※pixivより転載、刀剣男士×女審神者描写有、非公式且つ独自解釈 独逸の方はDIY好き、と聴いて
▼あのウイルスがもし密かに有効だったらという前提。誰と結婚したんでしょうね本当
お題は「晩霞」(http://www11.plala.or.jp/harutake/banka/banka_top.html)より。

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人のために歴史は歪む

 あの、と、小さく尋ねてきたのは、まだ5匹の子虎を抱えていた五虎退だ。自身は最初、辺りを見渡してから、足元の彼に気付いた。強面の自覚はあるので、出来るだけ優しく笑ってしゃがむ。子供には目線を合わせるのが良いらしい。首から提げたタオルを掴みながら尋ねると、鼻の頭に泥をつけたままの彼は、小さくいった。向こうでは、塀を作る藤四郎達で賑わっていた。

「あるじさまは、お外の国の方、なんですよね」

「あぁ、そうだよ。この島国からは、とおーいところだ」

 その質問は、はじめてではない。比較的遅くに来た五虎退がそれを尋ねてきても、不思議ではなかった。見慣れた色の髪が、頭に巻いたタオルからはみ出す。それを直しながら答える。

「五虎退は、独逸という国は、知っているか」

「えっと、お医者様と機械のすごいところだって、聴いています」

「うーん、まぁ、ステレオだが……そういう事にしておこうか。私が生まれたのは、その国だ」

 世界では尚、独逸の医学と武骨な印象は抜けていないらしい。ましてや、古き物に憑く付喪神なら尚更だろう。微笑ましい見解に苦笑した。中身は自分より、自分がこの国に来た「理由」よりも遙かに年を重ねているとわかっても、見た目はどうしても子供だ。近付くものは女子供動物だろうと全て疑え。自身が少し前まで身を置いていた場所とは、ここはまるで遠かった。

 愚かだ。自身が「審神者」なるものを務めているのも、自身の任務はおろか、自分自身に関わる事だというのに。

「主。またこんなところにいたのかい」

「歌仙、帰ってきたか」

 振り返れば、帰投してきたらしい部隊長がそこに立っていた。近侍の歌仙だ。気がつけば昼下がり。出陣していた第1部隊が帰投する頃合いだった。汗を拭う。

 オンボロだった本丸は、地道な工事を進めてきたお陰で大分補修が進んだ。独逸建築様式なのは懐郷による愛嬌だ。それ自体には文句を吐けない初期刀は、しかし自身を睨め付けていう。

「全く、政府から業者を呼べばいいと何度いえばわかって貰えるんだい」

「しょうがないだろう。DIYが私の趣味だ。ここの刀剣男士達は、私の趣味を手伝ってくれているだけだ。そもそも、あんなボロ屋敷では、お前のいう『ミヤビ』どころではなかっただろう」

「それで自分達でここまで建て直すなんていうのは聴いてないけどね。それより、君。五虎退も。やっと来たよ」

 促されて、五虎退と目線を共にする。背後からも、視線が集まってきていた。

 そこに、新しい脇差男士がいた。なぜか彼だけが物吉や浦島が来ても着任しなかった。それも、どうやら今日の出陣で漸く捕まえてきたようだ。立ち上がる、隣で五虎退も喜色を見せた。彼の兄弟の一振り、鯰尾藤四郎だ。

 ――しかし、なぜだろう。あの脇差が絶望した顔を見せているのは。

 歩み寄ろうとした刹那、彼は両膝を落とし天を仰いだ。

「部隊長! 確かに長身の金髪で白人の巨乳の女性です!! でも!! あたごんよりもこの人はバラライカかアームストロング少将系ミリタリ女子じゃないですかァァ!!」

「……歌仙、彼はどうしたんだ」

「何も」

 どうやら、相当ショックを受けているようだ。終いには駆け寄ってきた五虎退に泣きつく新入りを尻目に、袖に手を仕舞う歌仙へ尋ねる。彼は鯰尾や自身からも眼を背けていた。気まずさも感じ取られる。

