空中で自身の様子を確かめると違和感なく自分の体であると思えた。翼も触手も鉤爪もすべてが最初から備わっているかのごとく自然かつ潤滑に動かすことができる。それだけでなく知覚も何やら変化しているようで視野角が人間のそれではなかったりしたのだがそれらもすべて違和無く機能している。
まるで現実のようだ。いや、この光景をゲームで表現できるはずがない。とすれば必然これは現実であるということになるのだが、そうなると今度はこの体がおかしい。
ユグドラシルのプレイヤーキャラであるキャプテン・スワリューシは異形のバケモノである。今の自分の見た目はまさにその異形のバケモノなのだ。まさか特殊メイクで空が飛べるはずもなく、リアルにこんなおいしい空気が存在するはずもない。しかしコンソールが出ないもののゲームのようにいくつかのスキルが発動することも確かである。
さっぱりだ。全くもってわけが分からない。せめて自分以外にも相談できる相手がいれば話は別なのだが周囲に人はいない。空中なんだからそれもそうだろうと心の中で思いつつもスクロールで
まずは情報収集をする必要がある。滑空して地表の様子を確かめていると大きめの街があった。そこで話を聞こうかと考えたが入る前に気が付いたことがあった。この街には人間しかいない。
もしかすると異形種お断り系の街かもしれない。異形種のペナルティに特定の街に進入禁止というものがある。こういう街は結界などで入れないならまだしも、入れるくせにNPCの守衛に見つかるとすぐ指名手配状態になって無限湧きの守衛やPCに追われるなんて言う悪夢みたいな状態になることがしばしばある。
そうならないために街に入る前にはそこがどんな街かを調べる必要がある。
「
ベルトにひっさげてある召喚アイテムを使ってモンスターを呼び出す。黒いランプをこすった後に呪文を唱えると体の中から何かが抜けたような感覚の後、無色の力の塊のようなものが目の前で蠢きながら形になり色がついた。全体的に赤い羽根の色をしているが尾羽は紫、翼の先は青色になっている。黄色い嘴の上にある目元は白く、眉毛のように黒い体毛もあった。
「よぉよぉご主人、ずいぶんとまあご無沙汰じゃあないの。オレをいつまであんなごみごみした場所に閉じ込めておくつもりだい、えぇ? それに久しぶりに外に出たと思ったらこんなどこだかわからねえ変な場所に連れてきやがってよお、ん? あんたの都合で振り回されるこっちの身にもなれってんだいこんにゃろう。
さてさてところで今回は一体何の用でオレを呼び出したんだい? いや、いやいやいや。オレとあんたの仲だ言わなくったってわかるさオレの助けが必要なんだろう? 今までだってそうさ、オレはあんたが行くだろう場所の偵察を幾度となくこなしてきた。そんなオレならわかるさ。今回もまたなんか調べて来いってんだろう? そんなこたあわかってんだ。ただなあ、オレも言いたいことがあるわけよ。偶にはなんか華のある仕事っつうもんがしたわけさ。
例えばそう敵の迎撃とかな。オレは結構あんたと一緒にいろんなところを旅してきたけど戦闘ってのは一回もやったことがないわけ。こないだなんて第三階層の連中に戦ったことないのかよって煽られちまったんだぜ? まあ恐怖公さんが来てくれて、御方の役に立つことは戦闘だけではございませんよとかって言ってくれたから鼻を明かすことができたんだがよぉ、でもほら実際戦ったことないってのは何つうか飛んだことない鳥みてえな気分なんだ。わかるかなー、わかんないか。まあオレも寡黙なほうだからとやかく言わねえけどちょっと心の隅にそんなことをこの静かなオウムちゃんが言ってたって覚えていてほしいわけよ」
「お、おう」
このべらべらとやかましくしゃべっていたオウムは“知りたがる鳥”という偵察用のモンスターで、対情報系魔法などをすり抜けることができるのだ。その代わり物理的な防御はめっぽう弱く、三十レベル程度でも討伐が可能なうえ、得た情報をこちらに伝えるにはまた戻ってこなくてはならないという面倒くささもあってあんまり人気のないモンスターだった。
