【完結】とある科学の超電磁砲 ANOTHER 作:北条 ゆう(いすわーる)
一〇月一九日午前一一時過ぎ、昼食を摂りながら廃墟の中一人男がパソコンを操作し何か考え事をしている。
彼の名は垣根 帝督、二九歳。歳の割に若く見えるが成人男性であり、学園都市第二位、いや第一位の超能力者《
そしてそんな彼の目下最大の思案事は――
「どういうことだ……なぜアレイスターの奴はこの俺に連絡を取ってこない!!」
そう当たり散らすようにパソコンをどこかへと乱暴に払い捨てる。
「プランの《スペア》は全て潰したはずだ……何かあるってのか他にまだ《神ならぬ身にして天上に辿り着く》ためのプランが!!」
そう怒鳴り散らすも反応する声も、そしてもっといえばこの学園都市に人影など無い。事実この都市に残っている人口は多く見積もっても一万人程度、二週間前までの二三〇分の1である。というのも……
「学園にいた高レベルの能力者は、ほとんど全て《
一〇月四日までの一連の事件の結果、学園都市理事会は関連大企業・保護者組織・日本加えて世界各国や国連等の圧力に耐えかね学園都市の自治権を日本国に返上。
加えて理事会の解散、新しい《世界都市》と呼ばれる超能力者や最先端科学の集積都市を作り上げるまで、学園都市にいた全市民は都市を離れ各々の地域や国に戻っているはずだからだ。
かくいう垣根がなぜまだここ学園都市に居られるかというと研究者としての肩書きで《解体》を手伝っているという名目があるからだ。
かつて彼が所属していた暗部《スクール》もそして他の暗部組織もその構成員がこれをチャンスにと高飛びしてしまっているのが《大半》である。
すなわちレベル5として垣根はこの学園都市で唯一、《元》統括理事長であるアレイスター=クロウリーの手駒として使える人物であるはず。にも関わらず……
「一体、どういうことなんだっ!!! 俺じゃ不満だってのか、あの野郎は!!」
《かつての》第一位であるアクセラレータも無き現在の状態において彼が唯一逆転する可能性を秘めた駒となりうる《はず》であり、死に物狂いでもコンタクトを取ってこないとおかしいような、アレイスター=クロウリーにとってはそんな状況であるはずなのだ。
なのになぜ……思い悩む垣根。俺は絶対に――
「よう元気か! 今日はお前にいいニュースを持ってきてやったにゃーー」
「土御門 元春か……何のようだ?」
「随分なご挨拶ぜよ! せっかくお前にいいニュースを持ってきてやったってのに……」
はぁ~とため息をつき続ける。
「スペアプランが見つかったぜよ。第三位……おっと今は第二位かにゃ。ともかく《
「レディオノイズか……レベル2の寄せ集めのゴミ集団じゃねぇか。そんなもんに価値なんて……」
「それがどうにも違うらしいんだぜよ!」
と土御門が垣根の座るソファの前にあったテーブルにドサッと紙束を投げつける。
「チッ!」舌打ちしつつもそれをかき集め必死に読み進める。そう彼に余裕など無いのだ。
「……成程な、そういうことか。ムカつくな畜生」
「で、どうするんだぃ? 行くのかにゃ~?」
そんなふざけた様子の彼に何も返答することなく背中から《黒い羽根》をつきだすとそれを展開しどこかへと飛び去っていく垣根。
「メルヘンぜよ~~~~!!」
大声で彼の後ろ姿に叫びかける土御門なのであった。
第一二学区。神学系の学校が集中しているこの学区はもとより《科学》とは縁薄いこともあり、学園都市の中で一〇月三日事件の後もいままでと似たような町並みを維持している数少ない学区のひとつである。
今そこに羽根を生やした垣根が降り立つ。場所はレポートに記されていた場所、そこである。そしてそこには――
「おいおい、なんだよこりゃ! 一体どういうことなんだ? 驚きで言葉が浮かんでこねぇよ」
「そういう割には――」
「随分と――」
「喋るじゃない?」
「垣根帝督? とか――」
「言ったかしら?」
「私達に――」
「勝てるとでも――」
「思っているの?」
「レベル5量産計画、レディオノイズか! 何だよ、成功してるならしてるって言えよ! なあ、天井亜雄さんよぉ!」
そう目の前のクローン達、正真正銘レベル5、御坂美琴のクローン達《
すぐさま自身の羽根を巨大化させるとそれを彼女達に向けて降り下ろす。数人のクローンが弾け飛ぶ、肉塊も残さずである。
「もとよりお前ら《雑魚》が何人いようが構いやしないんだよ。同じレベル5でもな、俺とお前らとじゃ格が違うんだよ。そこまでしかないから同じ所に落ち着いてるだけ。第二位と第三位の間にあ――」
とそこまで言って垣根の顔に動揺が走る。というのも……
「おぃおぃ、お前ら一体何人いやがるんだ?」
周囲の建物という建物から御坂美琴が溢れだしてきたからである。
その数ざっと見て――
「五〇〇人ってとこか。おもしれぇ、おもしれえじゃねぇか、アレイスター! そうだよな、簡単に終わっちゃあツマンネェもんなあ……ああムカつく」
「悪いけど――」
「アンタは――」
「ここで終わり――」
「《死んで》」
そんな彼女の呟きと共に戦いが始まる。第三位五〇〇人VS第二位、勝負の行方はどうなるのであろうか……
場所は変わり第七学区、研究室。ここはとある研究者の自室である。
可愛らしいファンシーグッツや蛙の人形ゲコタシリーズも何十体と並べられている。その中のひとつ、少し薄汚れた布で張り合わせたゲコタ人形がある。その人形の背中には『みこと』と可愛らしい字体で糸が縫い合わせてある。
そんな一室で今歓喜の声をあげ、躍り狂っている一人の人物の姿がある。
疲れた二〇代風の容姿に巻き髪の男。天井 亜雄である。
「やった、これで、これで俺も!!」
そんな風に躍りながら叫んでいる。彼が観ているモニターそこに移るのは、数百人の御坂の死体とそして演算能力の限界に達し、地面に倒れ込み気を失っている第一位:垣根 帝督である。
どういう訳だか幸運だった。何せ丁度オルダーシスターズに御坂 美琴の記憶をコピーしたものを《
いくつかの薬品を使いクローンの成長スピードを早めた結果、一〇月三日から零からのスタートであったが、見事天井は一〇〇〇人に及ぶレベル5を作り出すことに成功していたのである。
「俺の人生もようやくこれで。遅咲きだが、もう《四〇年》も待ち続けたが、遂にここから始まるんだ! この俺の――」
「残念ですが、花は咲きませんよ《お義父さん》」
突如部屋の扉がひしゃげるとそこに一人の少年が立っているのが天井の目に入る。
だがそんなことは彼とて知っていたこと、天井が手を少年へと向ける。
すると少年が手に握っていたナイフが天井のもとへと向かい飛んでくる。それを掴むと、窓に向かって全力で投げ捨てる天井。
そして捨て終えると高笑いしつつ少年に向かい合う。
「はっ、お前の武器はもう見切ってる、その《ナイフ》だろ! 研究所の入り口で、お前が警備のオルダーシスターズと戦っているのをモニターで散々見させてもらったんだ!! この俺は《能力者》レベル2。昔は《超能力者レベル5》と言われていた《レベル2》のテレキネシストだ! お前なんぞに――」
そう彼、天井 亜雄は今年で四〇歳。学園都市出身でかつて《レベル2》が上限レベルの《レベル5》とされていた時代の天才であり、鳴り物入りで研究者になったエリートであったのである。
しかし彼の栄えあるエリート人生はそこで終わった。
《運が悪かった》のだ。当時は研究者の中で能力開発を受けたものはごく僅かしかいなかった。それ故その才能を疎まれろくな研究の機会も与えられず一〇年。
時は経ち時代は変わり考え方も変わった。しかし《人》もまた変わってしまった。かつての《レベル5》は《レベル3》になっていたのだ。
《レベル6
しかしともかくも彼は努力した。自分の人生である。他人がどうあれ自分は自分、信じて頑張るしかない、そう思っていたからこそだった。だが待っていたのは特にめぼしい成果をあげられない毎日。出世していく、自分より遥かに年下のそして優秀な若者たち。
苦悩しつつも目の前の研究に没頭し月日がたったある日、彼に転機が訪れた。それこそが……
「レディオノイズ計画……御坂 美琴さんのクローンを作り出しレベル5を量産しようという計画……おぞましい話ですが、自分にとっては幸運でした……」
そう呟くのは懐から拳銃を取りだし天井へと向ける海原の姿。
驚愕に顔を蒼白にしながら再度演算を開始する天井だが、そう遅すぎる。拳銃から銃弾が放たれ、天井は床に倒れ込む。
「……そ、そんな……これで俺も理事会に……」
最後にそう呟くとそれを機にもう動かなくなる天井。
海原は進むと、《みことの部屋》と書かれた小さな木の看板が掛けられた、カーテンで区切られただけのスペースへと足を踏み入れる。そこにいたのは――
