南洋海戦物語〜人類の勇戦譚〜   作:イカ大王

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二度目のガ島航空攻撃です。



ちなみにTwitter始めました→@9bpJMAQfYUT8Ccb


第八十話 He111と陣山夜戦

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ガダルカナル島への二度目の攻撃は、夜間だった。

 

「現在位置、ラバウルから四百九十浬。ルンガまで三十五浬。飛行場姫よりの方位300度。目標上空まで約十五分」

 

第二航空集団隷下ドイツ空軍第四十二爆撃航空団(K G 4 2)のハインケルHe111で航法士と機首旋回機銃手を兼任するレオン・カウフマン少尉は、作業灯で照らされたチャートを見ながら報告した。

 

「“ラガー1”より全機。無線封止解除。エスペランス岬上空から突入する。高度四百、続け」

 

カウフマンの報告を聞いたKG42飛行隊長のヨーゼフ・フォイルナー中佐は部下の機体に命令し、操縦桿をゆっくりと奥に倒した。

He111群は二千メートルから四百メートルに高度を落とすため、降下を開始する。

ガダルカナルには深海棲艦の対空レーダーが設置されていると予想されるため、高度を下げ、なるべくそれにかからないようにするのだ。

距離三十五浬は、集団司令部で予想された敵レーダーの最大探知距離だった。

攻撃隊の機数は六十二機。本部小隊の四機と、第一飛行隊(Ⅰ/K G 4 2)第二飛行隊(Ⅱ/K G 4 2)の五十八機にて構成されている。

これらの他にも、護衛として日本海軍の陣山乙型(夜間戦闘機型)十八機が付き添っていたが、詳しい所在は分からなかった。

カウフマン少尉は、He111が高度を下げるに連れて漆黒の海面がせり上がってくることに若干の恐怖を感じた。

He111は現時点におけるドイツ空軍の主力爆撃機であり、二基のエンジンに挟まれた機首は、昆虫の複眼のように全体がガラス張りになっている。

ラバウルのラポポ飛行場やカラヴァド飛行場でよく見る一式陸攻や、ポートモレスビーに展開しているB17のように一段上がってコクピットがあるわけではない。空気抵抗を最小限にするために機首から尾部までを段差なく設計されており、巨大なガラス張りの機首がコクピットと爆撃手席、機首機銃を兼任しているのだ。

機首の視界はとても広く、せり上がってくる海面も視界のほとんどを占める。

もしもパイロットが少しでも操縦を誤ればそのまま海面に叩きつけられ、自身の肉体が粉砕されるかもしれない…。

カウフマンにはそのような不安感があったが、フォイルナー中佐は的確な操縦でHe111を操り、高度四百メートルで水平飛行に移った。

 

フォイルナーは予定を通り、ガダルカナル島の西岸から低空飛行で島上空に突入するようだ。

ガダルカナル島は東西に長く、東端を南に、西端を北にそれぞれ折り曲げた形をしている。

目標たるルンガ飛行場姫は西寄りの北岸に位置しており、西端であるエスペランス岬から島上空に侵入すれば、最短距離で飛行場姫に取り付くことができるのだ。

 

(夜間爆撃なら、この戦況を打破できるかもしれん)

 

カウフマンは、出撃前に受けた航空団司令ベルンハルト・フォン・アウフマー大佐の訓示を思い出している。

大佐は昼間にガダルカナル島を攻撃した戦略爆撃機兵団の重爆隊が未知の新型機によって大きな被害を受けたこと、それらがルンガ飛行場姫に与えた被害が僅少であること、君達らの技量と夜間爆撃という戦法を用いれば、飛行場姫を完全破壊することは決して不可能ではないことを伝え、搭乗員の奮起を促した。

