南洋海戦物語〜人類の勇戦譚〜   作:イカ大王

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深海棲艦にも、感情はあります。


第八十四話 夜闇の雷跡

 

1

 

深海棲艦軽巡洋艦であるト級軽巡は、十五センチ単装砲を艦橋前に二基、艦橋左右に一基ずつ、後檣の前後に二基ずつ、計八基を装備している。

艦橋と後檣の間にはスペースが空いており、そこに三本の煙突や二基の連装高角砲、対空機銃、左右で一基ずつの魚雷発射管などを搭載していた。

 

ト級軽巡を改装した重雷装巡洋艦は、艦橋から後ろ──後部単装砲、後檣、対空火器等──を全て外し、そこに大量の魚雷発射管を並べた「超雷撃特化」型と言える艦である。

以前から艦隊を構成しているル級やリ級、ホ級、イ級といった艦艇と比べると最新鋭艦と呼べるものであり、ハワイで建造された二隻がニューカレドニア島で停泊していたのを飛行場姫防衛のために引っ張ってきたのである。

 

タ級戦艦から指令が届いた時、重雷装巡洋艦の二隻はすでに突撃を開始していた。

帯びている任務は駆逐艦の牽制と巡洋艦への雷撃である。重雷装艦一番艦が牽制を、二番艦が雷撃を担当すると既に取り決められていた。

 

砲撃を開始するタ級を尻目にして一番艦が接近中の敵駆逐隊に斬り込み、二番艦は敵巡洋艦の隊列へ向けて突撃を開始する。

 

タ級と同様。重雷装艦の艦橋天蓋にも、女性のような存在が佇んでいる。

こちらは、タ級ほど女性の形を留めていない。

仮面のようなものを顔面に装着しており、表情は窺い知れない。仮面上の左目のあたりには不気味な青白い光が灯っており、炎のようにゆらゆらと揺らめいている。

タ級同様肌は恐ろしいほど白いが、露出は少ない。左腕には異様な機械が装着されており、それもまた凶々しい。

容姿の中で一際目立つのは、女性が乗っている烏賊の胴にも似た鉄塊である。胴下にはBDのような白い歯が並び、左腕に共通する謎の機械がかたかたと蠢いていた。

 

 

──重雷装艦二番艦の針路は、敵巡洋艦群の針路と交差している。

後方では一番艦が敵駆逐艦との交戦を開始しており、小太鼓のような砲声が立て続けに響く。

重雷装艦は雷撃力が強い代わりに、砲戦力は然程ない。一番艦の任務は重いと言わざるおえなかった。

 

敵駆逐艦の大半がタ級の前方に展開した一番艦に襲いかかるが、二番艦も見逃されたわけではない。

左前方から互いにすれ違うような位置関係で駆逐艦二隻が現れ、前部主砲を撃ってくる。

飛来した十二.七センチ弾は二番艦の周辺に小振りな水柱を複数形成させ、一発が三番煙突に直撃して上半分を右舷側へ吹き飛ばした。

 

女性──と言うより化け物だが──は接近中の駆逐艦を一瞥し、再び敵巡洋艦群に向き合う。

艦橋前部、左脇に装備されている単装砲が素早く敵駆逐艦の未来位置へ指向し、一回、二回と火を噴く。

第三射目からは後部の単装砲二基も加わるが、砲弾は命中しない。

最大戦速ですれ違う針路なため、相対位置が目まぐるしく変化し、指向可能な砲が四門のみの重雷装艦では敵艦を捉えるのが難しいのだ。

 

対する敵駆逐艦は距離が詰まるにつれて指向可能な砲が二門から五門へと増え、二隻で十発ずつの砲弾を撃ち込んでくる。

左右両舷に水柱が奔騰したのを皮切りに、敵弾は重雷装艦二番艦の艦体を叩き始める。

敵弾は轟音と共に第一主砲を叩き割り、舷側に握りこぶしほどの穴を穿ち、機銃座を薙ぎ払う。

重雷装艦の女性が恐れるのは、艦中央にずらりと並べられている五連装魚雷発射管八基に被弾し、一斉に誘爆することだ。そうなってしまえば、ト級を改造しただけの小柄な巡洋艦など一瞬で爆沈してしまう。

 

だが、深海棲艦が送り出した新鋭艦はそのことを考慮した設計をなされていた。

魚雷発射管を覆う傾斜装甲が、舷側に命中したそれと同じく敵弾を跳ね返す。

重雷装艦の最重要防御区画と魚雷発射管防楯にはリ級重巡洋艦に匹敵する装甲が施されており、35度の傾斜も相まって強靭な防御力を持っているのだ。

その反面。艦重量増加による復元力の低下や、三十五ノット発揮可能だった速力が二十六.五ノットに低下してしまったが、駆逐艦の砲弾など受けつけるものではなかった。

 

