超破壊バルバロッサ異伝SS 〜泣いて怒って罪二つ〜   作:GIZMO

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こんにちは、この小説もついに完結編に到達しました。
魔刀光忠の影響を受けて記憶の一部を取り戻し、その衝動に駆られて、過去の戦友である魔王と戦うスロース。その中でついに全ての記憶が戻る。先代魔王との決着、そこで失われたものと救われたもの、憤怒のレイジと魔剣士ギズがそれぞれ現在の立場になるまでに何があったのか。
第三章『結』、最後までお付き合い下さい。


第三章:完結編『結』

凶王との戦いは熾烈を極めた。

数々の悪魔を魔合成で取り込んだ魔王は、次々と反則じみた攻撃スキルを使い、こちらを苦しめた。

「レイジ、まだいけるか」

ギズがこちらを見ずに声をかけてくる。

「楽勝」

本当はかなりキツかった。けど、ギズがこちらを見ないのはボクが大丈夫だと信じてるから。弱音は吐けない。

「安心するが良い、即死スキルは使わんよ。良い餌は鮮度が大事じゃからな」

凶王は魔剣グラムを片手で軽々と振るって、ギズを追い詰めていく。

レイジが反対側から攻めたが、凶王の片手から放たれた魔法で撃ち落とされた。

「ぐうッ」

『レイジィ!』

シグルズの声が聞こえる。三対一でも、この魔王には届かない。ここまで非常識な力だなんて。シグルズは、ここまでの戦闘から彼我の戦力差を再分析する。

 

『さすが神剣とも呼ばれる魔剣グラムね、あれさえ無ければまだマシなんだけど』

剣自体の力はもちろん強いが、同時にただでさえ厄介な凶王の力を増幅する特性があるらしい。

魔剣としての潜在能力は、おそらく私と比べても桁が二つ三つは違う。ただ、今のグラムはその潜在能力を最大限に発揮しているとも思えない。まるで振るわれるだけの道具のよう。

それでこの威力とは恐れ入るしかないが、こちらには彼の剣としての矜持、譲れない想いがある。

『ギズは、二人は絶対私が守るんだから!そう、この魂にかけても』

シグルズは決意を固める。この状況をひっくり返すには高い代償を払わなければならない。

『ギズ、今からリミッター解除するわ。言うとおりにルーンを唱えて』

「そんなのあったのか?」

『レイジィ、お願い、ちょっとの間時間を稼いで!』

「分かった」

レイジが魔王の目をひきつける間に、二人は距離をおいてルーンを唱える。

『我、戦神に剣を捧ぐ 明日を生きる者のために今日の勝利を』

神々しいようで何か不穏な響き。

ギズがそう感じたのも束の間、手に握られた竜剣シグルズから凄まじい力が迸った。

まっすぐな刀身は真白に輝き、渦巻く蒸気のようなオーラが吹き上がる。

「凄い・・力だ」

『早く!今なら!』

見ればレイジが一人で劣勢になっている。

「今行くぞ!」

白く輝く刃で凶王に斬りかかった。

「むぅ?!」

魔剣グラムでそれを受けた凶王は、想定外の威力に押されて後ずさる。

「馬鹿な、グラムを押すほどの力だと?」

『あんたは確かに強いけど、魔剣のマスターとしては不足だわ!』

シグルズの声に、凶王は激昂する。

「雑魚があ!良い気になるな!!」

凶王の腕が異様に膨れ上がり、力任せにグラムを振りおろした。その一撃は床を大きく砕き、魔力の爆発が瓦礫を散弾のように周囲を穿つ。

ギズは少し距離を取り、シグルズが作る魔力障壁で瓦礫を防ぐ。

『何よアレ、ハンマーの方がお似合いよ。あれじゃグラムが泣いてるわ』

「おい、お前そんなに力を出して大丈夫なのか」

今のシグルズは、先程まで力負けしていたグラムに勝るとも劣らないパワーを発揮している。これが尋常ではないということは、これまでずっと共に戦ってきたからこそ分かる。

 

