南洋海戦物語〜人類の勇戦譚〜   作:イカ大王

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ソロモンの肝はやっぱり艦砲射撃でしょう!


第八十二話 岩礁戦艦

 

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「“ジュピター1”より“サターン1”、サボ島視認。左前方、距離一万五千ヤード」

 

“ジュピター1”こと第三十七駆逐隊(D D G 3 7)一番艦の「グレイソン」からの報告が、第六十七任務部隊(T F 6 7)旗艦「サンフランシスコ」の艦橋に響いた。

TF67は第六十七任務部隊第一群(T G 6 7 . 1)第六十七任務部隊第二群(T G 6 7 . 2)にて構成されており、ノーマン・スコット大佐率いるTG67.2のリヴァモア級駆逐艦四隻、ペンサコーラ級重巡洋艦の「ペンサーコラ」「ソルトレイクシティ」が前衛を、TG67.1のフレッチャー級駆逐艦四隻、ニューオーリンズ級重巡洋艦の「サンフランシスコ」「ニューオーリンズ」「ミネアポリス」「ヴィンセンス」が後衛を務めている。

DDG37は隊列の先頭に展開しているため、最も早くガダルカナル島北西に浮かぶ島ーーーサボ島を視認することができたようだ。

 

「概ね計画通りです」

 

TF67参謀長のビクター・ロゼッター二大佐が、夜光塗料で鈍い光を発している腕時計を見ながら言った。

 

「あとは飛行場姫への艦砲射撃を実施し、最大戦速でガダルカナルから離脱するだけですな」

 

「敵艦隊がいなければ、な」

 

ビクターの言葉をTF67司令官のダニエル・J・キャラハン少将は訂正した。

彼の目には楽観など微塵も感じられない。両手を組み、鋭い眼光を夜闇の海域に向けている。

 

「司令は…敵艦隊がいるとお考えですか?」

 

「可能性は捨てきれん。我々人類の知らないところで、ディープ・フィッシュどもが何をしているか分かったものではないからな」

 

艦砲射撃を実施するにおいて、TG67.1の第八巡洋艦戦隊(C D 8)が射撃を、フレッチャー級にて編成された第五十一駆逐隊(D D G 5 1)がその直掩を、TG67.2の第三巡洋艦戦隊(C D 3)とDDG37が敵艦隊に備えての警戒を担当する。

艦砲射撃を開始し、CD8のニューオーリンズ級重巡四隻の残弾が六割となったら、CD3も対地攻撃に加わる手筈になっていた。

CD3を編成するペンサコーラ級は連装と三連装を二基ずつ、計十門の二十センチ砲を搭載しており、合衆国海軍で最多を誇る重巡洋艦級である。

ペンサコーラ級と共に巡洋艦戦隊の主力を務めるニューオーリンズ級は、1934年から37年にかけて竣工した新鋭艦であり、搭載砲数は三連装三基九門とペンサコーラ級に一歩劣るが、波浪生の改善や射撃レーダーの搭載などによって命中精度は高い。

これらの戦力から考えて、飛行場姫を覆滅することはさほど難しいことではないだろう。

だが、キャラハンはそれとは別の危機感を抱いている。

人類は今までの陸海空問わない戦闘で、思わぬ方向からの一撃で大きな損害を被り、敗北、又は危険な状況に陥ることが多かった。深海棲艦は人外だが、人類を苦戦させるほどの能力を持った優秀な戦術家なのだ。

そんな深海棲艦の最前線拠点に、巡洋艦と駆逐艦のみの艦隊で攻撃を加えようとしている…。

敵偵察機に発見されることも、海面下からの不審な電波を傍受することも、逆探が反応することもない。以上のことからTF67は深海棲艦に発見されていないと考えられるが、「奴らはすでにこちらを発見しているのではないか」「今にも暗闇のその先に発射炎が光り、巨弾が降ってくるのではないか」という危機感は、どうしても拭えなかった。

 

「本日の昼間、ルンガ飛行場姫を爆撃した戦略爆撃機兵団のB17によりますと、ガダルカナル周辺に敵艦艇らしきものは確認できなかったようです」

 

首席参謀のポール・サザーランド中佐が言った。

 

「B17のクルーは爆撃任務中でした。時速数百キロで移動する機上で、しかも高高度を飛行しています。見落としている可能性があるのでは?」

 