速力は遅いが、互いの相対速度は六十ノット以上である。

風を切る勢いですれ違い、敵駆逐艦は後方へと消えてゆく。最後の最後で駆逐艦二番艦の後部に一発が命中し、箱のようなものが飛び散ったが、その艦は炎を引きずりつつも今までのスピードで離脱してゆく。おそらく、「敵戦艦への雷撃」を厳命されているのだろう。

 

重雷装艦二番艦が被弾した敵弾は全部で十三発。そのうち五発を跳ね返し、被害は艦の表面的な部分にとどまっている。

味方戦艦と交戦中の敵巡洋艦群との距離は、約八千メートル。雷撃距離を五千メートルとして、重雷装艦が走破する距離は三千メートル。

敵駆逐艦の妨害がないことを考慮すると、さほど遠い距離ではない。

 

その考えに至った雷巡の女は、左目の青炎を揺らめかせ、仮面の下から覗く口の端を釣り上げた。ただの微笑みではなく、凄みをもった笑みだった。

機関を振り絞り、雷巡は左前方に見える巡洋艦群を目指して突撃を再開する。

雷撃目標たる敵巡洋艦群は視界内を左から右へ移動する針路を描いており、重雷装艦は前進あるのみの状態だった。

 

その瞬間、雷巡の女の顔色が変わった。

素早く左正横を振り向き、夜闇の海面に視線を走らせる。

そこに、複数の青白い影がよぎる。

海面下を高速で移動するそれは、明らかにこちらに迫っていた。

 

酸素魚雷…。

 

この四文字が、女性の脳裏をよぎる。

艦首喫水線下の水中聴音機が、左前方から微細なスクリュー音を捉えたのだ。

通常、水中聴音機は自艦が最大戦速で航行していたら、自らの発する雑音で探知範囲を阻害してしまう。だが、女性はほんの微かな魚雷航行音を聞き取り、敵魚雷の存在に気がついたのだ。

 

素早く取舵を取り、魚雷と艦体を相対させる。

トップヘビーの艦を大きく右に傾かせながらも、重雷装艦は左へ左へと夜闇の海面を切り裂いてゆく。

敵魚雷の雷跡は見えない。水面下を青白い何かが通過するように見えては、波間に隠れて見えなくなる。この繰り返しだ。

 

自艦の発する喧騒が祟り、水中聴音機では敵魚雷群の大まかな位置しかわからない。艦首を0度とし、左右50度の範囲内から魚雷の微かな音がする。

女性は海面を凝視する。雷跡は見えない。

不気味な沈黙の時間が、一分、二分と続く。魚雷が迫る海域を、重雷装艦は最大戦速で進む。

 

五分が経過した頃、女性は魚雷は回避したと判断した。

敵魚雷の速度は、遅めに見積もっても四十五ノット。自艦の速度は二十六.五ノットのため、五分経っても被雷しないということは、敵魚雷群は全て後方に過ぎ去ったと考えたのだ。

 

ここで女性は首をひねり、取舵によって右後方に移動した敵巡洋艦群を見やる。そして失敗を悟る。

隊列最後尾の巡洋艦との距離は、一万メートル以上に開いている。

敵隊列の速度は三十ノット以上であり、重雷装艦では永遠に追いつけない位置関係だ。

魚雷を回避するため、雷撃コースから外れてしまったのだ。

 

だが、女性は諦めない。

面舵に転舵し、巡洋艦が視界内の右後方から正面へと流れてくる。敵対列の右後方から追いすがる針路だ。

 

その時、隊列の前方から巨大な閃光が届いた。周辺が一瞬昼間と化し、次いで腹に堪える何かが炸裂したような音が轟く。

膨大な黒煙が巡洋艦の後部から湧きたち、やや遅れて巨大な火柱がそそり立つ。

重雷装艦の艦上からは十キロ以上離れているため詳しくは分からないが、早くも浸水が始まったようだ。鋭い艦首が空を向き、水蒸気を出しながら海に引きずり込まれてゆく。

先頭の巡洋艦がタ級戦艦の四十センチ砲弾を喰らい、轟沈したようだ。

 