『無理は承知でやらなきゃいけない時ってあるでしょ!アイツを仕留めるにはさらにもう一つ上をいかないと!』

シグルズは早口でギズの反論を封じて、彼に必殺の一撃を提案した。

全ての力を一点に集めて敵を穿つ。グラムに拮抗できるほどの力を集めれば、その一点においては相手を凌駕するに違いない。

『力の制御は私がするわ!』

「俺はそれをヤツに叩き込む」

これまで共に戦い積み上げてきた連携、今回もきっと上手くいく。

「その力、取り込んで儂の糧としてやろうと思っていたが、最早消し去らなくては気がすまぬわ!」

凶王が沸き立つ魔力を蒸気のように口から漏らしながら足を踏み出す。その後ろで、壁から天井に跳んだ影が真っ直ぐ凶王に迫った。

「馬鹿めが!」

凶王が腕を振るい、影を打ち払った。ガァンと鈍い金属音がして、弾け飛んだのは魔王の間にあった飾りの甲冑。

「なに?!」

「ーッ!」

甲冑を囮にしたレイジの姿が眼前にあり、凶王の顔に憤怒の力を籠めた熱い拳がめり込んだ。

「ぶぐぁあ!」

手応えは十分、レイジは凶王の髪を掴んで制動をかけ、頭の後ろに回り込んで首を絞め上げた。

「ぐゥゥ!」

凶王の顔に血管が浮き、口と鼻から血を散らしてもがく。

『今よ!レイジィ避けて!』

ギズが竜剣を構えて奔る。

「舐めるな、雑魚どもがぁ!」

目を血走らせた凶王が、右手でグラムを振りあげて技を放とうとする。

ギズは必殺の諸手突きを魔王の身体の中心に向けて放った。剣先に白いオーラが凝縮されて、眩い閃光に凶王の眼が灼かれる。

「ぬッ?!」

その瞬間レイジは両足を凶王の背につき、背中を足場に後ろに跳んだ。

 

『いっけーっ!必殺剣、シューティングスター!!』

 

気合の入ったシグルズの声が響き、その刀身はまるで流星のように奔った。

「おのれ、トータル・カタストロフ!」

凶王が自身の全力をグラムに乗せて振り下ろす。

 

魔剣グラムと竜剣シグルズの軌道が重なり、接触と同時に、グラムの刃が半ばから砕かれた。

その刹那、シグルズは確かに、相手の剣精の悲鳴を聞いた。

眩い白の閃光は、そのまま凶王の身体を大きくえぐり飛ばした。

「ぐおあアアァー!!」

絶叫とともに凶王の顔がこれ以上ないくらい歪み、その胴体はえぐられた中央から崩壊し、ほとんど消失している。

そして、暴君の身体は二つになって崩折れた。

 

ギズは、凶王が倒れたあともしばらくその場で動けなかった。

文字通り、全身全霊をかけた一撃だった。

その目の前にひらひらと手が振られて、ようやく我に返った。

「レイジ。・・元気か?」

的はずれな反応に、レイジは呆れた顔で肩をすくめる。

その表情はいつも分かりにくいが、今は血や煤に汚れながらも晴れやかに見えた。

「キミほどじゃないけど。シグは?」

ギズの手にあった竜剣シグルズは、その輝きが徐々に落ち着き、やがていつもの快活な黒髪の剣精が顕れた。

「二人共、ホントにお疲れさま!レイジィも怪我してない?」

「うん(こくり)」

「良かった〜!」

シグルズは笑顔で二人の無事を喜び、ギズとレイジの頭を両腕で抱え込んで頬ずりする。

「おい」

「うに」

「ホントに良かった」

そのオーバーに見えるほどの親愛表現も、ついに勝てたのだという安堵からなのだろうと、思った。シグルズの頬ずりに涙が混じるまでは。

 

シグルズは泣いていた。

「シグ、お前」

「シグ?」

「ぐす、あはは。ゴメンね、私なんだか」

その誤魔化しもぎこちなく、なんだか不吉なものを感じさせた。

「お前、さっきの力、何だったんだ?リミッターなんて、俺は知らないぞ」

シグルズは涙をぬぐい、隠し事がばれて観念したような顔で薄く笑って語った。

「あれは、『勝利のルーン』戦神の力の依代(よりしろ)となって必勝の力を得る、私の切り札」

シグは、また溢れてしまいそうな感情をおさえるようにつとめて平静に説明していた。しかし、続きを話すとき、抑えきれずにまた涙が出てしまう。

 

「その日の勝利と引き換えに、このルーンを発動した魔剣の魂は、夜明けとともに神界に召され・・消えてしまうの」

 

「なんだと?」

「そんな?!」

二人は動揺し、シグルズに詰め寄る。

「なんとかならないのか?!」

「シグ、ボクたちにできることは?」

「どうにもならないわよ。これが、私が願った力の代償・・あら?」

 

