ベルセリア・ゼスティリア転生(仮題)   作:飯妃旅立

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※サブタイトル注意です。


dai go jur ichi wa 『Eisen』

「……どォいうつもりだ、アンタ。 なンで立ち塞がる?」

 

「……サムサラ」

 

 

 スレイが霊峰レイフォルクに来た。

 それを意味する事は即ち、ここにいるドラゴン……アイゼンを殺すということ。

 

 理解していたが、納得できなかったエドナ。 早咲き故に、誰よりも愛情を欲した’妹’。 ‘兄’の言葉を告げたザビーダの目にも、翳りがあった。

 蹲ったエドナを置いて歩き出したザビーダはしかし、来ないと思っていたその人物に苦言を呈す。

 

 

「アンタ、言ったよな。 自分はアイゼンと戦えない。 アイゼンを解放する事は私の使命には含まれていない、ってよ。 ……今更、アンタに立ち塞がる資格はねぇぞ」

 

「サムサラ、退いてくれ。 オレ達はエドナのお兄さんを……アイゼンを、止めなきゃならない。 それはサムサラにとっても辛い選択なのかもしれないけど……」

 

 

 ザビーダは殺意すら込めて彼女を睨み付け、スレイはつらそうに、しかししっかりと言い切った。

 サムサラは何も言わない。

 何も言わず、じっと2人を見据えている。

 

 グォォォオオオオオ!! という、咆哮がレイフォルクに響き渡った。

 

 

 ――ベルベットとカノヌシは眠りに就いた。 ライフィセットは穢れに冒された。 ロクロウは人斬り業魔になったけど、エレノアがちゃんと討ち取ったんだ。 凄いよね。

 

 

 バサァッ! と、大きな翼を羽ばたく音が聞こえる。

 

 

 ――エレノアはパーシバルとくっついたよ。 近くにあるレディレイクは、2人が築き上げた国。 エレノアの子孫にも会ってきた。 とっても、真っ直ぐな女の子だった。

 

 

「ち、なんのつもりか知らねえが、来るぞ!」

 

「サムサラ、危険だ!!」

 

 

 ――ビエンフーは最期までマギルゥの傍を離れなかった。 だからドラゴンに至ってしまって、でもマギルゥがちゃんと最期を看取ったよ。 最近新しい「勇気」が生まれたから、もしかしたらどこかにビエンフーがいるかもしれないね。

 

 

 ヒュオッ! という、上空から巨大な物体が風を切り裂いて落ちてくる音が鳴る。

 決意を決めたエドナの視界に、それは――巨大な黒が、映る。

 

 

 ――マギルゥは神具を全て完璧な物にして、眠りに就いたよ。 弟子たちを経て私に伝えた伝言もマギルゥらしかった。 久しぶりに人間に驚かされたよ。

 

 

 無言で浮かぶサムサラの背後に、その巨体が舞い降りる。

 優雅にして凶悪。 荘厳にして畏怖。

 その身、その形は、まさにドラゴンと呼ぶに相応しい――!

 

 

 ――あとは、あなただけ。 私は「まだやり残したことがある」という未練(ねがい)から生まれた、輪廻のノルミン。 故にサムサラ。 

 

 

 ドラゴンが咆哮を上げる。

 耳を塞いでもなお鼓膜を突き破りかねないその声は、どこか悲痛だった。

 

 構えを取る一行に反して、サムサラは振り向きすらしない。

 

 

 ――あなたは願わないから、干渉できない。 私ではあなたをどうすることもできない。

 

 

 いつも眠たげに半目しているサムサラの目が、見開かれる。

 そして、動く事の無かった眼球がギョロリと――真下を見た。

 

 

「お兄ちゃん……!」

 

「アイゼン!」

 

 

 アイゼンと関わりの深い2人が叫ぶ。

 とうとうこの時が来てしまったと、嘆き、怒り、笑う。

 

 

 ――けれど、サムサラ(わたし)はノルミンでも……誰かさん(わたし)は人間なのよ。 アイゼン。 この子(・・・)のために、後で付き合って頂戴。

 

 

 アイゼンの前足が、サムサラを吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こぽこぽこぽ……。

 

 

 真っ暗な水の中。 泡の向く方向だけが空間の上下を示す、右も左も分からぬ場所。

 

 ここは狭間の世界。

 水底が過去で、水面が未来。

 魂に纏わりついた穢れを落とし、綺麗になって生まれ変わるための場所。

 穢れが少なく戻ってきた魂は、そのまま未来へと昇って行く。

 でも、穢れの量が多い魂は水底で燻り、中々上に上がれない。 だから私が手伝って上げるのだ。

 

 ふわーん、こぽこぽ。

 

 不死のノルミンは「まだ死にたくない」という未練(ねがい)から生まれた。

 輪廻のノルミンは「まだやるべき事がある」という未練(ねがい)から生まれた。

 

 どちらも自身の死を嘆く未練(ねがい)であり、前者は今世をもっと長く、後者は次の生に使命を持ち越したいという身の程を超えた欲求からくるものだ。

 

