そろそろ受験で休載にはいる、かも?
それまでにストーリーはできるだけ進めておきたい。
勉強と執筆を両立できる可能性もあります。
1
第二航空艦隊は、午前6時15分(現地時間)をガダルカナル島西北西二八〇浬で迎えた。
空は白みはじめているがが、まだ日は登っていない。艦隊は未だに闇に包まれており、各空母の飛行甲板では懐中電灯の微量な光を頼りに作業員たちが発艦準備を進めている。
飛行甲板にはすでに、零式艦上戦闘機や九九式艦上爆撃機、九七式艦上攻撃機、二式艦上偵察機といった艦載機が並べられ、暖機運転に勤しんでいた。
「日の出まで、およそ10分です」
二航艦旗艦「海鶴」の艦橋で、同参謀長の城島高次少将が言った。
夜間の発艦は危険が伴うため、日が昇ってからと決定されている。城島は後10分で沈黙が破られ、戦いが始まることを示唆したのだ。
「うむ」
二航艦司令長官の小沢治三郎中将が、気負ったところを見せずに返答する。
小沢は帝国海軍随一の知将として知られており、「帝国海軍の諸葛孔明」の渾名がある。
日本人には珍しく身長180センチを超える長躯であり、統合太平洋艦隊司令長官チェスター・ニミッツ大将をはじめとする欧米軍人と並んでも見劣りしない。
「鬼瓦」と揶揄された強面、鷹のように鋭い眼光、引き締まった大きな体躯を見る限り、航空艦隊司令官よりも幕末を戦い抜いた歴戦の侍を連想させる。
小沢は海軍兵学校を三十七期生として卒業してから主流である水雷を専攻していたが、少将昇進後に第一航空戦隊司令官に就任し、「赤城」「加賀」を通じて航空機の有効性を痛恨。当時少数派であった航空畑に転換している。
連合艦隊司令官の山本五十六、同期の
開戦以来、航空機が戦艦を撃沈する事例は報告されていないため、海軍の主力は依然戦艦が務めていたが、小沢はそう遠くない未来に戦艦が航空機に敗れる時が必ず来ると信じて疑わない。
自らが指揮する二航艦の初陣で、ガダルカナルを沈黙させてやる。敵空母も、状況が許せば、戦艦も撃沈してやる…。
「うむ」という短い返しには、そのような秘められた闘志が滲み出ているように感じられた。
「長官には釈迦に説法かもしれませんが、空母戦は初動が肝心です。偵察機が敵空母をいかに早く発見できるかが、勝敗を決めます」
首席参謀の
二日前。マーシャル諸島とソロモン諸島の中間海域を警戒していたUボートが、南下する敵機動部隊を発見している。
Uボートは"空母四隻ヲ確認ス”と報告しており、ハワイからマーシャルに増援に送られた敵艦隊で間違いない。
二日という時間は決して短い時間ではなく、戦局の中心であるガダルカナル近海に空母が展開する時間は十分あると二航艦、TF61とも考えており、敵機動部隊がいる前提で作戦を遂行すると決められていた。
機動部隊である二航艦、
「問題は、敵空母が展開している位置です」
航空参謀の
「我々の作戦は敵空母と飛行場姫を各個に叩くというものですが、敵空母が飛行場姫との共闘を選択した場合、両航空部隊を同時に相手取ることになりかねません。そうなれば、太平洋艦隊司令部が危惧した通りになります」
「『共闘』というのは、敵機動部隊が飛行場姫との連携を重視する…ということか? ガダルカナル島と付かず離れずの距離を維持し、航空兵力を結集して我々を迎え撃つと?」
「そうです」
小沢の確認に、原田は小さくうなずいた。
「私は、それはないと考える」
「何故ですか?」
小沢は小さく息を吐き、説明を始めた。身体を司令官席に沈め、鋭い眼光を放つ両目は暗闇の海面を見つめている。各艦に灯火管制が徹底されているため、僚艦の姿は見えない。