「仮にそうでも、最後にガダルカナル島周辺で確認された敵艦は、二日前にツラギに入港した輸送船団が最後だ。護衛には巡洋艦を中心とした部隊が付いていたらしいが、船団と共にニューカレドニア島に引き上げている」

 

航空参謀であるデニス・ウッドワイド中佐が反論するが、サザーランドはあくまで敵艦隊の不存在を主張した。

ガダルカナルにはフィジー諸島、ニューカレドニア島を経由し、ワ級輸送船を中心とする輸送船団が一週間に一回の割合で来航している。

積荷の内容の大半が不明だが、ルンガ飛行場姫を維持するための資材や物資であることは容易に想像できる。そのようなガダルカナルの深海棲艦航空兵力を裏で支える重要な船団には、決まってリ級重巡洋艦やホ級軽巡洋艦、対空対潜に特化したハ級駆逐艦などの強力な護衛艦隊が付き添っているのだ。

人類も、敵艦隊の動向については目を光らせている。

ソロモン海には多数のUボートやイギリス潜水艦が展開し、逐一敵船団の動向を報告、好機があれば魚雷攻撃を実施している。

その中の一隻が二日前に敵船団、護衛艦隊が東方に引き上げたことを伝えており、新たな船団の報告は入っていなかった。

 

「とにかく…今は艦砲射撃だな」

 

参謀達の議論を横目で見ながら、キャラハンは独り言ちた。

敵艦隊への危機感は抱いているが、TF67の攻撃目標は艦隊ではなく飛行場姫である。敵艦隊が出現したならまだしも、そうでなければ飛行場姫を破壊することを第一に考えるべきだった。

 

「“アース”より“サターン”。観測機発進。右砲戦、主砲発射準備。弾種『T3』」

 

「“サターン2”了解」

「“サターン3”了解」

「“サターン4”了解」

 

「サンフランシスコ」の艦首がサボ島とガダルカナル島の海峡に差し掛かった頃。キャラハンは、TF67司令部こと“アース”の符丁を通じて、CD8の各艦に隊内電話で指示を出した。

 

「目標ルンガ飛行場姫。主砲、対地艦砲射撃に備え。観測機発進」

 

「ニューオーリンズ」「ミネアポリス」「ヴィンセンス」の各艦長の復唱が素早く届き、続いて「サンフランシスコ」艦長のオースティン・D・ウィルソン大佐が各部署に指示を飛ばす。

後方から乾いた爆薬の音が轟き、カタパルトから勢い良く放たれた水上偵察機であるOS2U“キングフィシャー”が、爆音を発しながら上昇してゆく。

 

「“サターン”、“ヴィーナス”。機関、回転制定。速力十五ノットに減速、維持せよ。“ジュピター”、“ユレイナス”。先行し、敵艦隊の捜索に努めよ。全艦戦闘配置」

 

キャラハンはTG67.1のCD8とDDG51に艦砲射撃のための速力維持を命じ、続けてTG67.2のCD3とDDG37に先行しての警戒を命じた。

直後、足の裏から感じる機関の鼓動が小さくなり、「サンフランシスコ」は二十五ノットから十五ノットに減速する。

眼下の主砲二基がゆっくりと右に旋回し、直径二十センチの長大な砲身が鎌首をもたげるように仰角を上げる。

 

「“サターン”後続艦、順次減速。TG67.2各艦は増速します!」

 

見張員からの報告が、味方艦が命令通りに動いていることを伝えた。

 

「対艦レーダー、全周探査開始。逆探に反応なし」

 

「サンフランシスコ」の全レーダーを統括するトム・カドリッツ少佐が報告し、搭載されているSGレーダーが探知を開始する。

レーダーが反応を示すのは早かった。

 

「レーダーに反応あり。右前方一万二千ヤードからの反射波大。艦艇にあらず。巨大岩礁だと思われます」

 

「岩礁だと?」

 

カドリッツの報告を、キャラハンは思わず聞き返した。

傍の海図台に歩み寄り、ソロモン諸島ガダルカナル島の拡大海図を見やる。

 

「探知した岩礁の存在は、少なくともこの海図には記されていませんな」

 

キャラハンと同じく海図を見下ろしているロゼッター二が呟くように言った。

 

「ソロモン諸島は暗礁が特に多い海域です。座礁を防ぐためにいかに海図が精巧に作られれていようと、未発見の岩礁はあると考えます」

 

