夜が明けてからのんびりと朝食をとり、どうにも一昨日の夜に殺人事件が起こったらしいということを小耳にはさみながら市場を物色しているとオウムが戻ってきた。
オウムに話を聞くと、どうやら王都は異形種が入り込んでも大丈夫そうだということが分かった。その上、王都には宝があるという情報もゲットしてきたようだ。
「おお、流石、よくやったなあおまえ」
「いやあ、流石のオレもヒヤッとした場面が多かったけど余裕だったぜ。まず辛かったのはガキ共に追っかけられることだな。あいつら俺をとっ捕まえて売ろうって魂胆だった。それに感化されたような大人連中も追いかけてきやがるもんだから手におえねえ。まあそれでもオレの自由を奪うことはできなかった!
投擲された網をするりと潜り抜け、投げた奴にフンを落としてやった! 傑作だ! いかつい顔をした筋肉ダルマを煽って逃げると次は変な格好をした二人組の登場だ!
こいつらは他のやつに比べたら速かったがオレの翼ほどじゃあない。口笛吹きながら目の前で尻振って踊ってから手の届かない高さまで逃げてやった。そしたら今度は飛んでくるガキがいた。オレの見立てじゃありゃあ
「――なるほど。お前さんの話はよぉーく、わかった。そんで、お宝の話を聞こうじゃないか」
オウムの話は止まることなく三十分ほど続き、それらを要約すると王城に宝があるということ、王国の五宝物という五種類と、黄金と呼ばれる何かの一種類の計六つあるということ、宝物は装備品の類らしいということだった。
予想以上の成果である。宝の情報なんてクエストの初期段階の情報レベルで得られれば儲けものだろうと思っていたのだが結構詳細な情報を得ているし、宝自体のディティールまでわかるというのは予想もしていなかった。
オウムに与えた程度の指示でこれほどのことがわかる。それにこのオウムは自ら考えて行動している。こんなことがAIにできるかと考えれば否である。俺の五感についても説明が不可能。
とすると、現在俺の身に降りかかっていることはなんなのかということに思考が飛ぶ。どう考えたってプログラムにできる範囲を超えている。ものすごくリアルなゲームという説明はできるかもしれないが、かなり低い可能性だろう。それこそここが異世界であるという可能性と同じくらいに。
ユグドラシルのプレイアブルキャラクターになりユグドラシルのシステムがある世界にテレポーテーションしたなんて可能性があるとすればそれはどれほどに天文学的な可能性なのだろう。
こうなると一昨日の夜に出会ったクレマンティーヌとかいう女性とろくに話もせずに別れてしまったことが悔やまれる。あいつは少なくともプレイヤーの存在について知っている様子だった。彼女がシステム的な存在なのか、あるいは俺以外のプレイヤーとの関わりのある存在なのかわからないがもっと詳しく話を聞くべきだっただろう。
「……法国がどうこうって言ってたな」
「そんでオレは城で出会った兵士にこう言ったわけだ。お前の剣はオレの翼みたいに自由じゃなさそうだなって――ん? 次はそこに行けってか?」
つぶやいた言葉をまだべらべら喋っていたオウムに聞かれていたようだった。いや違うと否定して次の指示を与えた。
「次は帝国とやらに行ってみてくれ」
「帝国? そこに何があるってんだ」
「何もただ帝国に行けって話じゃない。まずは南に飛ぶんだ。そうすると法国って国がある。ここはまあチラッと見るくらいでいい。その後に北東に行けば帝国があるから、帝国はちゃんと偵察してきてくれ。そんでそっから西に行けばまたエ・ランテルに戻ってこれる。
ここから円を描くように飛んで、その途中途中にある国を見てくるって感じだ、お分かり?」
「なんだいやっぱりその国へ行けって話じゃねぇか。まあそれはいいけどよう、本当にその方向にその国があるのか? さっきは言わなかったけどあんたが指した方角に王都が無くって違う場所を調べちまったんだぜ?」
オウムから飛び出した言葉に耳を疑う。
「なんだって? しかしコンパスはちゃんと王都を指していたはずだぞ」
ベルトにぶら下げてあるコンパスを指さしながら言う。“望むものへの指針”という名の付いたこのコンパスはコンソールに求めるアイテムや場所の名前を入力するとその方向を示してくれるというアイテムだった。
ユグドラシルでは初期に登場したこのアイテムだがとある事情から持っているプレイヤーはかなり少ない。
現実っぽくなった今では求める場所や物を声に出してからふたを開けると場所を指し示すようになっていた。このコンパスが人物に使えればモモンガさんを探すこともできただろうに。
「聖王国とかいうところの王都をな! おかげでそいつらに話を聞いてからちゃんとリ・エスティーゼ王国の王都に戻る羽目になったんだ」
「なんだそいつはごくろうさんだったな。お前の好きなクラッカーあげようか?」
