伝わらねぇよ! 意味わかんねぇよ! バカじゃねぇの!
と叫びながら読むことを推奨します。
ついでに、作者は叫びながら書いてます。先日危うく行きつけの喫茶店を出禁にされかかりました。
では、本編をお楽しみください。
ベン・トー。
もはや説明不要の名作、と皆は言うだろう。
……説明してくれ。
ベン・トーってなんじゃ? ワシ、そんなもん知らんわい。
私がベン・トーについて知っていることは、半額弁当をめぐって主人公達が戦うというバトルコメディーだということだけ。
それだけだ。
主人公? 知らん。
ヒロイン? 知らん。
今後の展開? 知らん。
作者? デスニードラウンド、英雄都市のバカども、ファングオブアンダードッグで有名な人だ。知ってる。でもベン・トーは知らん。
普通異世界転生といえば、そこそこ事前知識があったり、チートスキルを持ってたり、伝説級の武器を持ってたりするものだろう?
ちょっとここで私についてまとめてみようか。
名前:男 百合
性別:女性
年齢:女の子の年齢を知りたいとかさ、人としてどうかと思うんだよね。まぁ中学三年生ってことは教えてやるよ。
武器:無し
異能:無し
備考:元男の転生者。無知。
どうよ。ゲームのステータス風にしてみました。我ながらいいと思うのよね。
さてもしこれにレベルの欄と職業をつけるなら、おそらくこうなるだろう。
職業:村人(NPC)
LV:0(戦闘に参加できません)
はっきり言おう。私はバトルキャラじゃない。
知らない世界に飛ばされても、ドラクエの世界とかFFの世界とか、放課後アポカリプスとか、どうやって戦えばいいかわかってる世界ならよかった。
灰と幻想のグリムガルならお金払って戦い方を学べたりするから、その世界での自分のあり方を、戦い方を確立させやすい。だが、ベン・トーの場合はどうだ?
異能、無し。武器、カゴとかカートとかはあるけどまともな武器と呼べるものは無い。それに加えて私は前世で特に格闘技の本を読んだりしたわけでもなく、ラノベ以外の知識の量はごく一般的な会社員と同じ。Are you hungry? カァップヌードールッ!! hoooo!! ファック……ス!
私はスーパーで買ったカップヌードール3つの蓋を同時に開け、ヤカンを使ってお湯を入れて行く。
結局あの後、弁当がなかったので仕方なくカップ麺を買って、家で食べることにしたのだ。
こ○ラノ文庫を重石代わりに、私は三分が経過するのを待つ。
とりあえず、情報収集と情報整理だ。ベン・トーの世界観と戦い方を身につける。前世友人は
「ベン・トーはさぁ、半額弁当を求めて主人公達が『白兵戦』を繰り広げる話なんだよなぁ」
と言っていたのでおそらく生身で殴り合い、弁当を手に入れるのだろう。
手元になったラノベをパラパラとめくる。こちらの世界でも様々なラノベを読んだが、その中のどれにもベン・トーに似た作品はない。
このベン・トーという世界は、おそらく他の世界と比べ物にならないほど特殊なのだろう。
『Are you hungry?』
「カァップヌードールッ!! hoooo!!」
ケータイが3分経ったことを告げる。私は即座にこの○ノ文庫を吹き飛ばし、カップヌードールの蓋を剥がした。
部屋中に充満する醤油の香り。カップヌードールの匂いは普通の醤油の匂いと違い、胡椒の香りや判別不可能な香りも混ざっている。カップヌードールはそのまま食べても美味しいが、私はいつもこれに一手間を加えることにしている。
それは前世で食った味の再現。友人には食べ物を粗末にしていると言われたが、こればっかりはやらずにいられない。
前世で食べたものの味を知りたい。そう願い、前世の味を再現しても、バチは当たらないだろう。
本日用意した食材はこちら。
梅干し、ごま油、わさび。
どれもカップヌードールにはあいそうだ。ついでに、ごま油は2度目のエントリーだ。前回はお湯をいれる前にかけたが、今回はお湯をかけた後、つまり完成後の投入だ。
良い子は食べ物で遊ばない。私は遊んでない。だから良い娘。お父さん、コロンビアで胸張っててね。
早速出来上がったカップヌードールに梅干しを投入。即座にもう一つのカップへごま油をぶっかける。最後はわさびだが、これは前世でやった時と同じやり方で入れよう。
手元のチューブわさびの、蓋とは反対側の部分をハサミで切り落とし、中身のわさびを容器の中に振り落とす。こうすれば綺麗にわさびが全部容器の中に入るのだ。うん、美味しそう。
早速梅干し入りの方へ箸を伸ばす。今回の三つの中で一番やばそうなのが、これだ。梅干しの酸っぱい味が、カップヌードールの味と喧嘩をするかもしれないのだ。喧嘩したらどうなるかって? 私が悶え苦しむだけだ。
麺を持ち上げ、梅干しに乗っけるようにしてスープと梅干しを混ぜ合わせる。さらに梅干しをほぐして、スープとよく絡ませる。
これで梅干しが外れ食材だったら大変なことになるが、見た目は悪くない。それに、匂いがいい。
私はゆっくりと麺をすすり、目を見開いた。
これは、いいものだ。
これはうまい、耳を疑うかもしれないが、これはかなり美味い! スープの中に眠る穂乃果な酸味……ほのかな酸味がジャパニーズ・ワショクの良さを引き出しているのだ。誰だ、これが一番ヤヴァそうとか言ったやつ! 私だよ!
