――――暇潰しも悪くはない、と。
ある日、月が7割破壊され、常に三日月状態にされて以来、人類は未曾有の危機を向かえていた。タコみたいな生物が月を壊した張本人だと名乗り出た。その生物はマッハ20で空を飛び、通常兵器もまるで通じない。効果があるのは、その生物専用に作られた物質だけだった。
来年の3月までに自分を殺さなければ地球を月のようにしてしまうと宣言したその生物は椚ヶ丘中学校の3年E組の担任になり、そこで生徒に授業をしていた。
生徒にはその生物の暗殺依頼が政府直々に出された。不思議なのは、暗殺対象者である生物が、生徒に暗殺スキルを教えているという点だ。
そんな3年E組に新しい先生が来るということで様々な噂が流れた。
ある生徒は「ビッチ先生みたいな美人じゃないか」と、ある生徒は「ロヴロさんが先生になるではないか」と、ある生徒は「殺せんせーに対してイカみたいなせんせーが来る」と。
その真相を確かめるべく一人の生徒が職員室にいる烏間の元へと訪れた。
「烏間先生は知ってるんですか?」
「あぁ、知ってる」
その答えを知る烏間は生徒からの質問に渋った表情を浮かべるだけだった。だが、溜め息を溢すと烏間はポツリと新たな教師の情報を漏らす。
「少なくとも暗殺者ではない、な」
これが意味するところを生徒はあまり理解できていなかった。暗殺者ではないものがここに訪れるのが珍しいからだ。
「敏腕の凄腕教師とかですか?」
「……いずれ知ることになるだろうから言っておくぞ」
「教えてくれるんですか、その新しい先生について」
「教師ではなく、テロリストだ。前科1000件を超すギネス級の犯罪者だ」
烏間の言葉にあまり現実味がなかったのか生徒の反応は薄い。教師でもなく、暗殺者でもない犯罪者が何を教えるのだろう、かと生徒が考えていると職員室の扉がまた開いた。
ビッチ先生が来たのかと思った思った生徒が扉の方へ振り向くと見たことない中年男性が立っている。
野球帽を被り、赤いジャケットを着用しているが、何より特徴的なのはその顔だった。顔の半分が火傷の痕で爛れており、口にはあまり見かけないタバコを咥えている。これから教師になるとは思えない風貌だ。
烏間の方をチラリと見ると何時もより表情が険しくなっている。その表情だけでこの中年男性が新しい先生なのだと分かる。
「校内での喫煙は止めてくれと事前に説明した筈だが?」
烏間のここまで冷たい声を聞いたのはいつ以来だっただろうか。普段冷静な烏間が過剰に警戒しているようにしか思えない生徒は冷や汗を流す。
「火火火、悪い悪い。今、消すからそんな火っ火すんなよ」
烏間に動じることなく中年男性は不敵な笑みを浮かべながら携帯灰皿を取り出すとそこに押し消す。
「そこのちんちくりんな女の子がタコを殺す暗殺者ってわけか?」
「なっ!?」
初対面の男にちんちくりんと言われたことに腹が立ったが、烏間が立ち上がり、生徒と中年男性の間に入る。
「そうだ。まだ卵だがな」
「火火火、それは上等」
「……紹介しよう。新しくこの教室に赴任してきた葛西善二郎先生だ」
烏間から紹介されたその名前に何処と無く聞き覚えのあった生徒は記憶を頼りに思い出そうとする。そして―――。
「あっ!ニュースで流れてた!」
生徒が思い出せたのはニュースの内容の印象が強かったからだ。都内のビルが『六』の形に燃やし倒されるという事件で真っ先に犯人として名前が上げられていた。全国指名手配犯であり、交番や駅などに貼り紙が貼り付けられていたのも思い出す。
「正解だ、ちんちくりんの嬢ちゃん。あの燃やし方は見事だっただろう?」