シグルズの目線の先、魔王の間の片隅に、魔剣グラムの剣精である銀髪の少女がうずくまっていた。その姿は時々消えかかるほどに儚く、無表情がかえって痛々しい。

「・・契約者とのリンク消失、自己再生を試行」

シグルズは、自分に任せてほしいと二人に頼み、ゆっくりとグラムに歩み寄る。

銀髪の少女は、少し歳上の外観の黒髪の剣精を見上げる。

「シグルズ、さっきの力はなに?」

シグルズはしゃがみこんでグラムと同じ目線になった。

「神界との契約よ。私達の力と神の力、合わせないと貴女を超えられなかった。でも、貴女が限界を超えて力を出せていたら、それでも敵わなかったかも」

銀髪の少女、グラムは首を傾げる。

「超えられないから、限界という」

シグルズは微笑んだ。

「ね、私達魔剣には魂があるから、その限界を超えられるんじゃないかって思うの。それが、私達が普通の武器と違うところ。私達には、心がある」

「心・・」

「使い手に使われるだけの道具じゃない、使い手を選び、生かすも殺すも私達次第。私達には、それだけの可能性があるの。心を通わせ絆を積み上げて、武器としての基本性能を、限界を超えて、運命にすら干渉できる可能性が。」

 

魔剣グラムは、なまじその基礎性能が高すぎたため、そのあるがままで使われてきた。

強力無比な力、そのさらに上など求められたことは無く、そこには期待も願いも何も無かった。

「私にも、可能性がある?限界を、超えられる?」

「良い使い手と一緒なら、きっとね」

シグルズがグラムの手をとって笑うと、グラムも少しだけ口元で笑みを浮かべた。

 

「「?!」」

そのとき、二人に異変が生じた。

シグルズもグラムも、共に床に倒れ伏す。

「シグ!」

ギズとレイジが駆け寄り、シグルズを助け起こす。

「・・もう、夜明けが近いみたい」

シグルズはこの短時間でかなり消耗しているようだった。

一方グラムは、自力で身体を起こしたが、立つことは出来ない様子だった。

「魔力と構成マテリアル不足、自己再生・・不能」

シグルズに砕かれた本体は自己再生出来そうもない。

魔力を通わせる契約者無しでは、あとはいずれ朽ち果てるのみ。

シグルズは、グラムの無表情な眼に新たな感情『悔しさ』が宿っているのを見て、ギズにひとつの提案をした。

 

「よく聞いて。私たちなら、この娘を救えるわ」

「何を言ってるんだ!今はお前が」

「私の本体は無傷だから、アレを使えばきっと」

シグルズの指すのは凶王の魔合成システム。

「私を取り込ませれば、構成マテリアルの補充には充分。あとは、契約者」

シグルズは、言葉を失ったギズの頬に手を当てた。

「契約して魔力を通せば、この娘は再生できる。きっとこれまで以上の強い魔剣に生まれ変わるわ。私、この娘を助けたい」

 

「そんなのダメ、絶対ダメだよ!」

レイジが泣いてシグに詰め寄る。

「それより、逆にこのグラムを取り込めば、シグは助かるんじゃない?!」

「それは無理。私のは『器』の問題じゃないから」

「器ってなに?!やってみないと分からないじゃんか!」

「レイジィ・・」

シグルズは困ったような笑みをうかべ、駄々をこねるレイジに手を伸ばし、手に手を重ねた。その頬に涙がまた伝う。

「ごめんね。でもレイジィ、貴女はずっと」

 

シグの唇が続く言葉を紡いだのと同時に、横殴りの衝撃にレイジは吹き飛ばされ壁に叩きつけられていた。

「うぐぁっ!」

強い衝撃に息が一瞬詰まる。

「ハァ、ハァ・・キサマら、一人として逃さんぞ」

眼を血走らせた凶王は、上半身だけになっても死にきらず、背中に生やした飛行悪魔の翼で襲いかかってかたのだ。

「レイジ!」

ギズは立ち上がり腰の竜剣に手をかけるが、シグルズがこの状態では自分は無力だと思い知らされる。

『ギズ、早く!私に、最後まで貴方たちを守らせて!』

剣に戻ったシグルズの必死な声に急かされ、ギズは一瞬の逡巡の後、傍の銀髪の少女を抱き上げて、奥の魔合成システムに駆け寄った。

レイジは先程のダメージからなんとか立ち直り凶王と対峙していたが、翼でホバリングする凶王の肩越しにギズの動きを見てその意図を理解した。

「ダメだよ、待って!!」

その隙をつき、凶王が最速で飛来してレイジの首を両手で掴み吊り上げた。

「く・・」

「ク、クハハ!諦めるが良い!」

シグが、消えてしまう。ヤメテ。どうしてそんなことができるの?

