注意—死別あり、怪我あり
死んでしまった艦娘はご想像にお任せします。
鎮守府に併設された工廠からは、
普段であればうるさい程に鳴り響く騒音が聞こえることはない。
代わりに耳へと届く、音の外れたサイレン、何かを焼く音、
それに続く砲撃音…その音すらも何処か遠くの出来事の様に定かではなく。
漠然と何度も経験した記憶から、夢だと気付いた。
(ああ、また…この夢か)
視線は腕の中へと固定され動かすことは出来ない。
夢に意味があるならば、それは忘れるなと刻み付けるかのように。
俺の腕に抱えられた彼女からは美しい
どう見ても、取り返しのつかない出血量。
俺の頬を伝う涙は止まらず、口からは嗚咽を漏らす。
こぼれ落ちる命の灯火に震えるだけの情けない俺を見て、
慈しむ様に彼女はただ力なく微笑み続ける。
「貴方を一人…残すこと、それだけが……心残り」
血色を失い白かった肌を一層白くさせながらか細く呟いた。
愛した彼女が最期に遺した言葉。
それは今から三年前、今日の様な寒い日の記憶。
「…ろ!起きろ、提督!」
遠慮なく身体を強く揺すられて、夢から覚めた俺は周囲を見渡す。
何時もと変わらぬ自室、窓の外から陽の光が入り込み
微かに鳥達の鳴き声が聞こえてくる。
「……悪い、手間を掛けた」
「問題ない、魘されていたのでな。
貴様の服はここに置いて置くぞ」
回らぬ思考に頭を揺らしながら布団から身を起こし
肌が寒気に曝されて、身体を小さく震わせた。
目線を少し上げるとボタンを閉じることもなく、
シャツだけを袖に通した那智が同じ様に俺を見つめている。
女性らしいしなやかな肢体からはシャツ程度では
隠れることのない色気を醸し出し、平時より横で束ねられた
美しく長い黒髪は身体のラインに沿うように下ろされている。
だが何より視線を奪われるのは、その整った顔立ちに
残された大きな傷痕の方だった。
左頬から眉骨に掛けて残された裂傷痕は彼女の左眼を奪っている。
閉じられた目蓋の内側にあるべき眼球はなく、
そのことを認識させられる度に俺は、失った日のことを意識する。
三十路過ぎの男からの不躾な熱視線に気を恥ずかしくしたのだろう。
「…っ、あまり見つめてくれるな。提督も早く着替えてくれ」
と言うと背を向けて着替えはじめる。
(それこそ、今更だろう)
そんな姿をぼうっと眺めながら、彼女との出会いを思い返した。
大敗に喫し鎮守府にまで深海棲艦に攻め込まれたあの日、
俺は正しく全てを失った。
言葉の比喩などではなく、愛する者も信頼出来る部下も
国防への熱意も全て等しく失ったのだ。
それでも、生き残ったならば敗軍の将という首には重要な意味がある。
即ち、敗北の罪を背負う責任が必要になるのだ。
それもいい、ただ生きていても意味はない。
そう断じて身辺整理を済ませながら本営からの召喚を待つ。
そこで略式の裁判を行い処刑されるだろう。
だが待てども待てども音沙汰はなく、
引き継ぎの準備まで終わらせた頃…つまり数週間して
通達を携えた
要約すれば、損害を受けた鎮守府は何もここだけの話ではなく
人的余裕の欠ける状況では指揮経験の豊かな高級将校を
いたずらに遊ばせる余裕などはない。
各地の予備艦(あらゆる理由で一線に耐えられない艦)を
順次一線に復帰させるので、至急的速やかにこれを再編し
戦線を再構築すべし、という内容だった。
碌に修復もされず血の滲んだ包帯を巻いて現れた彼女は
その内の映えある一艦なのだろう。
命令ならば従うのが軍人だ、と必要最低限に彼女と接していく内に
気付いたことがある。
彼女は俺と同じく壊れているという事実だ。
普段ならば軍人以上に軍人らしく振舞い非の打ち所がない。
だが、重度の心的外傷を抱えた彼女は時折発作を起こしては
取り乱しては自傷する。
しかも自身の生に関する興味がとことんないのだ。
実質、数ヶ月のあいだ戦闘能力を有しているのが
彼女一人のみだったこともあってか気付けば思いのほか
深く接していた。
夜になれば壊れた者同士で慰め合うように、
情けなくも不毛な行為に耽る毎日。
そこに愛といった感情は互いに持ち合わせていない、
気安い付き合い…例えるなら利害関係の繋がりだろうか。
彼女に対する裏切りではないのだと思える、それだけが救いだった。
三年経った今でも、那智は第一艦隊の主力であり続ける。
基地要員含め作戦未参加の艦娘を背に並べて決まった言葉を口にする。
「必ず生きて帰れ…総員、帽振れぇ!」
「うむ。では、抜錨する!」
旗艦号令に合わせ、軍港より六隻ばかりの艦隊が
航跡を描いて水平線へと進んでいく。
その後ろ姿を眺めながら不安を握り潰すように拳に力を入れた。
望むならば、今日も彼女に少しばかりの運があらんことを祈って。
誤字報告ありがとうございます!
そのままだと、なく〜無くと文脈が可笑しくなってしまうため
修正させて頂きました。