敵巡洋艦群が動いたのは、その後だった。

戦力を保っている二、三、四、五、六番艦が一斉に左に転舵し、そのまま180度回頭する。

順番が逆になる。六番艦が先頭になり、二番艦が最後尾に躍り出る。

敵巡洋艦が、重雷装艦に接近する針路に移ったのだ。

 

それを見て、その女性は再びニヤリと笑った。

これで奴らに魚雷をブチ込める、と言いたげな顔だった。

 

重雷装艦は巡洋艦群の左前方から、再び距離を詰めにかかる。

 

2

 

左一斉回頭を行なって敵戦艦と同航戦に移ってから、最初に被弾したのは先頭艦「ヴィンセンス」だった。

 

「『ヴィンセンス』被弾!」

 

「やられたか…」

 

TF67司令官のダニエル・J・キャラハン少将は、旗艦「サンフランシスコ」の艦橋で顔をしかめる。

五番艦「ミネアポリス」、四番艦「ニューオーリンズ」の先に、被弾炎上している「ヴィンセンス」の姿が見えている。

艦前部に被弾したらしく、逆光で艦影が浮かび上がっている。巨大な火焔が揺らめき、濛々たる黒煙を引きずり始めていた。

 

「三式弾、炸裂します!」

 

砲術長のブレナン・シーウェル中佐の報告が届き、キャラハンは左正横を同航するタ級戦艦を見やった。

十数秒前に放った砲弾群が、敵艦に到達する。タ級の頭上で九発に及ぶ三式弾が炸裂し、数千発の弾子と焼夷榴弾、破片が熱風と共に降り注いだ。

間髪入れずに「ニューオーリンズ」「ミネアポリス」、被弾前に放っていた「ヴィンセンス」の射弾も炸裂し、十五度目となる鉄嵐をタ級に見舞う。

 

タ級戦艦は以前と変わりない。

主砲は絶えずこちらを付け狙い、三式弾の影響で常に大量の小火災を艦上にまとわりつかせている。速力は二十ノット前後で、今までと変わらず後部主砲は火を吹かない。

そこに「ソルトレイクシティ」が放った二十センチ砲弾十発が、空気を切り裂きながら落下する。「ソルトレイクシティ」が所属するCD3の任務は対艦戦闘だったため、弾種は徹甲弾だ。

タ級の左右に水柱を奔騰させ、海水の壁がタ級の姿を覆い隠す。水柱の向こうに二度の閃光が走り、海水が赤く染まり、破片が舞い上げられる。

 

水柱が引く頃、タ級は「ヴィンセンス」への斉射を放つ。

艦前部がめくるめく発砲炎で包み込まれ、雷鳴のような発射音が遅れてキャラハンの腹を突き上げる。

放たれた六発の四十センチ砲弾が空中にあるうちに、「サンフランシスコ」は第十六射を放つ。

重々しい発射音と共に三連装砲の砲門から火焔と硝煙が噴出し、二十センチ三式弾九発を一万一千ヤード先の目標へ叩き出す。

 

「ニューオーリンズ」が発砲するのと同時に、セコイアの木のような極太の水柱が「ヴィンセンス」を包み込んだ。

これにも、「ヴィンセンス」は辛くも耐えた。

敵弾は飛行甲板を抉り取り、そこにあったカタパルトやクレーン、予備の水上機を吹き飛ばしたが、致命傷にはならず、「ヴィンセンス」は黒煙を引きずりつつも航行を続ける。

 

待望の報告は、その直後に届いた。

 

「“ジュピター1”より“サターン1”へ隊内通信です。戦艦へ魚雷命中!」

 

“ジュピター1”こと第三十七駆逐隊一番艦「グレイソン」から「サンフランシスコ」へ隊内電話での連絡が入り、素早く受話器を取った艦長のオースティン・D・ウィンソン大佐がキャラハンに報告する。

 

「やってくれたか!」

 

キャラハンは歓声を上げ、双眼鏡を敵戦艦へ向けた。

キャラハンは、海戦開始時からTF67に所属する駆逐隊に対して敵戦艦への雷撃を指令してきた。

CD3、CD8が敵戦艦との同航戦にあえて入ったのも、戦艦を牽制し、駆逐艦の突破口を開くためである。

それが、功を奏した。巡洋艦部隊は「ペンサーコラ」を失い、「ヴィンセンス」を傷つけられながらも、任務を果たしたのだ。

 

一万一千ヤードの隔たりがあるため、「サンフランシスコ」の艦上からタ級戦艦の舷側にそそり立つ水柱を見ることはできない。

だが、艦上の小火災が時々なにかに遮られる。恐らく、それが水柱だ。

 

「続報、魚雷三本命中」

 