心の中で、炎が激しく燃え上がる。

レイジがぶるぶると右手を伸ばし、その手は凶王の顔を掴んだ。

「カハハ、殴ることも出来まい!ッ?ぐおお?!」

レイジの手が赤く燃え上がり、凶王の顔面を指がギシギシと締め付けた。

レイジの赤い眼が、さらに真っ赤に染まる。

「どけえーー!!」

「ぎゃああーーッ!」

凶王の頭が、炎に包まれた。

 

ギズは、魔法陣にグラムの剣精を横たえて、その上に腰から外した竜剣シグルズを置いた。

「どうやって使うんだ、コレは?!」

ギズは、魔法陣の横にあったコンソールらしきものを調べるが、奇怪な紋様や文字で操作法が分からない。

すると、物陰からか細い声がした。

「こ、これを使うのカ?」

見ると、今日生贄にされそうになっていた王女リィネが、いつの間にか意識を取り戻し隠れていた。

「使い方が分かるか?急いでるんだ!」

王女リィネはその勢いにビクッとするも、恐る恐る身を乗り出してコンソールをのぞく。

魔術の心得がある者には理解できるものらしく、装置はすぐ起動した。

「うまくいったみたい。合成元、合成素材はどうするノダ?」

リィネは何気なく訊いたが、ギズに睨まれて青くなる。

「・・グラムに、シグルズを・・合成してくれ」

実際に血を吐く思いで、ギズはそう絞り出した。

「わ、分かったノダ」

リィネはコンソールを操作して、その細い指が赤く光る『確定』紋章を選択する。

 

「・・?」

グラムの剣精は、気付けばシグルズに膝枕されていた。

「グラム、彼のことお願いね。剣が無いと何も出来ない人だから」

「でも、シグルズは?」

シグルズは穏やかに笑う。

「後悔はないわ。むしろ、貴女を救うことができて嬉しいくらい。私は、彼の剣であり、仲間だった。でも私が人間だったら、その、お嫁さんにもなれたかなって、夢をみてた」

シグルズは魔法陣の中で、徐々に光に包まれながらギズを見た。

「私と貴方が心と力を合わせることで、この娘は新しく生まれ変わる。これって、私達の子供みたいで、凄く素敵じゃない?」

それは、夢に留めていた幻想。

「シグ・・!」

ギズは、拳を握りしめて見守るしかできなかった。

「この娘のこと、ちゃんと見ててあげてよ。ギズったらデリカシーが無いからちょっと心配」

シグルズを包む光は、さらに強くなる。

「レイジィ、ホントにごめん、そしてありがとう。ギズ、もう話すことは出来ないけど、あなたは最高のマスターだったわ。大好きよ」

それまで明るい調子で喋っていたシグルズは、我慢していた涙を瞳から溢れさせながら暖かい笑顔でグラムの頭を抱き、魔法陣の光の中にその姿は見えなくなる。

 

魔法陣が停止すると、そこには銀髪の少女が一人横たわり、その手は中空を掴もうとするかのように伸ばされていた。

その直上に刃が砕けた魔剣グラムとその欠片が顕れて、結合、元の剣をかたどる。

赤い結合部は血を流す傷のように脈動し、黒い竜鱗がゾゾゾっと湧き出して刀身をかさぶたのように覆い尽くす。

銀髪の少女は立ち上がって、おずおずとギズに手を差し出した。

「私と、契約して?」

ギズは、笑う黒髪の少女の思い出に背を押されるように、その小さな手をとった。

 

「ギズぅー!!」

レイジの叫び声に振り返る。

凶王が、半身を失ってなお襲い来る暴君が、焔に包まれて骨と化していた。

グラムと契約して加勢するまでもなく、凶王と呼ばれた魔王は、死んでいた。

黒い骨が軽い音をたてて石床で砕け、崩れて灰になる。

両目と手に憤怒の炎をたたえたレイジがギズの方に歩を進める。

その目は泣いていたはずなのに、涙は蒸発したかのように流れなかった。

「どうして」

「レイジ・・」

「ギズ、ボクはキミを」

強い怒りの感情に駆られながらも、そこに憎しみの感情はなかった。

「うわあぁッ!」

レイジが拳を固めて、ギズに飛びかかった。

 

