パイレーツ・オブ・ナザリック   作:(^q^)!

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十五話

 運の良し悪しというのは非常に判断の難しいものである。運良くキャンセルができて飛行機に乗れた者と、運悪く搭乗時間に間に合わなかった者。しかしその後、飛行機が墜落したとしたら運の良し悪しは変わってくるだろう。

 

 そういった意味で言うと、彼らはこの時点では運が良かったといってもいいだろう。彼らの今日の仕事は人攫いである。

 

 王都に巣食う犯罪組織である八本指の警備部門に六腕という集団がある。それぞれがアダマンタイト級冒険者にも匹敵する戦闘力を有するといわれている彼らは当然最強である。だからこそ巨大な犯罪組織の中で暴力という部門のトップに立つことができるし、他の連中も警備として彼らに安心を覚えるのだ。

 

 その六腕の一人が敗北するということの意味。それは彼らの存在意義が根本から疑われてしまうということに他ならないのだ。強さの証明は敗北によって否定されてしまう。だからこそ、その原因の排除に動くのは当然なのだ。

 

 その男達はその原因になった女を攫ってくるように指示され、実際に対象の屋敷に来た。鍵も平凡なものだったので手慣れた様子で開けることができる。そうして侵入した屋敷の中は雑多なものがいくつかある程度で人はいない。

何もありませんでしたと帰るわけにはいかない。そうしたら彼らも悲惨な結末を迎えることとなってしまう。

 

「おい、いねえぞどうすんだ」

 

 仲間の一人がそう言う。そんなことはここにいる誰だってわかっていた。馬鹿がという文句は胸の裡にとどめて、次善の案をとる。

 

「人攫いはあくまで手段だ。重要なのはその爺をおびき寄せるってことだろう? なにか重要そうなものだとか、そういうのでも代用になるんじゃないか?」

 

「……それもそうか。これだけ探していないってことは女は別のとこにいるのかもな。とりあえず家にあるものは全部頂いちまおうか」

 

 そういって男達は作業に戻る。家具だとか、書類だとかそういうものを運び出す。書類は彼らにとって馴染み無い言語で書かれているので必要かどうか不明ではあったが何もかもすべてを彼らは運び出した。

 

 運良く、屋敷の住人は誰も帰って来ない。彼らは見事にすべての物を運び出すことができた。

 

 彼らは本当に運が良かった。八本指のアジトに帰った後、それほど苦しむこともなく死ぬことができたのだから。

 

 

 

 そこに集まったのは過剰な戦力といってもいいだろう。デミウルゴス、シャルティア、マーレ、エントマ、ソリュシャンにデミウルゴス配下の高位のシモベ。これらを自由に使って行える知的な遊戯にデミウルゴスは胸を躍らせるとともに気を引き締めた。もちろん楽しくはあってもいい。だが失敗は許されない。完璧にこなさなくてはいけない。

 

 デミウルゴスが順調に進めてきていたその計画を伝える。一応その前に注意事項などを伝えた後に今回は全権を自分が握ることを各守護者に伝達し、その了承も得た。

 

「今夜行われる計画は大きく分けて二つの段階が存在する。第一段階は八本指という連中の拠点をすべて制圧もしくは破壊することだ。その際に八本指のトップと思しき連中をできるだけ捕縛する」

 

 デミウルゴスの計画に対して何か異議を唱える者はいない。それぞれの様子を見て、何も意見はないとわかるとデミウルゴスは詳細な話をする。

 

「君の呼び出された場所に屋敷に置いてあった家財一式がすべてある、と残されたメモには書いてあったがそれが真実かどうかはわからない。おそらく君を呼び出すための罠であることを考えればあの屋敷の物は別の場所に保管されている可能性は高いだろう。

だが、セバス、君にはそこに行ってほしいのだよ」

 

 デミウルゴスの計画にセバスは頷いた。そこに何かの蟠りはないように思える。

 

「はっきり言ってしまえば屋敷に置いてあったものなんて言うのはたいして価値があるというものでもない。だからまあ、君に明かすことはできないがこれから行われる第二段階のついでに(・・・・)それらは探すから君は君の任務を優先してほしい。

