パイレーツ・オブ・ナザリック   作:(^q^)!

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プロローグ

「ヨー、ホー、ヨー、ホー……」

 

 呟くように歌われた言葉は円卓に広く伝播し泡のように消えた。さざめきのように思える歌は響く。誰にも届かず、誰にも伝えられないままに。

 

 ユグドラシルと言うゲームがブームになり、日本ではDMMORPGと言えばユグドラシルの代名詞であった。何万人もの人が熱中し、数々のユーザーイベントも執り行われたし公式イベント時にはサーバーがパンクするという事態もあった。ただしそれは何年か前の話だ。

 

 勃興があれば衰退もある。流行り廃りなんてのは繰り返される。人類の発展と同じだ。

ユグドラシルは廃れた。過疎は目に見える。ネット上での話は耳に聞こえない。そしてギルドには人がいない。

 

 リリースから十二年。人々の記憶に残ることもなく消え去ったいくつかのゲームを思えばユグドラシルは恵まれたほうだろう。ふとした拍子に話題に上がるかもしれないし、プレイしていた人は何かの拍子に思い出すことがあるかもしれない。誰かがおぼえているということはきっと幸せなことなんだろう。

 

「こんにちは、おひさーです」

 

 一人ぽつんといた円卓にもう一人がログインした。骸骨の見た目は恐ろしいが中身は優しい死の支配者(オーバーロード)。ナザリック地下大墳墓を拠点とするギルドであるアインズ・ウール・ゴウンの長、モモンガが先にいたメンバーに挨拶をした。

 

 その姿はまさしく異形だった。顔はタコそのもので顎や頬のあたりから髭のように触手が生えくねり、タコの下には人間のような体があるが指は細長く、背中には蝙蝠のような翼がある。

頭に巻いたバンダナの上からトリコーンの帽子を被り、よれよれの白いシャツは胸元までボタンが開けていてその上から袖のない革ジャンを羽織っている。革ジャンの上からまかれたベルトには剣やら銃が突き刺さっていて、穿いているズボンは分厚く、靴はブーツのような無骨なものだった。

常に水が滴り足元を濡らすが一定範囲以上には広がることはなく服や帽子も濡れない。顔に生えた幾本かの触手を器用に一本だけ持ち上げて軽く挨拶を返した。

 

「おひさーです、モモンガさん」

 

「今回は長かったですねえ、無事帰ってこられて何よりです」

 

 モモンガは心の底から心配したような様子で話しかける。事実彼は目の前にいるタコを親友のように感じていたし、タコもモモンガに対して似たような思いを抱いていた。

オンラインゲームの末期は悲しいものだ。ログインするメンバーが少なくなり、やがて幾人かしかいなくなる。その幾人かもかつての楽しさが薄れるにつれて消えていく。色あせない前に、思い出を宝箱に閉じ込めるために、去ってゆくのだ。

そんな中、残された側は必死だ。しかし届かないのだ。宝箱の中から声は届かない。

 

「大変でしたよ。今回はなんと五隻中一隻しか残らなかったんです」

 

「運よくその一隻に乗ってたんですか?」

 

「いえ、難破した方に乗ってたんですが救助が間に合ったんです」

 

「うわあ、すごい話ですね」

 

「まあその危険手当もあって今日から一週間休みですよ」

 

 タコは言ってからしまったと思った。一週間後はユグドラシルのサービス終了の日だ。モモンガとの縁もサービス終了と同時に薄くなるだろう。そんな別れの予感はサービス終了が告知されてから何となく感じていたものだったがここ一か月は特に強くなっていたのだ。今の自身の発言でそれはさらに強まったように感じる。

 

「そうですか、私も三日後から連休なので終了日までには十分遊べますね」

 

 タコの予想に反して帰ってきた声は軽かった。彼はモモンガが押し黙るか何かして、負の感情を抱え込むような気がしていたのだがそうはならなかったようである。

 

「そうですか……。実は少しやりたいことがあるんですよ。モモンガさんにもぜひそれに協力してほしくって」

 

「本当ですか? 私にできることならお手伝いしますよ」

 

 するとタコは外装を決められた通りに動かした。異形の様相は人間味を感じることができないが、その表情だけは万人に同じ思いを抱かせることができるだろう。

 

「悪そうな顔してますね」

 

「ああ、これだけはこだわって作ったからそう思ってもらわなくっちゃ。

事実、これからするのは悪事の企みですからね」

 

 タコは円卓に二つのマグカップを置き、その中に茶色く濁った液体を注ぐ。注がれた液体は上辺に白い泡の幕を構成した。エールである。タコは秘密の話し合いをする時に決まって酒を振る舞い飲み交わしながらその計画を話す。そして最後に言うのだ。

 

「力で奪え!」

 

「情けは無用!」

 

「「イェーイ!」」

 

 ガツンとマグカップをぶつけ合い、0pointというダメージ表示も気にかけずに笑った。それはきっと一人ではできないから。話し合いも、笑い合いも、一人ぼっちではできないのだ。モモンガもタコもそれがわかっているから最後まで残っていたのかもしれない。