信じられないかもしれないが、梅干しの味は醤油ベースの濃い味に、喧嘩し過ぎない程度のアクセントとなっているのだ。カップヌードールのスープは胡椒が効いたもので、酸味はない。だからこそ梅干しがスープをさっぱりとしたものへと変えてくれたのだろう。スープに打ち消されずに残る果肉が、新たな味の境地を開拓している。
「ふぃぃぃ」
風呂上がりのおっさんのような声をあげるJC。あれだけあったカップヌードールは1分もたたずに私の胃の中に消えた。
嘘だと思ったら食べてください。わりといけますよ、梅干しヌードール。
さて、お次はごま油だ。これなんだが、実は一番あたりではないかと思っている一品だ。前回ごま油を使った時美味しかったからというのが一番の理由だ。お湯いれる前だろうが後だろうが、味は対して変わらないんじゃないかと私は思う。
って、なんで真面目にこんなこと言ってんだ? こういうのって美味かったで終わらせないとすごく長くなるんだよなぁ。だってさ、ごま油かけたカップヌードールがまずいわけなじゃないですか。
ごま油ヌードールとわさびヌードールを同時にかき混ぜる。こういう液体系や粉物系は箸一本でかき混ぜれるのが楽でいい。前世ではカップヌードールをかき混ぜるためにハンドミキサーを買ったこともあった。あれ、かき混ぜる威力が強すぎて麺とスープが吹き飛ぶんだよなぁ。
前世を思い出しつつ、ごま油ヌードールをすする。
……違う。もうこれは料理が違う。変わったのは味と香りだけじゃない。味よりももっと繊細な、コクだ。コクが違う。これはもう説明するにが難しい。コクと旨味の違いを説明するくらい難しい。
さらに言うなら前世の友人がMONUMENTを読んで発狂した理由を説明するくらい難しい。
「おいひぃ……」
美味すぎて舌が回らない。今までグリードと同じような食事をしてきただけはあって、こういう香りも味もいい食事は本当に好きだ。どれくらい好きかって、愚者のジャンクションくらい好きだ。人によってこの感想の捉え方は変わるだろうが、私はそうとしか言えない。あっ、愚者のジャンクション一巻を読み終えた時のように胸糞悪が残るという意味ではないよ? 二巻目を読んだ時のような清々しさが残るのだ。これ、同意見の人いるのかな?
さて、と。最後に残ったのはわさびヌードールだが、ヤヴァイ。見た目と匂いがヤヴァイ。
あ……ありのまま今起こったことを話すぜ! 私はカップヌードールにわさびを入れただけなんだ。なのになんでこんなことになったんだ!?
これはもう、ハリウッドでリメイクされたドラゴンボールの主題歌が浜崎あ○みで、めちゃくちゃかっこいい曲だったから期待できるなと思ったら、中身は原作とはかけ離れたC級映画に成り下がっていたくらいの衝撃だ。なんでそんなことした! なぜハリウッドはリメイクした! なんでカップヌードールに大量のわさびをぶっこんだ!
わさびは前世の私が好きだった調味料のうちの一つだ。味ではなく刺激をくれる調味料で、その刺激はハバネロとは違う刺激をくれるマイフェバリット。
この世界に来てから、わさびはまだ数回しか食べていない。親といった激安回転寿し、アフリカで食べたSUSHI。そこにちょこんと入っていただけで、こんなに姿を見せていることは、今まで一回もなかった。
「うぅ……食べ物は残さず」
全ての食材に感謝して、いただきます! 南無三!