「僕は、尋ねられたまま、答えただけだよ」

「……どうやら色気のある女性を期待していたようだから、その希望は事前に打ち砕いてきて欲しかったな」

 いいながら、頭を掻く。タオルで縛った頭からは、確かに金髪がはみ出していた。欧米の女性に比肩して、胸囲もある。しかし残念ながら、自身の袖をしばったつなぎと、スポーツブラの間には、かなしい程にしっかりと割れた腹筋があった。同じ位置にある歌仙の目線。泣き喚く鯰尾の元に、なんだなんだと他の刀剣男士達が集まってくる。自身はぼやいた。

「どだい、NATO軍出身の現場叩き上げの独逸女に色気を求める方が可笑しい」

「それにしたって、君はもう少し、恥じらいとか慎ましやかさとかを」

「それで任務が果たせるか」

 答えはない。視線は刺さった。どうやら鯰尾に同情を寄せた刀剣男士がいるようだ――困った様子の五虎退がこちらに寄ってきたので、ひとまず頭を撫でておく。そして故郷の人々へ思いを馳せた。

 部長。帰ったら覚えていてください。母上。やはり私は結婚できません。執事。1階の南側の壁が壊れていたから修繕しておいて。

(そもそも、私を押しつける口実とはいえ、情報部員を審神者にしようという作戦がおかしかったんだ)

 麦酒が飲みたかった。いまだ泣き喚く新入りは、煩くなったら拳骨を食らわそう。

 

 

 詐欺だ。鯰尾は、今なお作業着のままの目の前の審神者を胡乱に見詰める。しかし彼女は、逞しく笑うだけだ。彼女の机には、猪模様のコーヒーカップが置かれている。自分の前には、歌仙が淹れてくれた茶があった。

「鯰尾。そんなに睨んでも色気は出ないぞ。『無い袖は振れない』んだろう」

「……日本のことわざをよく知ってるんですね。さっき、NATO軍とかいってましたけど」

「知らない国の言葉を勉強しておく。これも情報部員の仕事だ。――驚かんでいい。これも日本政府とNATOの戦力提携のひとつだからな」

 彼女の言葉に狼狽える。情報部員。それは所謂「スパイ」に類するものだ。随分と目立つ外見のスパイだ――そう思った自身は、不満の解消も兼ねて尋ねる。

 そも、拾われた時。部隊長の歌仙は「長身で金髪巨乳の白人女性の審神者」とはいっていた。しかし、腹筋が割れていないとはひと言もいっていなかった――考えてみれば、自身の中にダウンロードされた知識には、こういった審神者がいても可笑しくないのだと理解させる。

 歴史の流れで、独逸や米国との歴史の関係は否定できない。特に独逸側からの攻撃は、既に幕末から及んでいる。歴史とは、島国でも他の国との関わりを避けられない。ましてや、大陸の中で群雄割拠を続けていた欧州など、激しさは他の追随を許さないと訊いていた。ゆえに内憂外患の種を互いに抱えながらも、日本政府は他の機構や国と提携。時には日本人が英国に渡り、時にCIAが仏蘭西に向かう。先祖の血縁を辿り、その時に相応しい、日本でいう「審神者」に相当する者が選ばれる、らしい。

「……でも、主さんは日系人には見えませんよ」

「実験だ。日本に関わりはないが、先祖が少々歴史に関わっているんでな」

 カップを持ち、呷る。

「ついでにいうと、これは単なる口実だ。私を独逸から2,3年追いやる為のな」

「何かやらかしたんですか」

「ちょっとお偉いさんを殴ってしまってな」

「……お偉いさんは無事ですか」

「殴った事への質問と私の心配はしないんだな、利口だ」

 いいながら握り拳を作ってみせるので、思わず身を引く。しかし彼女は軽くシャドーボクシングをして見せただけで、拳を引っ込めた。

「生きてはいるぞ。椅子から壁に吹っ飛んだが」

「ひぇっ」

「この私の尻に触るんだから、度胸がある奴だった」

 感慨深げに頭を振る。鯰尾はやっと茶に手をつけながらも、既にこの審神者の前から辞したい気持ちだった。早く他の兄弟にも挨拶したい。自身が大泣きした理由を話したところ、一期一振には会って早々拳骨を落とされた。しかし対面自体は喜ばれたのだ。そう思いながら、ふと審神者を見た。

