ベルセリア・ゼスティリア転生(仮題) 作:飯妃旅立
ティンタジェル遺跡群。
かつてドラゴンを神と崇めるカルト集団が根城にしていた、現在は風の骨のアジトであるここ。
ザビーダはもう、割り切れているのだろうか。
「あ、サムサラさん……どこへ行っていたのですか?」
――ちょっとそこまで。
そこってどこだよ、というツッコミは受け付けない。
視線を向ければ、スレイとロゼは爆睡中。 真正面からドラゴンを倒しきる……それは、確かに彼らの精神に負担を強いた事だろう。
戦士の束の間の休息、という奴かな。
「さァ、俺達も一休みしようぜ、お姉さん方?」
「はい……お二人に、毛布をかけてから」
ライラがスレイとロゼの方へ歩いていく。
彼女がそちらへ向いた瞬間に、ザビーダが意味あり気な視線を私へ向けた。 コク、と頷く。
「んじゃ、俺は遺跡の上で寝てるぜ」
――なに?
「いやぁ、なんつーかな……聞きたいんだよ、アンタの今後の行動、って奴について」
そう切り出すザビーダの声色は、いつも通りの様で真剣だ。
嘘は許さない、という意思が感じ取れる。
「この1100年とちっとか……アンタと行動していて、幾つか分かった事がある」
――……。
「アンタは何か大層な使命か宿命みてぇなのを持っていて、それを全うするためなら仲間が死にそうになっていても”そっち”を優先する、ってことだ」
――うん、そうだね。
その考察は正しい。
それは大地の記憶や瞳石で見れる物よりも遥かに情報量の多い、この地この世界で怒り続けてきた事柄の全て。
この凄惨な世界が、繰り返し続ける文明の涙。
「そんでアンタは、限定的にだが”
――へぇ、驚いた。 よくわかったね。
「1100年前からソレっぽい行動はしてたンだろ? 多分、一緒に行動してりゃ気付けた……あの時、マギルゥの今の際……あいつが言った「全部知ってたんじゃろ?」って言葉は、「ベルベットたちの身に起こることを」って言葉にかかってたんじゃねぇの?」
――あれ、聞こえてたんだ。 乙女の秘密を盗み聞き?
「風の天族だからな。 勝手に聞こえるさ」
そう。
私の不可解な行動に最も疑問を持ち続け、そして類い稀なる頭脳によって答えを導き出したマギルゥ。 純粋ゆえに私と接し続ける事で老いてから正解に辿り着いたベンウィック。
彼ら彼女らが残した、「全部知っていたのだろう」という言葉はカノヌシの事だけでなく、初めて会った時から未来に起こりうることを知っていたのだろう、という……少しだけ咎めるような感情のこもった言葉だった。
それでも2人は、私を信じて笑ってくれた。
――それで? 何が言いたいの?
「次はねぇって事さ」
ピリ、という殺気が身体を撫でる。
粟立つようなつくりにはなっていないけれど、氷風呂にでも浸かったかのような寒気に襲われた。
「今まではアンタの流儀が俺の流儀とぶつからねぇから見逃してきたが……アンタあの時、”人間”のために”ロゼ”を見捨てようとしたな?」
ギロ、と睨みつけられる。
それも正解だ。
私はあの時、『人類が勇気を取り戻す事』を優先し、『ロゼの命』を蔑ろにした。
史実では助かっていたのだから、大丈夫だと。
私のやるべき事の方が先だと。
――ザビーダの元の流儀って、憑魔化した天族は殺す、だけじゃなかったっけ?
「ちょっと違ぇ。 俺の流儀は『どんな命も奪わず、見捨てない』、だ。 あと、元じゃねぇよ。 流儀が2つあったっていいだろ?」
――……確かに、憑魔化した天族を殺すことは命を奪う事ではないね。
「俺は見捨てねえ。 で、見捨てようとする奴も許さねぇ。 流儀と流儀がぶつかりあったら、どうするかはわかってるよな?」
――ぶつかり合って、黙らせる。 あは、私もアイゼンに毒され過ぎたかな?