 故にこの2存在は、願わない者にとことん弱い。

 生き返る気も転生する気もない、「今を精一杯生き切った者」は、2存在を不要と断ずる者。 他のノルミン達の司る「守りたい」「力が欲しい」「苦しみたくない」と言った身の丈にあった欲求と同じく、「今を生き抜き、そして満足して死ぬ」を選ぶ者は2存在に対して特効薬とでもいうべき存在になるのだ。

 

 それはシグレ・ランゲツであったりロクロウ・ランゲツであったり、クロガネやメーヴィン、ベルベット・クラウやマギラニカ・ルゥ・メーヴィンであったりと様々。 それを知っているからこそ2存在は彼らと闘う事は滅多にせず、戦う時は必ず負けている。

 せめて彼がアルトリウス・コールブランドのようにifを願ってくれていれば多少は干渉し得たかもしれない。

 

 だが、彼は――アイゼンは、何も願わなかった。

 不死のノルミンと輪廻のノルミンに出会っておきながら、「もっと生きていたかった」とも「まだやり残したことがある」とも願わなかったのだ。

 

 願ってくれれば、触れられたのに。

 輪廻のノルミンの中に有る、幼い人格が嘆いた。

 

 こぼこぼこぼこぼ……。

 

 黒ずんだ泡が生まれる。 

 大きな泡。 それは、纏わりついた穢れが重くて上がって行けないようだった。

 

 

「……私には特別な感情が無いのよねぇ。 何も変わらない、いつもと同じ魂」

 

 

 その声は妙に響き渡った。

 渦巻く泥の中に鈴を放ったような声。

 

 

「でも、あなたは違うわ。 だって私の契約者だもの。 それって、人間って事でしょう?」

 

 

 普段の彼女を知っている者が聞けば、別人かと思う程に女性らしいその声は、真実別人だ。

 普段表出している人格ではない――内側の、サムサラ本来の人格。 神格。

 女性的で、ダウナーで、味覚も視覚も聴覚も無いサムサラだ。

 

 その女性が、深く目を瞑る。

 

 次に目を開いたその顔は、あまりに幼かった。

 

 

「……ありがとう」

 

 

 大きく黒ずんだ泡に近づいていくサムサラ。

 彼女のそばを沢山の小さな泡が通り抜けるが、それを遮ることはない。

 すり抜ける様にゆらゆらと揺れながら、その泡の元へ降り立つ。

 

 

「……私の加護は、転生。 現世にて死の影である穢れを寄せ付けないフェニックスの『不死』の裏側。 次の生において今世の溢れ出た感情を引き継ぐことが出来るようになる。でもこの世界でしか、かける事は出来ない。 それも人間にしかかけられないんだ」

 

 

 静かに語り出したサムサラの言葉に、しかし黒い泡がごぼごぼと……その穢れを落とし、相槌を打つかのように震える。

 

 

「アイゼン。 あなたは記憶を引き継ぐことなく、その魂は分散し拡散し、また新たな命となって生まれる。 それは、普通の事」

 

 

 穢れが消えていく。

 サムサラが何かをしているわけではない。 ただ、彼が自身の加護によって引き寄せた穢れがその役割を終え、落ちて言っているだけだ。

 彼の加護は「死神」などと揶揄されているが、本来は「試練」。

 人間に試練を与え、高めていくのが目的の加護だ。

 故に、「試練を乗り越えた人間達」に倒された今……彼に纏わりつかんと群がっていた穢れは、勝手に消えていく。

 

 

「それを捻じ曲げる事は出来ない。 しちゃいけない。 私は平等ではないけれど、公平でなくてはいけないから。 

 ……それでもね、アイゼン。 いけないからって、やりたくないわけじゃないんだ」

 

 

 超然としたサムサラ(かのじょ)とは違い、誰かさん(サムサラ)は幼い。

 後悔もするし懺悔もする。 だが、死んでいるから穢れが溜まらない。

 穢れが溜まらないからこそ、この狭間の世界では普段以上に本音が出る。

 

 

「ねぇ、アイゼン。 私はあなたを仲間だと思っているんだ。 驚いたことに、私は今でもアイフリード海賊団のクルーのつもりなんだよ」

 

 

 漆黒ほどに黒ずんでいた泡は、いつしか少し黒ずみが残る程度の輝くソレに変貌していた。 彼が生前に加護により溜め込んだ穢れが消え、ドラゴン化に至るまでに溜めた穢れだけが残ったのだ。

 それに触れ、水中へと放って行くサムサラ。

 

 

「副長を助けたい……そう思ってしまうんだ」

 

 

 ゴボボボボ……。

 

 穢れが取り払われる。 心に持つ穢れの量によって上がって行く速度は変わるが、ゆったりと浮き始めた分を見るにもう世話は必要ないだろう。

 泡と同時に、サムサラも上がって行く。

 

 

「ねぇ、アイゼン。 ここでもいい。 私に、『まだ見たい世界(うみ)がある』と願って。 『妹を残して死ねない』と、願って」

 

 

 それは果たして、情以外の何物でもなかった。

 彼女が頑なに唾棄してきた後悔。 当然の感情と認めながら罵っていた未練。

 

 願われるべき存在が、願えと(こいねが)う、存在を揺るがす行為――、

 

