砂糖に異物を混入させた犯人はその日のうちに見つかった。
意気揚々と帰宅しようとした犯人の今河は緋田に呼ばれ会議室に連行される。
理由は既に明白でちょっとした嫌がらせをしようとしただけだった。
しかもその異物は通販で購入した強烈な媚薬で、けっして毒物の類ではない。
ただ日頃中年呼ばわりされていた今河は、研究室でコーヒーを飲む誰かに醜態をさらさせようと企んだらしい。
その話を聞いた慶次は顔を引きつかせてそばで真顔を保つ真琴を見た。
研究室で砂糖を入りコーヒーを飲むのは慶次と真琴以外にほぼいない。
「信長」
それまで沈黙を保っていた真琴が口を開いたことで緋田の緋色の瞳が揺れる。
「なんだい? 見逃せと言うつもりかい?」
「ああ、頭にガムテープでも貼り付けてな」
真琴の冷静な発言は、今河の悲鳴と慶次の爆笑を巻き起こして話し合いを終えた。
話し合いは終わったと認識した石黒は急ぎ会議室を後にした。今河がどうなろうと今は関係ない。
むしろただの媚薬で人間が若返ることなどあるはずがない。だとしたら怪しいのはその通販とやらだろう。
考え込みながらも地下へ舞い戻った石黒は研究室のさらに奥の部屋へ飛び込んだ。
そこではたいして激しくもない身体検査を受けただけで眠り込んだ少年がいる。
頭を撫でても目覚めない少年の長いまつげとそのそばにある泣きぼくろを指先でそっと撫でてすぐに離れる。
今必要なのは異物の成分を検査することだろう。
だが先ほどの明紫波のコーヒーにかなりの量の砂糖を入れているため残っているかわからない。
砂糖の入れられた瓶の中身とカップに残った少量のコーヒーを調べる。しかしそのどこにも異物と思える成分は検出されなかった。
あとは検査機にかけてさらに詳しい成分検査をするしかない。
時刻が夜の九時を過ぎる頃、研究室の奥で物音が聞こえた。
一抹の望みを抱えて目を向けた石黒は現れた少年の姿にその望みを捨てる。
そう簡単に元に戻る事はないらしい。
「気分はどうですか?」
「……熱い。エアコン壊れてんのか?」
幼い声のまま明紫波は石黒のそばに立つ。石黒はその額に触れて発熱の確認をした。
額を触れられた明紫波は眉を潜めて石黒を見つめる。
「他に問題はありませんか?」
「腰が重い以外にか?」
「それは仕方ないですね」
明紫波の文句に石黒は平然と返す。だが他にも問題があるかと改めて幼くなってしまった明紫波を見た。
「今日のところは帰りましょう。その服装ではどうにもなりませんから」
「その前にこんなナリじゃ仕事にもならねぇよ」
自身が子供となっても慌てた様子もなく明紫波は肩をすくめていた。
石黒はコーヒーの残りを検査機に入れてさらに精密な検査をすることにした。
「検査結果はいつ出るんだ?」
「九時間後……明日の早朝ですね」
壁にかけられた時計を眺めながら答え、そしてちらりと視線を落とした。
石黒の視線の先で明紫波は手首にぶら下がった腕時計を見ている。
「細い腕ですね」
本来ならたくましいその手首に収まっていた腕時計も今は寂しくぶら下がるだけだ。その弱々しい手首を持ち上げて腕時計をはずした。
明紫波の車を運転して明紫波のマンションへ向かう。
帰宅した明紫波は疲れたとソファに転がろうとする。そんな少年を引きずって石黒はバスルームへ向かった。
「おい何やってんだ」
「研究室では隅々まで観察できませんでしたから」
石黒が言い放つ目の前で明紫波の大きな目がさらに大きく見開かれる。
「はぁ!?」
「ですから隅々まで観察できませ……」
「繰り返すんじゃねぇよ!」
「では観察させてください」
有無を言わさぬ勢いでサイズの合わない少年の服を剥ぎ取った。