大半が海戦シーンで疲れたぁ〜
リ級重巡洋艦=ニューオーリンズ級重巡
ホ級軽巡洋艦=ブルックリン級軽巡
って考えてもらって結構です。でも艦橋はいずれも三脚マストで
1
これより少し前、「古鷹」と「加古」は敵三、四番艦に対して戦いを優位に進めていた。
両艦共、日本帝国海軍が現在保有する重巡洋艦の中で最古参の艦であり、ベテランが多く乗っている。そのため「古鷹」は三射、「加古」は四射で直撃弾を得、すでに斉射に移行していた。
敵三、四番艦は五発以上の二〇センチ砲弾を撃ち込まれており、随所で火災を起こしている。
この時、「古鷹」艦長の中川浩(なかがわひろし)大佐は勝利を確信していた。
見張員の報告によると、敵三、四番艦は前部に三基、後部に二基、高雄型重巡や妙高型重巡と同じ様な砲配置をしている巡洋艦である。米国の情報によると、このような艦は一隻しかいない。
ホ級軽巡洋艦。
中口径砲を並より多く積んでいるらしいが、軽巡に重巡である「古鷹」や「加古」が負けるはずがない、と中川は状況を楽観していた。
「古鷹」が第五斉射を放ち、「加古」も続く。耳をつんざく砲声が轟き、発砲の衝撃が艦を揺らす。
前部二基、後部一基搭載している二十センチ連装砲が咆哮し、ホ級軽巡洋艦がいる左舷海域に六発の砲弾を叩き出したのだ。
入れ替わるようにして、敵三番艦の射弾が飛来してくる。
飛来した敵弾五発は「古鷹」を飛び越し、右舷側に着弾した。
発生した水柱は「古鷹」や「足柄」が発生させるそれよりも低く、細い。水中爆発の衝撃も少ない。
「古鷹」の第五斉射弾が着弾する。敵三番艦の周囲に水柱が上がり、ホ級の艦上に閃光が走る。
副砲を破壊したのか、小さい箱のようなものが海面に落下した。
被弾に屈することなく、ホ級は再び火を噴く。前部と後部にめるくめく閃光が走り、五発の敵弾がこちらに飛翔してくる。
着弾した瞬間、「古鷹」の左右に水柱が上がり、後方から炸裂音が響いた。
「喰らった…?」
中川は拍子抜けした声を上げた。予想より衝撃が少なく、疑問に思ったのだ。
敵は十二センチクラスの小口径砲を装備しているのか、それとも被弾箇所が艦橋から遠かったのか…。
おそらく後者だろうと、中川と思っていた。
「後部甲板被弾、されど損害軽微!」
艦のダメージコントロールを担当する副長が報告する。
深海棲艦もやられっぱなしではない。損害は少なかったが、「古鷹」は直撃弾を喰らったのだ、次からは斉射で来る。
そう気を引き締めると、予想外の出来事が起きた。
敵三番艦が発砲したのだ。「古鷹」はまだ装填を完了していない。
「……!」
艦橋内にどよめきが広がった刹那、頭上から豪雨の様な轟音が響き始める。
それが途切れた…と感じた瞬間、「古鷹」の周囲に十本以上の水柱が奔騰し、後部から打撃が三度連続して襲ってきた。
艦齢二十五年の老兵が激しく、そして小刻みに振動し、何かが破壊される音が届く。
「古鷹」は第六斉射を放つが、敵の射弾は連続した。
新たな敵弾が間髪入れずに飛来し、着弾した瞬間、再び「古鷹」を多数の水柱が包み、衝撃と炸裂音が二度襲ってくる。
と思ったらまた新たな敵弾が着弾し、艦の後部から炸裂音が聞こえでくる。
日本海軍の重巡洋艦は約二十秒で装填を完了して発砲出来る性能を持っているが、深海棲艦のホ級軽巡洋艦は見たところ六秒程で装填を完了して射弾を撃つことができるようだ。
「古鷹」が一度斉射を撃つ間にホ級は三度斉射を撃てる計算になる。
「『加古』被弾!」
砲弾豪雨の合間を縫って、見張員が大声で報告する。
四番艦もホ級である。被弾した以上、「古鷹」に襲いかかっている敵の速射力が、「加古」をも襲うことになるのだ。
中川としては六戦隊の僚艦が気がかりだが、今は自艦のことで手一杯だ。
敵三番艦の第四斉射弾が落下してくる直前、「古鷹」は第七斉射を放つ。
力強い砲声が轟き、駆逐艦を数発で廃艦にできる打撃力を持った二十センチ砲弾が発射される。
