月明かりが夜道を照らす。淡い光は遠くまで見通すことは困難だろうが近くを見るくらいであれば十分だろう。とはいえ、路地裏ともなれば建物の影によって近くすら見ることは難しくなる。
一人の男が歩いていた。鎧に覆われた全身に、腰から下げられた剣は彼の職業が冒険者であることを表している。酒飲み共が騒ぐ声が風に乗って聞こえるが鎧がたてる音よりは大きくならない。今日は運が悪かった。討伐に行けば盾が壊れるし、報酬金の受け取りはギルド側の不手際があってかなり時間がかかった。飲んだくれる気分でもない。こんな日はさっさと寝てしまうに限ると男は足を速めた。
「はぁい」
暗がりから黒いマントを羽織った女が出てくる。ふらりと飛び出たにしては足音もなく、いきなり出てきたようにさえ感じる。月は満月であるが女の口は三日月のように見えた。
「こんな時間に、こんな所を歩いていると、悪ぅい奴に襲われちゃうぞー?」
腰に下げたスティレットを片手で揺らし、もう片方の手にはメイスをだらりとぶら下げている。
「な、なんだおまえ」
すぐさまに腰にある剣の柄に手を当てる。女はそんな男の様子をあざ笑うように見た。持っていたメイスをぐるぐると回し、風を切る音が男にも聞こえた。
「なんだ、って聞かれちゃあ答えないわけにもいかないよねー。耳の穴かっぽじってよぉく聞けよ?
私の名前はクレマンティーヌ。今からあなたをぐちゃぐちゃにする、超かわいい女の子」
男にはクレマンティーヌの姿が消えたように感じられた。その存在を認知できたのは右足に鋭い痛みが走ってからである。悲鳴を上げながら足を見ると、膝から下がくの字に折れ曲がっている。次は左足だった。同じように、しかし逆方向に折れ曲がった足では立つことが不可能だろう。
「カジっちゃんにはあんまり目立つことはするなって言われてるけどー、やりたくなっちゃったんだもん仕方がないよね? ほら、いい声でなけよ」
次の一撃は胸に突き刺さった。鎧がへこむが骨が折れている様子はない。
「ウっ、げほっぐえ」
しかしそれが連続で幾度も襲ってくる。息ができないような苦しさの中、時折ほほをたたかれるような感覚もある。どこが痛いのか、何をされているのかもわからない。なぜ自分がこんな目に合っているのだろう。何か悪い事でもしたのかと考える暇すらない。
「ほらほら、もっと私を楽しませないと、死んじゃうよー?」
楽しそうな女の声は聞こえても理解が及ばない。やがて男は息絶えた。クレマンティーヌはあまり楽しめなかったなという不満と、少しは発散できたなという爽快感があった。まあこの三日間誰も殺していなかったことを考えれば今日のこいつは必要経費だろうと死体の処理をしようとしたところに音が聞こえた。
ジャラリ、ジャラリと微かに聞こえる音はクレマンティーヌかミスリル以上の冒険者でないと聞き逃してしまったことだろう。それはクレマンティーヌのいる路地の一つ隣から聞こえてきた。
運が良いと思い、ニヤりと笑う。幸いこの周辺には誰もいない。音の主を殺してから二つとも処理したとしても目撃者が出ることはないだろう。
音を立てないように忍び寄る。
暗い路地裏は視認性が悪いというのは一般的な人の尺度である。クレマンティーヌほどであれば今日の夜程の光であれば明るいとすら言える。暗がりで人物が視認できないなんてことは万が一にもありえない。
その男は酔ったようにフラフラと歩いていた。酔っぱらったような歩き方ではあるが酔っている様子ではない。まるで地面が揺れているかのような歩き方である。長い髪がユラユラと揺れるのが目につく。腰から下げられたベルトにはタオルやら何やらが無造作にひっかけてあり、いくつかの物がぶつかってジャラリと音を立てている様子だった。
その服装はこの地域のものではないように思える。法国や帝国、竜王国にも男が着ているような服飾はないだろう。
自分のことを棚に上げ、怪しいとクレマンティーヌは思った。エ・ランテルに潜伏してそこそこの期間が過ぎたが目の前の人物のうわさを聞いたことがない。それに、男が腰から下げているいくつかのアイテムに見覚えがあった。
クレマンティーヌはかつて法国の漆黒聖典に属しており、王国や帝国が知らないような情報を多数持っている。その中に“ぷれいやー”という情報も当然あった。
かつて人類を救い、法国の基礎を築いた六大神。彼らは自身のことを“ぷれいやー”と呼んだ。そんな彼らの残したアイテムは強力なものが多く、法国にはそんなアイテムがいくつも残っている。
その中の一つ“拭いたものが綺麗になる上に絶対に汚れないタオル”というものがあった。クレマンティーヌも教会の掃除などで使ったことのあるアイテムだ。たくさんあるので普段使いしているアイテムではあるがそれとて神である“ぷれいやー”の残した聖遺物である。
男が腰から下げているタオルはそのアイテムそっくりだった。服飾も突飛である。六大神も当時の人々が見たこともないような服装で現れたと伝記には書いてある。
「お嬢ちゃん、付いてくるのはいいけどどこまでついてくるつもりだ? もう俺の泊まる宿まで着いちまうから用があるなら早く言ったほうがいいぞ」
