「お腹空いた」で始まるデスマーチ   作:ナトリウム水溶液

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タイトルを少し変更しました。


第三話:初陣はチュートリアル無しです。

「じゃあまた明日ぁ」

「「「ありがとうございました!」」」

 

バスケ部の練習を終えた私は、後輩たちの挨拶を背中に受けながら一旦家へと向かう。

 

今日はこの後、弁当が半額になる時間を狙ってスーパーに行く予定だ。といっても、早速弁当争奪戦に身を投じるわけではない。そんなことをしたら間違いなく、死ぬ。

前世でもこの世界でも生身で殴り合ったことなどないし、戦い方も知らない。

 

だからまずは、見学だ。

適当にそこらへんにあるキットカットでも眺めながら、チラチラと惣菜コーナー付近を盗み見よう。

そうだ、そうしよう。

 

こういうのはまず、見学して誰か強そうな人を見つけ、それを模倣するのがいい。ゲームのプレイ動画の真似をするのと同じで、自分の力量を超えることをするなら、まずは先人を真似ればいいのだ。

だが、真似すぎるとオリジナリティが欠如して、何もできなくなるので要注意だ。wixossで他人のデッキレシピばかりコピーしていると、自分でデッキが組めなくなるのと同じである。遊戯王にも言えることだ。

 

私は走って家に帰る。この世界に来てから、毎日のランニングは欠かしていない。前世ではずっと家にこもっていたが、別に運動が嫌いなわけじゃない。ただ、近くに食べ物がないと倒れそうになるから、外に出れなかったというのが大きい。流石に食べもにが入った登山用バックを背負って早朝に走ってたら、通報されてもおかしくない。

 

汗で濡れた運動着を洗濯機に入れ、私は軽くシャワーをあびる。この体になってから、頻繁に風呂に入るようにしているのは、この身体を清潔に保ちたいからだ。

 

前世の私ーー『俺』は綺麗な女の子が好きだった。横に通っただけで女の子の匂いがするような、清潔な女の子が好きだった。キモいやつに思えるかもしれないが、事実だからしょうがない。

前世が男であるだけに、女になった自分をできるだけ理想の女にしたいと思うのは、当然なのではないだろうか。ネットゲームと一緒だ。キャラメイクで女性キャラを作る時は、たいてい自分の好みにするんじゃないだろうか。少なくとも『俺』はゴッドイーターのキャラを自分好みにしていた。

ピンク髪のショートカット。この世界の自分の身体で再現しようと思ったが、流石にあの鮮やかなピンク髪を現代の技術で再現するのは不可能だった。チクショウ!

 

汗を洗い流し、髪と身体を洗い終えた私は、薄着のままリビングのソファに腰掛ける。そしてドライヤーで髪を乾かしながら、プリキュアの再放送を見る。

この世界は限りなく前世に近い。私は難なく前世のラノベを入手できているし、こうやって前世のアニメも見ることができている。

こうなってくると、実は『俺』の世界に再度生まれ直したのではないかと思ってしまう。

 

でも、違うんだよな。ここは、『俺の世界』じゃないんだよな。

 

「お腹減ったぁ」

 

私は髪をポニーテールにしながらキッチンへ向かい、昨日のうちに買っておいた冷凍食品のスパゲッティーをレンジに突っ込む。

 

今になって悔やんでることが、二つかある。一つは、神様に異能をもらえばよかったということ。そしてもう一つが、もっと真剣に転生する世界を考えればよかったということ。

 

今更だが、今はトランスモーファーの世界以上に東京侵域の世界に行きたい。東京侵域の世界で、レイダーとして無双したい。レン君とカナちゃんに会いたい。

あぁ、もう!

