異世界に渡った現代吸血鬼の生態~実践編~   作:ウサギとくま

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ある吸血鬼の昔話とこれからの話

当時、俺が城を構えていたのは、ある吸血鬼が治めている国の隅っこの方だった。

 その領主である吸血鬼とは特に揉めることもなく、ハーレムと共に日々平穏に過ごしていた。

 だがある日。

 

「領主の吸血鬼がさ、何とち狂ったのか、いきなり自分とこの領民を串刺しにし始めてさ」

 

『新手のタコパかな?』

 

 俺がその知らせを聞いた時は心底驚いた。

 その吸血鬼さんはちょっと怖い顔してたけど、領民を愛する素敵なダンディ吸血鬼だったはずだ。

 それがどうしてあんなことをしたか、今でも分からない。

 もともとサイコパスの要素があったのか、何らかの原因で人を串刺しにする趣味に目覚めたのか……。

 ともかく尋常じゃない出来事だった。

 団子3兄弟どころじゃない、領民万兄弟とかそういうレベルの串刺しパーティが連日連夜続いた。

 そんな尋常じゃないイベントが毎日続いたので、『連中』は当然のように嗅ぎ付けてきた。

 

 連中ってのはアレだ。対魔士やら魔物ハンターやら外道狩りやら呼び方は色々あるが……人外狩りだ。俺みたいな吸血鬼やチャット相手である妖狐みたいな妖怪を狩る連中。

 そいつらが領主の所にわんさかやってきて、ついでとばかりに俺の存在にも気づいた。

 連中に言葉は通用しない。相手が人外というだけで狩る。いい人外だろうが悪い人外だろうが強かろうが弱かろうが、関係無しに狩る。それが奴らだ。

 

「アイツらウチの城にも来やがってさ。最初は平和的に対応しようと思ったんだけど、アイツら全然話通じねーの。何言っても『吸血鬼殺すべし!』って感じでさ」

 

 話が通じないと分かるやいなや、俺は逃げることにした。

 昔はかなりブイブイ言わせてた俺は、今は衰えたもののそれなりに力を持っていた。

 10や20の連中が襲ってきたところで撃退はできただろう。

 

 だが連中の恐ろしいところは、圧倒的な人数と人外をどこまでも追い詰める執念、そして人間である故の成長だ。

 いくら撃退しようが新しい連中が次々に来るし、場所がバレてしまっている為何度だってやって来てどこまでも追いかけてくる。そして俺たちを狩る為に貪欲に俺たちを研究しその知識を収集、それを後の連中に伝える。

 その人間であるが故の成長は、人間が持つ最も恐ろしい部分である。

 俺はそんな人間の恐ろしさをよく知っていた。

 

 とにかく俺は逃げた。

 愛すべきハーレムとの幸せな日々と自分の城が崩れていくのを背に、ひらすら逃げた。

 

 逃亡の際、ハーレムのみんなには散り散りに逃げてもらった。

 一緒に行動すれば見つかる確率も増えるし、1度俺がターゲットにされた以上、徹底的にマークされる。

 下手に一緒にいるより、バラバラに逃げた方が安全だと考えたからだ。

 合流も考えなかった。合流したところで、ひたすら闇に紛れて逃げる過酷な生活が待っていると分かっていた。

 幸い狙われているのは俺だけだったし、俺以外の顔は割れていなかった。

 

 当然素直に聞いてくれはしなかった。

 みんな一緒に来たいと言ったし、中には返り討ちにすると息巻いている血気盛んな子もいた。

 だから俺は――

 

「魔眼使って『とにかく全力で逃げろ。俺を忘れて暮らせ』って命令したんだよ。んでみーんなバラバラ。魔眼は絶対使わないって決めてたのになぁ……あの時はマジで凹んだわ」

 

 虚ろな目で俺の元から去っていく彼女達の姿は、今でも悪夢に見る。

 それから俺は連中を撒くために、ひっそりと逃げた。色んな国を転々として、姿も変えた。

 長い間、闇に潜んだ。そして長い逃亡の果て、流れ着くようにこの国、日本にやってきた。

 その頃には俺を追う連中の気配も殆ど感じなくなっていた。

 