『再鍛完了』

 

ギズが握る魔剣グラムが強烈なオーラを放ち、刀身を覆っていた竜鱗が光の粒子となって消えた。

現れたのは、恐ろしいまでの力を秘めて鈍く輝く重厚な刃。

新生した魔剣グラムは、向かってくる怒れる悪魔を静かに分析した。

『暴走してる。倒さないと、マスターが危険』

手加減というものを知らなかったグラムは、全てを断つギラリとした刃を行使しようとする。

『?』

そのとき、これまで知らなかったスキルや力が自分の中にあることに気付いた。

『これは、シグルズの』

その中から、ひとつのスキルを選び取る。でも、これでいいのかな。

ギズの様子をそっとうかがうと、彼はその気配を感じたのか、肯定するようにうなずいた。

マスターが私の思いを汲んでくれた。グラムは、その感覚に初めての『嬉しい』という高揚を感じながらスキルを行使した。

 

『幻影斬(ファントムスラッシュ)』

 

相手を実際に斬らず、幻痛で相手の戦闘力だけを奪う剣技。

普段ならともかく、暴走した状態ではその技を躱すことも、拳を届かせることもあたわず、レイジは倒れた。

 

心の奥底で、この怒りがただのやつ当りだってことに気がついた。

ギズは、シグの一番だからこそ、辛くても彼女の最後の願いを聞き届けた。

自分はそれを受け入れられず、立ち止まってしまった。

だから、最後に二人に置いて行かれた。

そう思うと、悔しくて仕方なかった。それがこの衝動の正体。

銀髪の少女が目の前で何かを伝えようと口を動かしている。

でも、もうどうでもいい。

このくすぶる憤怒の焔で、いっそ自分も燃え尽きてしまえば良い。

シグ、ギズ。ボクは、キミたちとずっと一緒に、いたかっただけなんだ。

レイジは眼を閉じた。

 

「レイジ、すまん」

すでに限界に達していたギズは、レイジの傍に片膝をついた。

「斬っちゃったノカ?」

リィネがその隣に立つ。

「いや、気絶しただけだ。それより、俺達はお前にとって親の仇になるのだろうな」

リィネはその片目を覆う金の前髪をかきあげ、ギズを見た。

「父上は、もう手遅れだったノダ。強さに取り憑かれて、何のために強くなろうとしたかを忘れてしまってた」

リィネが片手を玉座の間の扉に向けると、魔法で閉ざされていた扉が開放された。

入ってきた風で凶王の灰が舞い上がり、キラキラと窓から外に飛ばされていく。

「これで父上も楽になったノダ」

リィネはギズを改めて見直す。

最初は怖い人かと思ったけど、今はそうは思わない。

「魔剣グラムは、魔王選定の剣でもあるノダ。オマエはそれに選ばれた。オマエこそが、次の魔王ナノダ!」

「悪いが、そういう気分じゃない・・」

魔王は気分でやるものでは無いのは分かるが、今になって改めて喪失感が自身をさいなみ、ギズは他のことを考える気になれなかった。

「・・昔、メイドがおとぎ話を読んでくれたノダ。神の世界に行ったヒトは、世界を見守る守護者というものになるらしいゾ」

「守護者?」

「この世界は広すぎるから、神々は守護者に面倒なコトを全部代行させるんだって。まあアルバイトみたいなものなノダ、きっと」

「バイト、か・・」

世界のために忙しく働いているシグを想像すると、少し笑ってしまった。

ギズは、窓から見える夜空を見やり、涙を隠すように上を向いた。

「星になって見守るっていう表現も、あながち間違ってはいないのかもしれないな」

 

次にレイジが目を覚ましたとき、彼女は記憶を失い、『憤怒』としての力も完全に沈黙していた。

 

赤く燃えるようだった瞳は沈んだような翡翠色になり、記憶と共にあらゆるモチベーションを失っていた。

傷は癒えても心ここにあらずという様子で誰の話も聞かず、ただ眠るだけの毎日。

大きな魔力を秘めながらも怠惰に過ごすレイジを、七つの大罪『堕落』のベルフェゴールが引き取ると言い出した。

「大きな力を発散無しに制御するのは意外と難しいのです。これもまた才能」

ベルフェゴールに背負われたまま眠るレイジは、穏やかな顔をしていた。

「今この娘に必要なのは、休息と新しい人生。ウチは寝てばかりでも大歓迎ですからね」

ギズに見送られ、レイジはベルフェゴールと共に魔王城を去っていった。

 