 改めてみると、鍛えこまれた体をしている。腹筋は割れているし、報告書を持つ手も、肩から手首にかけて力強そうだった。ひょっとしたら臀部も引き締まって形が良いのかも知れない。自身と比べても、恐らく体格は負けるだろう。もし純粋にヒトの身を受けていたならば、絶対に勝てない。そう確信できた。そんな彼女に、ただただ、純粋に、疑問を持った。

「……そんな目に遭っても、軍人を続けてるんですね。貴女」

「うん、まぁ、これ以外に取り柄もないしな。うちは軍人ぐらいしか輩出しとらん。昔から」

 いって、ふと、目を伏せる。薄い色の目が、遠くを見た気がした。

「――200年前からは、女も皆軍人になる。まぁ、私のようにこっちまで放り出されるようなのは困るから、もう少し大人しい、私以外の誰かが婿を取って跡を継ぐだろう」

「女傑の家系ってやつですか」

「当たらずも遠からず、だな。――さて、一通り説明は済んだ。あとは歌仙に訊いてくれ。私は壁の修理に戻る」

 コーヒーを一口で飲み終える。カップを机に置くと、彼女は立ち上がって、鯰尾の前から辞した。あとには、彼と茶と、空になったコーヒーカップが残された。

 そのカップの、デフォルメされた猪を眺める。豚というよりも猪の印象が強いと思えば、確かにそのキャラクターには牙が生えていた。

 机に載ったままの報告書。それを何とはなしに1枚取り上げ、眺める。大事なものならば隠すだろう、そう確信しての事だった。こと秘密の扱いに関しては、情報部員だという彼女ならば信用していいと考えた。

 考えて、ふと、その書類の目を落とす。前日の1日の報告書。それの受取のサインを見た。アルファベットは一応知識として読める。英語もまぁまぁだ。しかし、独逸語の綴りは読みづらかった。

「……エ……」

 

 喋りすぎた。

「どうしたんだい、主」

「……少しな」

 溜息を吐いて廊下を歩く。明かり取りの障子から光が漏れ、そこを歌仙が向かって歩いてきていた。歩く速度を緩めた彼に、自身は立ち止まって、口元を多う。

「少し、新入りに話しすぎた」

「……どこまでだい」

 途端、真剣な顔で声を潜める。いつもの緩やかな笑みも、こういった時は引き締まる。自身の鋼鉄のような直毛と異なり、緩く巻いた髪は、少しばかり羨ましかった。

 彼を選んだのは、200年前、自身の先祖に頻繁に接触していたという「伯爵」に、少しばかりその為人が似ていたからだと思っていた。案の定気の合うところはあったらしいから、この刃選は間違っていなかったと内心で確信する。