だが敵の斉射弾はそれすら押し戻す勢いだ。
「古鷹」の左側に搭載されていた十二センチ単装高角砲や二十五ミリ機銃はとっくに鉄くずのボロと化し、被弾した煙突は穿たれた穴から大量の黒煙を吐き出す。
「古鷹」周辺には絶えず水柱が林立し、艦上に小爆発の閃光が数秒毎に走り続ける。
今にも第八斉射を放とうとした第一、第二砲塔が続け様に爆砕され、回転しながら砲身が宙を舞う。無数の破片が右舷海面に落下する。
新たな敵弾は空になっていた魚雷発射管を粉砕し、射出機や収容クレーンを火焔と共にばらばらに吹き飛ばす。
舷側に命中した敵弾は数発が跳ね返されるが、貫通したものは大穴を開けて内部で炸裂する。
副長からの被害報告は来ない。被害が多すぎ、対処が追いつかないのだ。
最後の最後まで発砲を続けていた第三砲塔が旋回不能に陥り、「古鷹」は沈黙する。
それでもホ級は、何かに取り憑かれたかのように連続斉射を続ける。
ホ級軽巡洋艦の一番の武器は、一度に発射できる弾量の多さと、その速射性能だったのだ。
「馬鹿な…こんなことが…こんなことが…」
中川は呆然として、奇跡的に直撃を免れていた艦橋に佇んでいた。
さっきまでの余裕はどっかに吹っ飛んでしまっており、顔からは血の気が引いている。
「艦長、御指示を!」
誰かが叫ぶが、中川の耳には入らない。
「艦長!しっかりしてくだーーー」
誰かが言いかけた時、天井を突き破って真っ赤な物体が艦橋に突入してきた。
それを敵の砲弾だと理解する前に、中川の身体は灼熱の炎に焼き尽くされていた。
「古鷹」はいたる所で火災を起こしており、海上の松明と化している。
後方では「加古」が同様に大火災を起こしており、機関部が損傷したのか、速力が低下して戦列から落伍しつつあった。
第六戦隊の重巡四隻は、全艦が戦闘不能になったのだ。
「『古鷹』と『加古』が打ち負けたのか…!」
報告が聞いて高橋中将は呻いた。
その直後、「足柄」が敵二番艦に向けて第一斉射を放つ。
再び強烈な砲声が雷鳴のように響き渡り、周辺の空気を震わせる。
寺崎砲術長は敵二番を砲撃するにあたり、斉射を使用すると決めたようだ。
「敵三番艦と四番艦は?」
「六戦隊によって数発の二十センチ砲弾を食らったようですが、戦闘力は残しているようです」
高橋の問いに、中村参謀長は悔しさを滲ませながら言った。
「足柄」の敵二番艦に対する一射目の砲弾が着弾する。驚いた事に、敵艦の中央部に爆炎が躍った。
「当たった⁉︎」
中村参謀長が驚いた声を上げた。
爆炎は消えず、小火災が揺らめいている。
「足柄」は今に至って砲術家理想の初弾命中を成し遂げたのだ。
お返しと言わんばかりに敵二番艦が発砲し、敵弾が大気を鳴動させながら落下してくる。
着弾した瞬間、衝撃が襲い、後方から何かの破壊音が響く。
「第五砲塔に直撃、使用不能!」
寺崎砲術長が報告した。
数分前、既に「足柄」は第三砲塔を破壊されており、これで二基目である。火力の四十パーセントを「足柄」は失ったのだ。
高橋は下唇を強く噛む。敵二番艦に対して斉射を撃ち続け、戦闘不能にしようとする時に主砲一基を破壊されたのだ。手痛い損害と言えた。
その時、新たな敵弾が二度落下してくる。
敵二番艦のリ級重巡はまだ発砲していない。
三発の砲弾が正面に落下し、続いて四発の砲弾が右正横に落下する。
着弾の影響で「足柄」の艦体が小刻みに震える。
「来たか…!」
高橋は呻いた。
この射弾は敵三、四番艦のものだ。
ホ級軽巡の主砲は五基。本来なら五発づつ飛んでくるはずだが、主砲の一、二基は「古鷹」と「加古」にによって破壊されているのだろう。
三、四番艦は「古鷹」「加古」を撃破したため、砲撃目標を「足柄」に変更したのだ。
ホ級軽巡洋艦が直撃弾を得ると、先に「古鷹」や「加古」を襲った連続斉射が「足柄」をも襲うことになる。
(駄目だ……!)