「アンタか……まだ残ってたんだ……」
そんな風に俯きかげんの顔を海原へと向ける御坂 美琴の姿であった。
「《パパ》は?」
「麻酔銃で眠ってもらっています。自分の仲間が移送いたしますのでご安心を」
そう続ける海原に「そう」と短く御坂、いや《天井 美琴》。
本物の御坂 美琴はというと…………
「それにしても驚きました……あなたがクローンだったとは……しかし自分も少しくらいは調べておくべきでした。だって……本物の御坂さんは――」
手に持った写真を掲げ美琴に見せつける海原。
そこに写っていたのは黒髪に黒目の腰の中程まである漆黒の髪を持った少女。
今海原の前にいる少女の髪の色は茶、目は赤色、髪は肩までしかない。
「このようにあなたとは全く違う容姿の持ち主だった。なぜならあなたはクローンだったから。オリジナルとクローンを確実に見分けられるように、あえて髪と目のメラニン色素を抜いたらしいですね」
「常盤台中学の校長達も入学当時は不思議がっていたそうですよ。『聞いていた子と髪の色も性格も全然違う』とね。まあ、《反抗期》ということで説明していたらしいですがね。《彼女は》」
「親船 最中ね。彼女どうしてるの?」
そう問いただす美琴に
「事件が起きた直後の午後七時の段階では外部のお屋敷でディナーを取っていたそうですよ。まあ、あの《偽善者》ならそんなところでしょう」と海原。
親船 最中。学園都市理事会のメンバーの一人。
もう何一〇年も学園都市上部に居続けている彼女は――
「やはり間違いないのですね。親船が、あなたを誘拐し《御坂 美琴》に仕立てあげた。そうなんですね、美琴さん?」
「……ええ、そうよ。彼女が私を拐い記憶を《
そう呟くと再び俯く美琴。
「彼女は始末しておきました。あなたの無念もこれで晴れたのでは?」とは海原。しかし美琴は首を振る。
本質はそこにはない、そう思っているからだ。
事の真相を彼女は語り始める。
「思い出したの、パパが私の記憶改竄を解いてくれて、それでハッキリとね。《本物の御坂さん》は苦しんでたのよ……一人、親から離されて、学園都市で親船 最中の、彼女たち《表の人間の期待を》一心に背負って……でもどうにもならなかった……」
本物の御坂 美琴は、学園都市の能力開発研究部が探し当てた確実にレベル5へと成長できると見込まれた――彼らが作っている《
とはいえ現実はそう甘くはなかった。親元から切り離され、レベル5になるまで外部へと連絡することすらほとんど認められなかった彼女は精神のバランスを崩し、そして《
とはいえ親船達上層部の人間からするとそれは大問題であった。なぜなら――
「レベル5へとたどり着く《一般の家庭出身の》そして《低レベルから。レベル1からレベル5まで登りつめた》という人物を作り上げなければならなかった。そうでなければ学園都市は《崩壊してしまうから……》。ふざけた話です。結局、この街は何から何まで《張りぼての城だった》つまりはそういうことですね」
コクンと頷く美琴。
そう学園都市は、もう何一〇年も前から危機にあったのだ。
結局のところ、兵器の開発にしろ薬の開発にしろ、科学技術の研究にせよそれらには莫大な資金が必要になる。
その資金の財源が、学園都市で学んでいる学生達の《
無論兵器輸出や企業に技術協力することでいくらかの資金は手に入る、だがそれではとても《足りない》のだ、外部から三〇年以上も先を行くという科学水準を維持する為には、何としても学生を獲得する必要があった。
そしてそれは《学費》。
正確にいえば、学校の学費は勿論のこと、学生が日々を過ごす学園都市で消費する大量の物資・食料品・娯楽品・遊興費。これらから徴収される莫大な税金であった。
これこそが学園都市を維持する上で不可欠な資金源だったのである。
そして、学生を呼び寄せる《エサ》として選ばれたのが《御坂 美琴》であった。
しかし彼女も結局はそれを達成できず、親船 最中は同時平行で進められていた《レディオノイズ計画》において天井により育てられレベル5となっていた《天井 美琴》を利用することを思い付いたのであろう。
計画は本物の御坂の――すなわちレベル2である彼女の――記憶データを使い、作れるクローン達は《レベル2の出来損ないのみである》と判断させて凍結させる。
そして自殺――実際は殺されたのかもしれない――した御坂の代わりに、丁度常磐台の学生であった食蜂操祈の協力を取りつけ、彼女の常磐台での悪行――すなわち人間の人格権に対する重大な冒涜行為である記憶
その後外部に漏れないように定期的に食蜂に記憶改竄を行わせる。
最後の最後は美琴もその対策、つまり『電磁バリア』を作りあげることに成功したわけだが、それはもう全てが終わったあと。何もかも終わってしまった後の話であった。
つまりは美琴の心を悩ましているのは――
「……私は何にも分かってなかった……なのに知った風な口をいままで雑誌とかテレビのインタビューで答えてきてた。まるで自分が《英雄》にでもなったみたいに……」
後悔。学園都市の《闇》を理解せず、ただ《光》の部分のスポークスマンとして働いていた自分の行動の愚かさ。それに今美琴は打ちのめされているのである。
そんな彼女に海原は口を開く。
「仮にそうだったとして……いえ実際そうだったのですから、ここはそうであるけれども、ですね。そうであってもあなた自身は《レベル1からレベル5にまで登り詰めた》間違いなく《努力、そして学園都市の華々しい成果の結晶》のはず。……ならば、あなたが思い悩むことなどないはずだ! そうでしょ、美琴さん!」
確かに本物の御坂 美琴はそんな風に地獄の底にあった人物であったのだろう。
明といいつつも実際はほとんど《闇》すなわち暗部での生活のような毎日であったのかもしれない御坂 美琴の毎日。だが――
「だからこそよっ! 私は、私は何にも知らなかった! 何にも知らずにここでのうのうとパパと一緒に、楽しく毎日を何不自由無く過ごしてた。おかしいでしょ! だって私偽物なのにっ!!!! 本当は……本当は彼女が! 本物の御坂さんが送るはずだった穏やかな日常なのに! なのに! なのに!!!!」
そこで海原が突然平手で美琴の頬を叩こうとして、そして止める。なぜなら――
「だが、自分が好きなのはあなたです《天井 美琴さん》。御坂さんでは無く、あなただ! そして、あなたはあなた! 分かってるでしょ美琴さん! パーソナルリアリティーを発現させ、自我を確立しているあなたなら分かっているはずだ!! あなたは偽物なんかじゃない、この世に偽物の人間なんて存在しない! あるのは天井 美琴という一人の人間、そして御坂 美琴という一人の人間です」
「この世は平等ではない! 闇に生きれば光に生きるものもいる。そしてどちらにも行き来する人もいれば、一生闇に居続ける人も、光に居続ける人もいる」
「自分から逃げては、暗い道へと突き進んでは駄目なんです! ちゃんと自分の足で立って、自分で必死に自分の居場所を確保しないと! はっきり言います! 今のあなたは、ただの《悲劇のヒロイン》ぶってる大馬鹿野郎だ!!!!!」
そこまで言って急に押し黙る海原。そして――
「だから自分に、この自分にあなたの面倒を一生見させてほしい! 決して何があっても、仮に自分が死ぬことになっても必ずあなたを《光溢れる世界》に居させ続けてみせる、守ってみせる! ですから美琴さん、自分と結婚してください!!!! お願いします!!!!」
突然九〇度腰を折ると「お願いします!!!!」と再び連呼し始める海原。しばし呆然の美琴。そして――
「魅力的なお話だけど……今言うのは予想外……っていうか……」
そこで笑い始める美琴。「どうですか?」そう冷静に問いかける海原に――
「……じゃあとりあえず《恋人》から始めていきましょうか……というか、まさかその話だったのね……ちょっと深刻になってた私が馬鹿みたいじゃない」
と目尻から涙を溢しつつ美琴。その涙が何の涙なのかは本人しか分からない。
しばらくして「はぁ、面白かった!」そう声をあげると一言。
「で、あなた一体誰なのかしら? 声は何となく聞き覚えはあるけど、そんな浅黒い顔の知り合い、私いないんだけど?」
そういう美琴に、ふふふっ、とこちらも笑いながら海原、いや――
「エツァリと申します。以後お見知りおきを……」
アステカの魔術師にして変装のスペシャリスト:エツァリは答えたのであった。
―――とある科学の
第四巻 前編 【復活】
「第二位の回収に成功したぜよ!」
そう携帯を耳に当てつつ話しているのはアロハシャツにグラサン、金のネックレスというヤクザ風の格好をした少年:土御門 元春である。
