目を覚ました石黒はいつの間にか大人に戻っている明紫波の額に手を当てた。
昨日から明紫波は微熱程度の熱を持っている。そして同時にいつもより身体が敏感であるようにも思えた。
だとしたら今河の供述通り砂糖に媚薬が混入されていたのだろう。
そう思いながら無造作に投げ出されている手首をつかむ。昨夜は細すぎてはまらなかった腕時計も今なら問題なくはめられるはずだ。
そうして腕時計をはめてしまえば、また外科部長としての忙しい時間が始まる。
「なに手ェつかんでんだよ」
不意に笑いを含んだ声が聞こえて石黒はつかんでいたものを放す。
すると明紫波が頭をかきながら起き上がった。さりげなく自分の胸元に目を落として戻ったのかと独りごちる。
そんな明紫波を眺めていると案の定ベッドを離れて腕時計を手にしていた。
石黒はそんな明紫波に近づくと腕時計を取り上げる。
とたんに明紫波は眉を潜めて石黒をにらんだ。
「何やってんだおまえ」
「身体検査が済んでませんよ」
「は? 戻ってるじゃねぇか」
いぶかしむ明紫波の腕をつかむと思いきりベッドへ突き飛ばす。
そうして上に覆い被さるだけで明紫波が怯んだように引き下がった。
「気付いてないんですか? 子供の貴方はとても満足そうでしたけど、俺は半分も入れられなかったんですよ」
石黒の発言に明紫波は絶句したように固まった。金魚のように真っ赤に顔を染めて口をパクパクと開かせる。
そんな明紫波を見下ろしながら石黒は笑みを浮かべた。
時計が正午を指していても身体検査は終わらず、溢れた液体が明紫波の太ももを濡らしていた。
うつ伏せの状態でベッドに押し付けられ何度も貫かれている。それでも終わらない身体検査に明紫波は顔をしかめてシーツを握りしめていた。
「いしぐろっ……じか……んっ」
「新しい機材の搬入は午後4時からでしょう。伊達川のオペが終わってからだと言ってましたね」
「……からっ……」
明紫波がさらに何かを言おうとするため、石黒は勢いよく奥底まで押し込んだ。とたんに出かけた言葉が呼吸と共に途切れる。
「……っぁ……か…はっ」
背中を反らせた状態で明紫波は息を吸うことに全力を向けようとする。
そんな明紫波の耳元へ石黒はそっと顔を近づける。
「検査中ですよ。俺に集中しなさい」
手術室へ新しい機材の搬入を終えた翌日、明紫波は院長に呼び出されていた。
突然の呼び出しに緊張しながら赴いた明紫波に院長は機嫌の良い様子で携帯の画面を見せてくれる。
「この子は明紫波君の親戚かな」
そう告げられ見せられた写真を前にして明紫波は目を丸める。
写真にあったのは石黒に連れられ歩く少年の姿だった。
「懐かしい姿を見られて嬉しかったよ。初心に帰るというのかな。若返った気がするね」
「……それは、何よりです」
遠い親戚なんですがと誤魔化した明紫波は院長に話を合わせるに努めた。
そうして院長室を後にすると休憩室へ移動する。だがその途中で石黒と遭遇して足を止めた。
「今は休憩室へ行かないほうが良いですよ」
「何かあんのか」
「豊白が携帯で子供の貴方を撮ったんですよ」
覚えのある話を聞いた明紫波は顔をしかめて腕を組んだ。
院長が持っていた写真の出所はわかった。だがそれなら確かに休憩室へ行くべきではないと思える。
わずかに考え込んだ明紫波は爪先の向きを変える。
「屋上で……」
「研究室でコーヒーでもどうですか」
煙草でもと言おうとした明紫波に石黒が誘いを向けた。
そのため明紫波は歩きかけた足を止める。
「おまえが誘うなんて珍しいな」
「そうですか?」
言葉を交わしながら歩き出すと通りかかった医師がふたりに道を譲る。長身ふたりが歩くとそれだけで人の目を惹き付けた。
通りすがりの看護師が明紫波に熱い視線を向けるのを尻目に石黒は口を開く。
「砂糖は入れますか?」
「入れねぇ。それよりこの後のオペは徳川が執刀医だろ。おまえは見ないのか?」
「オペ開始は三時半ですからまだ時間はありますよ」
「俺を誘う時間はあったのかって話だよ」
「それくらい推し量りなさい」
命令口調を突き刺した石黒に明紫波は横目を向ける。
しかし石黒は眼鏡の位置を直しながら顔を背けていた。そのため表情は見えないが、明紫波は気にすることなく視線を前へ戻していた。