悪意を隠そうともしない笑みを生徒に見せる。火傷痕もあり、その笑みは凶悪性を増しているように思える。
「で、でも、死んだんじゃなかったんですか?」
烏間に問い掛けるも答えたのは善二郎だった。
「死んだつもりだったが運良く生き残っちまってな。傷が治る頃には死んだことになってたぜ」
「政府はコイツが生きていると分かると交渉をしたんだ」
「今までの罪を帳消しにする代わりに暗殺の協力をするか、死刑になるかってな。火火、交渉って言うよりか脅しだな」
ニタニタと笑う葛西に生徒がむすっとした表情を浮かべ何か言いたげな様子だ。
「どうした、嬢ちゃん?何か言いたそうだな」
「僕はあなたみたいな人に教わりたくないです」
生徒に邪険されるような言われ方をされた善二郎は怒る訳でもなく生徒を馬鹿にするように笑い始めた。
「アッハハハハ!これから犯罪者になろうってのに犯罪者からのアドバイスはいらねえってか!」
『犯罪者』という言葉がぐさりと胸に突き刺さる。『暗殺』にしろ『犯罪』ということには変わりないと生徒自身も自覚していたからだ。
「だったら、あのロシア人の美人にもアドバイスはされたくないよなぁ?」
善二郎の狂気に歪んだ笑みが不気味さを増す。烏間や女子生徒はそこでイリーナがまだ来ていないことに気付いた。
烏間が善二郎に詰め寄り、その胸ぐらを掴み上げる。だが、善二郎の笑みは崩れるどころか邪悪さを増していく。
「イリーナに何をした!?」
「ちょこっと寝てもらってるだけだ。爆弾と一緒になぁ」
「貴様ァ!」
「そんな怒んなよ、烏間。俺は俺なりの方法でガキどもを教育しようと思ってんだから」
突然の展開に生徒は頭が追い付かないでいた。唯一理解できたことと謂えば、イリーナが命の危険に曝されている、ということだけだ。
「ほら、さっさと助けに行ってやんねぇと。綺麗な花火が朝っぱらから打ち上がるぜ?」
「只では済まさないぞ、葛西!」
烏間の鬼気迫る声を聴いても尚、善二郎は笑い続ける。まるで、子供の悪戯感覚だ。
「火火火、人を殺すんだったら、人が殺される瞬間ってのも見とかねぇとな」
慌てて生徒は職員室から駆け出す。この事を急いでクラスメイトに伝えなくてはならないという一心から体が動いた。
烏間は善二郎が何も喋らないと分かると携帯電話を掛け始める。政府相手にこの事を伝えるつもりだろう。だが、善二郎はそれを許しはしなかった。
「そんな湿気ることすんなよ」
善二郎の手から炎が放出される。突然の事だったが烏間は慌てずに後ろに跳ぶも、善二郎に僅かな隙を突かれて携帯を奪われてしまった。
「安心しろよ。誰も不幸にはなんねぇからよ」
携帯を燃やすと善二郎は立っているのが辛かったのか近くの椅子に座り始める。烏間は殴りたい気持ちを抑えていた。善二郎がどんな手段を使うのか検討も付かなかった。
もし、殴ろうものなら生徒たちにも被害が及ぶ可能性がある。ここは少しでも相手から情報を引き出すことに専念する。
「何が目的だ?」
「俺の人生の目的はもう達成されちまってんだ。今は暇潰しさ」
「……そんな事ではなく、イリーナを爆破させようとする目的だ」
善二郎は顎に手を添え、何か考えている素振りを見せる。
善二郎にとっては暇潰しであり、それ以下でもそれ以上でもない。暇潰しをする理由を考えるとするならば、それは暇だからであろう。故に、目的は暇潰し以外なかった。
二度も生き残ってしまった善二郎にとって残りの人生は暇潰しだった。悪のカリスマも魔人もいない人生は退屈過ぎた。そんな折、現れた超生物は善二郎にとって都合の良い相手だ。