『よくやってくれた。早速――』そう返す携帯からの声に
「……勘違いしてんじゃねぇか?」と急に真面目な声で土御門。
「俺が言いたいのはこうだぜ《アレイスター》。お前のプランはもう《終わり》だ。さっさとそのビルん中から出てこい、この引きこもり野郎っ!」
『……』
押し黙るアレイスター元統括理事長。さらに土御門は
「第三位も確保。クローン共もレベル2・レベル5を含め始末させてもらった。もうお前は終わりなんだよ、アレイスター」
そう畳み掛ける。彼、土御門元春はイギリス清教、そして学園都市の二重スパイであったのである。
学園都市は崩壊した。ならば話は簡単。裏切りである。
「うちのアークビショップもあんたを切ることで決めたみたいだぜぃ! 流石にローマ正教とロシア成教の二方面作戦は避けたいっていう《イギリス王室》の方針に逆らえなかったみたいだにゃ。それ故のこれだ。悪く思うなよにゃ~~」
『……成程な』
『では……』
『土御門 舞花が学園都市を離れるまで《安全》を保証してやる、という約束をしたいのだが、お前はどう思う?』
そう切り出したアレイスターに「……何の話だ」と土御門。対してアレイスターは続ける。
『お前の裏切りはまあ黙認するのも良しとしよう。しかしその代わり少し《仕事》をしてもらいたい。そういうことだよ』
『とある人物の確保を頼みたい。なにお前も《よく知っているあの人物》だ。彼の名は――』
次の瞬間、その人名を聞き息を飲む土御門。瞬時に、彼の天秤に秤がかけられる。
土御門 舞花。彼の愛する義妹が彼に殺される可能性。その可能性は――
「(ほぼゼロだ。暗部はもう存在しないも同じ。あいつに使える駒はないはず――」
だからこそ土御門の答えはすぐに出される。その答えとは……イエスであった。
『ではよろしく』
「……ああ」
そう短く言葉を交わし、通話を切る土御門。「(すまんな……)」そう心では思うものの、答えはどんな状況であっても変わらなかっただろう。たとえ一パーセントであってもその可能性がある以上危険はおかしたくない。
彼にとって義妹の存在はそれくらい大きなものなのだから……
「すまんな……」
最後にそう言い残すと、彼は学園都市スパイとしてのラストミッションに向かうのだった。
「う~、お姉さま! どこ行ってたんですの!! わたくし物凄く心配してましたのよ!! そうそれはもう、お姉さまのこのキルグマーを毎日抱いて寝な――」
「この変態が!!!!」
とそこまで言って白井がキルグマー――近くに置いてあった――までテレポートし抱きついたところで天井美琴が電流を浴びせかける。ただ警告としてで実際には当ててはいないし、電流も微弱だ。
対して「じょ、冗談ですの……」と急に怯えつつ白井。というのも天井の雰囲気がいつもとは違ったからだ。
しかしすぐに気のせいかと気を取り直し、「ところで――」と話を始める。
「レベル6シフト計画……どうなりましたの?」
「あ~、あれね。解決したからもう気にしなくていいわ」
そうすっと返す天井に、「でも……」と何か言いたそうな白井。
「あ~それと私の名前、御坂 美琴じゃなくて、天井 美琴だから。そういうことで宜しく」
「……は?」
そう突然話題を反らした、しかもよく訳の分からないことを喋り始める天井に、当然疑問符を浮かべる白井。
「あの? 何でしたっけ? え~と、名前?」
「うんそう。あー後それと私《彼氏》出来たから。そういうことで」
と言うと、ここ風紀委員一七七仮設支部を出ていこうとする天井。
当然? と……いや、もうそれ以上に「何? わたくし一体?」と呆然として惚けた表情で白井は呟くと――
「あ~、これは夢ですのね。そう、これは夢ですの」
「夢じゃないから。じゃ!」
バタンと無情にも閉まる扉。取り残される白井。
「あれで良かったのか?」
「うん問題なし」
「大有りですのっ!!!!」
「な、なんだ!?」
「お姉さま、一体何をおっしゃてますの! ……ていうかこの方は!?」
と天井 亜雄を見て当然驚愕する白井。「(え? 敵じゃん。この人研究所で現れた大ボスじゃん)」つまりはそういうことである。
「……あ、言い忘れてたけど私《クローン》だったから。以後そういうことで宜しく。それじゃ!」
「わ、訳がわかりませんの。お姉さま! お姉さま!! ちょとお待ちくださいまし!!」
こうして流れる穏やかな日常なのであった。
同じ時間、といっても地球の裏側なので日本時間より九時間前ということになるが、四次元的な話で同じ時間のフランス。
「ま、待ってくれ! 話を、話を聞いてくれ!!!」
『たく、キメェオッサンだな。何度も言ってんだろ。こっちはもう決めちまった。もうあとはアンタ達の問題よ』
ここは、とある一室。男は床に立ち情けなく前方の大きなモニターに映し出される肌の露出の多い、体に密着した赤いドレスを着た女に惨めに何かを懇願している。
対して女の反応は冷たいという領域ではもはやなく、罵声や卑猥な言葉を浴びせかけている。
ちなみにこれは何かそういう感じの何かではない。国家の首脳同士、すなわち、クーデターを起こしイギリスの実権を握った専制君主キャリーサ=スチュアートとフランス大統領との電話会談なのである。
というのも国境地域でどちらかが他方の潜水艦を攻撃してしまったという話で、それで戦争になるかもしれないという、簡単に言えばこんな感じではあるが、すなわち超国家級の重大事項に関する最後の和平交渉といったところなのである。
しかしどうやらイギリス側には和平を結ぶ気はないようで、冷たい、下品な言葉でボコボコにフランス大統領を罵るイギリス女王:キャリーサ。
大統領の方はというと冷静に対応しようとしてはいるものの驚いた様子で、ある意味《圧倒されている》。
結局交渉は整わず会談は中止される。映像が切れる。しばらくそんな焦った様子を続ける大統領であったが一〇秒ほどして突然冷静な表情になるとそのまま部屋を退出する。外に待っているのは彼の副官である。
「お見事でした、閣下」
「……よせ。あのような品のない女と話したこと、もう思い出したくもない」
とは大統領の言である。事実、同じ状況に置かれれば地球上に住む大半の人間が彼と同じ気持ちになるであろう。
「しかし何はともあれこれで準備は整いましたな。ローマに報告致しますか」
「ああ、宜しく頼んだ」
大統領はそう言うと国内で待機していたフランスの裏組織、《傾国の女》が指揮するフランス魔術軍団に対して命令を下すと共に、EU首脳各国への連絡のため、今度は核シェルター付きの作戦室へと走って向かっていく。むろんSP等も走る。そう――
「(国家の大事にプライドなど犬などに食わせておけばよい。すぐさま、作戦を練らなければ!!)」
身も体裁も忘れフランス大統領は国民の為、最後の戦いの指揮へと赴くのだった。
「たくっ、一体どうなってるのかしらねぇ。この国は」
そう呟くのはシェリー=クロムウェル。九月に学園都市へと潜入し、送り返され、そして彼女は今ローラ=スチュアート、すなわち彼女のボスの命令で大英博物館にて待機中である。
『……それは私ではなくて《あの女》、イギリス元女王:エリザードに言うてほしきことよね』
「違いないわね」
彼女達は現在イギリスで起きたクーデター、すなわちエリザード一世の娘:王女キャリーサ=スチュアートによる反逆行為により劣勢に立たされ、各々彼女の手駒である《騎士》に見つからないようにと身を潜めているのである。というのも――
「娘の制御も出来ないなんてさ。話にならないよな! 国家元首としてどうなのとは思わない? 特にうちは近頃でも珍しい《専制君主国家》な訳じゃない? 《議会制民主主義国家》じゃないうちがトップミスっちゃうともうとんでもないことになっちゃうわよねー」
『これからどうなりけるにせよ。当然エリザードお穣ちゃんは責任を取ることになりけるでしょうね。問題はそれを《私達がどのような方向に持っていけるか?》 そうでなくて?』
「ええ、そう通りね……さすが《姉さん》。どんな時でも感情に流されず冷静ね」
クーデターが発生したのが一〇月一七日、つまり一昨日。
それからというもの、カテーナと呼ばれるイギリス王家、すなわち後期スチュアート家――
「魔術師が騎士風情に遅れをとるなんて……ホント、どうなってんだか。この国は……」
『それを言っても始まらぬというものよ。それよりシェリー。計画はちゃんと実行に移すたもれなのよ』
そんなローラの言葉に「了解ー」と間の抜けた返事でシェリー。
「(さて、計画は上手くいくのか……運次第ね)」