私はわさびヌードールを一気にすすりーー
ピーンポーン!
僕は友人の家の前にいる。シーメンの育成が終わった僕、佐藤洋は、友人の男百合の家の前に来ている。
信じられるか? 男百合って本名なんだってさ。本人はいつも自己紹介の時に「私は百合! よろしくね!」と満面の笑みで言うのだが、明らかに発音が『ユリ』じゃなくて『百合』なのだ。だから僕は彼女のことを親しみも込めて『レズさん』と呼んでいる。
現在時刻、夜10時。そんな時間になんで僕が外に、しかも女友達の家の前にいるのか。答えは単純だ。
呼ばれたから。
僕がようやくシーメンを終わらせてデス様ーーデスクリムゾンをやろうかと思っていたら、唐突に彼女から『頭のいいハツカネズミをどう思う? 答えは直接』という謎のメールが来たので、こうして直接会いに来たのだ。
本来、こんな夜中に女の子の家に行くのは嬉しいことなのだが、相手はあのレズさんだ。いや、可愛くないというわけではない。隣のクラスなのに僕のクラスの男子からの人気はすごいし、バスケができてクールなことから女子からの人気も高いし、よく食べることから食堂や売店のおばあちゃんからの人気も高い。
だけど僕は知っている。彼女の腹が減りすぎるとまともに会話できなくなったりするなんて周知の事実じゃない。彼女が中学の間ずっと隠し通してきた秘密だ。
今年の春に知ったけど、彼女はかなりのヲタクだ。それも、ライトノベルヲタク。一番好きな本は『東京侵域の2巻』だそうだ。知らねぇ。
そしてもう一つ発覚したのは、彼女が大量のエロ本を持っていたということ。エロ本を床板の下に隠していた僕と比べると、あの程度の隠し場所で隠したとは言えない。本棚の裏だったら、すぐに著莪か親父が発見してしまう。
……そんな彼女に呼び出されたわけだが、不思議とこの玄関の扉を開ける気にはなれなかった。どうせ彼女のことだから鍵は開けっ放しにしているのだろうけど、なんだかこの扉を開けたらやばいことに巻き込まれるんじゃないかと思ってしまうのだ。
それこそデス様を知らない人に、このゲームクリアするまでお前の飯抜きな、と言うくらいやばいことに巻き込まれそうなきがするのだ。
レズさんは変わった女子だ。
食堂のカレーに持参した味覇をぶちこんだり、水筒にミネストローネもどき(蕎麦茶にトマト缶を入れたもの。かなり不味い)を入れてきたりと、意味不明な料理を作っては僕に食べさせようとするのだ。彼女曰く、私だけ苦しむのは不公平らしい。意味がわからない。
というわけで何度も僕は彼女の料理? を食べている。だからこそ、この家の扉を開けるのに抵抗がある。
初めてこの家に来た時は、なぜか黒光りするGと戦うことになったがそのくらいならまだいい。親父に騙されて自衛隊の訓練を受けるよりましだ。でも、あのヤヴァイものを食べるのは流石にごめんだ。
意を決して扉を開ける。綺麗に掃除された玄関の先にあるリビングはちゃんと電気が着いているが、当の玄関は暗い。
「おーい、レズさーん。呼ばれたから来たぞー」
返事はない。その代わりに、何やら食欲を掻き立てられる匂いに混ざって、毒物のような、以前レズさんに食べさせられたカレー味のショートケーキのような、嫌な臭いがする。
「レズさーん生きてるかー?」
僕がリビングに入って見た光景は、混沌だった。
天井から吊るされたロープ。その先端は丸い輪っかになっており、人の頭が丁度吊るせるくらいの大きさだ。そしてそのロープに噛み付いて唸り声をあげている、中学三年生の少女。
「ふぅ! ふぅ! ガルルルルル!」
僕は黙ってリビングの扉を閉めた。息を吸って、吐き出す。
きっと今見たのは幻覚だ。学年1の人気者が、自殺でもするかのような形のロープに噛み付いて、唸り声をあげている光景なんてありえない。絶対に幻影の類だ。
僕は再び扉を開ける。
「ふぅ! グルルル! ふぅふぅ!」
「何してるの?」
「ガルルルル! ガウッ! ふぅ!」
「……」
「ガウッ! ふぅふぅ! ハラヘッタァ!」
