超破壊バルバロッサ異伝SS 〜泣いて怒って罪二つ〜 作:GIZMO
魔刀光忠の力で荒れる魔王城。悪魔たちが争う最中、過去の一部を思い出したスロースは、まだ思い出せない記憶を求めて魔王のいる玉座の間を目指す。記憶の断片に従って魔王と戦うために。そして、それぞれの思惑を抱えて、両者はついに激突する!
〜魔王城、中央広間〜
ルシフェルとサタンの争いは本格化しつつあった。
どちらも普段から魔王に対抗心を燃やしつつ、内心彼を屈服させて自分のものにしたいという願望を持っていたのは否めない。
今日は突然その願望に火がついたというか、やるなら今という気分になったのだ。ただ、それだけ。それを邪魔するなら皆敵である。
ルシフェルは、白い天翼を広げて宙に舞い上がった。「サタンよ、その品のない口を今日こそ黙らせてやろう!復讐のバーストエンド!」翼から破滅の波動がビームとなって降り注ぐ。
サタンは、赤い豪炎をまとった鞭を振るい、それを迎撃した。「うるせー、絶対魔王サマがお上品な方がオカシイだろが!鮮血薔薇火葬!」
二人の大技が激突して、周囲の壁や天井が崩れていく。
「魔王を倒すのは我/オレだ!」
ぶつかり合う両者は、益々ヒートアップする。
「ルーシーもサタンちゃんもストーップ!」
プルートが静止の声を張り上げ、ルシフェルとサタンは手を止めた。
「プルートか。ルーシーはやめろというのに」
「邪魔するならテメェから黙らせるぞ、チビ助!」
二人は冥王の静止に耳をかそうとしない。
「やれやれ、何で今日に限ってこんな事になったんだ、二人共」マリーダが呆れた様子で声をかける。
「ヤる気になったら止まらない、思い立ったら屹立っていうだろ!」サタンは胸を張って堂々と言い放った。
「それを言うなら思い立ったが吉日、だろう。貴様は本当に品も教養も無いな」ルシフェルは、そんなサタンを哀れむような目で文字通り彼女を見下ろした。
「何だと、このムッツリスケべが!」
「誰がスケべだ!」
「ムッツリは否定しないんだ」プルートはふっと笑う。
「ま、年長者の言うことを聞かない悪い子はおとなしくしてもらおうかな」
プルートは小さな両手を合わせ、呪文を唱える。
『終末の獣を縛る冥府の鎖よ、召還に応じてかの者を拘束せよ。グレイプニル!』
その呪文に合わせて、紫色に鈍く輝く鎖が四方の空間から飛び出し、一斉にルシフェルとサタンに絡みついた。
「何だと?」
「うわっ、何だコイツ?!」
鎖にがんじがらめにされた二人は、その場に転がってもがく。二人の大悪魔が暴れても、鎖は千切れそうにない。
「おー、冥界に来たオーディンに教えたっていうルーン秘術だな。頑丈なもんだ」マリーダは感心して鎖を突つく。
「オーディンちゃんも心配性だよね〜、フェンリルちゃんはあんなに良い娘なのにさ」
「相手が将来自分と世界を丸呑みにするって予言されりゃあ、一応予防策を取りたくなるだろ、普通」
もっとも、いつも元気でほんわか尻尾を振るフェンリルを見ていると、本当にそんな日が来るのか疑問符がつくのも頷けるが。
「プルート、大丈夫なの?」
そこに、騒ぎを聞きつけたゴーレムとマミーが駆けつけてきた。
二人も、冥王プルートが幼体化した後、マリーダの紹介でプルートと知り合った友人たちである。
真面目一徹のゴーレムは、茶目っ気のある小さな冥王に手を焼きつつも、スパルタ優等生気質を発揮して冥王に教育的指導できる稀有な存在である。
マミーはゴーレムの後輩にあたり、マイペースながら時々するどいツッコミをするアンデッド悪魔で、プルートに言わせると「比較的常識人」らしい。
マミー(ミイラ)の名の通り全身に包帯を巻きつけているが、それもあちこちほどけていて、血色は悪いものの妙に艶とハリのある肌が露出していた。