 時代は戦後間もない頃で、今チャットをしている妖狐のツテもあってか、簡単に戸籍を偽造することができた。

 

 そして――今に至る。

 

 日本に来た頃とやっていることは変わらない。ひっそりと生計を立て、最近はめっきり成功していないが、ひっそりと人間の血を吸う。

 そんな生活を送っている。

 

「……はぁ」

 

 あの頃の光輝いていた日々――今はその影を今生きている。

 搾りかすのような人生。

 もうすぐ絞りきるだろう人生。

 

 そう。俺はきっと近い内にこの世界から消える。

 消えていった同胞達と同じく、そこにいた痕跡も一切残さず。

 

 闇に生きる俺はそのまま影に沈みこむように消えてしまうのだろう。

 

「……はぁぁぁぁ」

 

『おいおい、ため息なんて吐くなよ。幸せが逃げちまうぜ? そうだ、次はオレの昔話でも聞くか? オレがケイコクってあだ名でオッサンとイチャイチャしてた頃の話なんだけど』

 

「いや、興味ないからいい」

 

『だよな。オレも語る気ないしwww』

 

 ヘッドホンの向こうからケラケラ笑う声が聞こえる。

 相変わらずマイペースな狐だ。

 そのマイペースさが今は助かる。

 1人でいたら鬱々した感情に飲み込まれそうになってしまうから。

 

『昔話もいいけど、今期のアニメの話でもしようぜ。お前、どのアニメが一番ぴょんぴょんしたくなった?』

 

「誘導やめろや」

 

 そうして馬鹿話をする。

 コイツには言わないが、この時間は楽しい。

 何も考えずにバカな話をするのは、今のストレスだらけの生活から一瞬でも解放される。

 だが、この時間もそう何度も訪れないだろう。

 そう考えたら、普段は言わないような言葉が出てきた。

 

「いつもありがとうな」

 

『はぁ!? え、な、何が? いきなり何言ってんの?』

 

「いや礼だよ礼。今日まで色々世話になったり、付き合ってくれたりさ。ありがとう」

 

 戸籍の件やら俺が日本で暮らし始めたとき、こいつには色々世話になった。こいつは何だかんだと言いつつ、いつも俺の手助けをしてくれたのだ。今の内に礼を言っておくべきだ。そう思った。

 

『え、何? 気持ち悪いからやめろよな。いきなり何を――ん、ちょっと待て』

 

 ヘッドホンの向こうからノックの音が聞こえた。

 次いで女性の声。

 恐らくは母親だろう。

 扉が開く音と何かを置く音が聞こえた。

 

『おっ、サンキューババア。――ってお前これ赤いキツネじゃなくて緑のタヌキじゃねーか! ふっざけんなおい! しかもこっちジャンプじゃなくてミラクルジャンプじゃねーか! どうやったら間違えんだよ! ほんとお前使えねーな!』

 

 狐の怒声と女性の謝る声。

 言い忘れたが、この狐はニートだ。日々ネットゲームに没頭するクソニート。

 働かんなくても狐の特性で家が富むとかで、未来永劫働く気はないらしい。

 

『悪い悪い。……で、何の話だっけ、ずるずる』

 

「食ってんじゃねーか」

 

 やっぱりこいつクソニートだわ。

 

『つーか本当に何だよいきなり。アレか? お前……消えるのか?ってやつ?』

 

「……」

 

 俺たちのような人外は普通に死んだり殺される以外に、この世から消えてなくなることがある。

 それは『存在意義』を満たせなくなった時。

 存在意義とはその人外が存在するために、やらなければならないこと。

 

 例えば俺、吸血鬼は血を吸う。狼男は人を食う。日本の人外なら、河童は尻子玉を抜く。垢舐めは垢を舐める。砂かけババアは砂をかける。

 それが存在意義。

 