 

『要らん。 余計な世話だ』

 

「!」

 

 

 泡が加速する。

 泡の中に有った、サムサラの手が届かない穢れが消えていく。

 それは彼の妹に対する罪悪感。 それが消えたという事は。

 

 

『エドナの(おもい)はしっかり受け取った。 俺の想いは手紙に乗せた。 だから、もういい』

 

「……そっか」

 

 

 ゴボゴボゴボゴボ……。

 

 泡が上がって行く。

 死しているサムサラではもう追いつけない場所まで、高く、高く。

 

 

enuath(エヌエス)journey(ジャーニー)。 私の真名」

 

『あの顎鬚に続いて、俺にも愛の告白か?』

 

「まさか。 ――あなたに、最大の親愛を込めて」

 

 

 輝く泡が、フ、と笑ったように見えた。

 真っ暗だった狭間は、明るく輝いて――。

 

 

 

 

 

 

 

Wuhinume(ウフェミュー)wicksbe(ウエクスブ)。 世話になった――礼を言う」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よォ」

 

 ――や、ザビーダ。 1人で来たの? 危ないよ。

 

「いつもの感知能力はどォした? あそこにいるぜ、導師ご一行も」

 

 ――……ほんとだ。 今は感知(そういうの)切ってるから、わかんなかった。

 

「……らしくねぇな。 エドナちゃんはしっかり立ち上がったってのに……アンタが後悔してんのか?」

 

 ――……後悔、できたらよかったんだけど。

 

「できねェ、ってか。 そりゃ、また難儀な悩みだ」

 

 ――私、アイゼンを転生させようとしたんだ。 誓約も流儀もかなぐり捨てて、一時の感情だけで。

 

「……で?」

 

 ――『要らん。 余計な世話だ』だってさ。

 

「ハッ、アイツらしいじゃねえか」

 

 ――……そう。 そうだね。 アイゼンらしい言葉だった。 

 

「それで? アンタは何をそんな悩んでンだ?」

 

 ――アイゼンとね。 酌み交わそうと思ってたお酒があるんだ。

 

「へぇ。 その墓にかけてやりゃいいんじゃねぇの?」

 

 ――それは勿体無いじゃん?

 

「……まさかとは思うが、その酒をどうするかでンな思いつめた顔して悩んでんじゃねェよな?」

 

 ――ざっつらーい。 透視能力?

 

「……っはぁ~~。 んじゃ、エドナちゃん呼んで……オレとエドナと、アンタで酌み交わそうや。 どの道他の奴らは飲めないだろうしな。 あ、ライラは飲めるか」

 

 ――……ザビーダ1人でいいよ。 エドナにお酒は、まだ早いから。

 

「いいのか? アイゼンの野郎と酌み交わそうと思ってた酒だろ? 確かにオレは奴とダチだが、そんだけだ。 存在の繋がった妹がいた方がいいんじゃねえ?」

 

 ――思い出だから。 このお酒は、心水は……色が無い。 ガラスの想い出に、新しい色を入れたくない。

 

「いつにもましてわかんねェな……。 で? その色の無い心水ってのはどこにあるんだ?」

 

 ――ここ。

 

 

 にゅ、と。

 サムサラが海賊帽の中からワインボトルを取り出した。

 

 銘を、『W() nahitgi(ネイハイトガイ) coti(コッティ)』。 端に書かれた産地名は、Stoneberry。

 

 

「古代語で純心水、ね……。 ほぉー、こいつはすげぇ。 本当に色が無い……空っぽにすら見えてくる」

 

 ――かめにんの話によればロクロウとアイゼンは先にちょっと飲んでるらしいんだけどね。

 

「別にいいんじゃねぇの? 初めてである必要なんざないだろ」

 

 ――……そうだね。 よいしょ。

 

 

 またもグラスを帽子から取り出したサムサラ。

 それをザビーダと自分、そしてアイゼンの墓碑の前に置き、中身を注ぐ。

 注がれている中身さえ見えぬ、光の屈折率が異様なソレは、ただただ潤沢にして芳醇な香りだけがその存在を知らせてくれた。

 

 

 3人分を注ぎ終え、しっかりと栓をしてまた海賊帽子の中にニュルンとワインボトルをしまった。

 

「で、これは何の酒なンだ? 弔い酒か? それとも祝い酒か?」

 

 ――そこまで考えてなかった。

 

「おい」

 

 ――私はただ、アイゼンとお酒が飲みたかっただけだもん。 なんでもないよ。 なんでもない、いつも通りのただの心水。 ただもしも、祝う事があるとするなら――、

 

 

 

 

 

 

 

長い永い、アイフリード海賊団の航海の終わりを讃えて。

 

 

 

 

 

 

 ――乾杯。

 

「俺は海賊じゃねェんだけどなぁ。 まぁ、ダチの代わりにってことで、乾杯」

 

 カチン、とグラスが鳴る。

 周囲で、沢山の乾杯が鳴り響いたような、そんな気がした。

 

 

 

 おかえり、アイゼン。

 

 








Wuhinume → poderosa(力強い)
wicks be → 芯がある

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