私はもう海賊じゃないのに。
「一応聞いておく。 最終確認だ。 アンタの流儀ってな……本当の所、何なンだ?」
私の流儀。
私が万を生きる中、守り抜いてきた流儀。
それは。
――人類の営みに、発展に、助力しない。
「……それは誓約じゃねェのか?」
――違う。 私の流儀はコレ。 私は眺める者として、記憶する者として、管理する者として、この世界を生きとし生ける人間を高める事をしない。
「神にでもなったつもりか……?」
――敢えて言うならプルート……
「なら、アンタの誓約は……なンだ?」
――流石にそれは言えない。 けどまぁ、似たようなものだよ。
ザビーダは、それ以上は聞いてこなかった。
けれど、私を見る目は明らかに変わっていた。 今までの気に入らないモノから、呆れたような、理解の範疇外にいるモノとして。
「ふぁぁ……あ、おはよ、サムサラ」
――おはよう。 3日間の爆睡、さぞかし心地良かったかな。
「3日!? え、オレ3日も寝てたの!?」
――うそうそ。
「なんだ、嘘かぁ~。 で、ホントは?」
――4日。
スレイ達が眠りに就いてから丸々3日経った明け方。
ようやく2人が目を覚ました。
あれから私とザビーダは微妙な距離感を保つようになってしまったので、ミクリオにちょっかいをかけて3日を過ごした。 何がのでなんだ! というミクリオの怒りは聞こえないものとする。
「ラストンベルへ行こう!」
戦争は本当に終わったのか。
あの後、セルゲイやアリーシャはどうなったのか。
ソレを知る為に、一行はラストンベルへ向かう。
「サムサラ、ちょっといいかしら」
セルゲイとアリーシャの停戦協定への歩み出しを見て、今日の所はラストンベルで休むことにした一行。
日が落ちてからも各自自由行動をとる最中、エドナが私に声をかけてきた。
――今忙しい。
「……あなたにとって、死って何?」
――戻ること。 人間や動物が1日の終りに眠りに就く様に、魂もまた一生の終りに戻る。
「……あなたも、死が救いになると思ってるの?」
――思っていない。 戻ってくることは決定事項。 けれど、それを歪めて掠め取るのなら容赦はしない。 自分の意志ではなく、誰かの意志によるドラゴン化は私の使命によって断ずる。
「……」
聞いてもいない事をペラペラと喋って誤魔化すのは私の常套句だけど、殊更アイゼンにこの手段が効いた試しは無かった。
妹であるエドナもまた、私を射抜くような瞳で見ている。
――ドラゴンを元に戻すことは、出来ない。 白銀の炎で身を灼けば、業魔ではないドラゴンに返す事は出来るかもしれないけれど……文字通りの、天に住まう者達に呪いを解かせない限り、ドラゴンから天族へ戻ることはできないよ。
「……それは、あなたの持っている事実、かしら」
――そう。 割り切れないのも納得しきれないの呑み込めないのも勝手にすればいいけれど、それは不変の真実。 いくら探求しても、いくら願い求めても、それは変わらない。
「……そう」
それだけ言って、エドナはザビーダの元へと歩いて行った。
私に事実を聞いたエドナは、ザビーダの信念を聞きに行ったのだろう。
聡明は大半の時において良い言葉として扱われるが、一部の例外が存在する。
早咲きのエドナ。 早咲き故に、経験は圧倒的に足りない。
達観してしまった私より、苦汁を舐め啜ってきたザビーダのほうが、なるほど経験者としての知識は多いだろう。
満天の星空を眺める。
スレイの決断。
マオテラスと主神契約を結び、スレイが全ての感覚を遮断して眠りに就く事で、マオテラスの加護の届く場所――つまり大陸全土の人間に、従士程度の力を与える事を可能とする。
それは、遥か過去。
聖隷信仰の厚かった時代の最初に、彼が行った事と同じ。
前回は信仰を忘れた人間によって、そして勝手にあきらめた天族達によって、開きかけていた輪が閉じてしまった。
過ちを、過去にできるか。
ここが、
「……我々も決めねばならんな。
――そうだね。 色々ケリがついたら……自主独立はともかくとして、共闘くらいはしてあげる。
「ほう? またあのコンビを結成するか? 我が半身」
――アレ黒歴史なんだから忘れてくれない? っていうか、各地で私の噂流してるのあなたでしょ。 結成の前に解散することになるよ? 私の半身。
「また島が一つ消えるか……」
――
「おぉ、我が半身では無い方の。 ならば伝えておけ。 必ずや、ノルミンのノルミンによるノルミンのための覇権は復活すると……! その時、我の隣にいるのは我が半身以外にいない、とな!」
――アーアーキコエナーイ、だってさ。
「では伝えたぞ……我が半身」
――またね、私の半身。
サムサラの真名にあるジャーニーの綴りもJouneyであってます。