ごめんね…ごめんね…。
八月が終わりを迎えようとしていた。
連日の日照りは嘘のように静まり、日中にあって涼しさを感じる
心地のよい風が、まるで僕を誘う様に髪を撫でてゆく。
鎮守府から少し離れた岬にある灯台で何時もの様に水平線を眺める。
彼は、ここから眺める風景を好いていた。
一緒に眺めるうちに僕も好きになってしまったらしい。
(ああ…もし死んだらここに埋めてくれると嬉しい、
なんて君は嘯いていたけれど身体の一部すら帰ってくることは
なかったじゃないか)
聯合艦隊司令部より発令され、少なくない艦艇と人員を投入した作戦で
彼は直接、重巡洋艦「八嶋」に座乗して戦った。
結果は語るまでもないけれど、臆病者を自負している彼にしては
勇猛な指揮を見せたと山城は涙を流しながら言っていたかな。
きっと君のことだから、山城を助けようと独断で動いたんだろう。
あの戦いで佐世保から出撃したのは十二隻、
帰ってきたのは山城の一隻だけ…姉と愛する君を失った彼女は
見ていられなかったよ。
(僕かい?そうだね…悲しかったかな。だって初恋だったから。
もう結ばれない、分かっていても…でも涙は出なかった。
自分でも呆れているんだ、なんて薄情な女だろうって)
だから、此処にこうして来るのも最後にするよ。
「元秘書艦として報告に来たんだ、提督」
「今日、山城がそっちに逝ったよ。もう逢えたのかな?」
二次防号作戦と呼ばれた、正真正銘の乾坤一擲。
国力の限界から硫黄島までを国防圏として定め直した戦い。
先の作戦で生還した予備艦を含め、新造された「大和」「武蔵」に
艦娘としては初の正規空母である「赤城」「加賀」を加えた艦隊。
小笠原諸島を征する戦いで山城は「姫」級と相討って沈んだ。
奇しくも其処は、八嶋が沈んだ場所と同じだったらしい。
「僕たちもね、第二陣として出撃することになったんだ。
水雷戦隊が殆ど壊滅してしまったらしいから」
「だから…」
「あ〜時雨!やっぱり此処に居たっぽい!」
背後から聞こえる元気のある声に振り向くと、
髪を揺らして走ってくる夕立の姿。
彼女は何時だって変わらない、そんな姿に勇気付けられる。
「夕立、ごめん…探したかな」
「うん、そろそろ作戦時間っぽい!時雨は…誰かと話してたっぽい?」
「いや、独り言さ…先に行っててくれるかな。すぐに追いかけるから」
「……わかったっぽいー!」
彼女が来た道を戻っていくのを確認して、もう一度水平線を見る。
「…ごめんね。僕も夕立だって死ぬつもりはないけれど、
僕の初恋は此処に置いていくから」
脳裏に浮かぶ、何度も何度も舌を噛みながら山城への告白を
僕を相手に練習している君の姿。
告白を受け入れて貰って泣きながら報告にきた君の姿。
…臆病な君だって頑張ったんだ。
片想いだった僕の初恋を…君たちの墓標にしても構わないだろう?
分不相応な恋に意味を持たせたい、それは僕の我侭だけれど。
「僕は、貴方を愛していました」
ややあって、水滴が頬を打つ。
雨だと理解し空を見上げるとパラパラと音を立てはじめる。
目尻を、頬を伝うそれは涙の様で何かが熱く込み上げた。
「泣いて…いるの?」
「ああ、そうか…君は僕に泣かせてくれるんだね」
涙を流せない僕に、悔いを遺さぬ様にと。
肯定する様に髪飾りが凛と鳴る。
気付いてしまうと、もう涙は止まらずに僕は泣いていた。
……これは涙雨、そして雨あがる。
祖母が先月亡くなって、悲しいのに不思議と泪が出ませんでした。
自己嫌悪と薄情だなって思いは感じた私の感情ですが、
時雨には後悔して欲しくないので…(´・_・`)