君の任務は、君が呼び出された場所にいるだろう犯罪組織の連中を捕えることだ。下っ端はどうでもいいから地位の高いものを捕えてほしい。捕縛した連中はソリュシャンに渡してあるアイテムを使ってニューロニストのところに送ってくれ。君はそのままナザリックに帰還する。

君の任務は以上だ。何か質問はあるかね」

 

「ありません。それでは、ご武運を」

 

 セバスのみが部屋から出ていく。ソリュシャンは残り、その後の話を聞く。音を立てないように扉が閉まり、さてと前置きをしてからデミウルゴスは話し始めた。

 

「シリュシャン、実を言うと盗まれた家財類は囮だ。彼らが盗んだ物資だとか集めた書類などの集積場を探るために盗ませた。その場所を探すための巻物(スクロール)は用意してあるのでセバスと別れた後君はそこに行って物資を回収してほしい」

 

「かしこまりました」

 

 その直後、デミウルゴスに影の悪魔(シャドウ・デーモン)が寄ってきて耳打ちする。

 

「……ふむ、そうか。急な話で悪いけど、マーレはエントマと一緒に拠点の制圧を頼む。やることはセバスと一緒だ。地位の高いものを捕縛して、物資の回収。いいね?」

 

 はいと帰ってくる二重の声に満足そうに頷くデミウルゴスに、シャルティアは期待の視線を向けた。

 

「わらわは?」

 

「君の出番は第二段階から。それまでは私と一緒に遊軍として待機だ」

 

「つまりは切り札というやつでありんすね!」

 

 にこやかなシャルティアにデミウルゴスはそうだねというやさしい言葉しか伝えられなかった。

いよいよ第二段階の話である。シャルティアだけでなく自身の配下にも言い含めるように計画を伝える。

 

「第二段階ではいくつかのアイテムやスキルを使用する。それによって王都から出られないようにする。この作戦の目的は大規模な物資の回収。シャルティアはそれらの物資をすべてナザリックに転移門(ゲート)を使って運ぶこと」

 

「ん? それだけでありんすか?」

 

「……重要な仕事で君以外にはできない事だ」

 

 目に見えてむくれるシャルティアであるが、デミウルゴスの続けて放たれる言葉にそうもしていられなくなる。

 

「さらに言えば、この作戦でもう一つ、我々に課せられた作戦がある」

 

「そ、それは何ですか?」

 

「これはアインズ様のご提案された計画だ」

 

 その前置きに今まで以上に身を引き締めて聞く。シャルティアも先ほどまでの様子はなく、真剣そのものであった。

 

「財貨を一か所に集める。その場所からナザリックに転移門(ゲート)を使って物を運ぶのは最後にせよとのことだ」

 

「拝命しんす。……デミウルゴス、わらわにはなんでその計画をするのかわかりんせんけど、一体それにはどういった意図がありんすか?」

 

「す、すいません、ぼくもわからないんですけど、デミウルゴスさんはわかりますか?」

 

 二人の疑問はもっともだと思いデミウルゴスは頷く。この作戦の意図を理解するにはとても重要な一つの情報がある。それを知らないのだから仕方がないだろう。

 

「ああ。実は、数か月前。この王都にはキャプテン・スワリューシ様がいらっしゃった」

 

 その言葉から始まるデミウルゴスの話は彼らのやる気をより一層強めることとなった。

 

 

 

 戦況はかろうじて拮抗しているように見える。しかし現実はそうではない。じわじわと、削られようにこちらが不利になっていく。ガガーランがその判断を下すのはかなり早かった。最悪、この目の前の存在が言うとおりに自分を捕食している間にでもティアだけでも逃がしてやりたいと思っていた。しかし彼女はモンスターの起こした爆発によって戦闘をできるような状態にない。

 