 存在意義が満たせなくなった時、俺たちは消える。消滅するのだ。

 人外の連中が減ってきたのも、人外狩りに狩られる以外に存在意義を満たせなくなって消えたのが原因だろう

 もしかすると後者の方が多いかもしれない。

 ネットが発達してから、俺たちの存在意義を満たすことは難しくなってきた。

 

 もし今の社会、垢をぺろぺろ舐めるオッサンが居たら確実に通報もしくはネットに晒されるだろう。ネットに晒されればかなりの確率で連中の目に止まり狩られる。

 

 何とか今の社会に溶け込んで存在意義を満たしているヤツもいる。

 例えば数少ない友人である砂かけババアは、近所の幼稚園で保母をしている。遊んでる最中に子供に砂をかけるちょっとヤバイ保母さんとして社会に溶け込んでいるのだ。……溶け込めているんだろうか本当に? 俺が親だったら絶対にそんな保母がいる保育園に子供預けたくないけど。

 

 そして俺は社会に溶け込めない側だ。

 昔はまだ何とか溶け込めていたが、最近は何だかその気が起きない。

 血を吸っていない期間が長いからか、そういう意思が弱くなってきた気がする。吸血鬼の活力である血が失われ、生きる気力も失われているのかもしれない。

 

「……ああ。俺多分、近いうちに消えるわ」

 

『おいおい、マジな話か? 消えるってお前……最後の血を吸ったのいつだ?』

 

「2ヶ月前かな」

 

 直接処女の血を吸ったのはそれくらい前だ。

 血を吸うことは何とか成功したが近隣の住民に目撃されてその場所では活動できなくなった。

 そうやって今まで徐々に活動場所が狭くなり、今日に至る。

 今日まではストックしていた不味い血液パックで何とか凌いできた。

 だがその手段も――使えない。

 

「血を吸えなくなってからさ、徐々に力が弱まってきてるんだ」

 

 血を吸う頻度が減って、どんどん吸血鬼としての力は弱まってきている。

 全盛期と比べると100分の1、いやもっと弱い。

 使える能力もどんどん減ってきた。

 この間童貞狩り少女を襲ったときはまだ使えていた能力も今では使えない。

 魔眼も使えなくなったので、病院から輸血パックが確保できなくなった。

 吸血鬼としての力が弱まり、直接血を吸えない、そして他に血を用意する手段も無い。

 

 詰み――今の俺は吸血鬼として詰んでいた。

 

 その状況を気づいてからだろうか。自分が少しずつ消えてしまうような感覚に陥っているのは。

 

 それをしょうがないと諦めている自分がいる。このまま生きていても、もっと生き辛くなるのだろう。

 仲間達も減っていく。

 この世界に俺の居場所はない。最近はそう思う。

 居場所が無いのなら……消えるしかない。

 

 たった一人、自分の部屋の中から誰にも気づかれずに消えてなくなる。

 今まで長い時を生きてきたが、案外終わりというのはこんなものなのかもしれない。

 

『つまんねーこと言うなよ』

 

 声に出していたのだろうか。狐が面倒くさそうに言った。

 

『……はぁ。お前さ、それでいいわけ? そのまま消えてもいいのか? 何か未練とかねーの?』

 

 未練は……ある。

 昔のような、あの輝かしい日々を取り戻したい。

 こうやってひっそり生きるのではなく、堂々と生きたい。口に出すのは恥ずかしいが……またハーレムを作りたい。

 愛すべき仲間達と幸せな日々を過ごしたい。

 そう呟くように言った。

 

『ほーん。じゃあ、やってみるか?』

 

 やってみる?

 

「やるって何をだよ」

 

『賭けに乗るかってことだよ。賭けに勝てば、お前の夢が叶うぜ』

 

 賭け?

 何の話だ?

 どんな賭けに勝ったら今の詰んだ現状をひっくり返せるっていうんだ?

 

 狐の提案してきた『賭け』は俺の想像を上回るものだった。

 

 

『お前さ。異世界とか行ってみないか?』

 

 

 と。

 狐はまるでコンビニにでも誘うような軽い口調で言ったのだ。

 


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