と神妙な顔つきでシェリー。そうこれで念願の長年の宿願が達成されるかもしれないのだ……
「で、さてさてエリザード。お前の娘の事だけどね。どうやらローマ正教とロシア成教、しかもEU全諸国に対し宣戦布告をしたという情報が入りているのだけれど……これはどういうことなのかしら?」
「……知るかボケ……」
と何か小さな声でブツっと何かを呟く初老の女性。
「聞こえなきなきなのよ、もう一度言ってくれるかしら、お嬢ちゃん?」と返すのはローラである。顔はなぜか綻んで楽しそうだ。
ここは聖ジョージ大聖堂地下。騎士達の攻撃を逃れるため、イギリス元女王:エリザード、イギリス清教トップ:ローラ=スチュアート、そしてエリザードの親族、つまり残り二人の娘:リメリア、ヴィリアン両人もこのイギリスで、現在《王室派》と呼ばれる《騎士》――すなわちイギリス王直属の軍部隊。魔術師ではなくイギリス軍でもない。甲冑に身を包んだまぎれもない中世の騎士のような軍である――によって占拠されたイギリス国内において唯一彼女らが手を出せない安全地帯、すなわち学園都市の最新技術、そして近代西洋魔術の粋を結集して作り上げた、この聖ジョージ大聖堂地下基地司令室に今いるのである。
万が一地下基地に敵の奇襲を許しても、リーダーだけはやられないようにと、ここには最も厳重のセキュリティが敷かれていて、部屋にはローラとエリザードしかいない。
「全く、困ったことになりたわね。せっかく学園都市と手を切りてまでして、何とか衝突を避けようと頑張りてきたのに……お前の娘は世界の大魔王にでもなるつもりなの?」
「……」
そんな彼女の発言に対し、なにも返せないエリザード。
当然であろう。彼女の娘、手塩にかけて育てたはずの王女、いまやイギリス女王がいくら《カテーナ》という必殺武器を手にいれたとはいえ世界に戦争を仕掛けたあげく、しかも自国の民を省みることなくどうやら《大英大陸》の効果を《ヨーロッパ全域》にまで広げ世界制服を企んでいるのでは、と思いたくなるような状況を作りあげようとしているのだ。
もはや重圧で押し潰されるというような問題ではなく、実際彼女はもう死に体であった。身も心もである。
「おや、ローマ正教が動きたみたいね。うん、あれは?」
と衛星軌道上から捉えたらしき映像が、ローラが今座る玉座のような指令チェアー、そして床に呆然と立ち尽くすエリザードの前に立体映像で映し出される。
「ふん……《女王艦隊》ね。これはもう終わりたわね」
「……な、なぜそんな余裕なんだ? 今我国は消滅しようとしているのだぞ!?」
と突然立ち直ったエリザードがローラに問いかける。
魔術の知識のないキャリーサがこの艦隊の襲撃に気付くことはないだろう。そして――
「あー放たれてしまいたわね。ああ、残念。これでイギリスは終わりたわ!!」
そうなぜか興奮した様子で大声で叫ぶローラ。事実一秒後、イギリス王国は消滅する。
「……ん? どうなったのだ?」
とはエリザードの言葉である。
女王艦隊、別名アドリア海の女王と呼ばれるこれはローマ正教の最終兵器:《国家抹消装置》である。
砲撃を放った都市や国の《歴史そのものをなかったことにする》という超兵器。もともとはヴェネツィア共和国への牽制のために作られていたこれを、数ヵ月前ローマ正教は改造し、どこの都市や国に対してもその効果を発動できるようにした、との情報をローラは掴んでいた。
つまりそれが今この《イギリス》で起きたわけである。結果はいうまでもないだろう。
『女王艦隊の砲撃と同時に《カテーナ》大英大陸魔術の終息を確認しました! ガウン=コンパスの機能も完全回復!! 射っていいですよね《護国卿》』
「勿論よ、スマートヴェリー。すぐさま迎撃なさい」
「……ん? 何のことだ?」
そんなエリザードを他所に事態は進んでいく。どうやらイギリス王国は《まだ》消滅していなかったらしい。しかもどうやら反撃の糸口も掴めたような雰囲気がある。
少しして『やりました! 全艦撃沈!! 一撃です! ふ~サイッコー。で、後はどうします? 《護国卿》?』と再びスマートヴェリーの声が響く。そこでようやく頭が働いてくる国家元首。護国卿? 一体何の――
しかし、彼女の思考はここで途切れる。というのも――
「失敗をおかしたなら、責任は取らなくてはならないのよ、エリザード。つまりね――」
と呟く彼女はローラ。
彼女はいつの間にかエリザードの背後に回り込むと両手で彼女の顔を挟み込み《素手で》それを叩き潰す。当然、首から血が噴水のごとく吹き出す。
しかしそんな中でもローラは笑みを絶やさない。
「後期スチュアート朝イギリス連合王国は、女王艦隊の砲撃により滅び、そしてその直前の《イングランド共和国》がこのブリテン諸島を、イングランド、スコットランド、ウェールズ、そして北アイルランドを統治する! つまりはそういうことよ、エリザードお嬢ちゃん」
そう彼女ローラ=スチュアート……いやローラ=クロムウェルは歓喜の声をあげ続ける。
「この時をどんなに待ちわびていたことか!! お父様……オリヴァーお父様、リチャード、私遂にやったわ! ついにこの国を取り返したの! 《聖人》の力も戻った! これでやれますわ! これで我らがイングランド共和国が世界の《覇権》を握る日が、四〇〇年の時を経て達成されますの!!!」
もはや狂ったように大声をあげピョンピョンと跳び跳ねつつローラ。
『ヴィリアン、リメリアの《処刑》完了しました!!』という報告がどこかから入ってくる。『ご苦労』そう短く返す。
「そんなことよりキャリーサよ、あの下品な小娘! ねえレイチェル! レイチェル!!」
『聞こえています護国卿。命令通り、この赤いドレスの女殺しましたけど。誰なんですか、彼女? 何か変な棒キレみたいな剣もってるんですが? あ、壊れました! ていうか護国卿、なんでそんなところにいるんです? 今フランスから傾国の女やらなにやらが――』
「殺したわー、殺したわーーー!! これでスチュアート家は根絶やし! 復権はもう無理ね!! やった! 私やりましたの!!! これでもう後は……」
そう呟くと今度は新たな通信チャンネルを開く。その相手は
「シェリー。準備は整っているかしら?」
『勿論よ、《姉さん》。それにしてもあの親子を騙し通すなんて、さすが姉さんね! 準備は整ってるわ。じゃあ実行するわよ。《
「ふふふっ、上出来よシェリー。これで後は待つだけ、待っていれば我が共和国の望む通り物事は進んでいく。範囲はブリテン諸島、そして全ヨーロッパ。勝った、私たちは勝ったの!! あはははっはははははは!!!!」
そう歓喜すると、ひとしきり笑い満足したのか、ふぅ、と息をつき豪華な《
彼女の計画は結果的にいうとすべて《成功》した。それゆえのこの歓喜なのである。しかし直後彼女の顔は暗く沈む。そして――
「……リチャード、これで許してくれるわよね……」
そして小さく、どこか怯えた様子で彼女はそっとそんなことを呟くのだった。
「一体どうなっているんだ! 突然フランスが攻め込んでくるなんて!」
「わからないんだよ。エリザードは一体何をやってるんだよ!!」
そう話しているのはステイルとインデックスである。彼らがいるのは紛れもなく戦場。周囲に甲冑を着た兵士達――ステイルには何者なのか分からない――が逃げ惑っているなか、イングランド共和国《
インデックスの発言に「(エリザードって誰?)」と思うステイルだがそんなことを訊いている暇はない。次から次へと襲いかかってくるフランス、そしてローマ正教、ヨーロッパ各国軍に対しルーンを展開し必死の防戦をとるステイル。
「なぜ護国卿は、彼らの侵攻を予知しながら《黙認》していたんだ。糞! あの女狐! いつも訳の分からないことばかり!!!」
「? 護国卿? すている、何いってるの?」
とはインデックスである。
《スペルインターセプト》を発動し敵を撹乱しつつ、そして敵の攻撃を法皇級の魔術結界《歩く協会》で防ぎつつ彼女は問いかける。
「……君もだ、《インディアナ》! 何故こんな危機的な状況下で《お遊び》をしているんだ! そんなチンケな攻撃じゃなく、僕たち《クロムウェル聖人一族》秘伝の時空魔術をつかって敵を押さえてくれないと――」
「??? インディアナ? クロムウェル? 聖人? 一体何の話をしているんだよ?」
「糞!! 訳の分からないことばかり! ほら来たぞ!!」
ステイルがそう叫んだのと同時に、周囲の人・物・空間のすべてが停止する。
そしてそのまま飛び上がると突撃してきた敵の魔術部隊総勢八〇人に身のまま突っ込んでいくと高速でジャブやアッパーを繰り出す神父ステイル。そして――
「「「「グハッッッッ!!!!」」」」