返事はない。ただのレズさんのようだ。
僕はリビングの机に置いてあったハサミで、ロープの女が加えている部分だけを切り落とす。それと同時に、彼女の頭も床へと落っこちた。顔面から。
「ギャフゥッ!」
女子中学生が出してはいけない声をあげたレズさんを無視して、僕はリビングの机の上を見る。等間隔に置かれた二つのカップヌードールの容器。それとはやや離れた位置に、もう一つ容器が置いてあった。
そしてそれぞれの容器の前にあるのが、梅干し、ごま油、わさび。わさびは一般的なチューブ型のわさびのようだが、その尻が見事にちょん切られている。
「もしかして、わさびをカップヌードールに入れたの?」
黙ったまま床を叩くレズさん。僕は思わず頭を抱えた。
彼女は料理研究家というわけじゃない。だから本来は彼女の行動は鼻で笑い飛ばすべきなのだが、料理に新たな味を求めるため、様々な調味料をいれる気持ちはわかる。ファミレスのドリンクバーを全部混ぜ合わせるのと一緒だろう。僕も昔は何度かやった覚えがある。とりあえずコーヒーをベースにすると味が宇宙を目指すことは知っている。
話がそれた。彼女も新しい味を目指す探求者なのだが、彼女はいつもやりすぎるのだ。分かりやすい例をだそう。
胡椒をラーメンに振りかける時、普通ならどうする? 人によって微妙に違うとは思うが、大抵の人は容器を横に傾けて、何度か降ったり叩いたりして、適量をかけるのではにだろうか。
だが、彼女は違う。
ラーメンの上で胡椒の容器を逆さにし、重力に任せて胡椒を落とす。中身がからになるまで。彼女はいつも僕に、アフリカではいつもこうしてたと言うが、アフリカにそんな習慣があるなんて僕は信じない。
「それで、なんでロープを噛んでたんだ?」
「ハラヘッタァ」
顔を床につけたまま、呪いの呪文でもつぶやくようにそう言ったレズさん。
「こないだ来た時にはこんなロープなかったよね?」
「オナカスイタァ」
ダメだこいつ、早くなんとかしないと。
ふと、レズさんの格好を見て僕は首を傾げた。
「なんで制服なの?」
「I'm hungry」
「……」
「おにゃかすいたにゃぁ!」
「……」
まずいまずい、不覚にも可愛いと思ってしまった。
彼女がこうなってしまったらもうまともに会話はできない。何か口にするまで、レズさんはひたすら空腹を訴え続ける。
僕は床に倒れている彼女の近くに腰を下ろし、その腰についているポーチに手を延ばす。以前彼女は、ここに非常食代わりのメントスとカロリーメイトが入っていると教えてくれた。だからそれを食べさせれば普通に会話ができるのではないかと思ったのだがーー僕の手は、途中で止まった。
視線が、スカートから伸びる白い太ももへと向かう。バスケをやっているだけはあってしっかりと肉が付き、弾力もありそうな太ももと、柔らかそうなお尻に、僕の目は釘付けになった。
相手はあのレズさんとはいえ、女子中学三年生、同い年の女の子だ。水色のコールマンのポーチに伸びていた僕の手は、金縛りにでもあったかのように動かなくなる。
その時、僕の頭の中の悪魔が囁いた。
このまま触っちまえ、と。
分かりました。
僕は伸ばしていた手を彼女のお尻の方へと向ける。彼女のスカートは別に長いわけではなく、かといって短いでもない。だから少し手首のスナップをきかせるだけで、僕の右手は彼女のお尻へと突き刺さるわけである。
「……お腹減った?」
彼女の言葉に、僕は意識を取り戻した。危ないところだった。相手があのレズさんだということをすっかり忘れていた。もし僕がレズさんの柔らかいであろうお尻を触ったなんてことがクラスに知れれば、僕は間違いなく全裸で宙吊りにされる。
「أنا جائع」
「はいはい、メントスが欲しいんだろ?」
「メシィ、メシィ、メシィ!」
欲望に飲まれそうになるのを、理性で必死に押しとどめる。このまま性犯罪者としてブタ箱へぶち込まれるか、いつも優しい友人達に拷問されるかの2択なんて、選びたくもない。