「なんかもう解決したっぽいね」
マミーは鎖で縛られもがく二人の大悪魔たちを見やって言った。
「それがさぁ、この暴れる二人を縛っとくのが結構しんどいんだよ〜。幼体化してるとエコな分、魔力の出力も低くなるから」
プルートは鎖の制御に手一杯らしく、その場にちょこんと座り込んで、ぬーんと念じ続ける。
「この二人の様子から、何かがハートに火をつけたっぽいんだよね〜。なんか上の方からおかしな波動も感じるし」
「上の方って、玉座の間かしら?」
「うーん、魔王様が元凶とも思えないし、屋上かも」
「お前たち、城内で怪しいヤツとか見なかったか?」
マリーダに訊かれ、マミーとゴーレムは顔を見合わせる。
「そういえば!」
「あー、あの健康主義者?」
たしかにあのとき、見かけない悪魔が上の階に向かっていた。
ゴーレムは、半壊した広間の外にある昇降機を目指す。幸いここまではまだ壊れていないらしい。
「私、上の様子を見てきます!マミー、貴女も来て!」
「了解〜」
二人を乗せた昇降機は、最上階へと上がって行った。
「上はあいつらに任せとけば大丈夫そうだな。さて、こっちはと」
マリーダが広間の反対側の通路に向き直る。
「いるんだろ、ブリュンヒルデ」
「うふふ、やっぱりお気付きでしたか」
赤いロングヘアの美少女が広間にゆったりとした足取りで入って来た。
ここは玉座の間前の広い廊下。
スロースは、もうすぐ玉座の間というところでそれを阻む者と対峙していた。
二つの銃口。
銀のツインテールをたらし、黒い装甲を身体の各所にまとう少女、魔界兵器パンドラが、両手にサブマシンガンを持って銃口をスロースに向けていた。
パンドラは、魔界の古代究極兵器アルテマウェポンの増産計画『パンドラ計画』の試作機で、アルテマウェポン弐番機にあたる。
今はプルートをマスターとして、平時はもっぱらその館で家政婦のような仕事をしていた。
「近衛騎士団は?」スロースは正面前方の魔界兵器から目を離さずに訊いた。
「皆さんは皇族区画の異常に対応中です。私がいる限り、ここは誰も通しません」
パンドラは兵器にしては滑らかに話す。
「良かった」
スロースはつぶやいた。
「良かった、ですか?・・ああ、ルナさんとはぶつかりたくないですよね」
本当に、兵器にしては察しが良すぎる。
「キミ、いいヤツだね」
「ありがとうございます」
「だから、腕一本くらいで済ませてあげる」
両者が同時に動いた。
パンドラのマシンガンが弾丸を連射し、スロースはそれを低い姿勢の野性的な動きで回避していく。
壁に床に、四肢をついて敏捷に跳びはね動くその姿はハエトリグモのよう。
『舞踏蜘蛛(タラントゥーラ)』と呼ばれるその動きは、素早く動きを読みにくい。
端に重りがあるにもかかわらず、スロースの首のマフラーは落ち着く間もなくなびき、床や壁を削る銃弾もスロースを捉えられない。
この動きは、かつて力技ばかりだった自分が、友からのアドバイスで鍛えて身につけたもの。
「想像以上です。対象戦闘力を最大レベルに設定」
パンドラは、床を蹴って距離を詰めてくるスロースに弾切れのマシンガンを投げつけ、右手を引いて相手を迎え討つ。
その右手が黒いエネルギーを帯びてバチバチと発光する。
魔界兵器としてのパンドラの必殺武器、デモニックフィンガー。
体内の魔電変換装置に蓄えられた魔力を暗黒魔力に換えて手に集中、掴んだ対象を圧壊する大技。
造られてまだ日の浅いパンドラ、実はこれを使うのは初めてだった。
『マスターはこういうときに技名を叫ぶものと言ってましたね。ついにこの時が来ました!』密かに高揚するパンドラ。