ウィルソン艦長が伝え、キャラハンは勝利を確信する。

TF67に所属する駆逐艦が装備しているのは、日本海軍から供与された九三式酸素魚雷である。

一撃で重巡を大破させしめる統合軍最強の魚雷が、三本も喫水線下を食い破ったのだ。

タ級と言えども、戦闘航行不能に陥ったのは確実だった。

 

「敵戦艦沈黙、発砲来ません!」

 

キャラハンは双眼鏡でタ級を凝視する。

多数の小火災を発生させているのは今まで通りだが、艦中央に巨大な火焔がゆらめいている。小爆発が連続し、機関停止しているのか、垂直に黒煙が上がっていた。

 

「補助艦艇の様子は?」

 

「ト級軽巡二隻のうち、一隻は駆逐艦の集中砲火によって大破炎上。もう一隻は本艦の左前方六千ヤードまで接近したのち、タ級が被雷したのを察知して反転しました。現在は、エスペランス岬を通過してガダルカナル島西方に離脱中」

 

「“サターン”、“ユレイアス”、射撃中止。“ヴィーナス”集結せよ」

 

「“ジュピター”各艦は『ペンサーコラ』の乗組員救助、及び『ヴィクトリアス』の消火協力に当たれ」

 

CICから敵軽巡の情報を聞き、キャラハンは各艦に命じた。

 

「司令、我々を遮るものはありません。直ちに飛行場姫を叩きましょう」

 

首席参謀のポール・サザーランド中佐が疲れを滲ませながら言い、キャラハンは「無論」と答える。

 

 

 

──「『ヴィンセンス』被雷!」の報告が飛び込んだのは、ちょうどその時だった。

 

キャラハンは最初、報告の意味がわからなかった。

TF67の幕僚が唖然とする中、「ヴィンセンス」の左舷側には二本目、三本目の水柱が奔騰している。

既に二発の四十センチ砲弾を受けている「ヴィンセンス」の艦体が、魚雷が命中するごとに大きく打ち震え、苦悶するように大音響を発する。

水柱が火柱へと変わり、重巡の艦体を火の手が蝕んでゆく。

 

「『フレッチャー』被雷!」

 

「と、と、と」

 

キャラハンはなにを命じたら良いか理解しているが、唐突な出来事に舌がもつれ、命令を発することができない。

 

「と、取舵!取舵一杯だ!」

 

キャラハンに変わって、参謀長のビクター・ロゼッター二大佐が焦慮しながら叫ぶ。

 

「取舵一杯、急げ!」

 

キャラハンが立ち尽くす中、航海長が操舵室に怒鳴り込み、素早く舵輪が回される。

だが、基準排水量一万トンの重巡が回頭するには相応の時間がかかる。

「サンフランシスコ」が直進する間に、魚雷は迫る。五番艦「ミネアポリス」の艦首が爆炎と共に大きく切り裂かれ、膨大な量の海水が爆圧によってつき上げられる。

速力を落としていた「ヴィンセンス」に近づこうとしていた駆逐艦にも魚雷は命中し、艦橋を遥かに超えた高さの水柱がそそり立つ。

消火協力のため露天甲板で作業をしていた水兵が海に投げ出され、キールが切断され、その駆逐艦は瞬く間に海中に没した。

 

やがて「サンフランシスコ」の艦首が左へ流れ、一拍遅れて「ニューオーリンズ」も「ソルトレイクシティ」も左へと転舵した。

 

三本の魚雷を片舷にまとまって食らった「ヴィンセンス」は、既に左に転覆し、艦橋や主砲、煙突を半分以上海水に浸している。

艦底部の赤い腹、二軸のスクリューが晒され、赤い火焔に照らされて鈍い光を発していた。

 

「ミネアポリス」は艦首を吹き飛ばされ、加えてもう一本を艦橋と第一煙突の間に食らった。

五十ノット以上の速度で突入してきた敵魚雷はバルジをやすやすとぶち抜き、バブコック&ウィルコックス製水管缶全八基のうち、三基を破壊した。

吹き飛ばされた艦首の断面からは怒涛の勢いで海水が侵入し、「ミネアポリス」は艦首と艦中央部から黒煙を吹き上げながら、前のめりになって停止する。

 

「ニューオーリンズ」「サンフランシスコ」「ソルトレイクシティ」が無事に魚雷を回避できるか、まだわからなかった。

 

 

 

 

第八十三話 夜闇の雷跡






雷巡チ級。
人類の前に姿を現したのは今回が初めてのため、DISSによる『チ級』の命名はまだ行われていません。
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