パイレーツ・オブ・ナザリック   作:(^q^)!

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五話

 イミーナの堪忍袋の緒は今にも引きちぎれそうであった。ロバーデイクとアルシェに窘められて早数時間。二人のまぁまぁという宥める言葉ももはや耳を素通りしていた。

 

「アハハハハ、なるほどそいつは傑作だ!」

 

 そんなイミーナの耳に引っかかる笑い声がある。また一つ彼女の堪忍袋が重くなる。

 

「そうだろうそうだろう。まあ結局そいつは姉に折檻を受けて間違えて教えた知識を訂正したんだが、またまたその教えられた人っていうのがけっこう天然で、どうにも理解しない。というか、どの知識が本当なのかもなんだか勘違いを起こしたようでずっと話がかみ合わないんだ。

“え? シャルティアの話す言葉は方言じゃないんですか?”

“いやいや、モモンガさん。たしかに新吉原はありんす国と呼ばれたこともあるんですけどそうじゃなくてですね”

“え? 外国語なんですか?”

とこんな感じで俺の仲間はいつだって愉快なんだ。まあ今ははぐれちまって会えないんだけどな。

……っとまあなんだかしんみりしちまったな。ほら、飲め飲め!」

 

「おっ、悪ぃな」

 

「いいっていいって」

 

 そういって目の前のアホ二人は昼間から、それも一人は護衛の仕事中にもかかわらずグビグビと酒を飲んでいる。足取りはフラフラでもはやいつ寝転がったとしてもおかしくなさそうだ。

 

 あふれる怒りをため息に乗せて吐き出す。最初からこいつらはこんな感じである。フォーサイトの仕事としてエ・ランテルまで商人の護衛をし、ここ最近働きづめだったので息抜きを兼ねて一泊していこうという話だったのだ。イミーナとヘッケランは商人を送り届けて宿を確保した後、ぶらりと街をデートし、夕食を食べてその後はしっぽり、という予定だったのだ。

 

 デートまではうまくいった。自分たちがこの街に来る直前に何やら大事件が起こったようであるが、それを漆黒とかいう冒険者チームがほぼ被害なしで食い止めたらしく、街はお祭り騒ぎだった。いくつもの露店が立ち並ぶ中でかわいいイヤリングをプレゼントされたし、二人並んで歩いた平穏な時間は心を温かくさせてくれた。

 

 すべてが崩れ去ったのは夕食の時だ。夕食といえば当然酒を飲む。それに夜の潤滑油にもなる。当然飲む。街もお祭り騒ぎのただなかで飲まない奴なんていないだろう。まあイミーナはなんでかヘッケランに止められたのでおとなしくミルクを飲んでいたのだが。

 

 夕食にはアルシェとロバーデイクも合流し、帝国のものとはまた違った料理に舌鼓を打つうちにある程度の時間が流れた。軽く腹に物もたまり、ちょっとゆっくりしてから店を出ようかななんてイミーナが思ったその時、ヘッケランの目が見開かれたのが見て取れた。どうやら視線の先は自分の背後。なんだろうと思ってゆっくり振り返るとそこには怪しさの塊のような男がいた。

 

 見たことのない服飾の数々に、髪や髭を編んでいたりストラップがついていたりと怪しさしかない。そんな奴が溜息を吐きながら落ち込んだ様子でいる。関わり合いにならないほうがいいだろうとロバーデイクやアルシェと目くばせした後にヘッケランのほうに視線を戻すと彼がいない。あれどこに行ったんだと首を振る間も与えずに声は後ろから聞こえてきた。

 

「なぁおいどうした? なんかあったなら吐き出しちまえよ。ここは酒の席だし相談くらい乗るぜ?」

 

 不審者と肩を組んだ酔っ払いがそこにはいた。ヘッケランの物怖じしなさというかある意味怖いもの知らずなところは自身の経験を持って知っているのだが、そいつにも話しかけんの? という思いがイミーナの中で膨れ上がった。アルシェもロバーデイクも同様に口をあんぐりとあけている。

 

「……お前、だれだ? どっかで会った?」

 

 不審者に不審げに見られた酔っぱらいはそんな態度を受けてなお機嫌を損ねていないようでにこやかである。

 

「ああ、俺の名前はヘッケラン・ターマイト。フォーサイトってチームのリーダーやってる。あんたとは初対面だ」

 

 よろしく、と握手を求めるヘッケランを物珍しそうな顔で見た後に不審者は名乗る。

 

「俺の名前は、そうだな、キャプテンとでも呼んでくれ」

 

「キャプテン? なんかの長なのか?」

 

 そういうと不審者は急ににこやかになり話し始める。

 

「そう! 俺は船長! キャプテン・スワん″ん″っとこれは秘密だった」

 

 慌てて酒を呷るこの不審者はどうにもなんというか胡散臭い。こんなのほっといて宿に帰ろうとヘッケランに言うが彼はなんだか面白そうなものを見つけたとばかりに目を輝かせていた。これはだめかもわからないとイミーナは頭を抱え、ロバーデイクはやれやれと頭を振り、アルシェは処置なしといわんばかりに肩をすくめた。