一〇秒程ですべての魔術師に攻撃を加え終わると突然時が動き出す。腹が裂かれ、あるものは頭を吹き飛ばされ、そしてあるものは跡形もなく吹き飛ぶ。
目の前の光景に唖然とするインデックス、ことステイル曰くのインディアナ。
「じ、時空魔術!? な、なんですているがそれを使えるんだよ! それは一六〇〇年代に使われた、オリヴァー=クロムウェルが使っていた術式。それも莫大な魔力消費を必要とする聖人専用の大技のはずなんだよ!!」
「一体どういうことなんだよ!?」と衝撃で動揺を隠しきれない顔でインデックス。対して――
「何を当たり前のことを、そんなこと当然じゃないかっ! オリヴァーは、僕たちの《グランパ》で、君と僕は《姉弟》。彼の術が使えるのは当たり前だ。……どうしてしまったんだい《姉さん》。今日はなんだか様子がおかしいけど?」
不安そうな顔でステイル。その声もいつものような、インデックスが知っているぶっきらぼうな口調ではなく、少し不安げな、甘えたような、そんな口調である。
顔面が蒼白になるインデックス、いやインディアナ。
「それにイン……ディアナ? それって一体?」
「……姉さん、やっぱり今日の姉さんはおかしい。おいっ! そこのお前、彼女を、インディアナ=クロムウェルをマ……、護国卿の元にお連れしろ! 姉さん、たぶんきっと姉さんは敵の《魔術攻撃》の影響で記憶を撹乱されてしまっている。今すぐ、聖オリヴァー大聖堂まで戻って《ママ》の治療を受けてきてくれ!! よし、第七小隊、いくぞ! 僕についてこい!!!」
そこまでいい終えると五〇人程度の魔術士とともにどこかへと飛び去っていくステイル。インディアナはそのまま一人の魔術士に手を引かれるまま、ステイルの、そして彼女の《母親》であるローラ=クロムウェルのもとへと連れていかれるのであった。
「一体どうなっているんだ!?」
「それがどうやら《女王艦隊》は砲撃に無事成功した後、撃沈されたのですが……」
ここはフランス。大統領の核シェルター付きの戦時作戦室である。
むろん魔術的な結界も張ってあり、ほぼすべての魔術の影響を排除することができる。
今大統領が、魔術武官、すなわちフランス魔術部隊を指揮している役人を問いただしている。
武官の返答はこうだ。どうやら女王艦隊の砲撃は無事完了したとの報告をローマ正教から受けた。
しかしどうやらその効果は、王家、すなわちこの場合スチュアート家の王国のみにしか及ばなかったらしく、ブリテンとしての歴史、すなわちケルト人の国や古代ローマ共和国から始まった《ブリテン国》としての歴史を消すまでには至らなかった。
それ故、直前の政権を担っていた、オリヴァー=クロムウェルが築いたイングランド共和国がブリテンを統治するという歴史が、魔術的結界外にいた人、そして物すべてに書き込まれてしまったようであるということ。そして――
「大統領閣下! 傾国の女より入電です」
この作戦室にそんな情報担当者の声が響く。
「映せ」
「了解!」
『大統領閣下、一体これはどういうことなんでしょうか?』
そんな《傾国の女》の声が作戦室に届けられる。「何のことだ?」と大統領。
そんな彼にたいし女は冷静な顔つきで口を開く。
『小競り合いがあったとはいえ《一民間人》が間違って打電してしまった宣戦布告を理由にイングランド共和国に攻めいっていることです。いくらなんでも言い訳がすぎるのでは?』
「……君は何のことを言っているのだ? 我々はクーデターを――」とそこまで言って大統領は気づく。まさか!? あの女狐が――
『……どうやら私が《間違っていた》ようです。フィアンマの事を含めてあなたは信用のならない人物だった』
『《
「な、なんの話を――」
「……失礼します……」
「グハッ、そ、そんなバカな。そんなバカなことが……」
と魔術武官の魔術を受けて昏倒する大統領。作戦室に動揺が走る。
そんな中、傾国の女ことマリアンヌが透き通った声で力強く口を開く。
『革命権に基ずく非常事態を宣言し、フランス共和国の全権はこの私が担います。すぐさま軍事行動を中止。EU全諸国に対しても同様に呼び掛けなさい! 私は、ローラ=クロムウェル護国卿と共にローマ、そしてロシア成教の本拠地たるモスクワを制圧します』
『これは《地球に住む全市民の自由と平等と友愛、そして平和を守るための戦い!》 反逆するものはフランス、そして世界の敵とみなし処断します』
『人類の敵:マタイ=リースとその手先共に天の裁きを与えます。すぐさま準備を始めなさい。これは聖戦です』
「……了解いたしました」
そう魔術武官が呟くと、方々への根回しへと動きだすのだった。
「な、なんだと!! 今なんと言った!!!」
『だからー、言ってんじゃない。色々考えたんだけど、なんかアンタに従うの嫌になったわ。てこで私は《護国卿閣下》に従うことにしたから! じゃ、そういうことでぇ』
「ま、待て、ヴェント! 待て! お前は一体何を――」
「やられましたねーどうやら《あの女狐》も何やら策を練っていたようですねー。このヴァチカンは《
「まずいですねー」とテッラ。ここはローマ、
「……ど、どうすれば良いのだ……このままでは……」
「こうなった以上仕方ありませんねー、猊下。この大聖堂にある力をフル活用するしかありませんねー。《ぺテロの洗礼》を発動させましょう」
「な、なんだそれは?」
そう返す教皇に、はぁ~とため息をつくテッラ。呆れつつも説明を始める。
「仮にも教皇なら聖堂の聖遺物と霊装ぐらいすべて暗記していてほしいものですねー。ぺテロの洗礼というのはですねー、我々二〇億ローマ正教徒の《真の》最終兵器ですねー。使えば《ローマ正教徒以外すべての者を強制的に神の国へと連行することが出来ます》ねー」
「つまり、どういうことなのだ?」「我々ローマ正教徒以外全員死にます」と冷たくテッラ。
驚愕し顔を赤らめ激昂する教皇。
「ふ、ふざけているのか! そんな馬鹿なこと出来るわけが……」
「……では、この世界はあの女狐のものですねー」
そう呟くとサン=ピエトロ大聖堂から何処かへと向かっていくテッラ。
「決断はあなたにお任せします、猊下。私は教皇領の防衛のためローマ正教の部隊を連れ迎撃に向かいますねー。それではーー」
「ま、待て! わ、私はどうすれば――」
しかし返す声は無い。テッラは戦場へと向かう。ただ一人残される教皇。
一体、どうすれば良いのだ……
聖オリヴァー大聖堂地下。玉座のごときロードプロテクターズチェアーに座るのは護国卿:ローラ=クロムウェル。それに相対するのはインディアナ=クロムウェル。
かつてインデックスと呼ばれていた少女である。
「どういうことなんだよ!」
そう叫ぶインディアナに、そうだったわね、と呟くと懐から十字架を取り出す。そして――
「これを潰さなければ、インディ、あなたの記憶は《戻らない》んだったわね」
「!? な、なにを――」
パリィッンという音とともに十字架が壊れる。と――
「ま、ママ……わ、私……」
突然表情を変えたインディアナが顔をうずくめ泣きじゃくる。優しい眼差しでそれを見つめるローラ。
ふぅ、と息をはくとインディアナは落ち着いたのか顔を上げるとローラに向き合う。
「で、ママ。これは一体どういうことなの?」
「……よかった、ちゃんとステイルは儀式をこなしてくれていたのね。イギリス王室もその約束は守ってくれていたみたい……よかった……」
そう言うと本当に落ち着いたらしいローラが瞳から涙を溢す。よかった……よかった……と何度も呟く。
ローラが壊した十字架。それはインディアナの記憶の結晶そのものであったのだ。
月光の力を利用し十字架に《奪った記憶を溜め込む》。イギリス王家がローラの裏切りを事前に防ぐために講じた事前策。それこそが《インデックス》の正体であったのである。
詳しく説明するとこういうことだ。つまり――
「……ママは復讐を果たしたんだね……よかった。ていうことは皆は?」
「ええ、ステイルもシェリーも皆無事よ。これで――」
「どうするつもりなの? もう復讐は終わったでしょ!? なら――」
「これで《世界は我が一族のモノ》よ、インディ。もう何も恐れる必要なんて無いの。EUもローマ正教もロシア成教も全て我が手の内。インディ、戦いは《これから》なのよ」
そう高らかに宣言するローラ。
「何を……言っているの……」
「……何ってインディ。つまりね、もういいのよ《他の奴等の事なんて》。思わない、インディ? 私たちさえこの世にいれば絶対に離ればなれにはならないということよ。分かるでしょインディ。他人がいるから裏切られる。他人がいなければ、全員が身内なら、大丈夫なのよ」
「あらあら、珍しい客人もあったものね」
