人は嘘を吐く生き物。
それは虚栄心から、欺瞞の為に、または相手を想って。
それがどんな形でも世界は嘘に満ちている。
だってそうでしょう?私たちが既に嘘の様な存在なのだから。
◇
優しい事は良い事で、人には優しくしてあげなさい。
なんて、母は口癖の様に私に言い聞かせた。
自分たちが食べるのに困っていてもお腹を空かせた人を
見つけては食事を分け与える人だったから、
年齢の割に身体は痩せ細り美しかった髪は光を失って。
そして、やはりと云うべきだろうか。
母は私が十歳を数えた年、倒れて還らぬ人になった。
何故、そこまで他者を思いやる事ができるのか?
不思議で一度だけ聞いたことがある。
母は小さく笑って「貴女も恋をすれば分かる」なんて
冗談めかし優しい手で髪を梳いてくれたけれど、
当時の私に理解できたかと問われれば間違いなく首を傾げたと思う。
その頃の英国は内乱が起きるほどに逼迫していたし、
母が死ぬと今まで見た事もない親族が現れ、
唯一遺してくれた屋敷を奪い合ったものだから
そんな風に国を追い詰めた深海棲艦より、
私の憎悪は醜い大人と英国に向いてゆく。
おまけの様に引き取られ、篭の鳥の様に閉じ込められる生活で
心の奥深くで次第に大きくなってゆく憎悪の火が、
私の生への渇望を一層強くした。
弱いことが罪なら、私は強くなればいい。
そんな事を誓いながら転機が訪れたのは、それから三年後。
遠い島国より訪れた一隻の潜水艦と人の形をした艦が、
内乱に滅びゆく英国を救った。
艦艇に比べれば非常に安価で、かつ効果的な艦娘は
英国ですぐさま実用化され適性を問わぬ形で
志願者を大々的に募集しし始める。
反対した叔父を振り切ってでも私は適性試験に志願した。
それで死ぬなら私が弱かっただけの話だから。
◇
継承を成功し、一定数の艦娘らがドーバー海峡を奪還すると
国内の物資不足は嘘のように解消された。
欧州が団結し始めると軍事力にも余裕が生まれ助力に対する返礼、
その一陣として私は日本へ転属となった。
時には人を殺めた私が日本で暖かく迎えられたのは、
私が金剛型戦艦 そのネームシップであったからだろう。
概ね日本に馴染むとまるで故郷の様な錯覚すらある。
心と身体に余裕が生まれると、自然に思考は外へと向いた。
私を指揮することになった提督は、私以上に余裕のない人だった。
だからだろうか自然と関心を寄せてしまって。
私は彼に付き纏い、時には茶化し相談に乗って。
そうしている内に胸の中を彼だけが占めてゆくのを理解した。
彼に幸せになって欲しい、なんて冗談みたいな考えまで浮かぶ。
(演技の筈だった)
彼が私に告白した時は心臓が止まるかと思った。
私は彼を好いて、彼は私を想っていた。
でも、身体を重ねると気付いてしまうのだ。
私の身体には人にはあり得ない物が埋め込まれていて、
彼は痛ましい物を見るように私の身体を撫でる。
(未来が見えない、普通の女なら持ち得るこの先の未来が…)
日本は艦娘の損害率も、軍人の死傷数も他の国と
比較にならない程に高い。
私が死んだ時、彼は立ち直れるだろうか。
そんな不安を胸に残しながら結果を先延ばしにした。
そうして過去を辿る様に私は沈んで逝く。
日本に来て、常に最前線で戦い続けたのだから
何れ終わりが訪れるのは明白で。
姉妹である榛名の叫びを聞いた時には、
二本の魚雷が私の脚下で炸裂する。
次第に機関が音を小さくすると私は浮力を失った。
海底に見える顎が私を喰らう前に、せめて…。
私は母の様に愛を振りまくことは出来ないけれど、
彼の為に
まだ動く
「提督、聞こえマスか?…私は今まで嘘を吐いていたのデス」
ーーこれから吐くのは嘘。
「貴方が余りにも真剣デ、告白するのが遅れてしまいマシタ」
ーー演技ではない本当の気持ちを伝えたいの。
「私は提督のコト、ナントも思ってないのデース」
ーー好き。
「アハハ、ゴメンネー♪でも提督はcharmingな人だから
きっと好きになってくれる女性が現れるネー!」
ーー大好きです。
嘘の様な恋をして私は幸せだった。
無事だった姉妹の安堵と作戦の成功、生まれて初めての恋に
多幸感を感じながら私は笑いながら底へと沈む。
『オイデ……貴女モ…一緒二…』
深い深遠を携えて、大きな顎が嗤った気がした。