徐々に広がる焦慮によって身体中が熱くなってきた時。
「後方より、味方駆逐艦接近!三水戦です!」
見張員が歓声を上げた。
「来てくれたか!」
高橋は喜色を浮かべ、中村参謀長と頷き合った。
三水戦はルソン島の北西沖で敵駆逐艦を相手取っていたが、混戦を抜け出し、駆けつけて来たのかもしれない。
「探照灯、照射始め。味方駆逐艦の雷撃まで敵巡洋艦を牽制しろ!」
2
「無茶です、長官!」
第十九駆逐隊二番艦「綾波」の艦橋に艦長有馬時吉(ありまときよし)中佐の叫びが響いた。
第三艦隊旗艦「足柄」の中央部分から、探照灯の光芒が敵巡洋艦に向けて伸びている。
探照灯は、敵の姿を闇の中から浮かび上がらせることが可能だが、同時に自分の位置も敵に暴露してしまう。
三隻の巡洋艦と対峙している「足柄」にとっては、かなり危険な行為だ。自殺行為と言っても良い。
(それほど我々の雷撃に賭けているということか…)
有馬は胸中で呟き、正面を見据える。
第十九駆逐隊は味方艦が射線に入り、開幕雷撃戦に参加できなかった部隊である。他の駆逐隊と違い、魚雷が残っているのだ。
十九駆は三水戦司令部の代わりに指揮を執っている十一駆逐隊司令の命令を受け、「足柄」「古鷹」「加古」を魚雷で援護すべく、敵駆逐艦との戦闘を抜けてこの海域までやってきた。
だが、戦況はかなり厳しいようだ。
「古鷹」と「加古」は深海棲艦によって無力化されており、「足柄」は巡洋艦三隻に追い詰められている。
「猶予はない…!」
有馬が手に汗握った時、「綾波」の前方を航行している第十九駆逐隊
「『磯波』より発光信号、”左魚雷戦、最大戦速、我二続ケ”」
見張員が信号を読み取り、報告する。
「左魚雷戦用意、最大戦速!」
有馬は骨太な声で下令した。
「最大戦速。針路このまま、
「左魚雷戦。目標、敵巡洋艦」
航海長の長峰忠(ながみね ただし)少佐と、水雷長の川瀬定一(かわせ さだいち)少佐がそれぞれの部署に指示を飛ばした。
前方に位置している「磯波」が一足早く増速し、有馬の「綾波」や、十九駆の僚艦「浦波」「敷波」も最大戦速である三十八ノットに増速する。
風切り音が聞こえはじめ、艦首に砕かれた海水が艦橋に降り注ぐ。
「見張り、敵巡洋艦との距離は?」
「
「八千か…ちと遠いな…」
有馬は唇を歪めた。
現在、十九駆は右前方に「足柄」、左前方に敵巡洋艦三隻が見える位置におり、後方から接近する形にある。
八千メートルという距離は、二万メートルから発射した開幕雷撃に比べたら近そうに思えるが、敵巡洋艦は針路を0度…つまり真北に向いている。
この位置から発射すると魚雷と敵巡洋艦の針路が重なり、命中まで時間がかかってしまう。そのうえ被雷面積が最小になり、命中率が低い。
雷撃は五千メートル辺りかな、と考えていると、見張員の弾んだ声が飛び込んだ。
「『磯波』より発光信号、”目標、敵三番艦、砲撃始メ”」
「目標、敵三番艦。撃ち方始め!」
すでに照準を定めていたのだろう、有馬が命令した直後、艦橋の目の前に鎮座している十二.七センチ連装砲が左前方の敵巡洋艦に向けて火を噴く。
戦艦や重巡洋艦の主砲に比べればかなりの小口径砲に分類される十二.七センチ砲だが、間近で発射されるとかなり強烈だ。
駆逐艦の小柄な艦橋を震わせ、耳をつんざく砲声を響かせる。
射撃は連続される。
十二.七センチ砲は四、五秒ごとに発砲し、敵巡洋艦に二発ずつの砲弾を叩き込む。
第一射、第二射は外れるが、第三射から命中弾が出始めた。
これも「足柄」が、危険を顧みずに探照灯を照射し、敵巡洋艦を照らし続けてくれているおかげだろう。
「綾波」のみならず、他の艦も命中弾を出し始める。
