ベルセリア・ゼスティリア転生(仮題) 作:飯妃旅立
コトン、と。
猪口ではなくワイングラスを置く。
何の意味も無い行為。 既に立ち去った後であり、そもそも憑魔ステンノー……エニド・フォートンはそれが禁忌と分かっていながらも司祭エリックとの不義を交わした者。 例え甘言に弄された結果だとしても、信じたから、捧げたからといって村を壊滅させるのは文字通りお門違いという奴だ。
だからこれは、
ワイングラスに注ぐのは、赤葡萄心水。 ペンドラゴの領域による雨で薄めた赤葡萄心水だ。
とぽとぽと残り半分になるまで注いだソレを、指の無い手で持ち上げる。
――乾杯。
そして、零した。
グレイブガンド盆地の乾いた土に、簡単に染み入る赤葡萄心水。
記憶とは、魂だ。
記憶の大半を失うのは、魂の大半を削られるに等しい。
彼女らの記憶は戻ったのではなく、消滅した。
浄化されたが故に。 まぁ、戻ったとしても私がやっていたのだけれど。
だから、弔いだ。
彼女らの身体は、大元の魂はまだこっちに来ているから。
消えてしまった記憶にだけ、乾杯。
「ザビーダ!?」
「偶然……って感じじゃないね」
4つの試練神殿を越え、4つの秘力を手に入れた導師一行は、ローランス皇帝の秘書官からの依頼を受けるというロゼと共に、皇都ペンドラゴへと向かっていた。
その、皇都前で。
木に凭れ掛かる、ザビーダと遭遇する。
「今回の相手だけは俺に任せなって……悪い事は言わねえからよ」
「ふざけんじゃねえぞザビーダ」
「ふざけてないぜ。 特に今回はな。 ま、聞く耳持たないってなら、俺もいつも通りやらせてもらうだけだけどな」
一向に背を向け、ペンドラゴへ歩いていくザビーダ。
「行かせるか!」
その背中にデゼルがペンデュラムを投擲するも、一切の目視無く避けられる。
「……わかったよ、デゼル……。 俺にはどうしてもケリをつけなきゃならん奴が、あと2人いる……だからその時の為にこの最後の2発は大事に取っておいたのさ……」
「お、おい? 話が見えない!」
振り返り、ジークフリートへ弾丸を込めるザビーダ。
「ミク坊、男の本気は本気で受け止めるもんだ。 さぁ、来なァ!」
――なら、私も。
天より、藤色のノルミンが降りてくる。
轟と上がった風の霊力に負けぬほど、何か薄暗い雰囲気を持つ二頭身。
それが小さくなり、ザビーダの腰に取りついた。
「サムサラ!?」
「上等だ!!」
「なんでこうなんの!? サムサラまで!」
喧嘩腰のデゼルとザビーダ。
表情はいつも通り眠そうだが、攻撃的な霊力を放つサムサラと動揺する導師一行。
過去であれば、流儀のぶつかりあいであろうそれは――やはり、唐突に始まった。
「ロゼ、ミクリオ! デゼルをお願い! オレとライラとエドナはサムサラを相手するよ!」
「わかりましたわ!」
「ちょっとやる気出ないんだけど……」
「先手必勝! 「『
迸る焔。 轟轟と燃え盛るソレは、どこかフェニックスを彷彿とさせる。
実際にエドナの傘についているフェニックスが、その顔を少しだけ怒気に染めているのは私が動いたからだろうか。 それとも、仮にも見守ってくれというあの時の願いを……。
――天照らせ日輪、今こそ消滅の時。 ライジングサン。
「『ッ! 炎舞繚乱! ブレイズスウォーム』!!」
中空で発生した小さな太陽。
圧倒的にして膨大な熱量を放つそれを、あろうことか地面へ向かって落とすサムサラ。
ただでさえ収穫量の減っているパルバレイ牧草地にそんなものを落とせばどうなるかなんて考えるまでも無いだろう。
スレイの選択した天響術は、下から上へ吹き上げる熱波の天響術。
「氷海凍てる果て行くは奈落、インブレイスエンド!」
その中心から少しでも熱を放出させようとエドナのインブレイスエンドが熱球に突き刺さる。
仮にも導師と主神の神依+その陪神であるエドナの天響術。 秘力も含め、どれほど長く生きていると言っても結局はノルミンでしかないサムサラの術は相殺された。
「『剥ぐは炎弾』!」
「ロックトリガー!」
――紡ぎしは抱擁、荘厳なる大地にもたらされん光の奇跡にいま名を与うる。 リザレクション。
剣から放たれた炎弾はサムサラへと直撃し、仕込みとして発動するロックトリガーもまたサムサラに付与される。 その上で、全異常解除+全回復という回復術式がサムサラを覆った。
「『サムサラ! あの置手紙は、やっぱりそういう事なのか』!?」
――……。
そういう事ってなんだろう。
そんな疑問がサムサラの脳裏に溢れ出る。 が、この戦いは唯一と言っていいほどの……スレイ達と直接刃を交える事の出来る極短い機会。 疑問は放置する。
――焔、其は魂を看取る幽玄の炎。 葬炎、ファントムフレア。
この世ならざる幽界の焔が湧きあがる。
それはどこか穢れにも似ていて、しかし浸食の気配はない。
「万有傅く膝下に! エアプレッシャー!」
それを、無理矢理エドナのエアプレッシャーが地面へと押さえつけた。
元の術がどうであれ、今はこの世界の法則に則った術。 相殺できないと言う事は無い。
「『火神招来! 我が剣は緋炎! 紅き業火に
――我が力、解放せよ。 灼熱と、業火の意思よ……焼き尽くせ!