「デモニック!フィンガーーッ!」
黒く燃える右手でスロースに掴みかかった。
『バチッ!』
「?!」
パンドラの右手は、スロースの右手に正面から受け止められていた。武骨からは程遠い、柔らかいスロースの手が赤く燃えあがって、パンドラの手を強烈に握り返す。そして直後に、閃光を伴う爆音と衝撃がその場の空気を震わせた。
プルートとマリーダの前に現れた赤い髪の美少女は、魔人族の現当主の娘で、名はブリュンヒルデ。若いながらも家宝の黒鎧アウスラグを着用したときは黒騎士とも呼ばれる実力者である。
彼女は抜群のボディラインを隠さない黒と赤のピッチリとしたドレスのような鎧をつけ、腰には黒い片刃剣を二振り装備していた。
「魔人族名家のお嬢が、完全武装とは物々しいねぇ」
「あ、ブリちゃん!久しぶり〜」
プルートは鎖の制御をしながら片手を上げる。
「お二人共、ごきげんよう」
ブリュンヒルデは笑顔で優雅に挨拶をする。
「ルシフェルたちが潰し合うのを待ってたのか?なかなか策士だな」
「私、今日はなんだかあのお方に会いたい気持ちが我慢できなくて。貴女も同じなのではないですか?マリーダさん」
赤い髪のお嬢様はそう言って微笑み、普段より艶のある雰囲気で余裕の流し目をマリーダに送る。
「私は今日と言わずいつもだからな。今日はやけに皆がその気になってるみたいだが、私はこの騒ぎの後でゆっくり誘いにいくさ」
マリーダも余裕で返す。
「さっすがマリ姉、普段から我慢しない人は違うね」
後ろで野次を飛ばすプルートにマリーダは手を振って、「常在戦場の心得さ」と見栄を切った。
ブリュンヒルデは微笑み、腰の剣の柄に手を乗せる。
「なるほど、感服しました。私も剣士の端くれ、ここは勝負に勝った者が先攻ということでいかがでしょう」
「構わないよ。どちらが目標をさらっていっても恨みっこなしだ」
マリーダは剣を抜いた。
ブリュンヒルデも、両手に片刃剣を持って構えた。
「いつでもどうぞ」
マリーダは遠い間合いで剣を担ぐように構える。
「ふッ!」
両手で振り下ろされた剣撃は石床を切り裂くソニックブームとなり、ブリュンヒルデを襲った。
「このくらいっ」
ブリュンヒルデはそれを躱し、一気に距離を詰める。
マリーダも相手に向かって駆け、両者は互いの剣を受け流しながら立ち止まることなくすれ違う。接触の瞬間、金属の激しく擦れあう音が響き、軽い火花が散った。
マリーダはすぐに剣を返し、下からすくい上げる一撃を放つ。
石床を大きく削る剣は、石礫を飛ばしながらブリュンヒルデに迫る。
二刀の悪魔は、剣を交差させてその一撃を受け、横に流しつつ一刀でマリーダに斬りつけた。
マリーダは後ろに跳んでそれを躱し、再度ソニックブームを飛ばす。
「それはさっき見ました!」
ブリュンヒルデは難なく躱し、衝撃波は床を撃った。
「二刀相手に間合を外して打ち合わないのも手ですが、やはり剣士の醍醐味は切り結んでこそではないですか?」
ブリュンヒルデは剣を構えなおつつマリーダを挑発する。
二刀流は防御と攻撃を同時に行える、すなわちカウンターを得手とするので、基本的には斬り込んできてもらう方が都合が良いのだ。
マリーダは広間の中央まで歩を進め、剣を上段に構えた。
『上段、ひと飛びでこちらの間合いに斬り込んでくるわね』
ブリュンヒルデは身を低くして力を溜める。
『あちらは私が二刀で受けにまわると思ってるでしょう、ならばそれを逆手に取ります』
ブリュンヒルデは、マリーダの右側面、右目を眼帯で覆った彼女の死角を狙って床を蹴った。
最速で床すれすれを跳び、先の先をとる。それならマリーダの剣が届く前に死角から一撃を入れられる!