統合航空軍のルンガへの攻撃は、初日からつまずきを見せている。

KG42は敵機の迎撃を受けない夜間に大量の中型爆撃機を突入させ、完全破壊に至らぬまでも、一、二週間は使用不能にさせることが求められていた。

六十二機のHe111は、本部小隊とⅠ/KG42の三十二機を前衛、Ⅱ/KG42の三十機を後衛に配し、二段構えの編隊で高度四百の空域を進む。

カウフマンは航法士としてチャートに航路を書き込みつつ、機首機銃手として七.六二ミリMG81機関銃の銃把を握る。威力不足として順次二十ミリMG・FF機関砲に置き換わりつつあった機首機銃だが、換装が間に合わず、従来と同じ機銃で今回の作戦に挑んでいた。

KG42の攻撃隊は、平穏な飛行を続ける。

はぐれ機が出ることも、操縦をミスって海面に衝突することもない。日本軍夜間戦闘機の位置が不明な事を除けば、概ね予定通りの行軍だった。

だが、パヴヴ島を飛び越え、左前方にサボ島が、正面にガダルカナル島がぼんやりと見え始めた頃、異変は起きた。

He111の発するエンジン音に別の音が重なっている…と感じた刹那、闇夜の一点から真っ赤な火箭がほとばしり、発射された射弾が右前方を進むハンス・ホレーベンⅠ/KG42隊長のHe111に突き刺さった。

 

「何⁉︎」

 

のっぺりとした主翼、段差のない涙滴型の胴体が暗闇に浮かび上がり、右エンジンが火焔をしぶかせる。

推力の半分を失った機体は大きく傾き、高度が低いことも相まって、短時間で海面に叩きつけられた。

被弾墜落の一部始終を目撃した搭乗員らが愕然とする中、二機目が被弾する。

Ⅰ/KG42隊長機と同様。夜空の一点から真っ赤な機銃弾が放たれ、後方を進んでいたHe111に命中する。その機体は燃料タンクに受けたのか、一際目立つ閃光が闇夜を貫き、ばらばらに砕け散った。

続けざまに二機が墜される中、頭上の星々の光を遮り、球体の形をした何かが高速で本部小隊を飛び越えた。

 

「夜間戦闘機!」

 

「 “ラガー1”より全機、敵の夜戦だ!」

 

カウフマンは敵の正体を見抜き、それを聞いたフォイルナーが部下に警告を発する。

今まで雷装のオスカーが夜間攻撃を実施したことはあったが、夜間に戦闘機が出現したことはなかった。深海棲艦の航空部隊も人類と同じく、夜間は不活発だったのだ。

だが、深海棲艦は夜間でも空戦を行える戦闘機を開発し、多数をガダルカナル島に送り込んでいた。夜のガダルカナルは、夜間戦闘機が跋扈する危険な空域に変わってしまったのだ。

 

(まさか…敵の新型機が?)

 

カウフマンの脳裏に、日中B17を苦しめた球状敵戦闘機の姿がよぎった。

暗闇で良く見えなかったが、敵機の輪郭は球状だった気がする。敵新型機が、夜戦の能力も持っているのかもしれない。

だが敵の正体が判明しても、攻撃隊に為す術はない。

He111にレーダー照準式旋回機銃などという代物は搭載されておらず、照準は肉眼が頼りだ。

夜間に迫りくる敵機は視認することができず、回避も難しいだろう。

そんな中。三機目、四機目が被弾して海面に激突し、後方のⅡ/KG42でも被弾機が続出する。

各機の銃座は恐怖心に駆られ、夜空に撃ちまくる。

無数の曳光弾が星空をバッグにいくつもの道筋を示し、大量の七.六二ミリ弾がばら撒かれる。

敵機の姿は目に見えないため、手当たり次第に弾幕を張っているのだ。

それが夜戦を捉えることはほとんどない。

逆に敵夜戦はHe111の姿を的確に補足し、暗闇から破壊力のある機銃弾を放ってくる。機上レーダーを装備しているのかわからないが、無慈悲で確実だ。

一機、また一機と火を噴き、ガダルカナル島に到達する前に墜とされてゆく。

敵はHe111よりも速度、機動力共に上であり、姿が見えず、逆にKG42は敵に丸見え…という状態がよほど操縦士の心理に堪えたのだろう。回避運動を行う機体が増え、編隊が乱れる。