四隻の駆逐艦に火力を集中されて、多数の十二.七センチ砲弾がホ級軽巡洋艦と思われる艦に命中する。
ホ級軽巡の舷側や上部構造物は砲弾で抉られ、小規模な火災が発生していく。
数秒毎に被弾の閃光が走り、塵のようなものが吹き飛ぶ。
その時、敵巡洋艦三隻の側面に小さい発射炎が閃らめいた。
「巡洋艦発砲!」
数秒の間を空けて、「綾波」の前方に位置している「磯波」の周辺に小さい水柱が奔騰した。
小さい水柱だが、数が多い。「磯波」に海水が降りかかり、至近弾で艦体を揺らす。
だが、命中弾はない。
多数の敵弾が飛来するが、「綾波」は被弾することなく前進を続けている。
深海棲艦にも、副砲や高角砲に相当する砲が搭載されているようだ。
「綾波」や後方の「浦波」「敷波」に敵弾が飛んでこないのは、先頭の艦から順に討ち取ろう考えているからかもしれない。
「敵との距離は!」
「六五!」
有馬の問いに、長峰は答える。
有馬が敵までの距離を確認した直後、正面に閃光が走った。
有馬は思わず身を乗り出す。
逆光で「磯波」のシルエットが浮かび上がり、艦後部辺りから火焔が湧く。
駆逐艦の艦体が遠目にもわかるほど震え、舞い上がった鋼板や破片が光に照らされて花火のように見えた。
「『磯波』被弾!」
被弾はさらに連続する。
巡洋艦三隻から放たれた副砲弾は次々と「磯波」に命中し、敵弾にえぐられるたびに火災が増え、爆炎が躍る。
二分間ほど敵弾を浴び続けた後、「磯波」の中央部に一際大きな爆発が発生した。
火焔は瞬く間に膨れ上がり、砕け、真っ赤に染まった炎を四散させた。
「……!」
有馬は短い悲鳴を発する。
若干遅れて炸裂音が響きわたり、「綾波」の周りの空気まで振動する。
「磯波」は爆発した場所を境にV字に折れ、炎を海水で消しながら海に引きずり込まれていった。
「『磯波』轟沈!」
見張員が無念の報告を上げる。
爆発が起きてからわずか十数秒で、「磯波」は沈んだ。
恐らく、「磯波」は魚雷発射管に敵弾を喰らい、魚雷が誘爆したのだろう。
一本で巡洋艦を大破させる能力を持った魚雷が、一度に数本が誘爆したのだ。
基準排水量二千トン足らずの駆逐艦など、ひとたまりもなかったであろう。
「後続艦に打電。”我、一九駆ノ指揮ヲ執ル”だ!」
「”我、十九駆ノ指揮ヲ執ル”直ちに打電します!」
有馬の命令を、素早く通信士が復唱し、実行する。
直後、敵弾が落下して来た。
「磯波」を撃沈したため、目標を二番艦の本艦に移したのだろう。
「綾波」の右前方と左前方に着弾し、水柱を形成する。
「艦長。『足柄』が!」
新たな敵副砲弾が迫っている時、長峰航海長が右正横の海面を指差して叫んだ。
差された方向を見ると、有馬の目に映ったのは…やや左に傾きながら炎上している「足柄」の姿だった。
海戦前の威風堂々とした艦影は見る影もなく、マストや煙突などを破壊されているのがわかる。
艦は完全に停止しており、機銃弾一発も放たれない。
艦橋は敵弾の直撃を喰らったのか、上半分が消失している。
そのような惨状を見る限り、第三艦隊司令部の人員も、そのほとんどが戦死してしまった可能性が高かった。
「仇は取る…!」
有馬はそう短く言うと「足柄」を一瞥して正面を向いた。
今は戦闘中だ。悲しみに浸っている余裕は無い。敵巡洋艦に魚雷をぶち当てる事を、第一に考えるべきだった。
「距離、五五!」
(雷撃距離は四千だな…)
報告を受けて、有馬は考えた。
「磯波」が撃沈された現在、ただでさえ少ない発射本数が更に減ってしまった。
ここで魚雷を外してしまうと、敵艦隊と避難民船団の間に立ち塞がるのは五水戦のみとなってしまう。
なんとしても外す訳には行かないため、多少の危険があっても距離を詰めるしかなかった。