イングランド共和国記念館。かつて大英博物館と呼ばれたここの地下には、世界各地、今は失き大英帝国の時代、植民地帝国として栄えたその時代に世界各地からかき集めた聖遺物、霊装等の魔術に
地上から秘密階段を下った先にあるのは一本の橋だ。橋は物品の保管室である地下博物館へと繋がっている。
幅一〇メートル、全長二〇〇メートル程の橋。何でできているのか分からないが、青銅色に光る綺麗な光沢を放っている。その下に広がるのはどこまで続くか分からない闇だ。
その地下博物館の入り口で立ち塞がっているのが、シェリー=クロムウェル。ゴスロリ風の服装に、痛んだ金髪の髪、そして浅黒い顔をした護国卿:ローラ=クロムウェルの妹である。
彼女が今見つめる、一〇〇メートル程離れたところに立つのが――
「やはりあの人は油断のならない方でした」
片足だけ一メートル程切ったジーンズに体操服という格好の元イギリス清教――現在は、イングランド清教――に所属していた聖人:神裂香織である。
そんな呟きをする彼女に「ふふっ、まあアンタもそれに《嵌められた一人》だしね」とシェリー。合点がいったような表情で神裂が続ける。
「……私を追い出し、ローマ正教陣営との対立を深め、力を失ったと油断させる。成程、私はずっとあなた達の手のひらの上で踊っていたと、そういうわけですか」
「正解……って言っても今さらという気がするけどね。で? あんたは何しに来たの? まさかとは思うけど勝てるとでも思ってる? 私も《聖人》としての力は取り戻したわ。悪いけど、アンタごときに遅れはとらないわよ」
「今なら尻尾巻いて逃げ出すって言うなら見逃してあげてもいいけど? なんなら、うちの甥っ子とも取り持ってあげようか?」と笑いながらシェリー。
対して神裂は真剣な顔を崩さず続ける。
「後者については……いえ、ですが前者についてはとても受け入れられません」
「へぇ~残念……」
言い終えると右手を宙へと掲げるシェリー。橋の下、底の見えない闇から何かが這い出してくる。一秒後、ボコッ、そんな音と共に地下から全長五〇メートルはあろうかという《巨大な
橋に次々と小型ゴーレム達が飛び移って来た。
「じゃ死んでもらうわね」
そう冷たく言いはなつと、ゴーレム達を神裂へと突撃させる。しかし数瞬後崩れる。というのも――
「そんな《おもちゃ》では私の七閃は破れませんよ」
神裂が糸、七閃と呼ばれるすさまじい強度を誇る鋼糸を操りゴーレムを切り崩したからだ。飛び上がりシェリーへの距離を詰める。そして刀に手をかけると抜刀し巨大なゴーレムへとそれを一刀する。
唯閃。神すらも切り裂くというその一撃に為す統べもなく崩れるゴーレム。
「本気を出してその程――グハッッッッツ!!」
次の瞬間《いきなり目の前に現れた》巨大ゴーレムの凄まじいパンチの直撃を受ける神裂。凄まじい腕力で一気に出口まで押し戻される。
「元よりゴーレムなんてのは私の道具にすぎないのよ、神裂。私の、そしてクロムウェル一族である私の真の力は《時空操作》。私が選んだ任意のものを私と共に通常の時間軸から切り離す大技。《カテーナ》に聖人の魔力を奪われて使えなかったけど、まあその複数の聖人の魔力を結集させる仕組みを利用して《クロス=オブ=リパブリックイングランド》が作れたわけだし、まあいいわ。とにかくこの魔術を使えば、もとよりアンタなんて敵じゃないのよ」
「今日の私は機嫌がいいの! 今ならまだ見逃してあげるわよ神裂。というよりこれが最後の警告」そこで一度言葉を区切ると
「……さっさと失せな、この偽善者」
冷たく、冷酷に返すシェリー。その眼は鋭く神裂を射ぬいている。
「偽善者ですか。確かに、かつての私はそうだった。目の前の者すべてが救えると思っていた……自分だけが《幸福》であることが許せなかった……ですが」
「……私は選んだんです! 仮に自分の目の前で人が死のうと、傷つけられようと、それを乗り越え、強い心を持って《自分の望みを叶える》と。そう決めたんです。あの日、オルソラ協会で私はそれを選択した」
「ステイル、そして大切なあの子とその家族を救うため、私は戦います!!」
「……そ」
言い終えると一気に何百体ものゴーレムを突撃させ神裂に覆い被せる。大量のゴーレムに押し潰される神裂。しかしそのような攻撃で沈む彼女ではない! すべてをはね除けると、再びシェリーへの突撃を開始する。
戦いは、ここから始まるのである。
ローマ、サン=ピエトロ大聖堂前。今ここに聖女マリアンヌが降り立つ。デュランダルと呼ばれるフランスの宝剣を携えている。ゆっくりと歩みを進める。
と前方の大聖堂から一人の老人が歩いて出てくる。
「マタイ=リース……《ぺテロの洗礼》は使用しなかったのですね。その程度の理性は残っていましたか。では大人しく――」
「他人の言いなりになるのは実に楽なことなのだろうな……」
いきなりそう呟いたマタイに「何の話です?」とマリアンヌ。返事が無いのを確認し、毅然とした口調で続ける。
「民主主義のことを非難しているのであれば、やはりあなたは――」
「いやそうは思わんさ。むしろ逆だ……それにお前が誰なのか知ってたらそんな言葉は出てこないだろう。なあ、《
その言葉に「……なぜそれをあなたが知っている?」と驚愕を露に聖女。対して「何、ただのパンケーキ浪費家王妃ごときが《聖女》でないことぐらい、私とて年齢を重ねておる。分からぬはずがなかろう?」と冷静にマタイ。その言葉で剣を降ろすマリアンヌ。しかし敵意はその目から消えてはいない。
「ある時は羊飼いの聖女にして救国の英雄:ジャンヌ=ダルク。またある時はルイ一六世を謀り王政を転覆させた悪女:マリー=アントワネット……しかし真の姿は革命家:サン=ジュスト。男装の麗人……とはいえ結局は民主主義も見限り、ナポレオン帝政や王政復古にも手を貸した気まぐれな傾国の女。そして今……少なくとも数時間前までは再び民主主義を信じた共和国の聖女にしてフランスの象徴・影の支配者:マリアンヌ。一体何がお前の本性なのか? 今回の件でまた一段と謎が深まったな」
「……で、あなたは何が言いたいのです?」
「また同じ間違いを犯すつもりなのか?」
沈黙するマリアンヌ。教皇は続ける。
「かつてお前は革命家:マクシミリアン=ロベスピエールと行動を共にしていたな。フランス大革命の時代に。《美青年:サン=ジュスト》として」
「……」
「結果がどうだったか、忘れたわけではあるまい?」
「……ミリアンは……ミリアンは最後まで民のことを考えていた。確かに彼は死に、革命は王政復古により幕を閉じた。しかし――」
そこまで言い終えると「で、あなたは何がいいたいのです?」冷静になったマリアンヌが問いかける。「同じことだよ」とマタイは呆れたように口を開く。
「目の前にある正しいことだけ積み重ねていけば《理想》が達成できるわけではない」
「むしろ、汚い、辛い、正義などとは全く反対の行動の積み重ねこそが、民の、そして我々自身の幸せな毎日を守り、そして作り上げる土台となる。なぜマクシミリアン=ロベスピエールをあの時お前は諦めた? そしてその結果どうなった、もう一度考えてみろ!!」
「フランス大統領を! 民主主義を見限ったお前は一体今誰の味方をしているのか分かっているのか!?」
その言葉を聞き終えると再びデュランダルを構える。身構える教皇。
「……その程度の感傷論では私は動きませんよ。もとより覚悟は決まっています。ミリアンの為にも……もう私は過たない!」
剣をマタイへと降り降ろす。教皇杖で応戦するマタイ。実力は拮抗している。
「あの《
イングランド記念館地下――
「これで終わりですっ!!」
そう言う神裂の体はボロボロ、服も裸同然であるが刀を振り抜くと直線上にあるゴーレムを全て薙ぎ払いシェリーへと突撃する。
「クダバレ露出狂っ!!!」
しかし対するシェリーは無傷、ゴーレムを前方に集結させると唯閃を防ぎきる。そして振り落とされる巨大なゴーレムの右腕、そして左腕。
あとに残ったのは、ジーンズらしき布切れと血だまりと、ゴーレムの腕についた肉塊の残りかすだけである。
「せっかくチャンスをくれてやったってのに……勝敗などもとから決まって――」
「当然! もとより戦いの勝敗など決まっている」
どこからかそんな声が響いてくる。
「何!?」驚くシェリー。しかし次の瞬間ゴーレム達が巨人、小人も含めすべて崩れさると顔面を蒼白にさせる。
「ど、どういうこと!? そんな馬鹿な! 私の力は完全に戻ったはず!!」
そこで時空を停止させるシェリー。原因を探すため周囲を油断なく見回す。
すると彼女の前に突然空間を引き裂いて一人の男が現れる。緑の髪に純白のスーツを着込んだ男だ。
