ストレンジャーズ   作:philo

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05 両雄相対す

「佐天さん!!」

 美琴が、部屋に入るなり叫んだ。

 そこは廃ビルの中の広間のようなところだった。

 あちこちが薄汚れ、壊れていたが、十分な広さがあった。ちょっとした運動なども軽くできそうで、もちろん、その場で戦士と戦士が腕を競うにも十分なだけの空間だった。

 その広間の中心で、瀬里奈は、芝居がかった仕草で両手を広げた。

「私の舞台へようこそ、御坂美琴さん。私は『閻王』加茂川瀬里奈。元姫士組ネオユニバース10代目姫長をつとめていた者よ。貴方のことは楽しませてあげるわ。いいえ、私が楽しませてもらうと言うべきかしらね? うっふふふふふふ……」

「何をわけのわからないこと言ってんのよ……」

 美琴は、瀬里奈のわざとらしい物言いに、眉を逆立てた。

「佐天さんをどうするつもりよ、この人さらい!こんな真似をして、恥ずかしくないの!? 私に用があるなら、そう言えばいいじゃない。なんでこんなひどいことするの!」

 怒りに満ちた少女の叫びに、黒衣の女はこう答えた。

「ふふ……簡単なことよ、電撃姫。私は貴方に怒ってほしかったの」

「っ……!?」

 その言葉に、美琴は思わず絶句した。

「ただ『決闘を挑む』というだけじゃ、貴方は本気にならないでしょう? それじゃ駄目なの。貴方の本気が見たいのよ。こうして友達を危険にさらし、人質に取ってみせることで……友達思いの貴方は私に憤怒する。そうじゃないかしら?」

 そのあまりに身勝手な言葉に、美琴が二の句を継げないでいると、瀬里奈は、

「これだけでは怒ってくれないなら……そうね、このぐらいは必要かしらね」

「ちょっ――!」

 制止する間もあらばこそ。

 瀬里奈は、傍らに立っていた佐天の頬を、拳で殴った。

「あぐぅっ!!」

「ふふふ、いい声ね。若い子の悲鳴って本当に素敵……思わず濡れてきてしまいそうだわ」

 頬を押さえて痛みに呻く佐天を、瀬里奈は恍惚の表情で眺めた。

「さあ、どうかしら。もう一発いってみるかしら……?」

「――やめろっ! この下衆!!」

 美琴の怒声に、瀬里奈は手を止めて振り向いた。

 そして、獲物を狙う蛇か鰐のような、不気味に光る視線を美琴に据える。

「…………」

「み……御坂さん」

「私と戦いたいなら、私に挑みなさいよ。佐天さんを巻き込まなくても、相手ぐらいするわよ! こんな卑怯な真似しないと決闘も挑めないなんて、貴方はまるで、クズよっ! そこらでカツアゲやってる不良と変わらないチンピラよ、あんたはっ!」

「こ、このガキ! 瀬里奈さんになんてことを――」

 顔を紅潮させて瀬里奈を罵る美琴に、横に立っていた若菜が怒りの声を上げようとすると、

「黙れ」

 瀬里奈が、じろりと横目でにらんで言った。

 その底光りのする視線とドスの利いた声に、若菜はすくみ上がった。

「ひぃっ――は、はい!」

 そして若菜が引き下がると、瀬里奈は再び恍惚の表情で美琴を振り向いた。

「……ふふ。うふふふ。うふふふふふふふ……」

 含み笑いをもらして、瀬里奈は歓喜の声を上げた。

「いいわねいいわね、凄くイイわぁ! その激昂した雌獅子のような怒りの表情、私の心に響き渡るわぁ……! 御坂さん、貴方は最高よ! そうよ、それでこそ下衆の真似をしてまで怒りに火をつけた甲斐があったわ! そうよ、貴方はただの女の子みたいに笑ってるなんてつまらない。誇り高き怒りを燃やしてこその電撃姫よ!」