「綾波」「浦波」「敷波」は第一砲塔を乱射させながら敵との距離を詰め、敵リ級、ホ級も、副砲に加えて主砲を撃ち始める。
「距離四五!」の報告が入った直後、「綾波」の艦橋を横なぶりの衝撃が襲いかかった。
艦橋にいる人達は衝撃で吹っ飛び、有馬も羅針盤に胴体をぶつけて呻き声を上げる。
この時、「綾波」に命中したのはホ級軽巡の副砲弾だった。
艦橋の脇に命中し、内火艇とボートダビットを粉々に粉砕したのだ。
「あと五百メートル……!」
有馬は激痛に耐えながらも、敵巡洋艦を睨み付ける。
重みのある飛翔音が響き始め、それがなくなった刹那、「綾波」の左右に敵の副砲弾の三倍はありそうな水柱が高々とそそり立った。
「綾波」の至るところが軋み、艦が苦悶の声を上げる。
「……!」
恐らくリ級重巡。しかも至近弾で夾叉されたのだ。
「や、やむをえん。十九駆面舵一杯。魚雷発射始め!」
有馬は耐えかね、大声で下令した。
雷撃距離まであと五百メートルだけだが、戦力の半減はさすがにまずい。
二十センチ砲弾は、一撃で駆逐艦を廃艦に出来る威力を持っているのだ。
「綾波」が敵弾落下の中、右に回頭し始め、「浦波」「敷波」が続く。
回頭中に各発射管から発射することで、扇状に魚雷を放つのだ。これにより、敵艦が取り舵に切っても面舵に切っても魚雷に捉えられることになる。
十九駆の三隻は回頭を続け、敵に艦尾を向けた所で直進に戻る。
「綾波」「浦波」「敷波」の搭載魚雷は各九本、合計二十四日七本の酸素魚雷が放たれたのだ。
(当たってくれ…『足柄』や『磯波』の無念を晴らしてやってくれ)
有馬は心の中で願った。
なおも敵弾が落下してくるが、有馬の眼中には無い。命中報告のみを待っていた。
三隻は後部の第二、第三砲塔を発砲しながら、最大戦速で離脱する。後方からは追い討ちをかけるように敵弾が飛来し、「綾波」の後部を数発が命中する。
「綾波」は黒煙を引きずるが、速力を低下させることはなく颯爽と離脱する。
「どうだ…?」
飛来する敵弾がまばらになり始めた頃、有馬は後ろを振り返った。
川瀬水雷長が報告した魚雷到達時間まで、もう少しである。
そして…。
「敵三番艦に魚雷命中…!」
「一、二番艦にも命中!」
「よし!」
川瀬からの報告を聞き、有馬は喝采を上げた。
艦橋内でも喜びが爆発する。
この時、有馬からは見えなかったが、敵一番艦のリ級に二本、二番、三番艦のホ級に各一本の魚雷が命中していた。
リ級重巡には、斜め後ろから突っ込んできた二本の九三式酸素魚雷が、続け様に艦首に命中する。
命中した瞬間艦首が跳ね上がり、艦首喫水線下が歯形のようにごっそりと食いちぎられた。
怒涛の勢いで海水が入り込み、前のめりになって停止する。
二隻のホ級軽巡は、逆に艦尾に魚雷を受けた。
艦尾が跳ね上がり、衝撃が艦を震わせ、真っ赤な爆炎が躍る。
二隻のホ級は反対に後ろに傾いて停止した。
三隻共、第十九駆逐隊を攻撃することも、船団を蹂躙することも…もはや不可能だった。
3
ルソン島北方沖で、一隻の軍艦がその生涯を終えようとしていた。
最後まで敵に火を噴き続けた第一砲塔は砲門を天に向けているが、他の砲塔は全てが破壊されている。
艦上には沢山の破片が転がっており、高角砲、機銃、射出機、通信アンテナと言ったものは、あらかた破壊されている。
さながら、鉄くずの堆積場だった。
マストや煙突はホ級やリ級の砲弾を喰らい、完全に破壊されている。
艦橋も同様だ。リ級の砲弾が直撃したのか、上半分が吹き飛ばされている。
艦自体は左に傾いており、生き残った乗組員達は安全な右側から海に脱出していた。
小規模な火災は至るところで発生しているが、大きな爆発は起きない。
あたかも艦が、最後まで戦った乗組員のことを気遣っているかのようだった。
