長崎生まれは数多いのですが大和の前に武蔵を。
人の一生は戦いに始まり戦いに終わる。
生きるという事はそれだけで辛く厳しいもので
誰もが苦節を耐え、より良き未来を願い
或る時、私たちは後ろを振り返り思い至る。
「こんな筈ではなかった」
前を向いている時は必死過ぎて気付かずに。
そして多くの人は、その段階で折り合いをつける理想と現実。
願った未来とは違うけれど、必死に生き辿り着いた場所ならば。
これもまた素晴らしい人生であったと妥協する。
私は、その考えを否定はしない。
人物の価値は他者が決めるが、人生の価値は自身が定める。
今を愉しむのも過去を評価するのも、要は自分次第なのだ。
だが私は………。
いや私たちが潔く後悔を捨てられる筈がなかった。
国は敗し、仲間が沈み、時間は私たちを過去にして
移ろいゆく季節に風景が幾度変わり、覚える者が消えても。
寧ろ、負の感情は高まってゆくのだ。
だから深海凄艦は間違いなく、戦争の遺物だった。
それらから生み出された私もまた世界の異物である。
相対する為に艦娘が生まれ、沈み、世を再び戦気が包む。
私は再び目を覚ます、果たせなかった後悔を今度こそ。
◇
九月中旬、長崎・五島沖。
今現在、例年では見られぬ異常気象が日本全体を襲っている。
七月より連続して上陸する台風に河川は溢れ道路は水没し、
航空機は強風から飛ばせず流通は滞ってしまった。
九州は物資だけではなく情報ですら分断される様になって久しい。
加え九州に上陸したのは台風だけではない。
深海凄艦らも嵐に乗じるが如く、長崎・熊本・福岡を強襲すると
長崎を除くニ県をほぼ制圧し自らの橋頭堡とした。
長崎が陥落しなかったのは偶々、近海に私たち第ニ戦隊が。
陸地は九州方面を守る陸軍十七軍 第六師団が派兵に備え、
詰めていたからにほかならない。
いや、守ったと口にするのも烏滸がましい。
散発的な襲撃、長引く台風に物資を失った私たちは
現状、まともに動けなくなっている。
前や後ろも抑えられ長崎に尚も浸透を許していないことは、
敵が本腰を据えず片手間であるからといえよう。
動けぬ今に不満が無いわけでもないが、
私や大和は他の戦艦と比して消費する資材が多い。
攻め時を誤れば後はなく、綿で首を絞める様に戦いすら出来ず
屍を曝すであろう事を考えれば慎重にならざるを得ないのは
十二分に理解している、が。
「とはいえ、理解と心情は別物だが」
武蔵のぼやきに周囲からの視線が集まる。
呉鎮守府にある基地要員と艦娘共用の食堂を会議室に見立て、
実働艦娘と従来の艦隊を指揮する艦長らを招集した
武蔵の辛辣な言葉に頭を掻いた。
「ちょっと、武蔵!」
「ハッハッハ…まぁ、反論は出来んなぁ」
「提督!?」
諌める様な大和の声も気にせず、件の男は話を続けた。
「話が逸れたな。皆も現状を理解している事と思うが、
まず問題になるのは燃料弾薬よりも食料だ。
海上だけじゃなく陸上の流通網すら途切れて早二ヶ月、
本来なら此処に居ない第六師団に今も鎮守府内で
避難生活を余儀なくされた市民達…正直に言おう。限界だ」
「………」
「ここまでの認識はいいな。
加えて、さきほど師団長から連絡が来たんだが
どうにも第六師団は士気限界を迎えたらしい。
北は西海橋に、東は諌早と広く防衛戦を引いたからな。
食料も無ければ前には怪物、後背には一部暴徒化した市民ときた。
二ヶ月、よく持ってくれたと思うべきだろう」
男は言葉を一度切り、周囲のざわめきが治まるのを待つ。
「で、だ。待った甲斐があったと思うべきかは悩ましいんだが
熊本の臨時軍司令部と連絡がついてな。
南島原から天草市に全市民を海上輸送する計画が上がった」
「な…っ、冗談ですよね?」
同席していた高雄が信じられないと表情でも語りかけてくる。
それはこの場にいる殆どの者が感じた気持ちの代弁だ。
長崎だけでも民の数は一〇〇万を優に超えていて。
それだけの数を幹線道路を使い各地から南島原まで誘導し、
艦艇を使って内海を渡り天草市に下ろす。
問題は数多に有るが、憂慮されるは防衛線の直ぐ近くを通過し
制海権を奪われた状態で海を渡らせること。
どれだけ困難を極めるか。
ましてや統制に欠いた民衆が遠く、一四〇kmの距離を移動する。
ただ戦えといわれるよりも遥かに難しい。
「気狂いになられたか、上島中将閣下」
「然り!第一三水戦も賛同致しかねる!」
「私も少し不安かも〜」
誰もが堰を切った様に声を上げ始めるのを、
二人の大戦艦はそれぞれ違った感情を以て眺めていた。
色白の肌をやや赤く染め、鮮やかな茶色の髪を後ろでに
纏めた少女は男を信頼した瞳で見つめて。
焼けた肌を大胆に露出し、色素を失った髪を手で弄りながら
嬉しそうに笑う少女の瞳は力強く周囲を睨んで。
「気狂い……大いに結構じゃないか!