「はぁーっ!」マリーダの剣はまだ動かない。代わりに、その右足が動いたのがスローモーションのように目に映った。
「破っ!」
マリーダが力を込めて足を踏み降ろすと低い破壊音が響き、ブリュンヒルデの着地予定点が突如消失した。
「?!」
マリーダの右側の床がごっそり崩落して、大穴が空いた。「キャーッ!」
そこの床を蹴って斬りつけるつもりだったブリュンヒルデは、慌てて剣を捨て穴の縁にしがみつく。危ういところで、指が石畳をしっかりとらえた。その目の前に、すっとマリーダの剣が突きつけられる。
「勝負あったな」
ブリュンヒルデは、先程まであった熱がすっと心地良く引いていく気がした。
「ええ・・私の負けです。まさか初手から床を傷めつけるのが目的だったなんて」
「もともと半壊してたし、右の死角は私も承知してるからな、基本にまっすぐなお前なら隙を見せれば来ると思ったよ」
マリーダは剣を納めてブリュンヒルデを引っ張り上げようとしたが、パラッと上から石礫が落ちてきたのでふと上を見る。
「「ええぇーー!?」」
マリーダとブリュンヒルデは同時に叫んだ。
天井が大きく割れ、巨大な塊がまさに頭上から落下してきていたのだ。
「掴まれ!」
マリーダはブリュンヒルデを片手で抱えあげ、ブリュンヒルデもマリーダにしがみつく。
落下する岩塊はもう目前、この体勢で腰の剣を抜く暇はない。
マリーダは咄嗟に目前に落ちていたブリュンヒルデの剣を掴み取り、頭上に向けて全力を込めて振るった。マリーダの眼帯の下が薄紅色に光る。
『魔神剣!』
マリーダが剣を落下してきた天井にぶつける瞬間、剣が強く発光して、直後に岩塊を力任せに断ち割った。割られた岩塊は二人を避けて落下する。
「ふー」
マリーダが息をつき、剣を下ろした。
「あ、あの」
ブリュンヒルデはマリーダに抱きとめられた今の状況と、意外に凛々しいその横顔に、思いもかけず胸が少しときめいてしまっていた。
「・・あら?」
ブリュンヒルデに顔を向けたマリーダの眼帯は外れていて、右目にあたるところに丸く大きな薄紅色の眼が開き光っていた。
瞳孔にあたるものが無く、どの角度から見ても見つめ返されてるようだ。
「その眼」
「魔神の眼。私が契約した魔神クシャトリヤの力の一部を身に降ろして放つのが、さっきの技だ」
「その眼、その、大丈夫なんですか?」
ブリュンヒルデは異形の大きな眼をのぞいて訊いた。
「ああ。古代には神の力を直接憑依させる術があったらしいが、大抵生命と引き換えだったらしい。それに比べれば可愛いもんだ」
マリーダはブリュンヒルデを立たせ、手に持っていた彼女の剣を改めると、その刀身には大きな亀裂が走っており、どう見ても修復不能だった。
「魔剣クラスの剣じゃないと、魔力放出に耐えられないんだよな」
だから余程で無い限りこの技は使わないんだ、とばつが悪そうにマリーダは言った。
「悪かったな、お前の剣を壊してしまって」
「そんな、私こそ守って下さったことに感謝しますわ。そ、それより・・」
ブリュンヒルデは赤面してうつむく。
「その・・今後『お姉様』とお呼びしても良いですか?」
「勘弁してくれ」
そんな二人の様子を観る三人がいた。
「青春だね〜」
「アレってあれだろ、百合ってヤツ」
「ほう、お前にしてはよく知ってるではないか。さては興味があるのだな」
「へー、サタンちゃん女の子が好きなんだ。なら魔王様も安心だね」
「ば、ばかやろ!そんなワケあるか」
真っ赤になったサタンが拳を振り上げると、プルートが慌ててそれを止める。
「これ以上ここが崩れたらマズいでしょ。暴れるならまた縛っちゃうよ」
「チッ!」
サタンが舌打ちして拳を下ろすのを、ルシフェルはニヤニヤして見ていた。
「それにしても、今日のアレは何だったのだろうな」
ルシフェルは先程まで自分とサタンを突き動かしていた衝動を振り返る。突如普段無い高揚感に酔い、あの時は行動せずにはいられなかった。
しかし、ひと暴れしてプルートの鎖に縛られた後、熱が引くように気分は落ち着いたのだ。そうでなければまだ床で鎖と格闘していたかもしれない。
「一過性の興奮剤みたいな作用だね〜。ゴーレムちゃん達の方で何か分かったかな」
プルートは、ゴーレムとマミーが向かった上階を見透すように見上げた。
〜玉座の間 入口〜