「レーダーに映る大きさだぞ。あり得るのか…?」

 

サザーランド参謀の主張にロゼッター二は異議を唱える。

キャラハンはウィルソン艦長に顔を向け、口を開いた。

 

「計画にはなかった岩礁だが…艦砲射撃に支障は?」

 

「ありません。右一斉回頭での折り返し射撃も行けます」

 

「よろしい」

 

ソロモン諸島は未開の島々が多く、人類の手があまり及んでいない。それ故、岩礁の一つ一つまでを海図に記すことは難しかったようだ。

だが、艦砲射撃に支障があるならまだしも、些細な海図の差異などこの際無視しても問題は無い。

ガダルカナル島のルンガ飛行場姫は、無防備な状態を晒している。CD8の艦砲射撃を邪魔するものは、これらの間にはない。

 

「射撃開始五分前」

 

砲術長のブレナン・シーウェル中佐が報告を上げ、それを聞いたキャラハンは艦橋前部に鎮座し、今や遅しと射撃命令を待っている主砲を見やった。砲身内には、今回が初陣である新兵器が込められていた。

『三式弾』。

CD8の重巡四隻に装填されている砲弾の名前だ。

統合兵器局の仲介の元、日本海軍から供与された対空・対地攻撃用の巨大留散弾兵器であり、英語名は『T3』。

三式弾は巡洋艦、戦艦の主砲口径に合わせて各種類があり、巡洋艦戦隊の各艦が装填している二十センチ三式弾は二百メートルの危害半径に数千発の着火性のある焼夷弾子、鋭利な破片を撒き散らすことができる。

本来は高角砲の射程外にいる敵機を大口径艦砲によって一網打尽にする目的で作られたが、可燃性の弾子は広範囲を二、三千度で焼き尽くすことが可能なため、日本海軍の提案もあり、艦砲射撃に三式弾を使用することが取り決められていた。

だが、三式弾は地中深くに潜って炸裂することはない。徹底的な破壊をもたらすためには、従来通りの徹甲弾も併用することが決定されていた。

 

右側には巨大なガダルカナル島の稜線が見えており、その島内陸の上空に複数の光源が点灯した。

目を凝らさなければ見失ってしまいそうなほど微かな光だが、その眼下にルンガ飛行場姫が位置しているという合図だ。

キングフィシャーが投下した吊光弾である。

 

「時間です。司令」

 

ロゼッター二が言った。

キャラハンは「ああ」と呟き、腕時計を見やる。時刻は22時丁度。艦砲射撃開始の時間だ。

光の真下。右前方一万八千ヤードの地点に、統合航空軍を散々に苦しめ、南太平洋艦隊と敵豪州補給線との間に立ちはだかってきたルンガ飛行場姫がいる。

忌々しい深海魚どもの、航空基地が存在している。

キャラハンは隊内電話を握りしめ、大きく息を吸った。「射撃開始」の言葉が寸前まで出かかっていた。

だが、刹那。キャラハンは凍りついた。

キャラハンだけではない。「サンフランシスコ」艦橋の全員が、TF67の将兵全員が、声にならない叫びを上げる。

 

突如、右前方の暗闇に発砲炎がほとばしり、巨大な艦影をありありと浮かび上がらせたのだ。

閃光はガダルカナル島の岸さえも照らし出し、周囲を真昼と変える。頭上に輝いていた星々の光が薙ぎ払われ、「サンフランシスコ」の艦橋内に眩い光が差し込んだ。

 

「戦艦だ!間違いない、戦艦だ!」

 

誰かの叫びが艦橋に響き渡り、次いで聞きたくもない飛翔音が轟き始め、大気が悲鳴をあげる。

 

(岩礁ではなかった…!)

 

キャラハンは一瞬で理解した。

数分前、「サンフランシスコ」のSGレーダーが探知した巨大岩礁。

停止中であったこと、海岸に恐ろしく近かったことから考えて、未発見の岩礁だと考えていたが、それは間違いだった。

正体は戦艦だった。肉食動物のように、TF67が至近距離まで接近するのを待ち構えていたのだ。

敵艦との距離は一万もない。発射された敵弾が空気を切り裂き、飛翔音は瞬く間に増大する。

キャラハンは歯を食いしばり、着弾の時を待った。

 

 

 

第八十二話「岩礁戦艦」






どうする、キャラハン!

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