 

「“ピルスナー”全機、編隊を崩すな!」

 

Ⅱ/KG42隊長であるフリッツ・ベルンシュタイン少佐の怒号が無線機に響くが、回避は止まらない。編隊の密度は薄くなり、前後左右に伸びる。

 

「くそ、くそったれ!なんなんだよ!」

 

カウフマンは尉官にあるまじき罵声を吐きながら、MG81の銃口を振り回して乱射する。MGシリーズは発射速度が速く、数秒の射撃でも数を揃えれば濃密な弾幕を形成できる。

だが、ただ闇雲に撃っているだけでは、高性能なはずの連射音も虚しく響くだけだった。

カウフマンは視野の広い機首にいるものの、敵機を視認することはできない。発射炎や星を遮る影、敵の飛行音を感じ取り、勘で大まかな位置に放つだけだ。

「攻撃されても、反撃をすることができない」という戦況が、五分以上続く。ルンガは決して遠くないはずだが、ルンガとHe111群との間には数字では測れない途方もない隔たりがあるように思えた。

 

「“ラガー4”被弾!“ヴァイス9”、“ヴァイス17”被弾!」

 

副操縦士兼KG42副官ののハインツ・ヴィーラー大尉が、悲痛な声で報告する。

本部小隊四番機を含む三機が新たに被弾し、十五名の優秀な航空兵が命を散らしたのだ。

唯一の救いは敵夜戦の数が思ったよりも少ないことだが、十機以上のHe111が撃墜されている中で、喜ぶ材料にはならない、

 

「全機、島上空までもう少しだ。頑張れ!」

 

絶望的な状態だが、フォイルナーは諦めていない。

部下の機体に声援を送り、自機を最大速度の400キロでルンガに向けて突撃させる。

言葉の裏腹には、なんとしても投弾する…という強い意志を感じることができた。

だが、被弾機は増える一方だ。

とあるHe111は機首から左主翼の付け根にかけて敵弾を喰らい、コクピットを潰され、主翼はちぎれ飛んだ。安定と操縦士を失った機体はくるくると回転しながら高度を下げ、ガダルカナル島の西側沿岸部に叩きつけられて粉砕される。

ほとんど同時にもう一機が被弾し、空中分解を起こしてエスペランス岬に無数のジュラルミン片をばら撒く。

後続機でも、被弾機が相次ぐ。

 

率先してガダルカナル島上空に侵入したフォイルナー機にも、正面から機影が迫った。

He111とは違う音色のエンジン音が轟き、星々の光を影が遮った。

それに対してカウフマンはMG81を放とうとしたが、寸前で思いとどまる。

敵機だと思っていた機体に発射炎が閃らめいた瞬間、光で形状が浮かび上がり、双発機だということに気づいたのだ。

双発機の機首から放たれた射弾の束は、フォイルナー機の頭上を通過し、後方から接近していた敵機に吸い込まれる。

多数の二十ミリ弾を喰らった敵機は火焔に包まれ、フォイルナー機を追い越してガダルカナルのジャングルに墜落した。

だった今敵機を撃墜した人類の双発夜間戦闘機は、頼もしいレシプロ・エンジン音を轟かせながらカウフマンの頭上を通過し、新たな敵機を求めて上昇してゆく。

 

「ジンザン!」

 

意図せず、カウフマンの口からその言葉が突いて出た。

ドイツ人にとってかなり奇妙な発音だが、この上なく頼もしい名前に聞こえた。

突然救援に出現した二十機近い陣山乙型(夜間戦闘機型)は、He111群とすれ違い、敵機に斬りかかってゆく。

 

「助かった。助かった!」

 

「やれ!やっちまえ!」

 

「行け、深海の航空機どもを叩き墜とせ!」

 

窮地に陥っていたHe111のパイロット達は、思いがけない援軍に安堵し、そして和製モスキートに声援を送る。

カウフマンからは一機しか見えなかったが、敵夜戦は陣山乙型による初撃で三機を失い、残りの十一機は攻撃回避のためにHe111群から引き剥がされる。

陣山乙型は、機首のドームの中に搭載した前方五千メートルの探知範囲を持つMk. VIII機載レーダーを駆使し、暗闇というヴェールのその先に存在する敵に対して挑んでゆく。