 ガガーランが襲撃する予定だった八本指の拠点に行くとそこにいたのはモンスターだった。それも、この王都を単体で滅ぼせるのではないかというほどの戦闘力を持ったモンスターだ。かわいらしい見た目をしているが、その存在は強大だ。人を食べるという残虐性。その口ぶりからは今まで何人もの人を食し、それらに好みまであるというグルメな様子だ。

 

 この存在を放っておいた場合、どれだけの被害が出るのだろう。このままこうしていても不利であるがガガーランには希望があった。それは同じチームの仲間だ。彼女たちが来ればこいつは倒せるだろうという予感もあった。

 

 10mはあろうかという長い蟲に拘束されていたガガーランの希望はわりと早くにやってきた。自分はあと少しで食物になるところを水晶の槍によって救われたのだ。その方向を見ると空中から降りてくる自分の仲間がいる。

 

 イビルアイの魔法によってガガーランはその拘束から解放され、傷ついたティアのもとへと急ぎ治療をする。ポーションによってゆっくりとだが回復するティアはひとまず放っておき、戦っているイビルアイに加勢をしようと武器を構えたその時である。

 

「あー、少し良いか?」

 

 およそ戦場に似つかわしくない声がした。気の抜けたような真剣みのないそれはどこまでも無責任であり適当である。命のやり取りをする戦士の場所に相応しくないそれに対する不愉快な気分を押さえつけて声の主を探すと近くである。

 

 その男は見慣れない格好をしていた。丸っこい帽子のようなものは見慣れない。服装もひらひらとしていて、いまいちその出身地がわからない。その服装からわかることは王国近辺の出では無いだろうということぐらいだろう。彼の持っている杖のようなものは宗教的なものだろうか。その身に着けてある装備は高価に思えるが、彼自身の戦闘力のようなものはわからなかった。

 

 ゆったりとした歩みは自信に満ちていて、その出自が高貴なものなのではないかと察することができるがその高貴さも人を食ったような慇懃無礼な声や所作で嫌味にしか思えなかった。

 

「……なんだ貴様は」

 

 イビルアイがそう言うと眦を下げて上から目線というか、自明の理をわざわざ話すことが苦痛であるかのような雰囲気で話し出す。

 

「ああ、やはりマナーがなっていないのだな。貴様たちは二人で一人を相手にしていたな? そこに加勢が来て、三人で一人を攻撃するという構図になった。これを貴様たちはよもすれば戦術だなんだというのかもしれないが、見ていた私からすればそれは卑怯以外の何でもない」

 

「……何を言っているんだ貴様は。こいつは、モンスターだぞ」

 

 ガガーランも理解ができなかった。彼の言っていることは正論ではある。しかしその正論というルールに明確に適用外である目の前の化け物を擁護する目の前の彼はおかしいとしか考えることができなかった。

 

「ああ、そうだな。そうだ。モンスター。異形種。そうだな。その通りだ。だから狩る。ボーナススコアみたいに。複数で一人を攻撃したって良い。モンスターだから」

 

 彼の様子を元からおかしいと考えていた彼女たちはそれに気が付くことができなかった。彼の様子の変化は彼女たちからすれば無いも同然であったが、その差を明確に感じることができたのはモンスターたるエントマだけだった。

 

「ああそうだ。だから邪魔をするな」

 

 その一言をイビルアイが言った次の瞬間である。

 

 身も凍るような、という表現がある。ガガーランは今までの長い冒険者生活の中でどれほど強大な敵と相対した時であっても高揚を感じるか覚悟を決めるのみであった。自身の四肢がなくなるかもしれない。殺されるかもしれない。どんな状況でも恐怖することはなかった。だから、彼女は身も凍るような思いをしたことはなかったのである。

 

 だからガガーランは最初、自分の思考の意味がわからなかった。

思い出したのは遠い子供のころの記憶。母や父、幼いころにかわいがってくれた大人達。今までに出会った気のいい連中。閨を共にした連中。そういった今までの人生の輝かしい、明るいものを自然と想起していたのだ。

 

 それが、あまりにも冷たく厳しい今から目を背けるための逃避であるということに気が付くことも対抗することもできずに意識を手放した。

 