振り返らずにそうかけられた言葉に心臓を鷲掴みにされたような感覚があった。クレマンティーヌは戦士であるので本職のシーフ系と比べれば尾行なども大したことはないだろう。しかし身体能力や戦闘技能が人外の領域であるので普通の人であれば気づくことさえ困難なはずだ。しかし気が付いた。
ゆっくりと歩み寄ると目の前の男はくるっときれいにターンして振り返り、クレマンティーヌを視界に収めた。
「……夏場とはいえ、その恰好はちょっと薄着すぎやしないか? ……ひょっとしてアッチの商売の人か? だったらちょっと今はお断りだ。非常に惜しいけど、また後で誘ってくれよ」
クレマンティーヌは自分の機嫌が悪くなったことを感じた。こいつはいったい何を言ってるんだ? めんどくさいし殺してしまおうかと考えたが、目の前のこの男が万が一にも“ぷれいやー”にかかわる存在であれば手痛いしっぺ返しを食らうことになる。
聞いてみて、もし違ったのなら殺してしまえばいい。証拠の隠滅にはそれが一番だろう。
「……ねぇあなた、ぷれいやーって言葉を聞いたことがある?」
男の胡乱げな目が大きく開かれた。
なぜか詰所に連行されたものの、適当に誤魔化していたら解放された。オウムから魔法とかもあるという話を聞いていたのでアイテムボックスくらい誰だって使えるだろうと思って使ったのだがそうでもないようだ。そのくせ使う魔法はいくらかユグドラシルと同じというのがまた頭を混乱させる。やはりこの世界は作られたものなのだろうか。
このエ・ランテルには宝が存在しないとオウムは言っていたのだが果たしてそれが本当に存在しないのか、あるいは指示が曖昧だったために調べることができなかったのか不明だったので一足先にオウムだけ王都に飛ばした。エ・ランテルで下した指示と同じ指示を与え、これの結果によってはオウムもAIで動いている可能性を考慮したほうがいいかもしれない。
街のいろいろなものを見たり、スキルを使ってスった財布でおいしいものを食べたりしているうちに夜になった。服装が悪いのか、身分証明がないのが悪いのか、俺を泊めてくれる宿はスラム街の近くの安宿だけだ。
服は変えようがない。なぜならこれは一つの外装だからだ。
俺の採っている職業の中に海賊というものがある。これは盗賊系列の職業の一つで、異形種のようなデメリットのある職業だ。犯罪系ジョブといわれるこの系列にはいくつかの共通点があり、その一つが変装である。自分のアバターの服装を即座に変更できるスキルだ。
このスキルは攻撃をすると変装が解除されてしまうというデメリットがあるものの、不意打ちに非常に便利なスキルである。腰にぶら下げてある武器も何もかもが変装によって見えなくなる。鎧も覆い隠されるこの変装はPKによく重宝したものだ。
それに加えて種族レベルで採っているタコのスキルである擬態を使えば見た目を人間種にすることができる。ユグドラシルではこのスキルを使っていろいろと悪さをしたものだなあなんてしんみりしていると誰かが後ろからついてきていることが分かった。
また守衛かと考えたがそうではなさそうだ。正当な権力のある奴ならわざわざこそこそとするはずがない。どうどうと声をかけてくるだろう。それに女性であるようだ。
今までであればこんな風に人の気配などを感じることなんてできるはずもなかったのだが、どうやらこの体はそういったことを敏感に感じ取るようで街を歩いているときも意図的に感じないようにしていないと精神に異常をきたしてしまいそうであった。
ついてきている女に声をかけると彼女は驚いたように暗がりから出てくる。奇抜な格好をした女だった。いくつかの金属のプレートを鱗か何かのように重ね合わせたビキニのようなものを身にまとっている。その上からマントを羽織っているものだから、噂に聞く露出狂か何かかと思ってしまったのだが腰に下げている武器を見て、なるほどこれがこの世界のビキニアーマーなのかと感心した。
ユグドラシルにもビキニアーマーはあったのだが、基本PCは男であることが多いし女性のギルメンに話を聞くと“ビキニアーマーとかありえない”との言葉を聞いていたので女性はこんなの着ないだろうなと思っていたのだが、まさか実際にお目にかかるとは思ってもみなかった。
そんな女から驚くべき言葉が発せられた。プレイヤー。これを聞いてくるということは目の前のこいつもプレイヤーなのだろうか。だとすると、ネカマプレイをしたまま俺みたいにここにきてしまったとかいう感じなんだろう。
「お前もプレイヤーなのか? ギルドはどこ……いや、そうじゃない。あんた名前は?」
「お前も? いや、私は“ぷれいやー”じゃねえ、じゃなくて、ないです。私の名前はクレマンティーヌ、です。
あなた様は、“ぷれいやー”なんでしょうか?」
おかしなことを聞くやつである。その様子から違和感を抱き、詳しい話を聞いてみることにした。
「ユグドラシルのプレイヤーじゃないのか? 俺はキャプテン・スワリューシ。ギルド、アインズ・ウール・ゴウンに所属している。
……アインズ・ウール・ゴウンに聞き覚えはあるだろ?