「機動部隊の最大の武器は、戦艦中心の艦隊に勝る機動力と、敵に姿を見せない隠密性だ。敵の背後や側面に回り込み、打撃力を持った攻撃隊を放つ。ガダルカナル近海に展開海域を限定すれば、我々の予想外の方向から攻撃を加えることはできないし、ガ島を偵察する人類機に発見される危険もある。飛行場姫との共闘は、空母の武器をむざむざと失う結果になる。
大艦巨砲主義の彼らが、空母主体の艦隊を編成したんだ。空母の扱いは心得ているだろう」
「しかし深海棲艦機動部隊に課された任務は、我々の撃滅ではなく飛行場姫の防衛だと考えられます。ここは無理をせず、堅実な戦法を採るのではないですか?」
原田に変わり、長谷川首席参謀が小沢に聞いた。
「堅実な戦法を採用しても、機動部隊が発見されて我々とTF61の先制攻撃を受ければ、共闘はたやすく瓦解する。そのリスクを背負うならば、攻勢的な彼らなら、機動部隊を前進させて先制攻撃の機会を伺うだろう」
「先手必勝、ですか…」
原田のつぶやきに、小沢はニヤリと笑った。
「彼らなら、必ずその精神を胸に突き進んで来る。我々はそれを予期し、二八〇浬という遠方に布陣したんだ」
ガダルカナル島飛行場姫と第二航空艦隊との距離は、約二八〇浬(519km)。
理論上では艦載機全機種が艦隊と飛行場姫の間を往復できるが、戦闘での高速機動や爆弾などの重量物を搭載することを考えると現実的な数字ではない。
それは飛行場姫でも同様だ。
対艦攻撃能力を持つ甲型戦闘機も二八〇浬の遠方への攻撃は難しいと分析されとおり、艦隊になんら脅威ではない乙型重爆撃機を除けば、敵基地航空隊は二航艦を攻撃圏内に収めていない。
TF61は二航艦の北東三〇浬に展開しており、ガダルカナルとの距離は二八五浬。
二航艦の東三五浬、TF61の南南東三五浬の海域に展開した、比較的前進している第二艦隊でも距離二五〇浬である。
第二艦隊を頂点とした二等辺三角形を成している三個艦隊は、いずれも敵飛行場姫の攻撃圏外にいるのだ。
飛行場姫の攻撃を受け付けず、先制攻撃を試みて前進してくる敵機動部隊を二航艦、TF61が真っ先に叩く。
二八〇浬という遠方に布陣した理由には、そのようなものがあった。
「我が艦隊とTF61が先制攻撃を実施できれば、空母撃沈は堅い。だが、こちらが先制攻撃を受けたとなると、立場は逆転する。空母戦力で優っていても、慢心は禁物だ」
小沢のその言葉に参謀らが大きく頷いた時、水平線から朝日が顔を覗かせた。
二航艦の針路は90度──真東であり、真正面から曙光が「海鶴」艦橋に差し込み始める。
輪形陣の外郭前方を守る「五十鈴」「天津風」「時津風」や、「海鶴」の右正横を守る「榛名」が、朝日に照らされて浮かび上がる。
日本とは違う。赤道付近の特徴的な朝だ。太陽はすぐに強烈な日光は発し始め、先までの暗闇がうそのように西に追いやられてゆく。空は闇夜から紫紺、澄み切った青空に変化する。
「始まったか…」
誰かの声が、小沢の耳に届く。
それが一日の始まりを言ったのか、熾烈な戦いの始まりを言ったのか分からない。多分両方だろう…と小沢は思った。
「全艦宛打電。“索敵機発進セヨ”」
小沢は重々しい声で命じた。
「海鶴」艦長である
それを受け、巡洋艦以上の艦がにわかに動き出した。
航空甲板のカタパルト上にて待機していた零式水上偵察機、零式水上観測機が爆薬の音とともにカタパルトから打ち出され、空中に飛び出す。
飛び出した刹那、各機は自重で高度を下げるが、次の瞬間には発動機の爆音を轟かせながら上昇し、自らに割り当てられた索敵区間へと飛んでゆく。
そんな中、二航艦の空母「海鶴」「蒼鶴」「祥鳳」「翔鶴」「瑞鶴」「龍鳳」のうち、第三航空戦隊と第五航空戦隊を編成する翔鶴型四隻からも航空機が発艦する。
