パイレーツ・オブ・ナザリック   作:(^q^)!

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十話

 王都の冒険者組合は賑やかである。交易の護衛依頼はもちろんモンスターの討伐依頼、採取依頼や巡回の依頼なんてものもある。帝国であれば巡回なんて常備軍で賄うのだが、王国では人員の関係から重要でない場所の巡回などは冒険者組合に任せてしまうことが少なくなかった。

基本的に巡回の依頼を受ける冒険者なんてのはさしてクラスの高くない、討伐などで金を稼ぐことも難しい者ばかりだ。生活が苦しい。そんな者だからこそ、賄賂を受け取るというのも当然である。

 

 王都リ・エスティーゼは中心地から離れるごとに治安が悪化する。その娼館も中心地から離れた場所にあった。薄暗い裏道はそこで行われていることを如実に表している。重い鉄の扉は中の音の一切を遮断しているが、その中の音が外に漏れださないことは外を通る者にとって幸いであると言えるだろう。

 

 水の入った袋をひたすら殴るような音と漏れ出る苦しげな声。その音から想像できることは正しい。一人の人間が声を上げることすら許されずにゆっくりと締め付けられるように殺されているのだ。

 

「おい、てめえらもこいつみてえになりたくなかったらちゃんと言われたとおりに仕事しやがれ」

 

 顔に古傷のある筋肉質な男がぐったりと床に倒れ伏している。顔はもとの造形がわからないほどに膨れ上がっており、目や口や鼻などのあらゆるところから血が漏れ出ている、服の上からではわからないが体も顔と同じかそれ以上に痛めつけられているだろう。

 

 彼はつい先日、従業員の廃棄を担当していたものだった。廃棄から帰ってきて、妙に怪しい挙動について吐かせると廃棄するはずのものを金で売ってきたらしい。それを聞いた仲間は上司にチクリ、今制裁を受けているというわけだ。

 

 八本指の奴隷売買部門を担当するコッコドールはそれを眺めながらどうするかを考える。従業員を買った者の情報を見ればそれが誰なのかすぐに思い当った。

上品そうな老執事となれば最近王都でにわかに人気になっている新参者だろう。貴族に仕える執事で八本指の名を出しても引かないような奴なんてそれ以外に思いつかない。むろん確認のために調べるつもりではあるがほぼ確定と考えていいだろう。かなりのお人好しで、困っている人を見かけたら絶対に助けるとかいう変人だ。

偶然か何かで廃棄の瞬間に立ち会ってしまい、それを助けたという形だろうか。

 

 感動的な話である。しかし残念なことにハッピーエンドとはならないだろう。浅はかなことだ。証拠隠滅をしないなんて正義の味方はどうかしている。

 

 今朝の会議で警備部門からの腕利きを借り受けた。ちょうど彼が取り立てに行っているはずだ。すべては円満に解決することだろう。

 

 コッコドールは立ち上がり、廃棄しておけとだけ告げて隠し通路へと向かった。

 

 

 

 

 

 セバスは内心焦っていた。拾った人間、ツアレという者についてである。彼女はまさしく厄介ごとの種である。現状、彼女をかくまうことで得ることのできるメリットは何一つない。

 

 そして、この王都に至高の御方がいるかもしれない。それを主人に隠し立てすることはあり得ない。その報告をするにあたってツアレについて黙っているのも不自然である。一晩くらいは彼女に休む時間を与えたいことと、実際本当に居るのかを調べるために報告を先延ばしにしたが時刻はもう朝。

 

 夜通し探したことによっていくつかの痕跡を見つけることはできたが存在を確認することはできなかった。

 

「セバス様。これ以上の情報を私たちの能力では得られません」

 

 ソリュシャンの言うことはもっともだ。何より彼女のスキルが一番活躍したのだから。これ以上となるともっと適した下僕を使うか人海戦術的な方法の何れかになるだろう。

 

「わかりました。アインズ様に連絡いたします」

 

 ツアレはすでに起きている。現状について簡単な説明もした。仮に死ぬ可能性があったとしても彼女は自分についていきたいと言ってくれている。説得の時間はなかった。しかし、彼女の気持ちを受けてそれに応えられないのであれば創造主に顔向けできない。

 

 小さく、深呼吸をする。伝言(メッセージ)巻物(スクロール)を開く。

 

『アインズ様。セバスでございます。お時間、よろしいでしょうか』

 

『セバスか? 構わないが、何かあったのか?』

 

『はい。王都のことでお耳に入れておきたいことがございまして』

 

『何か特別なことがあったのか? まあ、わかった。では報告を、いや少し待て』

 

 アインズがそう言うと伝言(メッセージ)の魔法が更に繋がったような感覚があった。

 

『――よし。アルベドとデミウルゴスにも同時に伝言(メッセージ)を繋げた。後で私から同じことを言うのでは二度手間だしな。さて、それでは報告を頼む』

 

 まずい、とセバスは思った。アルベドはナザリック外の者に対してかなり苛烈な姿勢である。そんな彼女にツアレについて説明しても帰ってくる答えは一つだろう。

 

 デミウルゴスは自身とそりが合わない。彼が下す判断は合理的であるのだがあまり自分の好みではない方向であることが多い。それらを考えれば下される判断は望ましいものではないだろう。

 

『はい。ではまず巻物(スクロール)についてです』

 