 

「オナカスイタァ!」

 

せめてトランスモーファーの世界に来たかったよ! なんだよベン・トーって! トランスモーファーのどこに【ベ】の字と【・】が入ってるんだよ! 間違えるにしてもほどがあるだろ。せめてトランスフォーマーの世界と間違えてあげようよ。ビーストウォーズでもいいよ。

 

でも、文句ばかり言っていても仕方ない。今は現実を受け入れて弁当争奪戦に挑む。それだけだ。

 

冷凍食品を温めているうちに、私の着替えを考える。昨日の惨状を見るに、血がかかっても目立たない服がいいだろう。

……黒い薄手のパーカーかな。下はグレーのミニスカート。太ももの露出が激しくなるが、男の『俺』は気にしない。女の私は気になるが、夏だというのに長いズボンを履くわけにもいかない。

 

着替え終わると同時に電子レンジが、チンッ! と音を立てる。だがそれを無視して、キッチンにあるダンボールの近くでしゃがむ。そこに入っているのは、以前大量に買い込んだメントス。ライトノベルにつぎ込む金を全部こちらへとつぎ込んだ時の産物だ。

 

腹が減っていたら喋れない私にとって、メントスは必需品だ。いくら金をつぎ込んでも惜しくないが、つぎ込む金自体が少ないのが悔やまれる。

私はお手製のメントスケースに、包装紙を剥いだ剥き身のメントスを入れていく。スーパーみたいな食料品店で、包装紙つきのメントスを持っていったら、間違いなくポリスメンのお世話になる。それを防ぐためにわざわざ作ったのが、メントスケースだ。百均で買ったプラスチックのケースを基に、低価格で作り上げた代物なのでいくつもヒビが入ってしまっているけれど、思い入れはある。

 

リビングに戻り、こちらも思い入れのあるコールマンの水色のポーチにケースを入れ、包装紙付きのメントスを取り出して机の上に置いた。

これでスーパーに行く準備はできた。行き先がスーパーとは思えないほどアクティブな格好だが、気にしたら負けだ。この格好でヒルクライムをしたことなど、もう忘れよう。あれはアフリカでのこと。ここは日本。

 

すっかり出かけられる状態にしてから、電子レンジから冷凍食品を取り出す。

 

「ハラヘッタァ」

 

私の口から言葉が漏れる。

早く飯を食べよう。せめてスーパーで言葉が話せるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

スーパー。そう、ここはスーパーだ。スーパーなんだ。

スーパーのイメージを思い浮かべよう。スーパーマンじゃない。宇宙から来た超人で、日頃は冴えない新聞記者のふりをしている男じゃない。惣菜やらお菓子やらペットボトルやらが売っている、普通のスーパーだ。

 

7時数十分のスーパーといえば、遅めの飯を作る主婦が惣菜を買いに来たり、学生がお目当てのものだけを買いに来たりする場所だろう。

少なくとも私はそう思っていた。なのになぜ、スーパーが殺気に満ち溢れているんだ!?

意味がわからない。打ち切り漫画の最終回並みに意味がわからない。やりたかったことを最後に一気に詰め込んだ、タカマガハラの最終回くらいわからない。あれは、もうちょっと連載伸ばしてあげてもいい気がした。

 

辺りを見渡してみても、皆弁当コーナーの方へは行かず、チューブわさびやオサツスナックを食い入るように見ている。

疑問はいくらでも湧いて来るが、どれも解決しそうにない。私はパーカーのフードを被り、近くにあったガーナチョコレートを、他の人たちと同じように見つめる。ここからなら弁当コーナーがよく見えるのだ。

 

というか、皆、何をしているんだろう。なんで弁当を買いにいかないんだろう。私だってこのまま普通に弁当を買いに行けばいいのだが、なぜか本能が、買いに行くなと言っている。

弁当コーナーにはまだ弁当が幾つかある。それが意味することは、まだ弁当争奪戦が行われていないということだ。

 

今回は観戦しにきただけで、戦いに来たわけではない。

情報アドという言葉がある。様々な戦いにおいて『相手の情報を知っていること』一種の武器になるということだ。オンラインゲームにおける相手の防具の弱点属性、FPSでの相手の銃の最大装填数、遊戯王での相手のデッキのキーカード、そしてオンライン環境での暗黙のルール。どれも知っておいて損はないものだ。

 

このベン・トーの世界をゲームの世界とするなら、私は完全なまでのビギナー。対人戦で守るべき最低限のルール、多段ヒットの火炎放射器を使わないというようなマナーをも、知らないのだ。