炎が広がる。 大剣に業火を纏わせたスレイとライラが、その緋炎と共にサムサラへ斬りかかる。
対するサムサラは地面へと何かに呼びかける様に、その指の無い腕を差し向けた。
「ッ!? 障壁集く肉叢に……バリアー!」
その地面に、煮え滾るマグマのような、噴火口の様なものが現れる。 そこから、鉄色と赤色を併せ持つ……何かが這い出てきた。
「『フランブレイブ』!!」
――フランブレイブ!
三者同時に同じ……しかし全く違う技を放つ。
呼び出された異形――フランブレイブはその両腕から灼熱の焔を放出し、最後には両腕を合わせて特大の焔を落としてきた。
それに合わせる様にして、スレイが大剣を振り抜く。
爆発。
「『炎じゃ……押しきれない』!?」
「スレイ! 私と!」
これもまた相殺だった。
即座にライラとの神依を解除し、今度はエドナと神依を行うスレイ。
「『
「秘めし力、解き放ちましょう……アスティオン!」
――腐食。 其は希望の終焉。 サイフォンタングル。
「『ライラ、ジャンプ! 晶石点睛! クリスタルタワー』!」
「きゃっ!」
足元へ引きずり込もうとするその術式に、咄嗟にスレイが判断。 ライラと自らの真下に水晶の塔を出現させ、事なきを得た。
そして確信に至る。
『全テノ秘力ヲ得タ時、私ハ現レル』という置手紙。
わざわざ古代語で書かれたソレは、つまるところ最後の試練を意味していたのだろう。
4つの秘力と……最後、無の秘力!
全く、完全にそういうつもりの無いサムサラは、やはりとくに意図した事でもなく相手に合わせた天響術を使っている。 まるで試練のように。
「『地神招来! 我が腕は
――荘厳なる意思よ、今ここに! 来たれ、大地の煌き!
巨大な手甲へと乗り、サムサラへ突撃するスレイとエドナの後ろから、土人形の群れが現れる。 とはいえ浮いている彼らが無視して先を行こうとすれば、今度は天からクリスタルの柱――尖っている――が落ちてきた。
「『アーステッパー』!」
――アーステッパー。
手甲の振りおろしと、水晶の柱。 そして土人形。
これもまた、相殺される。
「だったら……!」
術で挑むのは無謀。
であれば、頼るべきは無。 つまり、己が肉体!
巨たる大剣でもなく、巨たる手甲でもなく――生まれた時からミクリオと共に高め合った儀礼剣で、サムサラを狙う!
「うおぉぉぉぉおお!! 剣の刃!」
――
その軽い身体で地面に振り下ろした腕から、先程の幽玄の焔のような衝撃波が発生する。
それを儀礼剣で受け止めるスレイ。
唐突に、ソレの使い方がわかった。
「うぉぉぉぉおおおお!!! 魔神剣!」
地面スレスレを掬う様にして、儀礼剣を下から上へと切り上げる。
すると、そこからサムサラの出した物と同じような衝撃波が出たではないか。
機動力の無いサムサラに、これを回避する手段も、相殺する手段も無かった。
ぽこーん、と跳ねて、動かなくなる。
スレイがこれを秘力だと勘違いしたのは言うまでもない事だった。
魔神剣取得イベントです。
ロゼ側は原作通りジークフリート貰いました。