僕はできるだけ体に触らないように気をつけながら、彼女のポーチからメントスを抜き取る。グレープ味だ。
「今日のご飯は麻婆豆腐」
「はいはい、口に突っ込めばいいんだよね」
「メシィ、メシィ、メシィッ!?」
僕はためらわずにメントスを彼女の口に突っ込んだ。包装紙ごと。
一瞬だけ目を白黒に点滅させる彼女だったが、器用に歯と舌でメントスを一粒だけ取り出し、残った包装紙を吐き捨てる。
「……死ぬかと思ったぁ」
「何してんだよ、レズ」
「レズじゃなくて百合!」
「百合、どうしたんだ? 気のせいじゃないなら、僕には百合が息を荒らげながらロープに齧りついているようにしかみえなかったんだけど」
「噛み付いてたの。カップヌードールにわさび入れすぎちゃってねぇ。いやぁ、死ぬかと思った。ロープに噛み付くぐらいしてないと、意識が吹き飛ぶかと思ってねぇ」
明るく、ワハハと笑う彼女だったが、そもそもどうしてチューブわさびを全部入れたのかが疑問だ。
わさびをカップヌードールに入れるというのはまだわかる。少量ならちょっとしたアクセントになるだろう。だが……。
僕は机上に置かれた容器を見る。まだ容器の内部にわさびが残っている。いやそれ以前に驚くべきことは、スープが全てなくなっているという事実。
「まさか百合、わさび入りのスープを全部飲んだのか?」
「Are you hungry?」
「誤魔化そうとしてもダメだ」
「カァップヌードールッ!! hoooo!!」
「で、全部飲んだのか?」
僕が少し睨みつけると、彼女は満面の笑みを浮かべて、一回だけ頷いた。
「美味しかったです」
「額にものすごく汗描いてるんだけど……」
「新しい味の境地を知りました」
すごくいい笑顔を浮かべるレズさんだが、その笑みがどこかラリってるようにも見えるのは気のせいだろうか。
「それで、なんで僕を呼んだんだよ」
「ねぇ、佐藤葉……佐藤洋君はベン・トーって知ってる?」
弁当って幕の内とか? と尋ねると彼女は僕のことを鼻で笑い飛ばした。
「これだから佐藤洋は」
「なんで聞かれたことを答えたのにバカにされるんだよ」
「これだから劣化版佐藤葉は。このくらい済ました顔で答えられないと本物には勝てないよぉ」
やたらと耳につく甘ったるい声で僕のことをけなす百合。そういう趣味の人からすればご褒美なのだろうが、毎日この声を聞いてる僕からすれば、ただの苦痛だ。
ついでになぜ毎日百合の声を聞くかというと、彼女に僕のケータイが勝手にいじられて、着信音が全て彼女の声になったからだ。ものすごく甘ったるい声で「メールがハラヘッタァ」という声を聞くのは苦痛でしかない。
ついでに何回も変えているのだが、その度に彼女によって元に戻されるのだ。
「それで、僕を呼び出したのはそんなことを聞くためだけなのか?」
「いや、違うよぉ。実はね……」
彼女はさっきまで自分が噛み付いていたロープを指差す。
「これ、天井から垂らしたはいいけど、外れなくなっちゃたのぉ。だから佐藤君に外してもらいたくてねぇ」
「明日の朝までほっとけばいいのに」
「輪っか部分が切れたとはいえ、こんな自殺用ロープが垂れてる家で寝ろと?」
怯える子犬のような顔で僕を見るレズさん。うん、僕もこんな家で寝るのはごめんだ。朝起きたら知らないおじさんとか僕の親父とかが引っかかってそうで怖い。
「はぁ、分かったよ、レズさん」
「レズじゃなくて百合!」
「あっそうだ、レズさんはできるだけ僕から離れて。できれば自分の部屋にこもってて」
「レズじゃなくて百合! って、どうして?」
不思議そうに首を傾げる百合。
僕と百合は仲がいいが、相性は最悪だ。以前、彼女の家に沸いたGを退治した時があった。その時彼女は嬉しさのあまり僕に抱きついてきたんだけど、それがまずかった。おかげで僕はGの死骸を素足で踏むことになったのだ。
それだけじゃない。彼女が喉が渇いたというのでたまたま持っていたコーラを飲ませてあげたら、口の中にメントスが入っていたようで女子にあるまじき痴態をさらしたり、彼女が学校の廊下で転んで、近くのものを掴んだら僕のズボンで、そのまま僕のトランクスまで脱げてしまい校内から音が消滅したりと、僕らが揃うと必ず良くないことが起こる。