これは一種のアド損だ。ネトゲ友達なら間違いなく『おいおい、w○kiで確認しておけよ』『ドロ率確認は常識』と言ってくるだろう。

 

「……見ない顔だな」

 

私がじっとガーナチョコレートを見ていると、いつの間にか隣にいた坊主頭の男が、タケノコの里を見ながら話しかけてきた。

この人はタケノコ派なんだなぁと思いながら、私はコールマンのポーチからメントスケースを取り出し、白くて丸いグレープ味のメントスを一つ、口に放り込んだ。

 

「あんた、名前は?」

「…………」

 

私の顔が凍った。

言えない。見ず知らずの人に「私は百合です」なんて言えない。

できるだけ顔を見られないようにしながら沈黙を貫くと、坊主頭は残念そうに首を振った。

 

「二つ名持ちじゃないのか。だがこの夏の時期に新入りってのもな。……あんた、よその狼か?」

「さぁ」

 

曖昧な返事を返す私。

このほんの少しの会話だけで、笑えるくらいツッコミがはいる。二つ名ってなに? 厨二病患者が自分につけるやつ? 暗黒獄焔帝王(ダークネスフレイムエンペラー)みたいな?

新入りって何? これって部活動か何か?

狼って何? 獣のこと? それともかれの滑舌が悪くて、本当はおおがみって発音するの? 大神さくらさん?

 

ほんの少しの会話に入れられるクエッションマークの数は9。本当はもっとつけられるが、そんなに疑問を持っても、答えがないのだから意味がない。

 

「ふん、俺に教えるつもりはないってか。まぁ知らないようだから教えてやる。ここの神はジジ様って呼ばれてる」

「フーン」

「ここの弁当で一番美味しいのはズバリ、サバだ」

「フーン」

「ジジ様のサバは本当に美味しい。それも、月桂冠ものならなおさらだぜ」

「ブーン」

「おい、聞き流してないか?」

「いや、聞き流してるわけじゃなくてお腹空いたぁ」

 

あっ、腹が減ってきちゃった。すぐさまメントスを口に入れようとしたが、私の手が止まった。

 

店内の雰囲気が変わった。

店内を静寂が包み込む。天井から流れるおさかな天国が、やけに明瞭に耳へと入り込んでくる。

 

「来たぞ、ジジ様だ」

 

坊主に言われて気づいた。スタッフジャンパーに身を包んだ店員が、様々な棚の並びを直しながら、惣菜コーナーに近づいてきているのを。

 

「まぁあんたがどんなやつかは知らんが、頑張れよ。この店はいつも、激戦区だからな」

「飯食いてぇ」

 

ご忠告どうも。でも、今日の私は戦う気などない。

 

……戦う気などない。

戦う気などないのになぜか、身体が動き出しそうだ。今日はここで何が行われているのかを見ると決めたのに、体の奥底にある何かが、唸り声をあげている。

 

戦え。

飯を取りにいけ。

弁当を奪いとれ。

あの弁当はいいものだ。

黙って取られるのを見てていいのか?

 

否。

 

…………バタンッ

 

スタッフルームの扉の奥へ、店員が姿を消した。

次の瞬間、そこは混沌に包まれた。

 

いつの間にか現れた何人もの人間が、一斉に弁当コーナーへ殺到する。

私の隣にいた坊主も、弁当コーナーへと走った。

 

直後、誰かが天井へと叩きつけられた。殴り飛ばされたのか投げ飛ばされたのかは、一切わからない。

ただ、飛ばされたのだ。

 

弁当コーナーの前はまさしく戦場だった。乱戦が乱戦を生む格闘戦。攻撃で攻撃を防ぐ激戦を見る私の手にも、力がこもる。

 

何人もの人間が、こんなにも本気で手に入れようとする弁当って、どんなに美味しいんだろう。

 

たかが売れ残りの半額弁当だ。それはわかる。でも、それ以上の何かがある気がする。

 

まだ誰も弁当にたどり着いていない。そうだ、今ならまだ間に合う。

 