 

 キャプテンの話はまとめると簡単なことだった。どうやら集合場所に待ち人が来なかったらしい。結構待ったが全く来ないようで、連絡を取ってみてもまるで応答がないのだとか。そんなわけで途方に暮れているところでヘッケランが絡んだというわけだった。

 

「あーあ、帝国までの案内をしてもらうつもりがパアになっちまった」

 

 この言葉がすべての原因である。

 

「なんだあんた帝国に行く予定だったのか? 俺たちもちょうど明日帝国に帰るんだけどついてくるか?」

 

「お、そりゃ本当か? 助った! 飲め飲め! 今夜は飲み明かすぞ!」

 

「おう!」

 

 そう言ってバカ二人は意気投合した様子で酒を飲み始める。

 

「ちょ、ちょっと待った! さすがに依頼主でもない奴を連れて帝国まで帰るなんてのは勝手に決められたら困るわよ!」

 

 旅は危険が伴う。エ・ランテルから帝都まで帰るにはトブの大森林とカッツェ平原の間を抜ける必要がある。その道すがらモンスターに遭遇しないなんてのは考えづらいし、そんなモンスターを倒してやった安全な道をタダで通ろうなんていうのは虫のいい話である。

 

「じゃあ依頼主になろう。それで全部丸く収まるんだろ?」

 

 そう返した不審者にそれもそうだなとゲラゲラ笑うヘッケラン。頭に血が上ったイミーナはヘッケランにビンタを見舞った後に宿へとさっさと帰るのだった。

 

「……ヘッケランが悪い」

 

「私もそう思いますね」

 

 アルシェもロバーデイクもイミーナに続いて宿へと帰る。そこに残されたのはヘッケランという飲んだくれとキャプテンの二人だ。

 

「あー、まあ、そういうこともあるさ。ほら、嫌なことは飲んで忘れちまおう」

 

 慰める側と慰められる側が逆転し、その後もずっと飲んだくれたのだった。

 

 そして翌日。ヘッケランはすこぶる好調な様子で集合場所に現れた。二日酔いで苦しみながら歩けばいいと思っていたイミーナにとってみれば肩すかしである。当然その傍らには昨日一緒にいたキャプテンがいる。

 

「俺の名前はキャプテン。帝国まで一緒に行くことになった。よろしくな」

 

 そういって笑う不審者は薄暗い酒場で見るよりは胡散臭さが無くなったものの、信用がおけるかどうかという点において全く信用ならない。

 

「それで、依頼主さん。報酬はいくらいただけるのかしら」

 

 イミーナは嫌味たっぷりにそう言った。あまりに安いようだったら断ってやるという気概にあふれていた。

 

「そうだな、俺は知らないんだがここからその帝都ってのはどれくらいかかるんだ?」

 

 キャプテンはイミーナの怒りなんぞ全く意に介する様子もなくロバーデイクに聞く。それもまた彼女の怒りに油を注ぐ結果となっているのだが全く気にする様子もない。

 

「そうですね、大体二日ほどでしょうか」

 

 ロバーデイクは顎に手をやりながら何でもないように答える。彼にとってみても目の前のキャプテンという男は信用できるかどうかといえば微妙なところである。ヘッケランが気に入った様子なので悪いやつではなさそうという程度の認識であり、まあ油断せずにおこうかなという冷静な視点でもって観察を続けていた。

 

「二日、二日ね……。そうだな、十枚くらいでどうだ?」

 

「銅貨とか言わないわよね?」

 

 そう言ったイミーナにキャプテンは可笑しそうな顔をする。

 

「いや、あいにく、報酬として払える金はこいつしか持ってないんだ」

 

 そう言って各自に渡してきたものは女性の顔が彫られた金貨だった。

 

「……本物?」

 

 アルシェが呆然としたようにつぶやくとなるほどというふうにキャプテンは言う。

 

「報酬金に贋金をつかませるなんてよくそんな悪いことを思いつくな……考えたこともなかった」

 

 一応確かめて見るとちゃんとした金貨であることが分かった。その上意匠や含有率などを考えるとその金貨一枚が帝国金貨と等価とは思えないほどに素晴らしいものであるということがわかる。

 

「あんたどこからきたの?」

 

 思わずイミーナがそう聞くと答えは軽く帰ってきた。

 

「俺もそれを探しているんだ」

 

 かくしてフォーサイトの帰路に一人余分な荷物が加わったのだが、荷物どころではなく足かせだったようである。歩き出して早々に酒を飲み始め、ヘッケランにも飲ませ始めたあたりから堪忍袋は緒が切れそうになり、陽気に歌って話しながら歩く能天気な二人を見ていると堪忍袋は破裂しそうになる。

 

「九つの世界を旅し、その全ての海を制覇した時、俺は輝く一つの称号を手に入れた! それだけじゃあない! 船もだ! その船はどこへだって行ける。ミズガルズのヨルムンガルドもウートガルズの城壁も関係ない! その船でならどこへだっていける!