イリーナを拉致した理由に関しては暇潰しによるものだ。超生物に関しても、教師陣に関しても、生徒に関してまでも善二郎にとってはどれもこれも暇を潰すため。
善二郎は不適な笑みを浮かべると烏間に向けて何の悪びれもなく答える。
「教師が一人減れば金の分け前も増えるってもんだろ?」
明らかな挑発であるが故に、烏間は善二郎が真意を隠していることに気付く。だが、もし、イリーナに何かあれば生徒は勿論、超生物も黙ってはいないだろう、と烏間は考える。無論、烏間も善二郎を只では済まさないつもりでいた。
結論から言えば、イリーナは体育倉庫の跳び箱の中で、時間になれば爆発するように細工された爆竹と共に寝かされていた。気絶させられていた訳でもなく、跳び箱の中で熟睡していたイリーナを見付けれたのは、イリーナの大きな鼾が体育倉庫内に響いていたからだった。
どこにでも売っているような爆竹は跳び箱の内側に付けられ、もし、爆発するような事があっても軽い火傷だけで済んでいただろう。
最初に発見した生徒はイリーナの無様な姿に引いていた。それでも仕方なく、イリーナを起こそうとすると、その口からはアルコールの匂いがプンプンと漂っていた。
そのまま、跳び箱の中に閉じ込めて、爆竹が爆ぜるのを待とうとも考えたが、先ずは未だイリーナを捜索しているであろう同級生に連絡するのを優先した。
「……心配して損した」
同級生達が体育倉庫に集まる頃には朝のホームルームが始まろうとしていた。
タコのような超生物――通称『殺せんせー』は教室で朝から疲れた表情をしている生徒達を見渡しながら、ヌルフフフと気の抜けるような笑い声を出した。
「どうでしたか、皆さん?新しい先生と私からのレクレーションは?」
殺せんせーのこの一言で善二郎と組んでいたことが丸分かりだ。生徒達の疲労感が増していくのを殺せんせーは感じていた。
「そんな訳で紹介しましょう!さぁ、葛西先生入ってきてください!」
善二郎が教室へと足を引いて入ってくる。その後に続くようにこめかみに青筋を浮かべている烏間と頭にタンコブを作ったイリーナが入る。
イリーナの頭のタンコブの理由は烏間に叩き起こされた事が原因であるが、最早、自業自得としか言いようがない。
善二郎が殺せんせーと組んだ、この悪戯は前日の夜から始まっていた。
殺せんせーがイリーナを善二郎の歓迎会と表し、居酒屋に誘い出し、イリーナが部乱暴に酔い潰れた所でイリーナを体育倉庫の跳び箱の中に移動させたのだ。だが、イリーナの鼾が原因で早期発見されてしまったのは予想外の事案だった。
これでは、イリーナがただ巻き込まれただけのようであるが、酔ったイリーナはこの悪戯に賛同し、自ら人質役を買って出たのだ。故に自業自得。
殺せんせーに代わり、教壇に立った善二郎は不適な笑みを浮かべる。
「元全国指名手配犯の葛西善二郎だ。これから仲良くやってこうぜ?」
最悪のファーストコンタクトであったが、生徒達は呆れてものも言えない様子だった。
生徒の誰かが溜め息を吐く。誰から出たのかも分からない溜め息だったが、同じタイミングに体育倉庫から爆発音が鳴り響いた。
驚いた生徒達であったが、これも悪戯の一貫なのだろうと殺せんせーを見る。だが、殺せんせーも同じように驚いているようだった。
イリーナを起こした事で誰もが気が抜けていた。その結果、爆竹の解除も忘れてしまっていた。しかし、鳴り響いた爆発音は爆竹の火力で出せるようなものではない。
体育倉庫からは煙が漏れている。もし、イリーナをあのまま放置していれば、軽傷では済まなかったであろう。
「火薬の量、多くし過ぎたかな、火火火」
葛西善二郎の暇潰しはまだ始まったばかりだ。
続きは考えてませんので、あしからず。