 

それから一年、新魔王の治世になってから多くの悪魔たちが魔王城に集った。先代魔王のときには無かった団結と交流が生まれ、魔王ギズは悪魔たちが自由に生きられる新しい魔界を作るべく忙しい日々を送っていた。

 

「これが、謁見者だと?」

今日はベルフェゴールからの使者が来るという話だったが、代わりに大きなプレゼントボックスが魔王城に届けられた。

宛名は魔王、日時指定便。発送者欄には『堕落』の印章があるので間違いなさそうである。

魔王ギズは箱のリボンを解いて、そっと開けた。

中はクッションで覆われており、可愛らしいドレスで飾られた青い髪の悪魔が丸くなって眠っていた。

「レイジか?!」

その傍には、丁寧に畳まれた見覚えのあるマフラーと、ベルフェゴールからの手紙があった。

 

『多忙のためしばらく魔界を離れるので、この機に大罪を引退します。つきましては、この娘を『堕落』の後継として指名します。彼女の名前は・・』

 

魔王ギズは、手紙を置いて青い髪をつついた。

「んにゅ・・」

翠色の瞳が眠たげに開かれ、見覚えのある顔が見上げてくる。

「んー、おはよ〜」

「・・おはよう」

「ふぁ〜あ。キミが、魔王様?」

「ああ、ヨロシクな」

「ボクは『怠惰』のスロース。まあ、よろしくね〜」

箱の縁越しに握手したその手は、以前と同じようにヒンヤリしていた。

「キミ、なんか懐かしい匂いがする・・うにゅ」

スロースはそのまま箱の縁にあごを乗せて眠ってしまった。

「・・誰か、この箱を近くの空き部屋まで移動してやってくれ」

 

こうして、『憤怒のレイジ』は魔界の表舞台を去り、新たな大罪の悪魔『怠惰のスロース』が生まれたのだった。

 

 

〜現在、魔王の間〜

 

スロースは、突っ伏すようにして魔王の胸に顔を埋めていた。

「思い出したんだな」

「・・うん、色々ごめん」

全てを思い出した。

怒りの感情は完全に失せて、顔を上げたスロースの瞳は穏やかな翡翠色に戻っていた。

「スロース」

グラムが、スロースの隣にちょこんと座った。

「あのときうまく伝わらなかった言葉、もう一度言う」

「言葉?」

「シグルズの言葉」

「え・・」

 

「『ごめんね。でもレイジィ、あなたはずっと、ギズと友達でいてね』」

 

「っ!」

シグルズの唇があのとき紡いだ言葉が、今再生された。

悲しませてしまったけれど、この想いを分かって欲しい、その上で二人は自分のぶんまでずっと仲良くして欲しいという願い。

あのときは置き去りにされたと思ったけど、本当は待っててくれたんだ。待たせたけど、ボクは、やっと追いつけた。

 

「泣いてるのか」

「う〜、見ないで」

スロースが魔王の顔にぺちと手を当てた。

「お前の手は、やっぱりヒンヤリしてて気持ちいいな」

「ヘンタイ」

懐かしい二人のやりとり。

スロースは魔王の胸の上でクタッとのびる。

「なんか疲れちゃった。このまま寝ていいかな〜」

「重いからどいてくれ」

「・・かぼちゃパンツ見えてる」

「んー」

グラムの言葉に、動じずよっこらせとワンピースを直すその姿は、怠惰そのものだった。

 

気怠く、ほんの少しだけ甘い空気をスロースが密かに楽しんでいると、魔王の間の外が急に騒がしくなった。

『リィネさん、大人しくして下さい!エミリア様、なんですかそのボンデージ?お気を確かに!』

『魔王よ、今日こそ私に屈服させてやるぞ!』

『魔王さまー、私のモノになるノダー!』

皇族区画の方から、暴れる皇族が近衛騎士団の制止を蹴散らして迫っているらしかった。

近衛騎士ルナの悲痛な声が聞こえる。

『パンドラさんもいないしー!援軍、誰でも良いから!スロースさーん!』

 

「えらい騒ぎだな。あの時助けたヤツまで混じっているのはいささかショックだ」

「・・黙らせてくるね」

スロースがゆらりと立ちあがり、外に向かう。

その眼が一瞬赤くなっていたのは、見なかったことにしよう。

 

 

〜エピローグ〜

 