夜間戦闘機同士の戦いでは、ドッグファイトなどの機動力に物を言わせた空中戦は発生しない。

レーダーが探知した敵機に対して、射弾を叩き込むだけだ。

カウフマンはバックミラーを見やり、He111群の後ろ上方で火箭が飛び交う様を見る。

夜戦仕様の和製モスキートと球状の敵夜戦が交戦しているが、どの交戦空域でも、規模は小さい。彼我共に同士討ちを警戒しているようだ。

攻撃隊は最大の脅威であった敵夜戦の攻撃を回避した。あとは対空砲火を突破し、飛行場姫に投弾するだけだ。

だが、攻撃隊を阻む敵はまだ残っている。

 

「“ラガー2”より全機。正面に敵飛行場!」

 

本部小隊二番機から目標発見の報が飛び込んだ刹那、地上からいくつもの光芒が夜空に向かって放たれた。

一条がフォイルナー機を捉え、カウフマンは眼下から駆け上がる光量に思わず顔をしかめた。

次の瞬間、多数の高射砲が火を噴き、フォイルナー機の周囲に稲光のようにして敵弾が炸裂する。

機体が爆風に煽られ、軋み、破片が当たったのか甲高い音が機内に響く。

フォイルナーは操縦桿を左に倒し、探照灯の光から脱出しようと試みるが、光芒はフォイルナー気に追随し、離さない。

光芒に照らされたのはカウフマンのHe111だけではない。十二、三機が地上の探照灯に捕捉され、夜空にその姿を浮かび上がらせる。

ルンガ飛行場姫には夜間対空射撃用の探照灯が多数配備され、高射砲と共に攻撃隊を待ち受けていたようだ。

夜空にさらけ出されたHe111に対して、飛行場姫周辺の高射砲陣地から精度の高い射弾が次々と撃ち上げられる。

He111は右に左にと照射範囲から出ようともがくが、探照灯に捕捉され続け、至近距離で高射砲弾の炸裂を受ける。

爆圧と弾子によって切り刻まれ、暗闇で四散して破片の一つ一つが白煙を引いてガダルカナルの大地に降り注ぐ。

ばっさりと片方の主翼を離断され、きりもみ状態になるHe111や、飛びっ散った鋭い破片によってガラス張りの機首を叩き割られ、操縦士を失って真っ逆さまに落下するHe111もいる。

だが、四十機以上のもの爆撃機を高射砲のみによって撃退することはできない。

各機では爆弾槽が開き、爆撃手が照準器を覗いて調節に入る。

やがて…。

 

「“ラガー”、“ヴァイス”、投下始め!」

 

フォイルナーが無線機に叫び、各爆撃手は投下ボタンに添えた親指に力を込める。

He111の機体が、小刻みに上下に揺れ始めた。遥々抱いてきた二五〇キロ爆弾八発を二発ずつ四回に分けて投下しているのだ。

He111は爆弾を先端を上、尾部を下にして搭載している。投下される瞬間に自重で先端が下を向くため、やや特殊な振動が機体を揺らすのだ。

 

「全機、全弾投下完了」

 

「“ピルスナー”投下完了」

 

副官のヴィーラーと、後続の編隊を指揮するベルンシュタイン少佐の報告が続けざまに上がる。

“ラガー”、“ヴァイス”こと本部小隊とⅠ/KG42の残存二十四機。“ピルスナー”ことⅡ/KG42の残存二十三機。計四十七機のHe111が、合計三百七十六発の二五〇キロ爆弾を投下したのだ。

低空からの水平爆撃だったことや、敵探照灯の妨害があったことを考えれば相当ばらけてしまったと思われるが、最低五十発は滑走路を直撃しているだろう。

完全破壊には届かないものの、数日は使用不能に陥れることに成功したのだった

 

 

 

第八十話 He111と陣山夜戦





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