顔を驚愕で歪ませるシェリー。時空停止中に動けている人物がいることもだが、そこにいる人物に驚いているのだ。そこにいたのは――
「愚行! 仲間がいることも少しは考えるべきだったな」
「て、テメェは!! 何でここに居やがる、アウレオ――」
そこまで言ったところで突然シェリーの服が破れると、そこから血飛沫が吹き出す。
倒れ込むシェリー。時空操作も中断させられ、再び時が動き始める。
「もとより、あなたに勝てないのは私とて承知の上です。勢いで、勇敢さで、そして感傷では戦いに勝てないのは、あなたやそして《
「か、神裂。アンタ……」
シェリーに対しそう堂々と宣言するのは地上から――一般に開放されている記念館から――悠々と余裕の笑みを浮かべ歩いてくる神裂。
そう彼女は、もとよりここに《来ていなかった》のだ。
「ふん……相変わらず詰めが甘いなシェリー。必定、しかしそれもまたお前らしさなのだろう」
そう呟くのは元ローマ正教所属、現在は神裂と同じく流浪の身である錬金術士《アウレオルス=イザード》である。
彼の魔術、《
隙を伺い、アウレオルスの作り出した《
そして作戦は成功し、致命傷を負った彼女はその場に倒れこむ。大魔術を使用できるほどの余力はもう残されてはいないだろう。
ところでこの技にも弱点がある。というのも――
「必然、そろそろこれを飲んでおかねば。学園都市製超精力剤《ハイパーカフェイン》。うむ、これさえあれば、なんの問題も無い」
「便利な魔術ですが、《テンション次第で》成功できるか決まるというのは少し考えものですね」
とは神裂の言。というのもこの魔術、術者の想像力が術のキーになっており、術者が自分が成しうるという《確信》をもって現実を《歪めなければ》効果が上手く発動されず、下手をすれば、マイナスな想像をすることで自滅してしまう可能性がある博打技であるのだ。それゆえ神裂もホッと胸を撫で下ろす。成功してよかったと。そう心から思う神裂香織。
対して喘ぎながら必死にもがいているのはシェリーである。
「そ、そんな!? こんなところで……いや、いやだ、死にたくない! 助けて、助けてよ神裂!!」
苦しみながら懇願する彼女。しかし神裂の対応は冷たい。
「……それもあなた方が選択したこと。私はもう《偽善者》ではありません。残念ですがこれでお別れです。シェリー、《またどこかで会いましょう》」
「ま、待って神裂!」
そう血を流し地面に倒れ込みながら必死に叫ぶも、神裂、そしてアウレオルスは地下博物館へと向かっていく。
「お願い、た、助けてーーーー!!」そんな彼女の声のみが響き数分。声が無くなると、ほっとした顔になる神裂。というのも――
「……これでシェリーも反省してくれるといいのですが……」
「必然、やはり君は《優しい》のだな神裂」
この錬金術、結局のところすべて《想像上の出来事》を作り出すだけのまやかしの術。
実際のシェリーは傷だらけでも、無論死んでもいない。焦って、脳が状況を誤認してしまい気絶しているだけなのである。
「しかしこれが私です。《救われぬものに救いの手を》。たとえそれが敵であったとしてもそれは変わりません。それにシェリーは私の親友の《家族》でもある……たった《一度の失敗》で曲げるほど、この信念は軽くはありません。これからも私は、そのように生きていくつもりです」
言い残すように呟きイングランド記念館へと足を踏み入れる《偽善者》神裂香織なのであった。
「!? これは!」
そう驚きの表情を浮かべるのはマリアンヌ。
現在は、サン=ピエトロ大聖堂内で聖堂の加護を得て戦う教皇マタイ=リースと激戦の最中である。デュランダルで薙ぎ払って、魔術――ローマ正教曰くの奇蹟――による炎を防ぎながらである。
とはいえ戦いの最中である。一瞬の隙をついてマタイがマリアンヌに教皇杖による強烈な遠隔打撃を与える。
「グハッッツッツッ!!!」
吹き飛ばされ壁にぶつかった瞬間、聖堂内に張り巡らされていた仕掛けが発動し、そのままの勢いで別の壁へとバウンドさせられる。
数一〇回の打撃で一気に大打撃を与えられたマリアンヌがよろけつつもデュランダルを持ち立ち上がる。しかし――
「私の勝ちだな」
そこまでの時間が有れば相手は教皇である。必殺の魔術を組み上げることなど容易だ。
勝利を確信したマタイが口を開く。
「最後に聞いておこうか。先程の顔、何かあったのかな?」
その発言に躊躇うマリアンヌ。何かを言おうと口を開きかけるが、やめる。
それを見届け次の瞬間、マリアンヌの周りから大量の槍が吹き出す。死を覚悟してか、目を瞑り何かに祈るようにマリアンヌ。しかし――
「……何のつもりですか?」
次の瞬間には教皇の真後ろに回り込んだ彼女。
そう、先の攻撃は受けなかったということだ。そしてそれは彼女の能力によるものではなく……
「護国卿の魔術が解けたのだな?」
「気づいていましたか……」
その発言に剣を降ろすマリアンヌ。教皇も杖を老人が使う普通の支えとしての持ち方で杖を持ち直す。
「どうやらこんなところで戦っている場合ではないようですね……我ながらマヌケだとは思うのですが……休戦にしませんか?」
「勿論だ。もとより我らが戦う理由などないのだからな」
「有り難う」そんな言葉でローマとフランス、そしてEU諸国との戦いの幕は閉じる……そして――
『護国卿! リパブリック=イングランドの魔術が神裂によって破壊されました!!』
と地下博物館に待機させていたローラの部下が報告する。突然錯乱するローラ。
「ど、どういうこと? シェリーは、シェリーはどうなったの!?」
「それが……どうにも錯乱した様子で橋の上で泡を吹いて倒れておりまして……理由は分かりませんが、緑髪の男が関係しているのでは、と。錬金術士だそうですが――」
「あ、アウレオルス!? ま、まさか彼なの!? あいつは死んだという報告を受けていたのに!」
頭を抱え、ブツブツと何かを呟き始めるローラ。あーでもないこーでもないと何やら思案した末にそう、これ、これなのよ! っと叫び尻元から何かの霊装を取り出す。
「それは何かな? というより使わせないんだよ!」
「なっ!」
「これは遠隔制御霊装だね。まさか私を操ろうとしてたのママ?」
「そ、それは…………」
取り出した霊装を時空制御を使うと瞬時に奪い取るインディアナ。慌てるローラ。というのも
「……結局ママは私のことも信用してくれてなかったんだね……」
「ち、違うの。これは……」
そう言いつつも言葉が出てこないローラ。
それもそのはずこの霊装は……
「私に何かをやってほしいなら直接頼めばいいんだよ。だけどママはそうはしなかった。それって結局――」
「や、やめてーーーーーー!!!」
インディアナの意思を奪い一〇万三〇〇〇冊の知識を総動員させる《
かつてのインデックスであった時ならともかく、現在の聖人の力を得て、通常の状態でも魔術を使用できるインディアナには必要のないもののはずだからだ。
ローラがインディアナを《信頼できている》ならば……
叫び声をあげるとチェアーから飛び上がり部屋の出口へと走り去っていこうとするローラ。
「ママ!!」インディアナがそんな叫び声をあげるも一目散にドアに向かっていく。そしてドアノブに手をかけた瞬間、力を加えていないはずのドアが外側に向けて引っ張られる。そのままの勢いで床にバタリと倒れてしまう。顔をあげると……
「ママ? どうしたんだい、そんなところで? そうだ、そんなことよりもEUが――」
「リ、リチャード!? そ、そんな目で見ないで!!!」
「ど、どうしたんだい?」
「い、いやーーーーーーーーー!!!」
目に入ったステイルに恐れた様子で尻餅をつきつつ部屋の中に後退していくローラ。当惑するステイル。
ちなみに今の彼の格好は黒いスーツに、赤い髪を後ろで纏めたというキッチリとしたもの。タバコもピアスも、そしてバーコードの入れ墨も無い。
そんな彼を見て「な、なんで、リチャード。どうして!?」と気が狂ったように叫びだすローラ。騒然とした様子のステイル。しかしインディアナは落ち着いている。
「ママ、パパのことで悩んでたんだね……ごめんね、気づいてあげられなくて…………」
「リチャード、違うのリチャード。だって、だってあなたがいけないんじゃない! 《理想を貫く》とか《自由と平等》の為なんだって言うから」
「そんなことでお父様を殺したりするから、すべてがおかしくなったんじゃない、そうでしょ! っそうでしょ、リチャード!! アンタが、アンタがすべての原因なのよっ!!!!!」
そこまで言いきると突然ステイルに向け手を向けるとそこに光を集結させるローラ。一秒後、そこからビームのような光線が発せられる。驚愕のあまり動けないステイル。しかし――