魔王の間に、魔王城での騒ぎの元凶、魔刀光忠が引っ立てられて来たのは、騒ぎが収まってすぐだった。

「すまなんだな。まあ許せ」

尊大な態度の妖艶な美女を、ゴーレムがゴチンと小突く。

「偉ぶらない」

「なんじゃなんじゃ、良いではないか、ほんの出来心じゃろ」

悪びれない光忠の肩をマミーがポンとたたく。

「もっかい飛んどく?」

「ヒィっ」

光忠が青ざめる。仔細は省くが、屋上で発見された不審者、光忠が暴れて抵抗をやめなかったので、ゴーレムの案でマミーと包帯バンジー体験させられたのだ。

『アンデッドは墜ちても死ぬことないけど、君はどうかな?』

『や、やめんか!刀の肌は繊細なのじゃぞ、傷ついたらどうする』

(パチッ)ゴーレムが指を鳴らし、マミーは暴れる光忠を羽交い締めにして城壁からのバンジージャンプを決行したというわけである。

 

そんな元凶を見つめる銀髪の悪魔姉妹がいた。背が高くグラマラスな女王様然としたジェネシスと、その妹;スレンダーで美しいオッズアイに強い意志を感じさせるバルバロッサである。

「・・あやつのせいで、可愛い妹と争うことになったのか」

「姉様、私は楽しかったです。久しぶりに姉様の力を肌で感じられたから」

ジェネシスとバルバロッサの最凶姉妹も、今回影響を受けて互いと争ったのだという。最愛の姉妹でも譲れないものがある、という動機だったが、争ううちに互いがますます愛おしくなってしまい、いつの間にか手に手を取り、まるでワルツを踊るように他の暴走した悪魔達を駆逐していた。

「お前もまた強くなったな」「姉様のお陰です。あぁっ、ここでは」「良いではないか、姉妹水入らずだ、魔王にも見せつけてやろう」

そして今もまた、二人の世界を作っていた。彼女たちには、これが普通である。

 

「光忠、お前の力はよく分かった。あまり野放しにしておきたくは無いな」

玉座の魔王がそう言って、傍に寄り添うグラムも黙って頷く。

「剣は剣士に任せたいが(チラ)」

「申し訳ありませんが、生理的に反りが合いませんわ」

ブリュンヒルデとは相性が悪いと。

「マリーダ」

「はいよ」

「お前を見込んで、この魔刀光忠を任せる。使いこなしてくれ」

「なんじゃと?」

「私がコイツをねぇ」

魔界剣士マリーダと光忠は互いを見合う。

「まあ、魔剣クラスの刀は是非欲しいとこだしね。謹んで拝領します」

マリーダが魔王に剣士の礼をし、光忠に歩み寄る。

「ふん、お主に吾を使いこなせるかの」

「私はいずれ魔王様をモノにする女だぞ、お前こそついて来られるかな」

「ふ、うつけ者め。前の主に少し似ておるわ」

「マリーダよ、そういうコトは当人が居ないところで言え」

魔王が呆れた口調で言って、グラムがまた黙って頷く。

どちらもお似合いと言えそうである。

「お姉様、今度また手合わせをお願いして良いですか?私、もうすぐ『覚醒』できますの。次は負けませんわ」

ブリュンヒルデに誘われ、マリーダは新しい刀を試す良い機会と了承するのだった。呼び方は置いておくとして。

 

「それからルシフェル、サタン。そしてバルバロッサにジェネシス。魔王城の中での騒ぎの収拾、ご苦労だった」

この危険な二つのペアは、それぞれが争った後で別の暴れていた悪魔たちと次から次へとバトルしていたのだ。

サタンたちにとってはもっぱらストレス解消だったが、結果として城内の暴走騒ぎの収拾に貢献したことになった。

「へっ、俺達にかかればなんてこと無いぜ!」

「この礼は期待して良いのだろうな」

「私達の」「おもちゃになってもらおうか」

「だがな」

魔王が指を鳴らすと、各所が崩壊して煙を吹く魔王城の姿が宙に投影された。地形が変わったところさえ見られる。

 

「やり過ぎだ。殆どお前たちが壊したのだろう」

「ふん、細かいことを気にするな」

「なんか保険とか入ってんじゃねーのか?」

「魔王の甲斐性を見せるところだろう」

「お前は何も見えてない」

そっぽを向く四人、分かっていたこととはいえ魔王はため息をついた。

「魔王様、どんまいだよ~」

プルートは面白がるように、それでいて無関係を維持する距離をとりつつ、笑って言った。

 