五航戦からは雷装を施していない九七艦攻が、三航戦からは最新鋭の二式艦偵が、それぞれ発艦し、水偵隊を追って上昇してゆく。
「翔鶴」「瑞鶴」から四機ずつ、「海鶴」「蒼鶴」軽巡「天塩」から二機ずつ、戦艦「金剛」「榛名」軽巡「五十鈴」から一機ずつ。合計十五機だ。
これらの他にも、二航艦の双璧を成すTF61、前衛部隊である第二艦隊からも多数の偵察機が発進している。
遥か西方のラバウル・カビエンからも二式大型飛行艇やB17といった長距離偵察機が夜間の間に発進し、ソロモン諸島に到達。索敵を開始している。
総偵察機数は、五十機以上。
敵機動部隊の発見は、時間の問題だった。
2
「蒼鶴」から出撃した二式艦偵の一機───「蒼鶴」二号機は、二航艦よりの方位90度一二〇浬の空域に到達した。
「敵影、未だ見ず…か」
二号機で偵察員と機長を兼任する
現在の高度は三千メートル。海面は淡い藍色で染色した絹のようであり、むらがない。白波は見えない。
雲量は三であり、視界内にきめ細やかな薄い雲が点在している。空気は澄んでいて、四方の水平線上まで見渡すことができた。
「重要な任務なのは理解しているつもりですが、こうも何もない空を飛んでいると嫌になりますわ。敵さん、どこにいるんですかねぇ」
操縦桿を握る操縦員の
持田は、部下の言いように「集中力が足りんぞ」と注意しようと思ったが、やめた。
土方は持田よりも階級が下だが、軍歴は遥かに長い。
海軍兵学校を卒業してすぐに将校になった持田とは違い、海兵団課程を終えてから一貫して空母艦載機の操縦桿を握ってきた男だ。
歳も持田より上であり、以前は二航戦艦爆隊に所属してタ級に爆弾を叩きつけたこともある。
土方は長年の軍歴と死線をくぐった経験から来る凄みを持っている。持田は、彼が軽口を叩きつつも忠実に任務をこなすことを、ペアを組んだ時から理解していた。
なによりも、土方が最新鋭の二式艦上偵察機の操縦員に任命されるだけでも、海軍中央から高い評価を受けていることがうかがえる。
──二式艦上偵察機は現在開発中である十三試艦上爆撃機の先行試作機を量産し、偵察機に改めた機体だ。
「敵戦闘機を振り切れる高速」と「膨大な航続距離」を両立させるため、今まで日本軍機にはなかった液冷エンジンの搭載など、さまざまな新機構を盛り込まれて設計された。
最大速度は時速571キロ。二式戦闘攻撃機「陣山」に次いで、日本軍で二番目に早い。航続距離は落下増槽装備で二〇〇〇浬にも及ぶ。海外製の強馬力液冷エンジンを採用し、空気抵抗の少ない液冷式特有のとんがった機首と拡張した機内燃料槽を搭載した結果だ。
海軍中央はこの高性能に目をつけ、十三試艦爆四十機を追加発注、艦上偵察機として使用することを決定した。
だが、この高性能機にこぎ着けるために、相当な困難があった。
中でも、手を焼いたのは液冷エンジンである。
当初はドイツ製のダイムラー・ベンツDB601A液冷エンジンを国産化した愛知「熱田」二一型発動機を搭載する予定であったが、構造が複雑で、空冷エンジンに慣れた整備員にとって常時最良の状態にとどめておくのは難しい。
試作機の段階では少数ながらも液冷式に慣れた整備士が整備を行っていたが、そのような存在は海軍の中には一握りしかおらず、いざ採用・実戦となると整備不良によって戦闘に参加できない機体が続出する可能性があった。
ここで打開案を申し出たのが、英国である。
「ドイツ製液冷エンジンではなく我が国の液冷エンジンを搭載すれば、技術者の提供などで十三試艦爆の整備に責任を持つ。なんなら、液冷エンジンの整備員の教育に手を貸しても良い」と申し出て、スピットファイアにも搭載されているマーリン64液冷エンジンの搭載を要請した。