要はこのままいい様に民草諸共、蹂躙されるか。
一花咲かせて身を散らすかの差だろう?しかもだ。
成功させれば死に果てたとて、護国の英雄と呼ばれる訳だ」
「…私も武蔵に同意しましょう。
戦いに生き戦場で散るは本懐ですから。
各々方、成功如何よりもまず現実を見据えて下さい。
この作戦、全滅を取るか、生命を繋ぐか。要はそれだけのこと」
武蔵、大和の一声に場は収まり、結論は定まる。
先行き見えぬ現状に不平不満を口々に唱えた下士官、一兵卒とて
「国の為、民の為に身を捧げよ」長崎に集う全軍に
軍域無線を通じてそのように指令が下ると、
彼等が動き出すのは早かった。
陸は第六師団から抽出された機械化部隊と警察、市民団や
呉鎮守府の基地要員、はては工廠の工兵迄もが武装して。
海は武装非武装問わず出せるだけの大小含めた数千の艦艇と艦娘。
それらが通過する予定の港湾へと突撃を敢行した。
◇
早崎瀬戸内海に作戦艦隊が突入して早二時間。
作戦は夜間に行われた。
当然の様に戦闘は未だ続いていて。
空を飛び交う弾頭の軌跡は周囲を照らす。
段取りよく市民の誘導はなされたが南島原に全市民が
辿り着くに掛かる時間は三時間と想定された。
全市民が集まってから輸送を開始する事が本来で在れば望ましい。
彼らにも家族があり、大切な人が居るのだから。
出来る事ならば制海権を奪ってから、皆一緒にと。
だが、更に作戦時間が伸びる事は作戦の意義を失う。
奇襲し局所的な場面としては攻勢に出れても
全体の物量で負けているのだ。
夜に作戦を実行したのも戦果目的などではなく
輸送艦の生存率を少しでも高める為に他ならない。
皮肉にも大和の口にした通りこの戦いは
最早、一を取るか十を取るかの域では済まされない。
〇か一なのだ。時は有限でやはり武蔵たちに後はなく。
結果、全面で敵に肉薄しながら目を引き付ける。
その間に輸送を実行した。
そうして五時間、彼らは戦い続け。
砲を失えば僚艦の盾となり果敢に散った。
幾多の犠牲を流して市民を乗せた最後の輸送艦が
南島原港を発った時、男は全艦に指令を無線へと流す。
『皆、良く頑張ってくれた。無謀を、奇跡を果たしたる因は
皆の挺身にある。さあ、最後の一働きとしようじゃないか!』
「…っ」
武蔵は隣に並ぶ大和の、何かに堪える様な表情が見えた。
無秩序に天草市へ雪崩混んでも結果は見えていたから、
愚かな相棒は無い頭で一計考えた。
彼は、初めから作戦成功時に助かる命を振り分けた。
挺身する者を志願で募ったのだ。無論、武蔵は志願した。
相棒は大和を愛していたし、大和も少なからず想っている。
自身には分からぬ感情だが姉の女らしい考えを、
私は助けてやりたかった。
付け加えるなら。
「私とて、今行かねば怒るぞ。もう小娘ではないのだろう?」
「武蔵、貴女は……あの人の事を」
大和が何を言わんとしているのかが分かる。
だがそれは無意味な想像だ。
「つまらん問いに、私たちの命を掛けさせるのか。大和よ」
「…失言でした。貴女たちの命、この戦艦 大和が継ぎましょう」
「あぁ、それでいい」
離れる大和たちの背を少し眺め、敵へと振り返る。
同胞らの沈んだ海面から黒い何かが浮かび上がるのを見た。
一様に血の涙を流し生きている私たちを憎む様に。
それが戦艦の型を成していくのを遠目で見やり、
ふと視線を空に向ける。
曇天に吹き荒ぶ風、航空機の無い暗き空だ。
海上に残るは何れも力強さを感じさせられる戦艦たち。
遅き足に硬き皮膚、強き砲に見通す目。
加えて、之よりは守る戦いではない。
付け加えるなら、これこそ私が。
私たち戦艦が望んだ戦場だったから。
頭の片隅に浮かぶ相棒の顔。
忘れる様に頭を降って届けと告げる。
「あぁ、息災で」
私は戦艦「武蔵」……私は戦に恋をした。