 その身勝手な言葉に、美琴はさらに怒りを募らせた。

「ただの女の子よ! 私は! こんな中学生相手にいい大人が人さらいなんかしてまで、馬鹿じゃないの!?」

 当然といえば当然の問いかけに、しかし瀬里奈は冷笑を返した。

「ふふ――貴方、自分の価値をわかっているの?」

「……どういうことよ」

「貴方はね、自分で思っているよりずっと凄い王なの。この私、閻王が戯れつくに相応しいほどにね。いかに幼くとも獅子は獅子――貴方自身が否定しようとも、その覇気までは隠しようがないわ。そして、強者は同じ強者と引かれ合い、求められる。そういうものでしょう?」

 ぎらぎらと輝く、獲物を前にした飢えた狼の瞳に対して、美琴はすげない拒絶を返した。

「勝手な理屈ね。そんなこといって、こういう真似して許されるとでも?」

 鼻を鳴らして続ける。

「私には貴方は、ただのイカれた犯罪者にしか見えないんだけどね。大体女王って、うちの学校の食蜂さんのあだ名じゃないの。あいつならあんたみたいなのとは気が合うでしょ。ならず者同士、決闘ごっこしてなさいよ!」

「フ……食蜂操祈(しょくほう・みさき)さんも、確かに女王の名にふさわしいわ」

 美琴の出した人名に、瀬里奈も微笑して頷いた。

「でもね、その彼女よりも貴方は上なの。いいえ、貴方は第三位ではあるものの、この学園都市の真の頂点と言ってもいいわね。第一位はあまりに歪みすぎていて、第二位は貴方ほどの将器がないわ。貴方こそが真の女王となるべき人なの」

「……意味がわからないわ」

 美琴は困惑した顔で言った。

 この美しく荒々しい無法者は、自分で考えた論理を、自分でどんどん進めていってしまうところがある。周囲の人間は、ただ困惑して、置き残されるしかない。

 そんなところも、瀬里奈を孤独たらしめる要因の一つなのだが、そんなことは美琴の知る由もない。

「私の能力『長明賽』は、物理的な力の流れだけでなく、万物のあらゆる流れを読む力なの。精神の形とか、時代の流れとか……言うなれば第六感を拡大解釈し、限界を設定していないような能力ね」

「……っ」

「……とんでもない能力ですわね。それ、定義次第では真理すら見る能力ですわよ」

 美琴の横にいた黒子が、驚嘆のおももちで言った。能力開発について深く学んでいる彼女には、いかに瀬里奈の能力が、異常なものであるかがわかった。

「AIM能力者には、そういうタイプはいないようだけど、夢干渉能力者には真理観測者も何人かいるわ」

 言ってからにやりと、瀬里奈は美琴を見て唇をゆがめた。

「だから、私には見えるのよ……貴方という人間の魂から満ち溢れる、まばゆいばかりの天の雷(いかづち)が。こんな極上のご馳走を前にして手出しをしないほど、私は萎えてはいないつもりよ……わからないかしら、御坂さん?」