魔界兵器パンドラは、一瞬記憶がとんでしまっていたようだった。気がつけば壁を背に尻もちをついていた。
その右手はパチパチと火花がスパークしていて、すっかりショートしてしまっている。
「右手が機能停止、でも戦闘は続行できます」
パンドラは立ち上がり、構えをとった。その間、スロースは首に巻いたマフラーをいじりながら待っていた。
「追撃しないのですか?」
「腕一本くらいにしとくって言ったでしょ。終わりにしよ」
「そういうわけには」
パンドラが戦闘を再開しようとしたとき、『そこまでだ、ご苦労だったな』と魔王の声が彼女を制止した。
「魔王様?」
『客の相手は俺がする。下がって腕の修理をしてもらえ』
「・・分かりました」
パンドラは少し不満そうな顔をしつつも、指示に従って道を空けた。スロースはその横をひたひたと通り過ぎる。
「貴女は、本当にスロースさんなんですか?」
実際、自分の知る怠惰とは明らかに違う。
パンドラは通り過ぎる横顔に訊ねた。
「ゴメンね」
スロースは真正面を見て、一言だけ残して玉座の間への重厚な扉を押し開けた。
玉座の間は、最低限の装飾布や壁に並ぶ燐光以外、余計なものは無かった。
最奥には玉座、そこには魔王が腰掛けている。
隣には銀髪の少女、魔王の剣『魔剣グラム』の剣精が寄り添っていた。
強烈な既視感に襲われる。前の戦いの時もこうだった。
違うのは、かつて共に戦ったアイツが魔王の座についていて、ここにいて欲しかった彼女が居ないこと。
スロースは玉座から少し距離をとって魔王の正面に立った。
静かな怒りの炎が、自分の中でゆらめくのを感じる。
魔王はスロースの首のマフラーを見、その赤い瞳を見て言った。
「記憶が戻ったんだな」
「久しぶり、って言うべきかな」
「ああ、久しぶりだ。『憤怒のレイジ』」
その名を聞いてスロースが目を細める。
「大事なコト、思い出せないんだ。キミを殴れば思い出せるような気がする」
それが、ボクをここに誘った衝動。
そして、このモヤモヤが今ボクが『憤怒(RAGE)』になりきれない理由。
「俺はあまり気がすすまないが」
「相変わらず、優柔不断」
そのとき、魔王の袖をグラムがちょいちょい引っ張る。
「マスター、あの人」
「ああ」
「ケンカは・・ダメ」
「ああ、だが避けられそうもない。分からなくもないしな」
魔王は立ち上がり、傍にあった大剣、魔剣グラムを手に取る。
銀髪の少女は不安そうな顔を見せながら消えた。
「じゃあ、いくよ」
スロースはゆらりと身体を振り、次の刹那魔王に飛びかかった。
魔王はグラムの大きな刀身を盾にして、その蹴りを防いだ。
重い一撃で、少し後退させられる。
スロースはグラムの刀身を足場に跳んで、壁に四肢をつき、さらに跳んだ。
魔界兵器パンドラと戦ったときに見せた、舞踏蜘蛛(タラントゥーラ)と呼ばれる動き。玉座の間の天井、壁を縦横無尽に跳ぶ。
「捉えにくいな」
『マスター、私の知覚を共有する』
グラムの声がして、魔王は五感がより研ぎ澄まされるのを感じた。
『右』
床を蹴りながら迫るスロースを、魔王の剣が迎え討つ。
「!」
スロースは咄嗟に床面に伏せてその剣の下をかいくぐり、懐に飛び込んだ。
『任せて』
「ふッ!」
スロースの拳が魔王の胴に叩き込まれたが、硬い感触に跳ね返された。
「?」
魔王は胴を打たせながら剣を戻し、その柄をスロースの背中に突き降ろした。
「うぐっ」
スロースは一瞬床に這い、すぐにそこから飛び退った。
魔王の服の裂けた部分には、黒い鱗が並んでいるのが見えた。
「竜鱗の護り・・」
それはシグ、竜剣シグルズの力のはず。ただ、彼女のときは白い鱗だった。
「どうして、シグの力を」
「思い出せ。アイツが俺達のために何をしたか」
口で話し伝えることもできるだろう。しかし、自身で思い出して欲しい。そのために、今は。
魔剣グラムを構えて、魔王はスロースとの間合いを詰めていく。
どうして。どうして、ボクは一番大事なコトが思い出せない。
あのときの記憶だけは、念入りに塗りつぶされたかのように、浮かんでこない。
哀しみ、絶望、強い怒り。言葉にするならそういった負の感情が、記憶に蓋をして心に重くのしかかり気持ち悪い。
前に浮かんだ記憶の断片は、シグの泣き笑いと、彼女のマスターだったギズ、すなわち魔王が凄いオーラを放つ魔剣グラムを持った姿。