全てのものは航路の邪魔にならない。自由が、そこにある!」

 

 ついに酔っぱらいは意味の分からない戯言まで吐き出しはじめる。それに同調する酔っ払いもいるから始末に負えない。

 

「いいぞいいぞー! もっと言えー!」

 

「舵の向くままにどこへだって行くのが船ってもんだ。帆やマスト、甲板があるから船じゃあない。それらは船に必要ってだけの話だ。

それじゃあ船とは、船が象徴するものとは。

何か? 自由だ! 誰の指示でもない。自由に、気の赴くままに、向かえるのが船なんだ!」

 

「船に!」

 

「自由に!」

 

「「乾杯! アハハハハ!」」

 

「うるさい歩け!」

 

 げらげらと騒いでいた二人は結局イミーナに雷を落とされるまで酒を飲んだくれていた。

 

 やがて日も暮れる。夜はモンスターの時間だ。そんな時間に急用でもないのにあくせくと歩くということをわざわざしない。ひとまず森と平原の影響圏から抜けたので今日はキャンプをする。

 

「お前たちはどこに寝るんだ? 見たところテントも持ってないようだが」

 

 キャプテンがおかしなことを聞く。

 

「マントにくるまって寝る。わざわざテントなんて持ってくるのは貴族くらい」

 

 小さく答えるのはアルシェだ。暗くならないうちに野営の準備をしたいのでキャプテンは放置されている。特に今日は曇り空のようで急がないと暗くなって何も見えなくなってしまう。彼はそんなフォーサイトの行動をめずらしそうに見て、時たまこれはどういう効果があるのかやら今何をしているのかなどと聞いて回っている。

 

「ほー、なるほどなあ。マントはそう使うのか。魔法使い(マジックキャスター)なのになんでマントしてるのか気になってたんだよ」

 

 いろいろなことを知らない様子を見るとまるで高貴な身分かのように思えてしまうが彼の見た目や雰囲気、言動をみるとそんなことはあり得ないと感じられる。

 

 そんな中、フラっとイミーナに近づいていったキャプテンがすれ違いざまにこっそりと話しかける。

 

「お前のダーリンはお前にゾッコンだからそうカリカリすることはないぞ」

 

 さっと振り返り瞬間的に顔を真っ赤にしたイミーナは殺気を滾らせて罵倒しようとしたがキャプテンはすでにヘッケランと話していた。さすがに当の本人がいるところでとやかく言えないイミーナは怒りを鎮めて準備を続ける。あのニヤついた顔に一発ぶち込んでやると決意をしながら。

 

 結局夜もバカは二人で飲んでいた。キャプテンが持っているビンは底のほうが丸く、玉ねぎのような形をしており昼から同じものを飲んでいるように感じる。彼らの飲むペースを考えればとっくの昔に空になっているはずであり、まだ中身が残っていることに違和感を覚える。

 

「そのビンはマジックアイテムなの?」

 

「おうよ! 無限の酒瓶(ボトル・オブ・エンドレス・ラム)ってアイテムでいくらでもラム酒が出てくる」

 

 大振りにふらふらと揺れながら歌うように信じられない言葉が放たれた。

 

無限の酒瓶(ボトル・オブ・エンドレス・ワイン)もあるし無限の酒瓶(ボトル・オブ・エンドレス・ビール)だってあるぞ。火をつけるなら無限の酒瓶(ボトル・オブ・エンドレス・ウォッカ)だな」

 

「ボトル・オブ・エンドレス・エンドレスになってるじゃねーか!」

 

 ヘッケランのちょっと寒いギャグも気にならないくらいにアルシェは頭の中でそろばんをはじいていた。無限に酒が出てくるアイテムなんて売ったらいくらになるだろう。金貨百枚は堅いはず。とすればそれが今話に出ただけでも四本あるので四百枚は堅い。

 

 などと考えるが結局は彼がくれればという結論に至る。それか奪うか。しかし金払いがいい客から物を奪うなんてことをできようはずもない。護衛対象から強盗するなんてばれたら商売あがったりである。ワーカーはある意味冒険者よりもシビアだ。等級を表すプレートがない故に信用を勝ち取るのは相当難しい上に信用を失うのは驚くほど速い。

 

 そしてそんな風に皮算用をしてしまう自分をアルシェは恥ずかしく思う。いくら借金がつらいからって誰かから奪うことを考えてしまうなんてと自己嫌悪に陥る。

 

 薪の前で騒ぐ仲間たちはアルシェのそんな葛藤に気づくことはできないでいた。




無駄な設定

無限の~/~・オブ・エンドレス・~
・モモンガさんが原作で使っていた無限の水差し(ピッチャー・オブ・エンドレス・ウォーター)と同じ系列のアイテム
・データクリスタルをつぎ込むことで設定や見た目を変えることができるが何の意味もない
・水やら酒やらが必要なクエストは大抵それ専用の酒アイテムや水アイテムが必要になるからである
・無限の~とついているが実際には限界がある

・ユグドラシル時代にはペロロンチーノが無限の聖水というものを作ろうとしたが設定として内容物を書き込んだ瞬間に一時間のログイン禁止措置を取られた

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