第三艦隊旗艦「足柄」である。
船団を守るため、優勢な敵に対して一歩も引かずに戦ったのだ。
艦は、自らの生涯に満足しているようだった。
同時刻。「足柄」 艦橋
高橋伊望第三艦隊司令長官は、焦げ臭い匂いで目が覚めた。
艦橋に大穴が開いており、黒煙が入って来ているのだ。
高橋は首を振り、周りを見た。自分が倒れている事に気がつく。
視線の先には中村参謀長や他の参謀が血だらけで倒れていた。
上体を起こすために腹筋に力を入れると、激痛が走り、高橋は唸り声を発する。
恐る恐る右手で痛みがした脇腹を触ってみると、何やら固い金属の様なものが触れた。
恐らく「足柄」艦橋に被弾した際、破片が高橋に当たったのだろう。かなり深くまで突き刺さっていることがわかる。
生きて帰れそうには無かった。
「ここが俺の死に場所、か……」
高橋は激痛に耐えながら呟いた。
恐怖は感じていない。海軍に入った時点で覚悟は出来ている。
ぼんやりとしている目をつぶろうとした時、ある事に気が付いた。
後頭部に何やら柔らかいものが触れているのだ。
高橋は首を動かし、上を向くと…
美しい女性がいた……。
「…!」
高橋は驚愕する。
高橋はその女性に膝枕をされていたのだ。
女性は半透明で、高橋と目が合うと薄っすらと微笑む。
紫色の服を着ており、長髪をカチューシャでまとめている。
高橋はもうろうとする意識の中で、なぜかその女性が「足柄」だと思った。
常人ならそうは思わないが、高橋は直感でそう思ったのだ。
「君は…足柄…な、のか…?」
視界がぼんやりとし始め、舌が上手く回らないが、高橋は聞いた。
言葉と共に、口から熱く紅い液体が出る。口角から頰を伝って垂れ、床に血溜まりを作る。
脇腹からは、絶えず激痛が伝わってくる。痛い…。
「足柄」と言われた女性は、口を開いた。
あなたは良く戦ったわ…もう、眠りなさいな…。
女性の声は、高橋の頭に直接響いたように感じられた。
すると、女性は優しい手つきで高橋の頭に手を置く。
置かれると、脇腹の痛みが嘘のように引いていく。
意識が、遠のき始めた。
(今思えば、良い人生だった…)
高橋は思いを馳せた。
海軍兵学校で学術優秀賞を受賞されたことや、同期で友人だった南雲忠一との交流の日々。長年の目標であった戦艦の艦長になったり、連合艦隊参謀長に就任し、吉田善吾長官にこっぴどく叱られた事などの記憶が鮮明に蘇ってくる。
今日の海戦では、相手がライバルの英米海軍では無かったが、戦いに勝利し、女子供を乗せた船団を守り通した。
(本当に…満足だ…)
すると、眠るように高橋の魂の火が消えた。
そして意識が暗転し、二度と戻ることは無かった。
高橋の旅立ちを待っていたかのように、轟音と共に「足柄」の艦首が持ち上がり始める。
唸り声を上げながらも、ゆっくりと、静かに艦首が天を向く。
垂直に近い角度で数秒間停止したのちに、艦尾方向からゆっくりと海に沈降していく。
ボートで脱出した「足柄」砲術長の寺崎文雄中佐は、立ち上がって敬礼した。
他の乗組員も寺崎に倣って敬礼する。
中には、涙ぐんでいる者もいる。
(『足柄』よく頑張ってくれた。長官、靖国でもお元気で…)
寺崎は「足柄」に感謝の言葉を送ると、高橋長官の冥福を祈った。
寺崎は右目を負傷しており、包帯を巻いている。だが、残った左目で「足柄」の最期を見届ようとしていた。
艦橋が海面に沈み、次いで三基の砲塔が海面下に消える。
そして、艦首の菊が月光に反射して輝いた直後、「足柄」は海中に沈んでいった
「足柄」ルソン島よりの方位0度三十ご浬の地点で眠る。
ルソン島沖海戦終わり!
これが人類と艦娘のファーストコンタクトです。
でも、今回の大戦では艦娘の戦力化はされません。