今ならあの弁当の味を知れる。

 

 

 

 

 

直後、私の足が地を蹴った。

今まで体感したこともない速度で一気に突き進み、飛ぶ。

 

たった一回の跳躍で、乱戦の中央へと着地する。突如現れた私に、皆目を見開いた。

それもそのはずだろう。さっきまで突っ立ってた人が、空から降ってきたのだから。

 

「…………」

 

私の口から言葉は出ない。

だが分かるのだ。身体のそこから力が湧き上がってくる。弁当を食べたいと思えば思うほど、『俺』の食欲に身を任せれば任せるほど、力が溢れ出てくる。

 

あぁ……

 

「お腹空いたよぉ!」

 

弁当の方へ歩を進める私へ、制服をきた男が殴りかかってきた。まっすぐ、私の顔めがけて右フックが迫る。

だが、当たらず。

身体を反らせて回避し、男の腹めがけて拳を叩き込む。

体勢を崩した状態の一撃だ。本来なら対したことのない一撃だ。ただの少女の腕力なんて、対したものじゃない。

けれど、男は吹き飛び天井へと叩きつけられ、そのまま重力に従って地面に落ちた。

 

言語機能をも掌握する食欲が、戦闘能力にそのまま反映されたらどうなるだろう。技がなくとも、情報がなくとも場を完全に掌握できる、そんな力を生み出せる。そう、この空間において一番の武器か、私はすぐにわかった。

 

食欲だ。食欲が、そのまま力へと変換されている。

 

背後に気配を感じ身をかがめると、そこを誰かの拳が通り過ぎた。

奇襲のつもりだろうが、甘い。その程度じゃ、極限まで煮詰められた私の食欲の感知能力はやぶれない。

 

身をかがめたままその場で回転。

 

「うがあぁぁぁ!」

 

叫びながら襲撃者に回し蹴りを食らわす。屈伸運動に合わせて放たれた蹴りは見事に腹に突き刺さり、その身体を精肉コーナーへと吹きとばした。

 

楽しい。これがベン・トーの世界。これこそがこの世界のあるべき姿!

 

「皆でご飯にしよっ!」

 

私の言葉に、皆が吸い寄せられるように視線をこちらへ向ける。突如として現れた乱入者に、皆ようやく気付いたようだ。まず顎髭を蓄えた男がこちらへ迫る。腹を狙ったパンチ。狙いは分かるが、早い!

 

「チィッ! ハラヘッタァ!」

 

回避は間に合わない。受けるか、いや、迎撃しろ。

 

店内の空気が震える。彼の拳と私の膝がぶつかり、衝撃波のようなものを生み出した。私のフードがその衝撃でめくり上がる。

 

グッ、と呻き声を漏らし、一瞬だけ身を引く顎髭。

チャンスはここしかない。飛ぶようにした彼の懐に潜り込み、その腕と胸ぐらをつかみあげる。

 

「Are you hungry?」

 

身体をひねり、彼の身体を私の背中に密着させる。前世で高校生の頃にやった柔道の技を、この身体で今、再現する。

 

「カァップヌードールッ!! hoooo!!」

 

宙を舞う顎髭。しかし彼は着地とともに受け身を取り、すぐさま立ち上がる。その口元には、わずかに笑みが浮かんでいた。

 

身体が疼く。弁当が欲しい。ただただ純粋に、食欲に身を任せてかあだを動かす。この感覚が、とてつもなく気持ちいい。

前世からずっと押さえつけてきた食欲が、今、少しずつ解放され始めている。

 

あぁ、私がこの世界にきたのは神様のミスなんかじゃない。

 

運命の、導きだ。

 

 

私は地を蹴り、弁当の方へと走る。手を伸ばして半額となったサバの味噌煮弁当を取ろうとするが、そのては何者かに弾かれた。いつの間にか私の横に来ていた茶髪の女の子の仕業だ。高校生くらいの彼女は、即座に私の腹へと掌底を放つ。

 