 

「痛い〜・・」スロースは自室のベッドにうつ伏せになり、ルナにマッサージしてもらっていた。

「普段ほとんど動かない人があんな動きをしたら、筋肉痛も当然です」

昨日、暴れる皇族悪魔を瞬く間に眠らせたスロースはまるでいつもと別人だった。

マフラーをなびかせて跳ぶ姿は、伝説のヒーローのようで、ルナは呆気にとられてしまっていた。

それが、今全身筋肉痛でのびている。

「でも、この方がスロースさんらしくて、なんだかホッとします」

ルナはスロースのぷにっとした手を揉んで笑った。

「・・ルナ、いつもありがとね」

スロースはふにゃっと笑みを返す。

「ルナはボクにとって3号さんだから」

「な、なんですか、その愛人みたいな番号」

「うにゅ〜、何でもないよ〜」

スロースは陽だまりの猫のように、翡翠色の目をトロンと細めた。  

 

ボクの部屋のクローゼットには、今もあのマフラーが大切にしまわれている。

そこに縫われた『レイジィ』の名。

シグは、レイジは祖国では男の子の名前だから、と勝手に語尾にィをつけて、響きが可愛くなったと自画自賛していた。

結局シグしか使わない呼び方になってしまったし、憤怒のレイジの名自体を覚えているのもギズ、すなわち現魔王と七つの大罪の悪魔たちくらい。

 

でも、それで良い。

今のボクは怠惰のスロース。名前も生き方も昔と違うけど、だからこそ出会えた新しい人達と楽しみがある。

ギズとは今も友達だけど、記憶が戻ってからはより距離が近くなった気がする。初め少し苦手意識のあったグラムとも、前より仲良くなったと思う。

 

「邪魔するぞ」

今日はギズが部屋に遊びに来た。

その後ろに銀髪の少女、グラムがちょこちょことついて来ている。

「最近コイツが自分も外について行くと言ってな」

「ふーん」

グラムと目が合う。相変わらずの無表情。

彼女はスロースのベッドを背もたれに、座って読書を始める。

「ねえ、キミはどうして最近ギズに付いて回るの」

銀髪の頭上から声をかける。

「マスターの警護」

グラムは淡々と言う。

「スロースは大丈夫」

「ん?」

「『ずっと友達』というのは、交際はしないという意味と本に書いてあった」

「一体どんな本読んでるのかなぁ」

「今回のことで分かった。マスターを狙う悪魔は沢山いる。私は、マスターを護る」

グラムは、読書に戻る。

それって、キミもギズのことを。

なんだか、この強大な力を持つ小さな少女が可愛らしくて、ボクはその頭をもしゃもしゃと撫でた。

そんな様子を見ていた魔王はふっと笑った。

「俺達は皆うまくやってるぞ、シグ」

 

〜終わり〜

 




最後まで読んでいただきありがとうございました!
これまでの章よりかなり長くなってしまいました、4章構成の方が良かったかも?
神話で、魔剣グラムが折れた後にレギンに鍛え直され英雄シグルズに使われる話がありますが、劇中シグルズがグラムを助けるのはそれにちなんでます。
また、シグルズの切り札「勝利のルーン」は、戦神テュールの剣にまつわる神話がベースとなっています。
凶王は、「運命」を克服するために巨大な力を求め、その結果心を失った存在なのですが、その「運命」についてはいずれ語られることもあるかもしれません。
憤怒のレイジは、もとはアプリの超破壊!バルバロッサで七つの大罪悪魔が七つ揃ってないと思い作ったオリジナル悪魔です。『堕落』と『怠惰』は大罪としては同義なので、重複してます。『傲慢』は元設定どおりルシフェルとしても、『憤怒』は誰?と思いまして。憤怒を意味するRage(レイジ)が名前の元です。ィを足すだけでレイジィ(Lazy)すなわち怠惰に。二重人格という方向でも考えたのですが、最終的には記憶の問題に留めました。
魔剣グラムが神剣と呼ばれるほどに古い魔剣なのに子供のようなのは、これまで使い手と心の交流が無かったために未成熟だからという設定です。シグルズの言うように、これからの成長次第でゲームのように愛情限界突破も夢じゃない?
悪魔たちに比べて影の薄い魔王のシリアスな過去も描きたかったので、今回は書いてて楽しかったです。

おまけの「ネタバレ座談会」も良かったらご覧下さい。
また次の作品でお会いしましょう!
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