 ティアはなまじそういった方向への対策ができていただけに意識を失うこともできずに真正面からそれを受け止めた。自然と体が震える。動きが鈍くなる。恐怖で動けないという状況は正直に言って信じられない。昔所属していた組織でその方面での対戦は完璧だと思っていただけにその衝撃たるや相当なものだった。

彼女は結果、意識を手放すこともできずにその原因から目が離せなくなる。下手に動くこともままならない。

その変化を彼女は欠片とも逃すことなく全て見ることとなった。足元から立ち上る赤い煙は彼を包んだかと思えばそれは現れた。渦巻く煙が立ち上るよりも大きいそれを先程まで自分たちの目の前にいた人物と結びつけることは容易だった。太く大きい体に相応の腕を組み、怒りの形相を浮かべたそれは彼女の知っている言葉であればかつて十三英雄が戦った“魔神”というものがそれに近い。

 

 イビルアイはすぐに察した。これは勝てない。歯が立つだとか一矢報いるだとかそういった全てが無駄である。仮面の下ではうっすらと涙すら浮かんでいた。

どうにか自分以外の二人だけでも逃がそうと横目に見るが、彼女たちは身動きができる様子はない。これでは時間を稼いでも無意味だろうか。

そんな考えが頭の片隅にあったが、イビルアイはいやと思考が切り替わった。それでも、彼女はここで何もしないで仲間を見殺しにすることはできなかった。それは嫌だと思うことができた。

 

 彼女の勇気は尊く、その在り方は美しい。その行動は普段のイビルアイから感じることができない熱量のようなものがあった。

 

「おや? これはこれは何とも……なるほど。御方はまさしく未来を見れるといってもよいのかもしれません」

 

 だが現実は尊くても美しくても厳しい。熱があろうとなかろうと動かないものがあった。

 

 追加された絶望。仮面をつけたその存在は人の形を保っていたが、明らかに先ほど変容した存在と同じだけの力を持ち、それを隠そうとしていなかった。

三対三という数の上での互角と質としての不均衡。もはやイビルアイが何かできるような状況ではなかった。イビルアイはそれが信じられなかった。まさか目の前の存在に匹敵するようなものがもう一体いるだなんて誰が想像できるだろうか。

 

 誰か助けて。そんな情けない縋る言葉が出そうになる。喉の手前で引っ込んだそれは紛れもない本心である。だが、現実としてそんなものはないとイビルアイは二百五十年の人生で学んでいた。

自分より強い存在というのは数えるほどしかいない。そんな数えるほどの中で目の前の存在に対抗できるものもまた限られる。そんな連中が運よくこの場に現れるなんてことはあり得ない。

 

 冷静な思考がはじき出したそれは本心の望むものでない。だがそれが現実だ。イビルアイは叫びそうな声を噛み殺して必死に現状の打開を練る。

 

 現在は目の前で二体の化け物が何事かを話し合っている。最初に戦っていたモンスターは仮面の男が何かを言った後にどこかへと行ってしまった。戦力が減ったと考えることはできない。敵の中で唯一倒せる可能性のあった存在。つまりはそれを人質として使える可能性が喪失したのだから、有利ではなく不利になったのだ。

 

 何か、何かこの状況を好転させられる要素はないか。そうイビルアイが考えているとそれは唐突にやってきた。

 

 落ちてきたと言ったほうがいいその勢いは目にも止まらぬといった速さだった。つまりはそれだけの高さから落ちてきたはずである。イビルアイは最初それを瓦礫か何かが降ってきたのだと感じたほどである。

 

 土煙の中から現れた黒いそれは何でもないように立ち上がり、真紅のマントを靡かせながら身の丈ほどもある剣を二つ抜刀したかと思えばそれぞれをこちらと敵側に向けている。剣が月明かりを反射して輝く。

その様相はまさに伝え聞く漆黒の英雄のそのままであり、彼女の脳は今までにないくらいに歓喜に震えていた。

 

「うん? 私の敵はどちらなのかな?」

 

 イビルアイはその問いかけに食いつくように叫んだ。


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