アイテムボックスをごそごそと探るとオウムはあわてた様子で止めてきた。翼でぐいぐいと俺の顔を押してくる。羽が鼻の近くで暴れまわるのでむずむずする。
「いや、いやいやいや! お腹いっぱいだからいらねえよ! それよりいい情報があるんだ! お宝なんか目じゃねえぜ?」
あわてた顔から一変してにやりと笑うオウムに勿体ぶってないでさっさと話せと頬をつつく。
「へへっ、聞いて驚くなよ! なんと王都の西には海があるんだってよ!」
「なんだと!? それは結構近いのか?」
「ああ、オレが一時間くらいで着けるからあんたならもっと早いだろうさ」
海! まさかそんな近くにあるなんて。となるとまずは王都で船が買えるかどうか調べなくちゃならないな。アイテムボックスに入ってるのは小舟か移動用のものしかない。ちゃんとした海賊船はナザリックの第四階層に置きっぱなしだ。
空や大地が綺麗だったように海もきっと綺麗なんだろう。いや、荒れたっていい。嵐にしたって海水と雨に塗れるのならどんと来いだ。自然の海というものが体験できるのならなんだっていい。まずは海に行ってから王都に行くことにしよう。
「そんじゃまああれだな。一週間後くらいにまたここに集合って感じにしよう。船を頂戴できればそれに越したことはないが、海図もなしに航海すんのは御免だ」
「クルーも必要だしな!」
「その通り! 命を預けることのできるクルーも探さなくちゃあならないな! 忙しくなるぞ!」
「おう! 任せとけよ!」
オウムは飛び回り、俺はその羽を手に取って踊った。空中で浮遊しながらステップを踏むオウムと地に足をつけてちゃんと踊る俺の姿はファンタジックだろう。
現実感がない光景だ。使っているアイテムだってそうであると設定されているだけでその構造や機構などは科学的な産物ではないだろう。しかしこここそがリアルなのだ。床のきしみも、響く音も、舞う埃だって作り出せるものじゃない。
現代で作れるようなものではないのだ。
(うーん、スワリューシさんはいったいどこへいってしまったのだろう)
ナザリック地下大墳墓の第九階層の自室でモモンガがベッドにうつぶせで寝転がりながら考えている。
(うぅ……それにしてもなんなのあの忠誠心の高さ。至高の御方とか、階層守護者の俺に対する高評価が重スギィ……)
「……スワリューシさんの評価も、同じように高かった」
モモンガは自身をどう思っているか階層守護者に聞いた後、スワリューシについてどう思っているかも聞いたのだ。おおむね自由を愛する海の男という評価でありそれは彼のロールプレイをそのまま表しているようだった。
「あー、そういえばスワリューシさんの生み出したNPCにも説明に行かなくちゃならないな……。四階層の階層守護者はガルガンチュアだしアルベドには仕事があるし、他の守護者たちもそれぞれの階層を調べるって仕事があるしなあ」
リアルの世界で堪能したこともないような極上のベッドで少し休憩したモモンガはなんとか気力を振り絞って甘い誘惑を断ち切る。
これでベッドからいい匂いでもしていたら起き上がるのにもう少し時間がかかったことだろうが幸いにして無臭である。モモンガの体が骨であるため寝具特有の温もりというものもない。服についたほこりを軽く払ってから歩きだす。
自室から出るとメイドや何体かのモンスターが礼をした後ぞろぞろと後をつけてくるようであった。モモンガは転移したての昨日こそ彼らに威圧を感じてぎょっとしてしまったが二日目ともなるとなんだか偉くなったような気がしてなんとなくいい気分だ。精神安定化が発動しない程度のいい気分なので何とも言えないが、まあ悪いよりはいいのだろう。
「これから四階層の船に行く。転移で向かうので供はいらない」
「しかしモモンガ様、それではもしもの場合お守りすることができません」
メイドがうるうると涙目の上目づかいで言ってきたのでモモンガは言葉に詰まった。もはや彼らはNPCではなくて生きている存在である。
しかもメイドの彼女たちはヘロヘロ、ク・ドゥ・グラース、ホワイトブリムら三人の魂のこもった娘みたいなものだ。彼女たちの制作には信じられないほどの熱意と時間とリアルマネーがかかっている。
そんな彼女たちの表情を曇らせることはできる限りしたくないのだが、今日は午前中からずっと自分につきっきりで彼女も疲れてるだろうしと頭の中で言い訳をして命令を下す。
「スワリューシさんのことを彼が作ったNPC達に聞きに行くのだ。極秘にしなくてはならないこともある。故に、供はいらぬ」
そう言うとメイドは涙をこらえながらわかりましたと言って一礼した。彼女はきっと涙もろいという設定なんだろうと痛む良心をごまかしながら転移すると九階層の明るさとは打って変わって薄暗い地底湖に出た。
湖上を
(よくあの海賊旗を見てモモンガ旗だとかモモンガ船とか言われていたなあ。その度、スワリューシさんがあれは俺の船だーとかって言って怒って……)