空技廠内では、ドイツ空軍よりも
英国としては、十三試艦爆の量産機を自国の次期艦上爆撃機としてライセンス生産したい思惑がある。
日米との交流が深まったことにより、空母機動部隊とその艦上機が持つ力の大きさを実感したからだ。
スピットファイアの艦上機版であるシーファイアと搭載エンジンが同じならば、日本で設計された機体でもパイロットも整備士も短い期間で馴染むことができると踏んだのである。
二式艦偵は先行配備機という名目であり、機数も限られている。土方、持田には整備や操縦などで戦訓を持ち帰り、その情報で十三試艦爆の問題点を洗い出して次期艦爆の性能向上に努める責務があるのだ。
そのためには、初戦で撃ち落とされ、貴重な機体を失われるわけにはいかない。
特に操縦桿を握るパイロットには元艦爆乗りの優秀なものが当てられている。土方もその一人だった。
──「……もう少しもう少しって目的地に向かう心持で行けば、嫌になることもなくなると思う」
双眼鏡とチャートを交互に覗きながら、持田は少し考えてから言った。
「そうですかぁ…? そりゃ、航法士特有の感覚ですよ。少尉殿。元艦爆乗りの俺からしたら、なかなか難しいもんです」
「……そうか」
土方は鼻歌混じりで偵察任務をこなせる度量と技量があるが、自分にはそれはない。
束の間忘れていた、自らが海戦の重大な役割の一つを担っていることを思い出し、小さくかぶりを振った。
それから持田の口数は少なくなった。土方も察したのだろう。軽口が控えめになる。
二人の耳に聞こえるのは「熱田」三二型の唸る音と、轟々たる風切り音。
十五分毎に、「二航艦よりの方位90度。一五〇浬」「二航艦よりの方位90度。一八〇浬」「二航艦よりの方位95度。二〇〇浬。少し南にずれている」と、機体の現在位置を報告し、場合によっては針路のずれを伝える。
土方は指摘に従って操縦桿を調整し、機体のずれを修正する。
単調な飛行は続く。
時が経つに連れて正面から昇っていた朝日が角度を変え、前上方へと移動する。太陽を遮る雲は少なく、機内に赤道付近の強烈な日光が差し込んでくる。
それを眩しいと感じつつも、持田は目を真円に近い形まで見開き、双眼鏡を覗いて海面を見続ける。チャートに自機の針路を書き込む。
──「正面、艦影!」
二航艦との距離が二五〇浬を超え、そろそろ引き返し地点か……と持田が思った時。土方が先まで軽口を言っていたとは思えないほど鋭い声で言った。
「敵艦隊か⁉︎」
土方の緊張した声に触発され、持田は即座に反射した。
双眼鏡の筒先を正面に向け、自機の針路上の海面を凝視する。
「どんぴしゃですぜ。少尉殿…」
双眼鏡の丸い視界内には、十隻から十五隻の中小型艦によって形成された巨大な輪形陣と、その内側に四角形の頂点に配するような形で位置している四隻の大型艦を見ることができる。
二五〇浬も東に、人類の艦隊がいるはずは無い。
探し求めていた、深海棲艦隊だ。
だが、距離はまだ遠く、大型艦が戦艦なのか正規空母なのかはわからない。
「距離を詰めろ」
持田は小さく言い、土方が無言で機体を加速させる。
日本製マーリン64が大きく唸りを上げ、プロペラが回転数を増す。巡航速度である時速430キロから最大の571キロに、二式艦偵は一気に加速した。
「空母ですね。しかも大物だ」
土方が機体を操りつつ、持田に言う。
深海棲艦は人類の正規空母に相当する艦と、軽空母に相当する艦の、二種類を保有していることが判明している。
軽空母型であるヌ級軽空母は、一、二隻がオーストラリア大陸の地上軍への補給船団に度々付き添っており、艦載機による対潜警戒等を実施していた。