ついでに近くに僕と同じクラスの石岡君がいると、僕らに降りかかるはずの不幸は全部そちらへと降りかかる。彼はきっと避雷針の親戚なのだろう。
「レズさんが僕といると、危ないからさ。何かの拍子にレズさんが僕を押しちゃって首釣ったりしたら、嫌でしょ?」
「いや、それはそれで……」
「人が死んだ家で、寝る?」
「はいわかりました! 隅っこでおとなしくしてますぅ!」
僕は近くにあった木製の丸椅子をロープの前に持ってきて、その上に乗る。ロープは天井にガムテープで止められているらしく、そう簡単に外れそうにない。
いったいどうやって、彼女はロープを取り付けたんだろう。バスケ部員とはいえ、僕より小柄なレズさんじゃ丸椅子に乗っても、やけに天井が高いこの家では、ロープをつけたりできないはずだ。
試しに聞いてみたら、机から助走をつけて飛び、一発で天井に叩きつけたらしい。火事場の馬鹿力、レズの底力である。
僕は天井が傷つかないように、丁寧にガムテープを剥がす。実はア○ンア○ファでつけてましたとか言われたらどうしようかと思ったが、どうやら本当にガムテープだけだったらしく、思ったよりあっさりロープは天井から剥がれ落ちた。
「レズさん、もう大丈夫だよ」
「……ふひぃ! 我ながらよく届いたよねぇ、天井に。何はともあれ外してくれてありがとう! 劣化版佐藤君!」
「感謝の気持ちがあるならせめて劣化版はやめて欲しいな、なんて」
ひょこひょこと僕の方へ近づいてくる百合の方を見ながら、僕は丸椅子から飛び降りた。
だが、それがいけなかった。着地地点にあったロープを盛大に踏みつけ、僕は前のめりに倒れこむ。
「ギニャッ!?」
当然、近くにいた百合を巻き込んで。
ラッキーすけべというスキルがある。スキルを極めればどこぞのリト君や劣化版リトこと楽君のようになれるわけである。
僕は今までそんなものとは無縁だった。もちろん、今もだ。
本来なら彼女の胸に当たるはずだった僕の手は、何故か彼女の手に掴まれていて、あと数センチなのに、それ以上先へ進まない。軽く押してみても、なぜかピクリとも動かない。意図せずとはいえ親父に鍛えられた僕が、女子の腕力に勝てないというのも衝撃だし、なにより彼女を押し倒すような体制になっているのに、全体重がかかっているのに、彼女の胸に触れないのだ。
おまけに、彼女は後頭部を打ったらしく目をつぶって、意識を手放しているのに腕だけはしっかりと固定されていて、俺の腕をはなさい。
僕は涙を流しながら唇を噛み締めた。
あァァァんまりだァァアァ! おォれェのォうゥでェがァァァァ!
うぅん、と少しだけ呻きながら百合が目を覚ます。そして、数度瞬き。まず涙を流す僕を見て、僕の腕と自分の腕を見て、再度僕の顔を見る。
「どうして、泣いているのぉ?」
腕を掴まれてるせいで涙が拭えない。僕は噛み締めていた唇の力を抜く。
「悔しいからさ」
「ごめんなさい。こういう時、どういう顔をすればいいかわからないのぉ」
「手を頭の上に持ってって、てへぺろって言えばいいと思うよ」
「そこは笑えばいいと思うよじゃないのぉ?」
「生憎、今の僕はなりふりかまってられないんだ」
もう友人達に制裁されたっていい。ブタ箱に入れられたっていい。でもこれだけは、このおっぱいだけは絶対に揉む!
僕はさらに体重をかけるが、彼女の腕はピクリともしない。
「くっ、なんで動かないんだ!」
「私が女の子だからって、なめちゃダメだよぉ?」
「できれば今すぐレズさんのことを舐めたい!」
何を言ってるんだ僕は! さすがのレズさんも何だコイツって目で僕のことを見てくるよ。なんだか、さっきより涙が出てきた。
「劣化版佐藤葉君。歯、食いしばってねぇ」
彼女の平手が来る。そう考えた僕はなおさら腕に力を込める。彼女が僕に攻撃を加えるなら、一瞬だけだが僕の手が解放される。そこが勝負だ!