俺はこいつにデータクリスタルをつぎ込んでオウムの見た目と言葉を喋れるという設定を盛り込んだのだが、お喋りとまで設定したかどうかは覚えていない。いや、こいつ召喚した時はなんかチャット欄が騒がしかったような気もするけど正直ここ数年は呼んでいなかったので記憶が定かではない。
「そんで? 今回は一体全体どうして呼んだわけ?」
「お前のご明察の通り、あの目の前にある街の偵察を頼む。調べることは二つ。一つは異形種お断りの街かどうかってこと。もう一つはお宝の情報。オーケー?」
「アイアイサー、ご主人! ちょっくらいってくらあ!」
そういうとオウムは空中なのに陸上選手のようなクラウチングスタートをして高速で街まで飛んで行った。
考える。あのオウムはデータクリスタルをつぎ込んだとはいえもともとはAIで動くだけの存在のはずだ。ゲームでも一つ目の指示のような具体的かつすぐわかることなら今みたいにその通り動くが、二つ目のようなあいまいな指示では動かなかった。それにすぐ近くで触れ合えばわかるのだが、あれは生きていた。感情があり、思考があり、魂がある。
「さっぱりだ。全く、意味が分からんぞこりゃ」
つぶやくようにこぼした言葉はため息とともに漏れ出た。
エ・ランテルには三重の城壁があり、それぞれに入城のための門があり、そこでは日々守衛が目を光らせている。とはいえ、基本的に大まじめに仕事をするのは一番外円の城壁の守衛であり、中の二つはあからさまに怪しいやつ以外であれば取り調べたりすることもなく普通に通している。
「そこのお前、ちょっと待て」
そんな城壁で、あからさまに怪しいやつがいた。守衛は声をかけるがそいつは止まらずに歩いて行ってしまう。
「お前だ、お前。ちょっと詰所まで来てもらおうか」
そう言ってぐいっと後ろから肩を引くとそいつは驚いたような顔をして振り返った。まさか自分がとでも言いたげな顔をしているのだが、守衛からしてみればお前以外誰がいるんだよと言いたい気分だった。
長い髪の毛は幾本も編みこまれているが風呂に入っていないためかべったりとしていて、服も同様に薄汚れていた。肌は日に焼けた褐色をしており、伸び放題の髭や髪の毛にはいくつものストラップがついている。目元は黒く塗られていて体臭は魚か何かのような生臭さがあった。そのうえまるで見たことがないような服飾をしている。
詰所に引き入れ椅子に座らせる。出入り口に二人立たせて逃げ道をふさいだ後、目の前に座った守衛は威圧感を出しながら質問する。
「あんた、名前は? どっから来た?」
「名前、あーうん。名前ね。ジョン……はまあ安直だしジャックって呼んでくれよ」
守衛はドンと強く机を叩くと再度聞いた。
「名前は?」
「……ジョーンズ。ジョニー・ジョーンズだ」
ニッコリと笑いながら答えた男はそれ以上は何も言わない。守衛はイラついたがまだ目の前の人物は怪しいということ以外は何もしていない。何かしようとしてこの街に来た可能性も否めないがまだこいつは犯罪者ではないのだ。
「出身地は?」
「イギリスって国から船に乗ってきたんだが、聞いたことないか?」
守衛は聞いたことがない国の名前だった。出入り口に詰めている二人にも視線を移すが二人とも首を横に振った。ともあれ船を乗り継いできたということは海の向こうから来たということであり、そうであれば服装のおかしさもまあ許容の範囲内である。
「何をしにこの街に?」
「この大陸に来たのは初めてなもんでね。観光ついでになんか売れそうなもんでもないかって思って立ち寄ったんだ。この後は王都に行く予定だから二三日滞在する予定かな」
「あんた商人だったのか? それにしては荷物が少ないみたいだが」
守衛がそういうと不思議そうな顔をして男は空中に手を突っ込んだ。守衛たちが唖然としている中男はごそごそと空中を探り、スッと引き出す。その手には先ほどまでには無かった水の入った革袋が握られていた。
「アイテムボックスっていう魔法で荷物はこんなかに入れてるんだが……知らない? 割とみんな使ってたんだけど」
一先ず男は解放された。その後、守衛から上がった報告を目にしたエ・ランテル魔術師組合長がその男を捕えるように指示を出したが足取りすらつかむことができなかった。