正規空母型であるヲ級正規空母は西部太平洋海戦で二航戦と激突した艦だ。開戦以来滅多に姿を見せず、艦載機数以外スペックは謎に包まれている。
輪形陣の内側にいる大型艦は「空母」──それも多数の艦載機を誇り、「赤城」や「蒼鶴」に劣らない巨躯を持つヲ級空母だった。
「少尉。母艦に打電を。“敵艦隊見ユ。ガ島エスペランス岬ヨリノ方位55度。距離二四〇浬。敵針路225度。速力二十ノット。敵ハ、ヲ級四隻ヲ伴ウ。〇九三二”」
「“敵艦隊見ユ。ガ島エスペランス岬ヨリノ方位55度。距離二四〇浬。敵針路225度。速力二十ノット。敵ハ、ヲ級四隻ヲ伴ウ。〇九三二” 了解」
持田は素早く復唱し、暗号電文のキーを叩く。
緊張と高揚で手が少し震えるが、何百と繰り返した動作を落ち着いて行う。
だが、それは途中で中断された。全長十.二メートル、全幅十一メートルの零戦ほどの大きさしか持たない二式艦偵が機首を下げ、急降下に入ったのだ。
突然の高機動でキーから手が離れ、機体正面に海原が、機体後方に空が広がる。
「土方!どうした⁉︎」
持田は歯を食いしばりながら、土方に聞いた。
「敵機です!」
土方も持田と同じく大声で返答する。
土方は素早く自機を狙う敵機を発見し、回避にかかったのだ。
今まで二式艦偵が飛行していた空域を、何条もの赤々とした火箭を貫く。
それを追って、二機の球型の機体が艦偵の後方を右から左へ通過する。
「丙型戦闘機か…!」
たった今艦偵を取り逃がした丙型は大きく反転し、艦偵を追って急降下に入る。
二式艦偵には自衛用として後部に七.七ミリ旋回機銃が備えられており、持田の担当だが、急降下中に打電態勢から射撃体勢に移ることはできない。
機銃が無理でも、なんとか打電を続行しようとするが、急激な降下中では身体が自由に動かず、不可能だった。
艦偵は急降下を続け、それを追った二機の丙型も急降下を続ける。
二式艦偵は急降下爆撃機の元であるだけに、急降下能力は高い。速度は瞬く間に最大速度を超え、なおも加速する。
海面が物凄い勢いで膨れ上がる。高度は三千から二千、一千へと瞬く間に減ってゆく。
丙型一番機の前面に、真っ赤な発射炎が走った。続けて二番機も撃ち、驟雨のような弾丸が二式艦偵を後ろから包み込む。
命中したらしく、一度二度と鋭い打撃音がこだまするが、すぐに風切り音にかき消される。
弾丸の只中を、艦偵は降下を続ける。
正面に広がる海面に敵弾が突き刺さり、白い泡が飛び散るさまがくっきりと見えた。
「うおおおぉ…!」
高度百五十メートルを切った時、土方は唸り声を上げながら渾身の力で操縦桿を自らの腹に寄せた。
艦偵のとんがった機首が水平線を向き、空を向く。
今まで経験したことのない重力が持田の身体を押さえつけた。
足、尻、背中が完全に座席に押さえつけられ、肩と首が鈍い痛みを発した。上半身の血液が下半身に落ち、視界が暗くなった。
実戦の急降下爆撃でも、この高度までは肉薄しない。
艦偵は腹を海面にかすめつつ、二〇〇〇馬力近いエンジンが四トンの機体をぐいっと引っ張る。
空気圧によって海水が飛び散り、風防は水をかぶって視界が一瞬悪くなった。
丙型一番機が機首を起こしきれずに海面に突っ込み、海水を撒き散らしながらばらばらに砕け散る。
二番機はぎりぎりで機体を起こし、艦偵に追随する。
重力から解放され、持田は打電を再開した。
土方は上昇させつつ機体を巧みに左右に振り、敵弾は二式艦偵の左右上下をかすめて前方に消えてゆく。
敵機動部隊の情報を母艦に伝えられるか、まだ分からなかった。
第八十七話 始動、第三次ソロモン海戦
めちゃ遅いですが、明けましておめでとうございます。
次回は空母戦ですかねー?