「あぁ、覚悟はできてる」
僕は満面の笑みで彼女にそう告げる。
直後、レズさんの膝が、僕の玉に命中した。
トランスセクシャル、略してTS。ようは性転換のことを指す用語だ。そして私、男百合もそんなTSした人間の一人なので、男の子の気持ちはよぉーくわかる。
だから今、私に玉を蹴られ、そのまま気絶してしまった劣化版佐藤葉こと佐藤洋君の気持ちはよくわかる。よく分かるが、自分の貞操が危なくなったから仕方ない。
彼の獣のような笑みと、重力をも利用した攻撃を見れば、誰だろうが股間を蹴りたくもなる。
かといって、罪悪感がないわけではない。自分のわがままのために呼び出した彼を蹴って、良心が痛まないはずがない。
というわけで彼を私のベットまで連れて行くことにした。親御さんには、洋君が私の家で気絶してしまって、今晩はそちらの家に帰れそうもないので我が家に泊めて行きますねという旨の電話をしたら、何故か彼の母親から「随分大胆なアプローチをしたのね」と言われた。何故だ。
そんなこんなで彼を家に泊めることになり、私は一人リビングにあるソファで寝ることになった。
一瞬だけ、彼と同じ布団に入って驚かせてやろうかと思ったけど、そんんことをしたら私が寝ている間に何をされるかわかったものじゃない。朝起きたら下半身が痛いとかいう、笑えないことになりそうだ。
もしそうならなくとも、フィジカのように寝顔を見られるという恥ずかしいことになるのは間違いない。
フィジカって何か、だって? 薬師の名前だ。登場する作品は、フィジカはこの大陸で悪い薬師だった、というタイトルだった気がする。気になったら読もう! 萌えるぞ!
そうして私は朝早くに目を覚ました。といっても朝5時、前世なら今ごろが寝る時間だ。
私は早速棚からお椀を取り出し、夜のうちに炊いておいたご飯をよそう。きっとこれから佐藤君と話すことになるだろから、ご飯を食べておかないと。
白米とインスタントの味噌汁、納豆とキュウリの漬物という簡素な食事を済ませた私は、ソファに腰掛けてテレビをつける。そして流れるように近くにあったw○iの電源をつけた。一応このあと部活の朝練があるのだが、部長には昨日のうちに、遅れるという趣旨のメールを送ったので、今朝はかなりのんびりできる。
w○iに入っていたソフトは、ソニックカラーズ。先日ついに近所の古本屋に安値で置かれたので、真っ先に買い取った。前世で一番やりたかったソフトだが、プレミアがついていてなかなか買えなかった記憶がある。
さて、佐藤洋が起きて来る前に、私の今後の予定を確認しよう。
まずは、メインキャラを探す。原作を読んだことがないからメインキャラが誰かわからないんじゃないかって? その通りだ。でも、こいつがメインキャラじゃないかなっていうのは、何と無くわかる。
例えばラッキーすけべ、例えばチート気味な戦闘能力、例えば他者より欠如した恋愛感情。ラノベのメインキャラは基本的に、一般人よりアクが強い。
本来ならそういう何かに突出した人間を探せばいいのだが、厄介なのはこの作品がベン・トーだということだ。
ベン・トーの作者が書いたデスニードラウンドという作品をご存知だろうか。それを読めば分かるが、この作者の作品はメインキャラ以外のキャラも皆、濃いのだ。だから普通に探しても絶対に、こいつがメインキャラだ、と確信が持てないのだ。
さらに付けたそう。ラノベにもかかわらずおっさんや婆さんが大量に出てくる作品を書く作者なのだ。メインキャラの性別、年齢、種族、どれもが謎だ。
あの人のことだから主人公は犬、とか平気でやりそうだ。犬とハサミは使いよう、のように。
そんなことを考えていると、早くも朝7時になってしまった。そろそろ佐藤洋が起きてくる頃だろう。彼の寝ているのが私の部屋なので、私は部屋に入れない。つまり、自分に部屋にかけてある制服に着替えられないというわけだ。部屋の外に着替えを持ってけばいい話だと思うかもしれないが、そういうわけにもいかない。客観的に見てクレイジーな父親を持つ佐藤洋だ。私の家のいたるところにカメラをしかけていてもおかしくない。私の部屋は平気なのかって? 当然だ。あの部屋は毎日掃除してるし、電波探知機でチェックしてるし、しっかり壁も剥がして確認している。
ぬかりはない。
私はパジャマ姿のまま自分の部屋に入った。当然のように彼は目を覚まさず、気持ち良さそうに寝息をたてて寝ている。気づかれないよう、そーっと自分の勉強机に座り、眠ったままの彼を観察する。
こうやって彼のことをじっと見ると、なんだか可愛い顔をしているように思える。平凡な顔の中に少量の凛々しさと愛くるしさを混ぜたような、鞍馬啓治のような顔だ。いや、あれはちょっと違うな。どっちかと言うと、葛ユリを男にしたような感じだ。
彼のほっぺたをつつきたくなる衝動にかられながらも、必死に理性で抑え込む。ここで誘惑に負けたらダメだ。
私が女になってから十数年という年月が経った。それほどの年月が経ってからようやく気付いたことがある。それは、恋愛。
私は前世では男であり、この世界では、苗字は男だが女だ。でも考え方は前世の男のものを引き継いでいるので、男性に恋をすると異常なまでの嫌悪感に襲われるのだ。体は男を求めてる。でも理性は女を求めている。そういう矛盾が私の身体の中で発生しているのだ。
「……可愛い」
ボソリとこぼれ出た言葉。佐藤洋は確かに可愛いし、私の好みの顔つきだ。一層の事付き合いたいくらいかわいいが、前世の私が異常なまでにそれを拒否するのだ。
あぁ神様! 思考まで思考まで作り変えてくれたら、今こんなに悩まないで済んでるのに! まさか神様がミスったのってそこもか!? それならいろいろミスりすぎだろ! 懲戒免職ものだろ!