「い、インディアナ!? インディアナどうして!」
インディアナがローラに体当たりした結果、彼女は直前に床に転がり、照準をずらされたビームは壁へと放たれる。壁は何らかの魔術結界が張ってあるらしくビクともしない。
「すべてあの男がいけないんじゃない! あの男さえいなければ、お父様ともそして、ステイルともあなたとも離ればなれにならなかったのに!? あの人がいたから、あの人がお父様を殺したりするからっ!!!!」
「ママ! 落ち着いて、ステイルだよ! 僕はステイルだ!!」
「す、ステイル……」
とそこでようやく平静を取り戻したステイルがそうローラに諭す。しばらく訳が分からないという風な表情をしていた彼女だが、急にハッと何かに気づいたように顔つきが変わる。
しかし、それはいつものローラとは違って――
「……私、最低ね……」
「ママ……」
寂しそうな虚ろげなそんな表情である。それに対しただ短く呟くインディアナ。対してステイルは調子を取り戻したようだ。突然、顔を赤らめると口を開いた。
「どうして、どうして今まで言ってくれなかったんだっ!!!!」
そう叫んだ。驚いたようすのローラ。ステイルは続ける。
「僕はあの日以来、あなたが変わってしまったのだとばかり……そんなことなら、ちゃんと言って欲しかった!! どうして今の今まで黙っていたんです!!」
「僕はあなたがただ権力を追い求めているのだとばかり……」と付け加える。その顔は涙に濡れている。ビックリした様子のローラ。しかし、どうやら落ち着いたらしい。しばらくして口を開いた。
あれは三五〇年程前の話――
『どういうことなのリチャード! ちゃんと説明してよ!!』
若き日のローラ。まだ彼女が三〇代程の年齢であった頃。イングランドの政務室で見たのは血まみれのリチャード。そして彼の口から発せられたのは――
『だから言っているだろうローラ。僕は国民のために《正しいことを》したんだ。確かにお義父さんは優秀なリーダーだよ』
『だけどね、国民は《それに》苦しんでいるんだよ』
『理想は良い、正義も良い、清貧も大事なことだ』
『だけどねローラ。すべての人がお義父さんみたいになれる訳じゃない』
『娯楽だって、酒だって必要なんだよ。彼は自分にも他人にも厳しすぎた』
『だからこそ家族の出番なんだよローラ。彼を止められるのは、独裁者である彼を止められるのは僕たちしかいない』
『僕たちは《英雄》なんだローラ! きっとお義父さんだって本当は――』
と次の瞬間ローラの手にはナイフが握られ、それはブスリとリチャードの、彼女の愛する夫リチャード=クロムウェルの胸の真ん中、心臓を一突きにしていたのである。
『ど、どうして……』そんな言葉を残し、裏切られたような、絶望に彩られた表情でローラを見つめながらリチャードは絶命したのである。
「それからはあっという間だった……リーダーを失ったイングランド共和国は滅び、どさくさに紛れてかつての《絶対王政》、そして《王権神授説》を信奉していたスチュアート家が復権したわ。形上とはいえ私もスチュアートの人間に嫁がされ、妹も迫害を受け、あなた達は私を従わす為の人質になったわ」
「その時に聖人の力も奪われたの……」とローラ。
ちなみにこの話を理解できているのはインディアナだけである。女王艦隊の力で後期ステュアート朝時代の記憶を抹消されたステイルにはさっぱりだ。
「何度も後悔した、どうしてあの時《リチャードを殺してしまったのかって》。どうして《感情に流されてしまったのかって!》 だってそうでしょ、あの時私が過たなければこんなことにはならなかった! 少なくとも、リチャードとシェリーとステイル、インディアナとずっと一緒にいられたのに、なのに……なのに……」
「だったら尚更だよ! 尚更どうして私達を拒絶するような真似をしたの! ううん、私はいいよ、私は禁書目録としての務めがあったから。でもステイルは違うでしょ? どうしてそんな冷たい態度をとったりしたの!?」
「……それは……」
そう、それは……
「裏切られたくなかったから、私が全てを握れば誰も裏切らないって思ったから! ずっと皆と一緒にいられると思ったからっ!!!!」
「言ってくれないとわかるわけ無いだろうが!!!!!!!」
そこでステイルが突然大声をあげる。驚くインディアナそしてローラ。
「人を信頼することなしにママ、信頼してもらえると思ってるのかい! もし思ってるんだとしららそれは大きな間違いだ! そんなことをしていては全てを失ってしまう」
「僕は少し前にそれを思い知らされた! その時はなんとかなったけれど、でもそれはたまたまなんとかなっただけ。《彼女達》がたまたまお人好しだったからどうにかなっただけなんだ。そうじゃなかったら大変なことに、インディアナを今でも救えていなかったかも知れないんだ!!」
「今ママがいるのはその分岐点だよ! ママが決めなきゃいけないのは、このどちらかに一つだ! 自分一人だけを信じて、自分の目で見えるものだけを信じて一人だけで生きていくのか。皆を信じて、全員の目で、それぞれの目線で大切なものが何かを見極め、それを皆で守っていくか!! 二つに一つしかない!」
「どっちを選ぶんだ! ずっと一人で生きていくつもりなのか!? 人を疑いながら、いつか自分が出し抜かれるんじゃないかって怯えながら。そんなの嫌だろ!!!!!」
「ステイル……あなた……」
そうローラ。「どちらなんだ!」迫るステイル。答えは決まっている。
「そんなのステイルと、皆と一緒に居たいに決まってる!!」
「なら話は決まったな」
と懐から通信機を取り出すステイル。それをローラへと渡す。
相手はイングランド共和国の外務大臣だった。
『護国卿。EU諸国、ロシア成教、ローマ正教から和睦の申し入れが入っているのですが――』
「今すぐ了承しなさい!」
『は、はい。あのしかし――』
「異論は認めないわ! 無条件降伏でもなんでもいい。すぐに会談の準備をなさい!!」
ただならぬ口調に『了解しました』と大臣が返す。ほっとした様子のインディアナ。そして通信を切りステイル、インディアナ、ローラが微笑みあう。冷たくではなく、良かったと、そんな風に確かめ合うようにである。
一〇月一九日、こうして戦争は一日で集結へと向かったのであった。しかしこれは余談だが、実際に戦争が行われたという公式の記録は残っていない。
実際、起こっていないからだ。一民間人がEU諸国に対し《宣戦布告》をしたことにより始まってしまった一連の戦争を、世では一般に一〇月一九日事件という。
後に、マスコミから政府の危機管理対応能力の無さを各国は指摘されることになるわけだが、それはまた別の話である。
・あとがき
作者の《いすとわーる》です。
次回は最終回です。
最後までよろしくお願いします。
ところで用語解説を作りました。
オリジナルの設定の解説、というより市民革命の時代に実在した人物をアレンジして物語の中に登場させたので、それに関する簡単な解説です。
もしよろしければ、ご活用ください。
感想など頂ければ、嬉しいです。
それでは、またお会いできる日を心待ちにしております。
二〇一六年一〇月八日
・用語説明
・オリヴァー・クロムウェル
後に護国卿という共和国の最高指導者の地位を得ますが、統治は彼のカリスマ性に頼っていたため、議会が上手く機能しませんでした。
またジェントリと呼ばれるブルジョア地主層の支持しか得られず、彼の死後まもなくして、王政復古が起きて共和国は崩壊しました。
・ステュアート朝
現在のウィンザー朝の一つ前のイギリス王朝です。
元はイングランドの北方に位置するスコットランドの王家です。
王権神授説を信奉し、絶対王政を敷こうとしましたが、清教徒革命・名誉革命という二つの革命を経て、専制路線を諦めて立憲王政へと舵を切りました。
・サン・ジュスト
フランス革命期の政治家でロベスピエールの腹心でした。
美青年であったため、女性に人気がありました。
・マクシミリアン・ロベスピエール
フランス革命期の政治家です。
革命を敵視したヨーロッパ各国の軍隊を退けフランスの共和政を守り抜きましたが、その後の政治闘争に敗北して、処刑されました。
貧困層・中間層の声を代弁し、賄賂を受け取らないなど清廉潔白な性格だった一方で、恐怖政治を敷いたため、評価が賛否両論に分かれる政治家です。
私が歴史上で一番好きな人物です。
・マリアンヌ
フランス共和国の象徴、あるいは自由や民主主義、共和政の象徴です。
ドラクロワという画家の書いた絵《民衆を導く自由の女神》に描かれています。