます、