南洋海戦物語〜人類の勇戦譚〜   作:イカ大王

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この世界の太平洋戦争も、史実と同様にガダルカナルの戦いに身を投じていきます。



第八十一話 次の一手

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「ガダルカナル…」

 

人類統合軍南太平洋方面艦隊司令官のジェームズ・ソマーヴィル英軍中将は机上の海図に視線を落とした。

視線は、引いても飛行場姫の存在を示す黒い飛行機型の駒を置かれたガダルカナル島北部に向いている。

場所は会議室。ラバウル港湾施設のビルを接収し、艦隊司令部の庁舎として使用している。

室内では南太平洋艦隊を構成する英軍H部隊、日本軍第八艦隊、米軍オセアニア艦隊から輩出された司令官、参謀、統合航空軍の主要幕僚が机を囲んでいた。

 

「ガダルカナルのルンガ飛行場姫は、予想以上に頑強です」

 

第二航空集団(2 A D)と第十一航空艦隊の参謀長を兼任している酒巻宗孝(さかまきむねたか)大佐が、会議の火蓋を切った。

酒巻の言葉を聞いて、一同の視線がガダルカナルに集中する。

ガダルカナル島のルンガ飛行場姫には、先月19日に行ったB17の昼間爆撃とHe111の夜間爆撃を皮切りに、今日ーーー7月13日までに大小十七回の航空攻撃を実施している。

戦略爆撃機兵団(S B A C)のB17や英空軍のアブロ・ランカスター、ビッカース・ウェリントンと言った重爆撃機が昼間、2ADの一式陸攻や、陣山、He111などの高速中型爆撃機が夜間を担当し、二日に一回、多い時には一日二回の爆撃を加え、ルンガ飛行場姫を叩いた。

総出撃機数は九百八十二機。“KD”作戦参加の機数が五百機ほどだったことを考えると、飛行場姫にはその倍近い爆弾を投下したことになる。

初日のB17とHe111の攻撃は一定の成果を上げ、ラバウルや、新たに拠点となったブーゲンビル島ブイン、ショートランド泊地への空爆を一週間ほど停止させることに成功した。

2ADとSBAC司令部は早期に飛行場姫を沈黙させる好機と考え、修復を妨害する爆撃を数回実施した。

だが、ルンガは防衛体制も修復能力も、予想を遥かに上回っていた。

初日に与えた損害は一週間程で修復され、飛行場姫は対空レーダーを組み込んだ強力な防空体制を形成したのだ。

昼間、夜間問わず、ーーー日本軍が丙型戦闘機、米英軍が「フランク」と名付けたーーー強力な球状の新型戦闘機が爆撃隊を迎撃し、飛行場姫に取り付く前に多数が撃墜される。滑走路上空に躍り出しでも、多数の高射砲に狙い撃ちにされ、投下する爆弾を抱いたまま多数が墜される。

所属爆撃機は、瞬く間に数を減らして行った。

統合航空軍も手をこまねいていたわけではない。

昼間爆撃には足の長いP38“ライトニング”や零式艦上戦闘機を、夜間には機上レーダーを搭載した陣山乙型を護衛戦闘機として付けると共に、レーダーに探知されにくい低空からの攻撃や、少数機による敵レーダーサイトの破壊作戦などが立案、決行された。

だが、それらは大した効果を発揮しなかった。

ラバウル〜ガダルカナルは五二〇浬もの隔たりがあり、護衛戦闘機のパイロットは長時間におよぶ飛行に疲弊し、空戦空域で十分な働きをできなかったのだ。

深海棲艦はガダルカナル島の高地にレーダーサイトを設け、低空から近づく航空機にも目を光らせていた。加えて去年の戦訓を生かし、常時戦闘機を空中に滞空させているのだ。

統合航空軍は完璧な防備を固めた敵拠点にいたずらに航空攻撃を実施し、二百機以上の航空機を撃墜、又は激しい損傷で失っている。

このまま攻撃を続けていれば、航空兵力…特に優秀なパイロットの大消耗につながってしまう、そう言って、酒巻は説明を締めくくった。

 

「ルンガの制圧は急務です。誠に遺憾ではありますが、既存の航空兵力でガダルカナルの制空権を確保することはできません。統合艦隊の力をお借りしたい…」

 

2AD司令官の草鹿任一(くさかじんいち)中将が、項垂れながら言った。

軍人の務めは、与えられた兵力のみで作戦目標を達成することにあるが、草鹿はそれはできません、無理ですと自ら宣言したのだ。しざる負えなかったのだ。

胸中では不甲斐ない気持ちで一杯なのだろう。

 

「統合航空軍の苦しい立場は理解しました。我々としても、“FS”作戦の遂行に責任を負っている立場です。できる限りの対処は致しましょう」

 

ソマーヴィルは落ち着いた声で答えた。

“FS”作戦は日程の遅れをきたしている。その責任はガダルカナルは早急に制圧できなかった航空軍にあるのだろうが、だからと言って糾弾する気にはなれなかった。

 

「ルンガ飛行場姫を無力化する術は、今のところ二つあります」

 

ソマーヴィルが口を閉じると、待っていましたとばかりに第八艦隊参謀長の大西新蔵(おおにししんぞう)大佐が発言した。

 

「基地航空隊での攻撃は ルンガの防空体制によって封じ込められたので、残りは一つです」

 

立ち上がり、指揮棒でガダルカナル島を指した。

 

「ルンガ飛行場姫はガダルカナル島北岸、フロリダ島の対岸に当たります。五キロも内陸に入っておらず、戦艦の艦砲ならば十分射程距離に入ります。戦艦の二十八センチ以上の砲ならば、滑走路を破壊することはさほど難しいことではありません」

 

大西は、ガダルカナル島とフロリダ島の間の海域に水上艦隊を突入させ、艦砲によって飛行場姫を覆滅しようと言っているのだ。

戦艦は、火力が大きい。少数の艦隊でも艦砲射撃に成功すれば、重爆何百機分といった打撃を与えることができる。

数百発の大口径砲弾を撃ち込まれれば、航空攻撃に耐えたルンガ飛行場姫でも沈黙に追い込める。

そのように、大西は説明した。

 

「敵の戦法に習うのは、危険が大きいのではないでは?ミスター・オオニシ」

 

異議を唱えたのは、オセアニア艦隊から輩出されているカーディス・フルマー作戦参謀だった。

フルマーは大西を見やり、言葉を続ける。

 

「貴官が言った作戦は、先月のニューアイルランド島沖海戦で深海棲艦が行った戦法と同じです。敵も飛行場を艦砲で叩かれる危険は理解しているでしょうし、防衛策も用意しているはずです。砲戦艦隊をルンガ沖に突入させても、迎撃を受けて終わりです。あまつさえ、貴重な戦力を失う可能性もある」

 

「フルマー参謀に賛成です。もしも水上砲戦部隊がガダルカナルに突入する前にルンガ飛行場姫に捕捉されれば、早ければ早いほど、苛烈な空襲に晒されます。仮にそれをしのいでも、強力な敵艦隊が待ち受けているがもしれません。そうなれば部隊は艦隊戦に忙殺され、艦砲射撃は実施できません」

 

フルマーと、H部隊から参加しているエイマーズ・シリル航空参謀の二人からの異議を受けて大西は少したちろいだが、素早く反論する。

 

「艦隊を全て三十ノット以上を発揮できる艦艇で編成すれば、日が登らないうちに空襲圏を突破できます。帰路は飛行場姫は破壊されているため、空襲を受ける危険はありません」

 

「敵艦隊がルンガ沖に張り付いている場合はどうするのです?深海棲艦に『これから攻撃するからそこをどけ』と打電するのですか?」

 

シリルが英国人らしい皮肉で返すが、大西はぴくりと瞼を動かすだけで怒鳴ったりはしなかった。

 

「その場合は、彼我の戦力を考慮して現場指揮官が敵艦隊を打ち破るか撤退するかを判断すれば良い」

 

第八艦隊司令官の三川軍一(みかわぐんいち)少将が切り口上で言い、ソマーヴィルに顔を向けた。

 

「ミスター・ソマーヴィル。ガダルカナル島制圧は、急を要します。ルンガを陥とす方法は他にも幾つかありますが、南太平洋艦隊が明日にでも実施可能な作戦は、これしかありません」

 

「ふむ」

 

ソマーヴィルは思案顔になり、首をひねる。

ルンガ飛行場を艦砲にて直接叩ければ、確かに大打撃を与えることが可能だが、同時に危険も大きい。

突入部隊がガダルカナル島沖で大損害を被れば、航行不能になった艦や沈没艦の乗組員は放置せざるおえない。ニューアイルランド島沖海戦の戦場は人類の支配領域だったため乗組員の救出や大破艦の曳航は容易だったが、敵地ではそれが不可能なのだ。

加えて滑走路を少しでも見逃せば、艦隊は帰路で空襲に晒される。

深海棲艦との戦争が今後激化していくと予想される現在、大型艦艇の喪失は避けたかったが…。

 

「戦争に賭けの要素は付き物だ。大型艦を中心とした艦隊の突入作戦を決行する」

 

ソマーヴィルは意を決した。

 

「司令がご決断された。異論はないな?」

 

三川が会議室を見渡す。フルマー、シリルを含め、異議を申し立てる参謀は一人もいない。

 

「さて、決断が決まった今。参加兵力ですが…」

 

H部隊参謀長のエドワード・ケイネス大佐が取りまとめるように言い、一同の目が壁に貼られている編成表に向く。

南太平洋艦隊はH部隊、第八艦隊、オセアニア艦隊を一つの司令部が指揮する統合部隊であり、H部隊隷下には巡戦「フッド」、キング・ジョージ五世級戦艦の二、三番艦である「プリンス・オブ・ウェールズ」「デューク・オブ・ヨーク」、サウサンプトン級とリアンダー級の軽巡六隻、駆逐艦十五隻が、第八艦隊には第一艦隊から一時的に借りている第二戦隊の戦艦「陸奥」「伊勢」「日向」と、司令部直属艦の重巡「鳥海」、第七戦隊の最上型軽巡三隻、第三水雷戦隊の軽巡一隻、駆逐十二隻が、オセアニア艦隊からは第六十七任務部隊(T F 6 7)の重巡六隻、駆逐艦八隻が、それぞれ隷属している。

総兵力は戦艦六隻、巡洋艦十七隻、駆逐艦三十五隻であり、一大艦隊と言えるが、あるものが欠けていた。

 

「足らんな」

 

「足りませんね」

 

一通り編成表を見やり、ソマーヴィルと三川は顔を見合わせた。

三十ノットを発揮できる戦艦が、「フッド」しかいない。

日本戦艦の三隻は最大二十五ノット、比較的快速なキング・ジョージ五世級戦艦も、機関を振り絞っても二十八ノットが限界だ。

日英の戦艦とも、三十ノットには一歩及ばない。

これらの戦艦で作戦を強行した場合、夜間中に敵空襲圏を突破出来ず、熾烈な空襲に合うかもしれなかった。

 

「一隻の巡戦で、広大なルンガを破壊し尽くせるかな?」

 

ソマーヴィルが独り言ちるように呟いた。

ルンガ飛行場姫の航空写真は何度も見てきたが、極東クラーク・フィールド飛行場や日本軍最大の台湾航空基地に劣らない面積を誇っている。

それらを破壊し尽くすためには、滑走路などの設備に碁盤の目のように砲弾を撃ち込まねばならない。

三十八センチ砲を八門搭載し、ビッグセブンにも迫る火力を持つ「フッド」といえど、荷が重いのは明らかだった。

 

「今までの戦闘で、戦艦が航空機に撃沈された事例はありません。少々強引でも、低速戦艦二、三隻を中心とした艦隊ならば空襲を凌ぐことは可能だと考えます。例えば、我々第八艦隊には四十センチ砲を装備した『陸奥』と伊勢型二隻がいますが、これらに援護戦闘機さえ付けて頂ければ、艦隊の防空力、戦艦の防御力で強行突破できます」

 

第八艦隊参謀の神重徳(かみしげのり)中佐が力説するように言った。

自らの艦隊に「陸奥」を含めた高火力戦艦三隻を加えられているため、気が大きくなっている様子だった。

 

「戦艦のタフさを過信してはいけません。航空機は戦艦を撃沈することはできないかもしれませんが、致命傷を与えることはできます。魚雷が一本でも命中したら、射撃角が狂って正確な射撃はできませんし、爆弾が測距儀や光学照準器を破壊すれば、それこそ艦砲射撃は実施不能になってしまいます。敵地への奇襲を立案している今、ここは慎重に動くべきです」

 

TF67で航空参謀を務めているピーター・フィッシャー中佐が、慎重論を唱える。

 

「貴国には、コンゴウ・タイプなる高速戦艦が保有しています。それを二隻ほど借りることはできないでしょうか?」

 

ケイネスが大西に問う。

金剛型は、日本海軍が英国に最後に注文した巡洋戦艦である。近代化改装によって戦艦に艦種変更されたが高速性は失われておらず、「高速」の二文字が戦艦の前に入る。

英国人であるケイネスとしても、親しみのある艦だ。

 

「それは…」

 

大西は口ごもる。

金剛型戦艦の四隻は第三戦隊と第十二戦隊を編成し、それぞれ空母機動部隊である第一航空艦隊と第二航空艦隊に配備されている。

従来は二隻が一航艦、もう二隻が第二艦隊に配備されており、それならば第二艦隊にガ島艦砲射撃を要請すればよかったが、翔鶴型正規空母の三、四番艦が竣工したため、新たに編成された航空艦隊の護衛艦艇が必要になり、第二艦隊から引き抜かれたのだ。

戦艦は甲板面積が広く、対空火器のプラットホームとして有効なことに加え、空母が水上砲戦部隊に襲われた際の最後の盾になる。

戦艦が引き抜かれた第二艦隊には、新たに今年二月に竣工した最新鋭巡洋戦艦が配備される予定だったが、それらは未だに慣熟訓練を完了していなかった。

 

「そうですか…残念です」

 

大西がその旨を伝えると、ケイネスは残念そうに言った。

 

「必ずしも、戦艦である必要はありますまい」

 

議論に嫌気が刺したような声が、会議室に響く。

今まで口を閉じていたオセアニア艦隊司令兼TF67司令のダニエル・J・キャラハン少将の声だった。

 

「ご存知の通り、我が艦隊は重巡六隻を有しています。個艦の火力は戦艦には及びませんが、最大速度が三十ノット以上であること加え、数も六隻と多い。手数が多いから、戦艦一、二隻より効果的、かつ広範囲に砲弾の雨を降らせることができます。TF67なら、空襲圏を突破してルンガを徹底的に叩くことは十分可能です」

 

巡洋艦に限った場合、軽巡が巡洋艦戦隊の主力であるH部隊、第八艦隊と比べて、TF67の戦力は秀でている。

重巡といえど六隻を数えれば、ルンガ飛行場姫を覆滅できると思えた。

 

「敵艦隊に戦艦がいた場合はどうする。ル級一隻でも厳しい戦いになるぞ」

 

「昼戦ならともかく、夜戦なら巡洋艦部隊でも勝機はあります。ご安心ください。敵艦隊に戦艦が三、四隻いた場合は無駄な戦いを避け、撤退するつもりです」

 

三川は戦艦出現の危険性を示唆したが、キャラハンの説明を聞いて数分前に自らが言った言葉を思い出した。

三川が言った言葉は、「彼我の戦力を考慮して現場指揮官が敵艦隊を打ち破るか撤退するかを判断すれば良い」だった。

 

「現在、TF67はガダルカナルに最も近いショートランド泊地展開しています。調整が終わり次第、すぐにでも出撃できます」

 

「それは、こちらとしても助かります」

 

第六十四任務部隊第二群(T G 6 4 . 2)司令のノーマン・スコット大佐が言うと、すぐに肯定の声が上がった。

オーストラリア軍団第二方面軍から連絡将校として南太平洋艦隊司令部に参加しているパーシー・カークス英陸軍中佐である。

白や青、紺色の制服が目立つ会議室で、一人だけ暗緑色の制服を身に纏っており、制帽ではなくベレー帽を机上に置いている。

 

「オーストラリア大陸の深海棲艦B軍集団は、日に日に攻勢色を強めております。シドニーを巡って何十回もの戦車戦、航空戦が生起しており、我が軍は苦戦続きです。“FS”作戦が一日も早く完了するなら、それに越したことはありません」

 

「決定だ。TF67にルンガ飛行場姫を徹底的に叩いてもらう。できるな?」

 

「できます」

 

ソマーヴィルは即決し、キャラハンに問う。

キャラハンは自信ありげに「We can do it」と言った。

 

 

 

 

第八十一話 次の一手





出ましたダニエル・J・キャラハン!

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