「あんたがどんな理屈を並べようと、私の意見は変わりはしないわ。私はただの中学生。そしてあんたはただのイカれた犯罪者よ!」

「フフ――どうかしらね!」

 瀬里奈が美琴と激しく視線を衝突させる。

 その様子を見た黒子が、

「……! 今ですわ!」

 言って、テレポート能力を発動させた。

 瞬時に、数メートルの距離を転移して、黒子は瀬里奈たち三人のすぐそばへ現れる。

「!」

「白井さん!」

 若菜が、不意に現れた敵に狼狽した。

「なっ、こいついつの間に――げぶっ!?」

 ほんの数秒の逡巡だったが、黒子にはそれで充分だった。手練の投げ技が飛び、若菜はあっさりと背中から地面に叩きつけられた。

 背中の痛みに呻く若菜に構わず、黒子は、二メートルほど離れた位置にいる瀬里奈と佐天に目を向けた。

「お姉様は貴方の戯言など聞くお方ではありませんのよ。私が佐天さんを救出してしまえば、それで終わりですわ。佐天さん! いま瞬間移動で、助けますわよ!」

 そして再び、亜空間に身を躍らせる。

 瀬里奈とまともに戦うつもりはない。佐天のかたわらに現れ、佐天に触れて二人で転移する。それで救出劇は終わり、あとは瀬里奈を置いて逃げればいい。そのはずだった。

 しかし、黒子の思惑は、

「――――フ」

 という瀬里奈の微笑と、いつの間にやら抜き放っていた鞭のひと振りによって、瞬時に打ち砕かれていた。

 瀬里奈のフェイティア『炎帝鞭』の先端が、何もない虚空を――そこに転移した黒子の胸を、容赦なく打ちすえた。

「ぐぁうっ!!」

 悲鳴を上げて地面に転がる黒子を、美琴は愕然とした顔で見た。

「なっ――」

「そ、そんな……白井さんは消えていたのにどうして!」

「どうして場所がわかり、攻撃を当てられたのかというのね? ふふふふ……」

 瀬里奈だけが、悠然と笑っていた。

「何度も言ったでしょう、私は万物の気を読むと。ならば白井さんの気流を読み取り、出現地点を予測して攻撃することも可能よ。私と御坂さんの、王者同士の会話を妨げようなんて……いけない子」

「う、うう……」

 苦しげに呻く黒子を、瀬里奈は獲物を狙う狼の視線で見下ろした。

 そして瀬里奈は黒子に一歩近づく。右手に「炎帝鞭」を携えて。

「黒子!」

「お願い、やめてっ!」

 美琴と佐天の叫びにも、瀬里奈は揶揄するような微笑を返すばかりだ。

「さあ、どうしようかしらねえ? なにしろ私、苛烈なことで知られた閻王ですもの。貴方が御坂さんを『お姉様』と慕うなら、その可愛らしい顔に酷い傷をつけて、顔向けできなくしてあげようかしら? そんな顔になれば、逆に優しいお姉様は、憐れみをかけて貴方を寵愛してくれるかも知れないわねぇ……?」

「ひぃっ! い、いやぁ……」

 瀬里奈の美貌に浮かんだ嗜虐的な笑みに、その殺意と渇望にぎらついた眼光に、勇敢な風紀委員が口から悲鳴を漏らす。

「お姉様……助けて、お姉様ぁ……!」

 その言葉に――黒子の目に滲んだ涙に、美琴の中で何かが弾けた。

「この――ふざけるなァ!!」

「ッ!?」

 瀬里奈が、度肝を抜かれた。

 咄嗟に飛びすさって回避したものの――美琴が放った大出力の電撃の塊に、瀬里奈ほどの者が、慌てて飛び下がることしかできなかった。

 流れに乗って優雅に避けるような避け方ではない。必死で逃げるような避け方だった。

「くっ――!」

「お、お姉様……!」

 警戒の視線を向けて身構える瀬里奈と、茫然とそちらを眺める黒子の前で、美琴は冷ややかに言い放った。

「そんなにも私と戦いたいなら……好きなだけ相手してあげるわよ」

 仁王立ちになり、全身に電磁気を纏う。バチバチと稲光が閃き、その稲光よりなお強い眼光が、ひたと瀬里奈を見据える。

「この私に、この『超電磁砲』の友達にくだらないちょっかいをかけた代償がどれだけ高くつくか、その身体で思い知りなさいよ!! 私が裁いてやるわよ。閻王!!」

 その台詞に、一瞬の間を置いて、

「……ふ。ふふ……あははははははは!」

 と瀬里奈は高笑いを上げた。

 そして飢えた狼のごとき笑顔を向けた。

「いいわ、ようやっとこちらを向いてくれたわね! そうよ、この魂の咆哮、この存在の軋み合いこそが、私が渇望してやまないものだわ……! さあ殺(あそ)びましょう、常盤台の電撃姫! 姫士組の閻王が、全存在をもって愛してあげるわ!」

「調子こくのも程々にしなさいよ……いい年した大人がバカみたいな真似して! あんたみたいなふざけた奴は、ブッちめるって決めてんのよ!!」

 そして閻王と電撃姫は互いに歩み寄る。

 黒子と佐天、それに若菜はただ茫然と両雄が衝突に向けて互いに近づくのを眺めるばかりだ。


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