思わず叫びそうになっていると、佐藤洋がゆっくりとその瞼を開けた。私はとっさに姿勢を正し、心配そうな顔を作る。
「大丈夫? 劣化版佐藤葉」
「……なんでだろ? 全然心配してるような気配がないんだけど」
「心配してないからねぇ」
佐藤洋は身体を起こして辺りを見回し、首を傾げる。
「ここは?」
「私の部屋だよぉ」
「このベットは?」
「私のものさよぉ」
「……そうなんだ」
黙って再び布団に潜り込む佐藤。
っておい!
「なんでまた寝ようとしてるのぉ!? おーきーてーよー!」
「邪魔をしないでくれ、レズさん! 僕は今、女の子のベットで寝るという、人生で2度と体験できないようなハッピーなイベントを経験してるんだ!」
うわぁ、マジかこいつ! 中身が男とはいえ、自分のベットに寝てる男子にこんなこと言われると背筋が凍るわ!
「とっとと起きろぉ! 佐藤洋!」
「嫌だ! 僕はもっとこの素晴らしい匂いをかいでいたいんだ! スーハースーハー」
「ぎにゃぁぁ! 吸うなぁ!」
布団を思いっきり引き剥がし、彼の腹に蹴りを一発、続けてもう一発、今度は脇に蹴り込む。
女子とはいえ、バスケ部の脚力はだてじゃない。
腹を抑えてうずくまる佐藤洋を容赦無く床に落とし、近くにあったスリッパで何度も彼の頭を叩く。
「いくら、なんでも!私が、相手でも! やっていいことと、悪いことが、あるんだよ!」
「……はっ! 僕は何をーーって痛い! レズさん痛い!」
「反省しなさい! 今回だけは許してあげるけど、次やったら許さないから。毎日佐藤君の机に花いけてやる」
「やめて、そういう精神的にくる嫌がらせはやめて」
「反省してますか?」
「はい、反省してます。レズさんをちょっとからかおうとしただけなんです。ごめんなさい」
むぅ、仲のいい女の子にちょっかいかけたくなる気持ちは分かるが、これは流石にやりすぎだろ。千種光平でもこんなことはしないぞ。
千種光平はマゾヒスティックエクスタシーに出てくる主人公で、望んでないのに周囲に変態行動をしてしまうかわいそうな主人公だ。でも、こいつは今、意図的にやってた点、光平とは違う真性の変態ということになる。
「……レズさん、あんまりそんな目で僕のことを見ないで。反省してますから」
「……本当にぃ?」
「本当に」
「じゃあ早くリビングに行って。私、ここで着替えたいからぁ」
彼はすぐさま部屋を出て、リビングの方へと向かって行った。
その隙にパジャマを脱ぎ捨て、ハンガーにかけてあった制服に素早く着替える。そのあとパジャマをたたんでしまえば、朝のしたくはもう完璧だ。後は昨日洗った部活用のTシャツをカバンに詰めれば終わりだ。
そこまでしてから私はベットに腰かけ、考える。
ここはベン・トーの世界だ。これから何が起こるかわからないが、とりあえずはこの世界の戦場に出向いて見るのが一番いいだろう。まずは肌で雰囲気を感じ取る。これが一番重要だ。
そう決まったなら、今夜はスーパーへ向かおう。昨日より少し早めに、弁当がなくなる前に現場へ行こう。
「よし、お腹減ったぁ!」
私は部活カバンを持ってリビングへ向かう。
やはり朝のご飯は3杯食わないとやってられない。そう思いながら。
そろそろ弁当争奪戦を始めたいと思っています。次回投稿がいつになるかわかりませんが、また早いうちにお会いしたいです。
また、活動報告も覗いていただければ嬉しいです。
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