というか、プレイヤーじゃないんだったらその言葉をどこで聞いた?」
うちのギルドや俺の名前は悪名のほうが大きいのでできれば明かしたくはなかったのだが今のこの状況であれば隠しているよりは大っぴらにしてしまったほうがいいだろう。
女は口をパクパクと何度か開いては閉じてを繰り返し、やがて決心がついたのか低い声で静かに語りだした。
「実は……私は法国の」
「うわ! 死体だ! 誰かー!!!」
その時である。隣の路地から大きな声が響いた。その声に応えるように何人もがこちらに向かってくるのがわかる。目の前の女もそれに気が付いたようで、小さく舌打ちをした後にこちらに近寄ってきた。
「もしあなたが本当に“ぷれいやー”だというのなら、その証をください」
「証ったって何が何の証になるんだ?」
「何か、証明できるアイテムか何かないですか?」
切羽詰っているようだった。悪質なクレクレか何かかとも思ったが様子が違う。しょうがなくアイテムボックスからいくつかのアイテムを取り出した。
「あー、そうだな、これなんかどうだ? “
ボスが無駄にドロップするレア(笑)アイテムでもある。一応アイテムボックス入っていたとはいえゴミアイテムだから渡したって損はない。ポーションも同様。しかし一枚であろうとも金貨を無償で渡すことは癪である。
クレマンティーヌはそれらをうやうしく受け取り、去ろうとした。
「ありがとうございます。よろしければぜひ、法国へいらしてください」
「おい、ちょっと待て。俺ばっかり渡すってのはちょっとばかり不公平じゃないか?
そっちはなんかないのか? お宝とか」
そういうと、ごそごそと懐を探ったクレマンティーヌが差し出したのは宝石がちりばめられたバンダナのようなものだった。
「叡者の額冠という法国の秘宝です。お納め下さい」
秘宝! いい言葉である。職業レベルのせいかあるいは元々か、宝と聞くとそれだけでいいものに思える。
「おお、ありがたく頂戴する」
ざわめきもついには大きくなり俺たちのいる場所にも人が来ようとしていた。ここにいると無駄な詮索を受けるかもしれない。これ以上ここにいるのはまずいだろう。
「そんじゃ、また会おう」
「はい、スワリューシ様」
そういって走り去ろうとするクレマンティーヌに声をかける。
「キャプテンをつけろ! キャプテン・スワリューシだ!」
一度振り返ってから礼をした後にクレマンティーヌは去って行った。まああのアイテムと交換で秘宝が手に入ったというのは幸運なことだ。
「なんだかこっちから声がしたぞー!」
「あ、やばい」
また詰所に厄介になるのは御免だったのでさっさと宿に帰ることにした。
無駄な設定
拭いたものが綺麗になる上に絶対に汚れないタオル
・上級アイテム
・使うと“濡れ”状態を解除できる
・あるいは“薄汚れた”などの修飾語がついた発掘アイテムなどに対して使うと売値が上がる
・上記の使い方では消費されない上に耐久値も減らない
・家政婦への就職クエストやモンクの寺での修行などで使われると消費される
・汚れない理由は汚れるエフェクトが用意されていないから
・ユグドラシルではどのワールドでも安値で売っているうえにいろんな敵がドロップする
・データクリスタルをつぎ込めば見た目などを変更することもできるがこのアイテムにデータをつぎ込むのはよっぽどの物好きだけだろう
・アインズ・ウール・ゴウンでは腐れゴーレムクラフターが牛乳を拭いた後数日放置した雑巾のようなタオルを製作しようとしたが臭いなど五感に作用する物は電脳法で禁止されていたために作れなかった