ナザリックの色々な施設や建造物、NPCを眺めているとかつての出来事が想起させられる。輝かしいあのころは思い出として残るのみである。いや違うとモモンガ思った。
(ナザリックが、アインズ・ウール・ゴウンがある限り不滅のはずだ)
モモンガが海賊船の甲板に降り立つとがやがやと盛り上がっている音が船の中から聞こえてくる。何かの弦楽器の音や陽気な歌声が幾重にも響いてくる。
「航海士! 航海士は居るか!」
モモンガがそう声を張り上げるとがやがやとした喧騒は止み、どったんばったんと別の騒がしい音が聞こえてからすぐ目の前の床にあった扉が勢いよく開かれる。
「あっ、す、すいません! もう暫しお待ちくださいギルド長! ただいま航海士は準備中でございましてですね!」
勢いよく出てきた男は水色と白の横縞のTシャツを着ており、髪は白髪で腹がでっぷりと出ている。大慌てでこちらにまくし立てる様子は必死であり、頑張っているなという感想と多少の愛着が持てる。
「あのですね、その、御方を待たせることは本当に申し訳なくクルー一同思っているわけなんですけどただ何と言いますかたまたま今回はいつもみたいに酔っぱらっていましてですね、航海士もちょっと目を回しておりまして」
“たまたま今回はいつもみたいに”って矛盾してないかと突っ込まないのはモモンガの優しさである。
この目の前のどこか抜けている男はフォローなどが裏目に出てしまうということをモモンガは知っていた。それ以上に詳しいことは覚えていないのだが、スワリューシが紹介したクルー達のことはある程度であれば覚えている。
それにこの船のクルーは一番レベルの高い航海士ですらLv20程度。警戒する必要はない。
「いや、いい。いきなり訪問したこちらに非がある」
「いえ! 何をおっしゃいますやら! 至高の御方を十分にもてなすことのできない我々が悪いのでございます!」
ペコペコと頭を下げる彼らを責めるつもりは毛頭ない。彼らはそうあれと作られた存在なのだ。
陽気でおちゃらけなクルーとして設定された彼らは湖の底にいるクルーとは違ってお遊びで作られた存在だ。息抜きの設定。簡単な設定。そんな設定でも彼らは今目の前で自我を持って生きている。
モモンガは自分がアルベドの設定をいじってしまったことを思い出した。最終日だからとギルド武器を用いて設定を変えてしまったのだ。
軽い、お遊び程度の気持ちで。その結果がどうだ。アルベドが自分に向けてきている感情は、熱量は自分が作り出してしまったものだ。制作者の思いを歪めてまで自分が設定したのだ。
「いやあ、申し訳ない我らがギルド長。準備に少々手間取りました。
航海士、御身の前に」
モモンガの目の前に唐突に出てきたのは二足歩行のオウムだった。片手に黒い傘を持ち、エメラルドグリーンの羽の上から立襟のシャツを蝶ネクタイでしめて更にはクリーム色のジャケットを着ている。嘴に咥えた葉巻から燻る煙がかぶっているカンカン帽をよけて天井へと上がっていく。
「突然の訪問に応じてくれたことに感謝する。
さて、今回はスワリューシさんについて話がある」
モモンガがそう切り出すと足元でどったんばったんと何かが二転三転する音が聞こえた。
「ゴホン、クルーにはよく言っておきます。ええと、我らが創造主様が一体どうかなされたのですか?」
航海士が足の裏で床をトントンと叩くと音は静まった。
「実は、スワリューシさんがどこかへ行ってしまったんだ。居場所に心当たりがあれば聞きたいんだが」
モモンガがそういうと航海士は不思議なことを聞くなあというような顔をした。オウムの顔なので普通なら表情が読み取れるはずもないのだが、コミカルな顔をした
「キャプテンはたいていいつもどっかへ行ってるような気がしますけど」
「ああ、お前たちには話していなかったな。実は現在、ナザリック地下大墳墓は名称不明の場所へと転移している」
それからモモンガは現在判明していることについて話した。ついでに四階層に異常がないかのチェックも底のほうのクルーに任せることにして、伝言を頼んだ。
最後にスワリューシの居場所を聞くと航海士は下あご――正確には下嘴と言ったほうがいいかもしれない――に手を当てて考えた後、ポンと手を打った。
「ああ、船長ならまず海に向かうでしょうね。とは言っても、船はここにありますから沿岸部にいるか、船を求めるんじゃないでしょうか」
航海士のその言葉にモモンガは深く納得した。
無駄な設定
望むものへの指針
・聖遺物級アイテム
・使うことでアイテムや建造物、土地の場所がわかる
・ただし現在プレイヤーがいるワールド限定かつ名称が間違っているとその場所を指し示すことはない
・ユグドラシルではとあるイベントの達成報酬としてゲットすることができた
・しかしそのイベントの進行に必要不可欠なキャラクターがワールドアイテムである
・データクリスタルをつぎ込むことでその見た目を変更することができる
・アインズ・ウール・ゴウンでは隠し鉱山の探索に役立ったようだ