 当たり障りのない情報の報告をしながらも頭はフル回転である。何か、何か彼女がいることでメリットはないか。思い当たらない。当然だ。彼女を拾ってきたのが昨日の夜。それから回復のために寝たきりである。彼女という人物を知ることのできる時間はそうそうない。話したのだって傷が回復してからの数分と、今朝起きてからの一時間ほどだ。何ができるかということを聞いてはみたが実際にどの程度できるかなどは全く見ていない。

 

 メリットを憶測で語ることは難しい。それを裏付ける根拠が必要だ。

 

『ふむわかった。しかしそれはいつもの報告書に書いてあるようなことだろう? それ以外に何かあったのか?』

 

 ごくりと喉が鳴る。額には汗をかいていた。セバスはまず、至高の御方についての情報を言うつもりでいた。

 

『三つ、報告がございます。まず、キャプテン・スワリューシ様が居たと思しき痕跡を発見いたしました』

 

『なんだと!? それはどういう、いや、すまない。報告を続けてくれ』

 

『はい、昨日の夕方ほどになるのですが――』

 

 セバスが話すことは昨日自分が体験したこと。そして夜にソリュシャンや影の悪魔(シャドウデーモン)によって集められたいくつかの痕跡について話をする。

 

『高い魔力の残滓と塩辛い水、空を飛ぶ何かの目撃証言と数か月前の鮮やかな鳥による騒動……王都にいるのか? ……鳥はシャルティアが遭遇したモノと同じとみて間違いないだろう。水はそう、確かそのような性質を持つものを常時滴らせていたはずだ。

しかしそれ以外は弱いな。情報不足だ。アルベド』

 

『はい、アインズ様。情報収集に長けた下僕を編成し王都に放ちます』

 

『任せた。二つ目の報告はソリュシャンが感知した強大なモンスターだったな。これも先ほどの対応で間に合うだろう。それで、報告は三つと言っていたな。最後の一つはなんだ?』

 

 セバスは躊躇う。良い解決策もなくここまで来てしまった。

 

『どうかしたのか?』

 

 アインズからの促しの言葉がまるで十三階段のようであった。己の力不足を痛感しながらついにセバスはその報告を口にした。

 

『お待たせして申し訳ありませんアインズ様。

その、先ほどお話したキャプテン・スワリューシ様を追いかけた後の話になります』

 

 拾った時のことを話す。そのために金貨を使用したこと、その治療のために大治癒(ヒール)巻物(スクロール)を使ったことまで洗いざらいすべて話した。それは悔恨であったのかもしれない。ナザリックに属するもの以外へと向けてしまう優しさは異端である。集団の中で例外であるというのはかなりのストレスを伴う。その上、自分自身でもその行為を間違っていると感じているのだ。

 

 しかし胸の内から湧き出る衝動は、波紋は広がるばかりだ。そしてそれはきっと自身の創造主の影響であるのだろう。一時は呪いのような鎖かとも思っていた。その答えはいまだに出ないままだ。

 

『アインズ様、不躾なこととは思います。どうか、彼女をナザリックで働かせることはできないでしょうか』

 

 セバスの申し出に返答したのはアインズではなくデミウルゴスだった。

 

『セバス、彼女をナザリックに入れることでどんなメリットがあるのかね?』

 

 セバスはデミウルゴスからの問いに少しの間を置いた。今まで全くと言ってもいいほどに浮かばなかったメリットというものが唐突に思いついたからだった。なぜだろう。デミウルゴスと話すといくらでも反論の言葉が湧き出てくるような気さえした。

 

 ツアレがいることによって生じるメリットについて話す。それは人間がナザリックで過ごせるかどうかというテストケースやアピールに使えること、料理を学ばせることでそれをできる人数を増やすこと、彼女がユグドラシルと同じようにメイドとしてレベルアップしたり職業レベルを採ったりできるかという実験に使えるかということ。様々であった。

 

 デミウルゴスとの口論はアルベドによる制止の時まで続いた。思わず熱中してしまったことにセバスとデミウルゴスは謝罪をすると、帰ってきたのは笑い声であった。アルベドも息をのむほどにアインズは上機嫌に笑い、そしてセバスの願いを確約ではないが聞き届けることとしたようだった。

 

『実際に会ってみてからだな。近いうちに――そうだな、明日の昼ごろにナザリックに連れてこい。その時に最終的な判断を下そう』

 

『ありがとうございます! アインズ様』

 

 伝言(メッセージ)では姿が見えないというのに頭を下げるセバスの姿は感謝をありありとあらわしていた。困っていることを助けるということ。そしてそれが成されるということ。それは絆が確かに存在しているかのように感じることができたからだった。

 

『よい。気にするな。

アルベド、下僕の編成はどうなっている』

 

『はい、アインズ様。すでにリストアップは終えていますので後は召集して王都まで放つだけです』

 

『よし。今夜シャルティアに転移門(ゲート)で下僕を運搬してもらい、二日ほどかけて情報収集をしてもらう。お前たちから上がる情報もそろそろ十分だろう。その二日の間に撤収の準備を済ませておけ。ああ、最後の仕事として小麦を買い集めるのを忘れないようにな』

 

 それだけ言うと通信は切れた。セバスは全身から力が抜けたような気がする。それでも体勢が崩れないのは彼がナザリックの家令(ハウススチュワート)たる所以であろう。

 

「セバス様、アインズ様はなんと?」

 

 その気配を感じてか、部屋に入ってきたソリュシャンにセバスはこれからの予定を伝えるのだった。




少し時系列が錯誤しています
ゲヘナまでには収束すると思うんで許して

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