思い出せない焦燥感が油となり、自分の中に揺らめいていた怒りの炎を猛らせる。
「ギズ、シグは泣いてたよ。そして、ボクは怒ってた」
そして今も。
魔王は少し辛そうな顔をした。
「俺はアイツを救えなかった。だが、お前がどう思おうと、あのとき俺は最善を尽くした」
『マスター・・』
魔剣グラムが何かを言いたげな気配を帯びる。
「あのとき、ただキミを殴りたいと思った。遅くなった、けどっ!」
その気持ちが最後の記憶を取り戻すカギになると信じて、スロースは駆けた。そこに魔王の剣技が放たれる。
メビウスの輪のような軌道で斬撃を繰り出し、空間ごと前面を裂いた。空間の切れ目に吸い寄せられるような感覚とともに、左右斜めから斬撃が襲い来る。
「〜〜!!」
スロースは四肢を思い切り床についてブレーキをかけ、咄嗟に片手でマフラーを外す。
頭の両側で髪を結わえていたリボンだけが、斬撃がかすめて左右とも切れ飛んだ。
スロースは身を低くしたままま、遠間から端に金属板の付いたマフラーを鞭のようにスナップを効かせて振るい、それが魔王の片足に絡んだ瞬間絞めるようにグイと引いた。
「なにっ」
魔王が少し後ろにバランスを崩したところに、ガバッと飛び付く。
打撃には距離が近すぎるし、胴体は竜鱗で護られてる。
スロースは魔王の首を右手で掴んで、足を相手の足に絡めて押し倒した。左手で魔王の剣を持つ手を押さえ、馬乗りになる。
「く、はぁっ、はぁ」
スロースは息をするのを忘れていたかのように、荒く息を吐く。リボンが無くなって、左右で束ねられていた長い髪が、上下から向き合うスロースと魔王の顔を囲う蒼いヴェールのようにフワリと降りた。
魔王は、静かにスロースを下から見上げていた。
「・・抵抗しないの?」
「『魔王殺し』に掴まれてはな」
その落ち着きが気にくわない。
「じゃあ、殴るよ」
「怖いから予告するな」
そんな静かな眼で見ないで。
「ッ」
スロースは、首を掴んでいた右手で魔王の両目を塞ぐように顔面を掴んだ。
「お、おい」
そうだ、前の戦いでこんな場面があった。ボクは、怒りのままに、魔王を。
右手が熱を帯びる。
熱に浮かされたような気分で、思わず手に力が入った。
このまま、燃やし尽くして。
そのとき、スロースの後ろから小さな手が伸びて、その首に思い出のマフラーをそっとかけた。
「はっ?!」背後をとられてたのに気付かなかった。
びくっとすると同時に、熱が引いたような気がした。
「忘れたの?」
いつの間にか魔王の手から魔剣グラムが消えていて、銀髪の少女の姿になってスロースの後ろにいた。
無表情のようで、少し怒っているような顔に見えるのは気のせいだろうか。
「二人は、ずっと友達」
「!」
その言葉を聞いて、塗りつぶされていた記憶が色づいた。
あのときのこと、シグの意志と願い。
完結編、『結』に続く
第二章を読んでいただきありがとうございました!
怠惰のスロースは、憤怒のレイジだった!その戦闘力は、『怠け者』『明日本気出す』とかの怠惰なスキルでは説明出来ませんね。(憤怒のレイジはオリジナルキャラですので、アプリには出ていません)
神話ではオーディンって、ルーンの秘法を学ぶために冥界まで行ってるとか。冥界と言えば冥王、こんなお付き合いもあったら良いなと、ネタにしちゃいました。願わくばフェンリルがグレイプニルに縛られるような事態が起きませんように(笑)
魔界兵器パンドラは、以前書いたバルバ連続SS『パンドラの夢』に出したオリジナルキャラです。彼女の必殺技の元ネタは、熱いアレです。魔界兵器はスーパーロボに入るのでしょうか?
SLOTH=動物のナマケモノは、死んでも木から落ちないことがあるとか。「握る」ことは出来ない手だけど、爪でずっとぶら下がっていられる。これは正確にはニギニギする握力とは違いますが、スロース=レイジにもフィンガー系の技をマッチング。ギャップ萌え?そうとも言えるかもです。
マリーダ対ブリュンヒルデ、こちらも夢の対戦でした。歴戦の強者マリーダに軍配が上がりましたが、ブリュンヒルデもすごく強いのでいつか別の活躍があれば良いですね。
完結編『結』では、いよいよスロースの求める記憶の全てが紐解かれます。かつて前魔王との戦いで何があったのか。魔界の教科書に載ってもおかしくないその戦いの物語は、その場にいた者しか知りません・・。