 

 

 

 

 玉座の間にて俺はモモンガさんと話していた。玉座に腕を載せて寄りかかりながらだらけている。目の前にはNPCが幾人か控えていて、ゲームのエンディングでも迎えそうな雰囲気だ。事実、もう終わりではあるのだが。

 

 俺の企みはうまくいった。終了間際で過疎っていたことや、終了だからとログインしてきたプレイヤーが鈍っていたこともその理由としてあるが、何よりもその準備の入念さがすべてを決めたといっても過言ではないだろう。チャットは荒れに荒れ、掲示板でも勢いが数時間にわたってトップを独占し続けるという事態に陥った。

 

「お宝を頂戴するってのは実にいい気分だ」

 

 玉座に座ったモモンガさんにそう話しかけると彼も興奮冷めやらぬ様子で返答した。

 

「ええ、しかしよく集まりましたね。警戒して集まりが悪いと思っていたんですが」

 

「モモンガさんの言うこともその通りです。

実はモモンガさんに話したことと同じことを他の集まった連中にも話してたんですよ」

 

 そう言うとモモンガさんは驚いた様子で振り返る。

 

「えっ」

 

「全員に、他の奴らが持ってきたワールドアイテムを奪っちまおうって話をして、その為には現物を持ってくる必要があるって話をしたんです。それぞれにそれぞれの違う計画を話して、我々がうまくいくように同士討ちさせたりして、最後に一網打尽ってわけです」

 

 お分かり? とモモンガさんに話し終えるとふうとため息をついた後、苦笑しながら話す。

 

「ぷにっと萌えさんみたいなことしますね」

 

「あの人だったら自分の仕業とすら思わせずにやり遂げるんじゃないですかね」

 

 そう笑いあう時にふと思うことがある。今いないメンバーの話題で笑いあうことのなんと悲しいことだろう。誰々がいたら、誰々だったなら何て言いあうことの何て不毛なことだろう。しかし我々の思い出の一番輝かしいことを語るうえで彼らが必要不可欠であることは動かない。そんな彼らを語ることは輝かしい思い出で自分を着飾るようなものなのだろう。鏡に映ったその姿をむなしいと思ってしまうのは自分の性分なのかもしれない。

 

「もう十二時まで五分もないですね……。モモンガさん。今までありがとう。あなたが止めないでいたから俺も止めないでいたんだと思う。長い間、ギルド長お疲れ様でした。そして、本当に、ありがとう」

 

「……そんな、言われるほどのことをしたわけではないです。ギルド長って言ったって意見の調節をしていただけですし」

 

「それがお疲れ様って言ってるんですよ。たっちさんとかウルベルトさんの喧嘩の仲裁できるのはモモンガさんくらいでしたよ。謙遜してるのか、自己評価が低いのかわからないですけど、モモンガさんがやってきたことは他の誰でもできなかったことだと思いますよ」

 

 時間を見るともう一分残されていない。何となく気恥ずかしいので誤魔化すように声を大きく張って最後のロールプレイをする。チャット欄にもシャウトで大きく宣言する。

 

「諸君! 今日という日を忘れるな、ワールドアイテムを根こそぎ頂戴されちまった日だ。この、キャプテン・スワリューシと、アインズ・ウール・ゴウンにな!」

 

 シャウトはきっと他のものに掻き消えただろうが、幾人かの目には止まったはずだ。真相をつかもうとするようなやつがいるとも思えないが、やがて犯人はわかるだろう。

 

「それでは諸君、また会おう」

 

 時間がゼロになる。0:00:00という表記はすなわち終わりを示していた。

しかし、終わらなかった。何かが切り替わるような感覚と同時、豪華絢爛な玉座の間に自分はなく、外にいた。

 

 濃厚な匂いは排気やゴミの腐った香りではなくこれこそが自然ということを感じさせ、目の前に広がる景色はすべてを圧倒した。

 

 空に輝く光はすべてが星なのだろう。夜空というよりは宇宙といったほうがしっくりくるような空は思考能力を奪った。感動に打ち震えるということは言葉でしか聞いた事がなかったが、今のこの感覚こそがそうなのだろう。

 

 背中に生えた蝙蝠の翼がふわりと自身を浮かせる。空には雲があった。リアルの世界にあるような紫がかった汚泥ではなくそれもまた自然の一部であることを感じさせる調和を持っている。

 

 それを突き抜け、地平線が円いと感じられるほどまでに飛び上がる。月だ。丸い、輝く衛星。その光は電気の明るさのように星の光を奪うことなく共存している。

 

 この光景を表すには美しいと言う他ない。どんな言葉でどんなふうに飾ろうともこの光景の前には霞んでしまうだろう。自分の中のすべてが奪われてしまったような感覚は喪失感ではなく充足をもたらしていた。

 

 どれくらいそこにいたのかわからないが、気が付くと太陽が昇ってきていた。地平線から上る夜明けの光景というものにも見惚れ、完全に日が出たときにふと気が付いた。はたしてここはどこなんだ?




ゆっくり続くと思います

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