手が弁当へと伸びていたためガードは間に合わず、ガラ空きの鳩尾へと彼女の手が突き刺さる。

胃からさっき食べたスパゲッティーが飛び出そうなくらい、苦しい。吐きたいが吐かない。足に力を込めて踏ん張り、茶髪の腕を両手で掴む。

 

驚愕の表情を浮かべる茶髪に、私は微笑み、優しく語りかけた。

 

「味噌固め脂マシマシ入りましたぁ」

 

暴れ狂う食欲に任せ、彼女を近くの人へと投げつける。突如として飛んできた茶髪にぶつかり体勢を崩した男。

すぐさま飛び込むように彼の懐に入り、拳を握りしめる。

 

空気が震えた。はなった拳が衝撃波を生み、ポニーテールにまとめた私の髪を揺らす。

 

幾人かが弁当コーナーから離脱しているが、まだ誰も弁当をとっていない。乱戦は続く。攻撃は止まない。

 

私は隙を見て弁当コーナーの前へ、再び飛び込んで手を伸ばす。

間近に近づくサバの味噌煮弁当。

 

しかし今度は、私の体が後ろへと吹き飛ばされた。

 

目を見開く。

気づけば弁当と私の間に入り込み、腹へと突きを放つ坊主男がいた。さっきまで私と一緒にお菓子コーナーにいた彼が、私の腹を殴っている。その顔に浮かぶは、歓喜。戦っていることへの喜び。

 

腹をやられて数歩後ずさる私の身体を、何者かががっしりと掴んだ。急いで振り返ると、そこにはさっき投げ飛ばした顎髭の顔がある。彼も笑いながら、語りかけるようにこうつぶやいた。

 

「ちょっと痛いぜ」

 

直後、視界が揺れーー

 

私は意識を手放した。

 

 

 

 

 

神様、お元気ですか。私は元気です。

今更ですが、『俺』のPCのHDDって、もしかしてデータ残ったまんまですか? あそこに入っているイラストデータ6、できれば消しといていただけませんか。お願いします。

 

話は変わります。あなたが私をトランスモーファーの世界に送る時、あなたはミスったと言いましたね。あれが何をどうミスっていたとしても、『俺』も私も今更怒りはしません。転生系の話にミスはつきものですから。

 

ですからひとつだけ教えてください。

 

これはどういう状況ですか。

 

目が覚めたらそこにおじさんがいるんです。さっき弁当に半額シールを貼っていたおじさんが。

 

…………おい、どういう状況だ。

辺りに漂うタバコの匂い。目の前にいるおじさん。私が寝ているのはきっと、ソファだ。

 

「目が覚めたか」

 

キャー! シャベッター!

 

「もう店じまいだ。目が覚めたらとっとと行きな。お前の連れが待ってるぞ」

「?」

 

連れ? 私は一人で来て一人で戦って、一人で負けたんだ。

 

「……お腹すいたぁ」

「ふん、さすがは狼だな。さっさと家に帰れ。近くのコンビニならまだやってるだろ」

 

このままじゃ会話できない。すぐに腰回りのポーチからメントスを一粒取り出し、口に入れる。

 

「えっと、ここは?」

「ここはスタッフルームだ。いつまで立っても目を覚ましそうになかったからな。ここに運び入れた」

「……ついでに、もう一つ聞いてもいぃ?」

 

生まれつきの甘ったるい声に、ジジ様は頷く。許可が出たから私は、ずっと疑問だったことを口にする。

 

「狼ってなぁに?」

 

その瞬間、かれは目を見開いた。そして恋のようにパクパクと口を動かす。

 

「お前まさか、何も知らずに戦ってたのか?」

 

頷く。

 

「まさかとは思うが、この時間帯にスーパーに来たのも、初めてか?」

 

頷く。

彼は困ったように頭をぽりぽりと掻いた。

 

「何も知らずにあれを食らったのか。そりゃ災難だったな」

「あの、弁当の半額時間に何が……」

「そっから先は連れに聞け。そして、やる気があるならまたここに来い」

 

彼は何故か嬉しそうに笑みを浮かべると、半ば追い出すようにして裏口から私を外へと出した。

 