 同時に、故郷の上司にいわれた「婿捜し」など、彼ら相手には出来なかった。部下から選ぶなど、論外だ。

「……200年前から、女も皆軍人になる、というところまでだな」

「なら、まだ大丈夫じゃないか」

 歌仙の楽観は、しかしあまり救いにはならない。小声で囁かれる。

「女『も』ではなく、女『しか』生まれないとはいっていないんだろう」

「……我が家の家系ぐらいなら、別にこのままでもいいと思っているんだがな」

 再び息を吐く。今日で何度目だろう。情報部員として仕事をはじめた時から、明らかに二酸化炭素の排出量が増えている。

 この200年、我が家では、男の子種は1粒たりとも増えないというのに。

『200年前に、君の直系の先祖である少佐は、あるバイオテロの阻止の際、一時感染が疑われ、生涯隔離されるところだった』

 自身を日本にやる際に、上司は説明した。見た事もないが、面影はある先祖。それに英国人と中国人――

『なら、なぜ私が生まれているのですか』

『問題はそこだ。本来、このバイオテロのウイルス――人間の体内に入ると、染色体を破壊して雌しか生まなくなるというもの。これは空気に触れると死滅する。ゆえに、ウイルスが漏洩した際に現場に居合わせた3名は、体内に摂取していないと判断されて解放された。……しかし、200年。200年もの間だ。君の家と、中国人の家は女性しか生み出さなくなった。嫁に行けば娘しか生まれない。自然と婿取りをするようになったようだが……』

『英国人の方はどうしました。家系が絶えましたか』

『英国人は同性愛者だった』

『明快ですね。――で、200年前のそのバイオテロを防ごうと、リビジョニストどもが歴史改変を狙っている、と。それで、独逸から私を出しておきたいんですな。人質になどされて、一家系ならともかく、他に余計な歴史の改変をされちゃ困るという訳ですか』

『……日本政府は、“適性”のある人物を求めている。君がそうだ。大丈夫だ。こちらの対歴史遡航軍が、君を“女傑”の家系のままでいさせる――それと、刀剣男士とやらは生殖能力もあるらしいぞ』

「子供を作る技術はいくらでもあるから拘りはないんだがな。どうにも、あの時のテロをどうにかしたい、と考えている奴は多いようだ。全く、巫山戯ている。セクハラもいいところだ」

「主は、男の子が欲しいのかい」

 それは冗句ととるには、すこしばかり風情が欠けていた。歌仙も自覚していたらしい。少しばかり失敗した笑みに対し、自身は大きく笑ってやった。

「こんな血統、滅ぼした方が世の為だとすら思っている人間に何をいう」

「……僕は、独逸までついていってもいいと考えているけどね」

「それはいい。有能な部下はひとりでも多い方がいいからな。――鯰尾が執務室で待っている。あとは頼んだ」

 すれ違う。動かない歌仙をあとにし、自身は庭へと向かう。……

 

「エーベルバッハさんっていうんだな、あの主」

 挨拶を終え、夜。宛がわれたのは骨喰との相部屋だったが、そこは粟田口部屋の障子を開けば直ぐそこだ。主の許しを得て夜更かしをしていれば、ふと、話題の中心だった鯰尾はいった。それに、面子は一瞬だけ目を瞬く。そして一期一振は、「そういえば」と顎に手を添えた。

「そういえば、そういう名字の方だったな。ただ、普段はあまりお呼びしないな。書類上の話だ」

「どちらかというと、『ショーサ』って呼ぶ方が多いよね~」

「ショーサ」

 枕を抱えた乱の言葉に、鯰尾は首を傾げる。聞き慣れない言葉だ。しかし隣の相棒に、疑問は直ぐ氷解される。

「軍での階級だ、兄弟。エーベルバッハ少佐、というのがNATO軍での主の専らの呼び名らしい。主も少佐と呼ばれると直ぐに反応する事が多いな。急ぎの用事の時はそっちの方がいい」

「は~、あの人、軍隊の将校なんだね」

 いいながら、布団に寝そべる。解いた髪が布団に散った。

 ――刀剣男士の居住スペースは、比較的「無事」だった以前の部分をそのまま再利用しているという。内装と外装の違いに戸惑いながらも、ひとまずはヒトの身体ではじめて得る布団の感触を受け入れる事にした。

(色っぽいお姉さんではなかったけど、面白そうなヒトだったな)

 あれで男だったら、屹度逞しい軍人として働いて、日本に来る事もなかっただろう。鯰尾は、布団の中でそう思った。

 

 

 

 

 

End.



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