外へ出るとすっかり人はいなくなり、さっきまでの戦闘の興奮は何処かへと消え、残ったのは静寂だけだ。私の食欲も、今は力に変わらない。

 

「きっつぅ」

 

再びメントスを口に突っ込んで辺りを見渡すと、そこにはスーパーの袋を持った坊主の姿があった。

 

「おぅ、起きたか」

「何で待ってたのぉ?」

「流石に心配になってな。ジャーマンスープレックス食らって意識飛ばしたあんたを見てたら、かわいそうに思ってな」

 

ジャーマンスープレックスって、プロレス技の「あれ」か。固め技の一つだが、そのまま相手の頭をマットに叩きつけたりもするのだ。

 

「狼には絶対に勝たなきゃいけない時がある。あいつにとってはあんたとの戦いが、それだったんだろ。だから乱戦において絶対使わない、もっとも破壊力のある技を、あいつは選んだんだろ」

 

嬉しそうに語る坊主。私は少しだけ首を傾げ、何時もの甘ったるい声で尋ねる。

 

「狼ってなぁに?」

「……は?」

 

彼は真っ青な顔で私の肩をがっしりとつかんだ。顔が近い。

 

「あんたまさか、初めてであそこまで戦えたのか!?」

「えっと……」

「そもそも狼を知らないってことはまさか、あんた、何も知らずに戦ってたのか!?」

「うん」

 

頭を抱える彼。何も知らずに戦うことが、そんなにまずいのかな。

 

「何か問題が?」

「問題だらけだ。今回は運が良かったが、下手すりゃ豚として処理されるところだったぞ」

「豚?」

 

坊主は少し考えるような仕草をしてから、思いついたように手を叩いた。

 

「あんた、明日暇か?」

「午後4時まで部活」

「なら17時でいい。17時にこの近くのゲームセンターのガンダムのゲームの台の前に来い。あそこで何が行われているか、教えてやる」

「お腹空いてきたにゃぁ」

 

了解、と返すつもりだったのだがなぜか出た言葉は違った。急いでメントスを口に入れようとしたが、その前に坊主がそうだな、と呟いた。

 

「俺も早く帰って弁当を食いたいからな。明日、ゲーセンに来てくれ」

 

言うだけ言って、彼はとっとと夜の街に消えて行った。

 

……ゲーセンかぁ。ガンダムのゲームってどれのことだろ。戦場の絆か、VSか。私は戦場の絆派だ。まだ1クレジット500の時代からやってた。バナパス以前の時代からやっていたから、戦場の絆にはかなり愛着がある。

 

それにしても、本当にこの世界のスーパーでは何が起こっているんだろう。狼と呼ばれるものの存在、豚、半額弁当、神、二つ名。知らないことだらけで、なんだかとても笑えてくる。

知的欲求が、私の中で渦巻いている。私の知らないところで何が行われているのか、明日坊主に合えば分かるが、それと同時に何か途轍もないものに巻き込まれるのはわかっている。それでも、知りたい。

 

あの食欲が解放された感覚が抜けない。今までずっと押さえ込んできた力が、こういう形で解放されるとは思ってもいなかった。だからこそ嬉しいのだ。

試してみたい。自分の無限の食欲が、あの場でどのような力を産むのか、限界を見てみたい。

 

とりあえず、ご飯を食べに行こう。今日はコンビニの弁当で済まそう。ジャーマンスープレックスを食らったせいか、そこまで重い食事ができそうにない。せっかくなら町の定食屋でサバを食べたい気分だが、今はやめよう。

 

いつか必ず弁当を奪い取る。私は静かに、自分の食欲に誓った。




今回は少し短めです。
最近リアルが忙しくて更新が送れがちですが、できるだけ早く投稿できるよう、最善を尽くします。
そして、次回はちょっと番外編を挟もうかなと思っています。
ご意見、ご指摘、ご感想等ありましたら、どしどし感想欄に書き込んでください。

……先日、家にあるラノベを読み返していたら、オカルティックナインを見つけました。マジでアニメ化するんですね。嬉しいんですけど、早く続きが読みたいです。
はよ! 私は第2巻発売日からずっと新刊を待ってるよ!
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